枯れた大地に、水が湧いた。
地面の裂け目から染み出した清水が、見る間に泉となり、干からびた土を潤していく。泉の周りに、白い花が咲いた。一輪、二輪——やがて、荒野を埋め尽くすように。
リーゼロッテ・フォン・ハイリゲンは、祈りの姿勢のまま目を開いた。
銀髪が風に揺れる。淡い紫の瞳に、自分が起こした奇跡が映っている。手の中で淡く光る聖光が消えていく。
「——これが、あなたの力だ」
背後で、低い声がした。
黒髪に深い緑の瞳。精悍な顔立ちの青年——ヴォルフガング王国の若き王、アレクシスが静かに立っていた。
「嘘でも飾りでもない。本物の、聖女の奇跡だ。——この国の誰もが、そう思っている」
リーゼロッテは小さく微笑んだ。微笑みの裏で、半年前の声が蘇る。
——お前の加護は偽物だ。
半年前、百人の貴族の前でそう言われた。聖女の座を奪われ、婚約を破棄され、国を追われた。
あの日、全てが変わった。いや——あの日から、全てが始まった。
半年前——春の終わりのことだった。グランツ王国、王城大広間。
百名を超える貴族が居並ぶ中、王太子カール・フォン・グランツは玉座の前に立ち、高らかに宣言した。
「リーゼロッテ・フォン・ハイリゲン。お前の聖女としての資格を、本日をもって剥奪する」
大広間がざわめいた。貴族たちの囁きが波のように広がる。「聖女が追放?」「何が起きた?」
リーゼロッテは静かに立っていた。銀髪が燭台の灯りを受けて光る。背筋はまっすぐだった。
「お前の加護は偽物だ。この三年、聖女として何一つ目に見える奇跡を示せなかったのがその証拠だ」
カールの碧い目に映っているのは、リーゼロッテではなかった。彼の視線は、少し離れた場所に立つ栗色の巻き毛の少女——エルゼ・ミュラーに向けられていた。没落男爵家の令嬢。半年前に宮廷に現れ、瞬く間にカールの心を掴んだ少女。
「本物の聖女は、彼女だ」
エルゼが一歩前に出た。大きな碧い瞳を潤ませ、両手を胸の前で組んでいる。
「わたし、リーゼロッテ様のようにはなれませんけど……精一杯頑張ります」
可憐な声が大広間に響く。貴族たちの視線が同情と期待を湛えてエルゼに集まる。完璧な演技だった。リーゼロッテには分かった。あの目の奥に光る冷たい計算が。しかしカールには見えない。見ようとしない。
リーゼロッテは何も言わなかった。弁明しても、この場の空気は変わらない。カールは最初からエルゼの言葉だけを信じている。三年間の献身も、眠れない夜を過ごして結界を維持した祈りの日々も、目に見えない形で王国を守り続けた全ても——目に見えないものは、なかったことにされるのだ。それがどれほど残酷なことか、カールは知りもしない。
「……承知いたしました」
リーゼロッテは深く一礼した。
「ただ、一つだけ」
背筋を伸ばし、カールの目をまっすぐに見た。
「偽物かどうかは、時が証明するでしょう」
広間が静まり返った。カールの顔に一瞬、苛立ちが走った。しかしリーゼロッテはそれ以上何も言わず、踵を返した。
大広間を出るとき、首から下げていた聖具——銀の十字架を外し、神官に渡した。
「お返しします」
十字架が手を離れた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
息が詰まった。全身を光が駆け抜けた。指先が熱い。足元の石畳に、小さな花が一輪、咲いた。
リーゼロッテは足を止めず歩き続けた。振り返りもしなかった。
誰も、石畳の花には気づかなかった。
国を出た。
護衛はなかった。公爵令嬢の身分も剥奪され、旅費として渡された僅かな金貨だけが全てだった。聖女の白い法衣は脱ぎ捨て、質素な旅装に着替えた。
行く宛てはなかった。ただ、グランツ王国から離れたかった。あの城から、あの広間から、自分を「偽物」と呼んだ声から。
十九年間暮らした国だった。幼い頃は神殿で「聖女候補」として大切に育てられた。十六歳で正式に聖女に任命され、結界の維持を任された。カールとの婚約が決まり、将来はこの国の王妃として聖女の務めを果たすのだと信じていた。
その全てが、一日で崩れた。
西へ歩いた。街道を行く商人の馬車に乗せてもらい、国境を越えた。
ヴォルフガング王国に入ったのは、三日後のことだった。
最初に目に入ったのは、枯れた畑だった。見渡す限りの荒地。乾いた風が土埃を巻き上げる。
道端に座り込む老婆がいた。咳き込む子どもを抱えた母親がいた。井戸は干上がり、家畜は痩せこけ、木々は葉を落としていた。
——疫病だ。
リーゼロッテは足を止めた。胸の奥で、あの力がうずいている。聖具を外して以来、抑えきれないほどの力が体の中を巡っていた。
道端の老婆に駆け寄った。
「少し、触れてもよろしいですか」
老婆は弱々しく頷いた。
リーゼロッテが手を重ねると、掌から淡い光が溢れた。老婆の顔色が、みるみるうちに良くなっていく。
「……あ、あったかい。痛みが、消えていく……」
老婆が目を見開いた。リーゼロッテ自身も驚いていた。グランツにいた三年間、こんなに明瞭に力が発現したことは一度もなかった。あの聖具が——首に下げた銀の十字架が、力を抑えていたのだ。
次の村でも、その次の村でも、リーゼロッテは病人を癒し続けた。力を使うたびに、体の中の聖光が澄んでいく。まるで長い間封じ込められていた泉が、蓋を外されて溢れ出すように。
グランツにいた三年間が嘘のようだった。あの頃、どれだけ祈っても力は霧のように薄まり、目に見える奇跡は何一つ起こせなかった。カールに「偽物」と呼ばれても反論できなかったのは、自分でも力を疑っていたからだ。
しかし聖具を外した今、力は止めどなく溢れてくる。あの十字架は力の源泉ではなく、蓋だったのだ。
なぜ聖具が力を抑える仕組みになっていたのか——その答えは、後にアレクシスが教えてくれることになる。
噂は瞬く間に広がった。
「銀髪の聖女が来た」「触れただけで病が治る」「枯れた井戸が蘇った」
行く先々で民が手を合わせ、涙を流した。リーゼロッテは戸惑いながらも、一人一人に手を差し伸べた。グランツでは誰も見せてくれなかった——感謝の眼差し。
その噂が、王都に届いた。
ヴォルフガング王国の王都ヴォルフスブルクは、美しい城壁に囲まれた街だった。しかし今は疫病の影が落ち、街は沈んでいた。
リーゼロッテが王都に辿り着いたとき、城門の前に一人の男が立っていた。
黒い髪。深い緑の瞳。質素な麻の上衣を着ているが、背筋の伸び方と目の光に、ただ者ではない気配があった。
「あなたが——噂の銀髪の聖女ですか」
「聖女では……もう、ありません」
「そうか」
アレクシス・ヴォルフガングは、頷いた。
「では、聖女でなくてもいい。この国を救える力を持つ人として、力を貸してほしい」
肩書きではなく、力を見ていた。リーゼロッテがずっと求めていた言葉だった。
「……はい」
声が、少し震えた。
アレクシスはリーゼロッテを城に招き、国の窮状を包み隠さず説明した。
「疫病は一年ほど前から広がっている。近隣諸国に助けを求めたが、グランツ王国を含め、全て断られた」
「グランツが……断った?」
「ああ。『我が国の聖女は忙しい』とのことだった」
リーゼロッテは唇を噛んだ。エルゼには病を癒す力などないだろう。力がないから「忙しい」と断るしかなかったのだ。結果として、隣国の民が苦しんでいる。
アレクシスは地図を広げた。
「この国の中心にある大泉が枯れた。あの泉が王国の水源であり、地下水脈で国中の井戸と繋がっている。泉が枯れたことで水が汚れ、疫病が広がった」
「泉を蘇らせれば、根本を断てるということですか」
「そうだ。ただし、大泉を蘇らせるには相応の力がいる。我が国に聖女はおらず——」
アレクシスは一度言葉を切り、リーゼロッテを見た。
「あなたの噂を聞いたとき、正直に言えば疑った。追放された聖女に国を救う力があるのかと。しかし村々の報告を読んで確信した」
「……案内してください」
翌日、リーゼロッテは大泉の前に立った。
かつて王国を潤していたという大泉は、今は干上がった巨大な窪地でしかなかった。地面にはひび割れが走り、周囲の木々は枯れ果てている。
リーゼロッテは窪地の中央に膝をつき、両手を組み、目を閉じた。
祈った。
グランツにいた三年間の祈りとは、全く違った。あの頃は聖具が枷となり、力は霧のように散っていた。今は違う。力が体の芯から湧き上がり、大地に流れ込んでいく。
地面が震えた。裂け目から水が染み出した。最初は細い糸のように。やがて溢れ、噴き出し、窪地を満たしていく。透き通った水が陽光を受けて輝いた。
泉の周りに白い花が咲いた。一輪、二輪——見る間に広がり、荒れた大地を覆っていく。枯れていた木々に新しい芽が吹き、乾ききった空気に水の匂いが満ちた。
リーゼロッテが目を開けたとき、枯れた窪地は青く澄んだ泉に変わっていた。水底まで透き通る水が、太陽の光を受けて金色に輝いている。グランツで三年間祈り続けて一度も起こせなかった奇跡が、枷を外しただけでこんなにも容易く実現した。この力を「偽物」と呼んだ男の顔が、一瞬だけ頭をよぎった。
周囲で見守っていた民が、声を上げた。歓声。涙。膝をつく者。手を合わせる者。子どもが泉に駆け寄り、水を掬って飲んだ。「甘い!」と叫んだ。その声で、大人たちの涙がいっそう溢れた。
「光の聖女だ——!」
アレクシスは泉のほとりに立ち、静かにリーゼロッテを見つめていた。
「——これが、あなたの力だ」
リーゼロッテの目から涙が零れた。
この力を「偽物」と呼んだ男がいた。でも今、目の前には力を信じてくれる人がいる。そして力を必要としてくれる国がある。
「……ありがとう、ございます」
何に対しての感謝なのか、自分でもよく分からなかった。ただ、ようやく息ができる場所に辿り着いた気がした。
大泉が蘇ったことで、地下水脈を通じて国中の井戸が息を吹き返した。水が清らかになり、疫病は急速に収まっていった。
しかしリーゼロッテは大泉だけでは満足しなかった。毎日のように国中を回り、病人を癒し、地方の小さな泉や井戸も一つ一つ蘇らせていった。手を抜かなかった。グランツでは力を出すことを許されなかった分を取り戻すかのように。
アレクシスは常に傍にいた。護衛としてではなく、同行者として。
「無理をしすぎだ。少し休め」
「まだ、北の村が——」
「北の村は明日行く。今日は休む日だ」
リーゼロッテが断ろうとすると、アレクシスは黙って温かいスープを差し出した。「休め」と言うだけでなく、休める環境を整えてくれる。不器用だが、温かい。
カールは違った。「聖女としてもっと働け」「なぜ目に見える奇跡を起こせない」。労いの言葉は一度もなかった。結界の維持がどれほど消耗する仕事か、知ろうともしなかった。
アレクシスは知っていた。力を使った後のリーゼロッテの顔色を見て、どれだけ消耗しているかを察していた。だから「休め」と言うのだ。
ある夜。城のバルコニーで、リーゼロッテが星空を見上げていた。
「グランツの星空とは、違いますね」
「そうか?」
「ええ。こちらの方が——近い気がします」
アレクシスは黙って隣に立った。
「この国に来てよかったと、思いますか」
リーゼロッテは少し考えて、頷いた。
「はい。初めて——自分の力が、ちゃんと誰かに届いていると感じられます」
「ずっと届いていたんだ。気づかない人間がいただけで」
——あなた、ではなく。いつの間にか、アレクシスの口調から敬称が消えていた。
リーゼロッテは息を飲んだ。
「君がグランツの結界を守っていたことは、この国でも噂になっていた。聖女が追放されたと聞いたとき、結界は長くないと思った」
「……ご存知だったのですか」
「ああ。だから、あなたが国境を越えてきたとき、すぐに会いに行った」
アレクシスは少し間を置いて続けた。
「それと——聖具のことだが」
「聖具?」
「グランツの聖具は、もともと力を増幅するものではなく、制御するためのものだ。聖女の力が強すぎる場合、王家にとって脅威になる。だから抑え込む。——古い文献にそう記されていた」
リーゼロッテは声を失った。三年間、力が出なかった理由。偽物と呼ばれた原因。それは自分の力が弱かったのではなく——強すぎたからだったのか。
「知っていて、黙っていたのですね。グランツの王家は」
「王太子が知っていたかは分からない。だが、神殿は確実に知っていた」
怒りは湧かなかった。もう、あの国のことで心を乱す必要はない。
アレクシスはリーゼロッテを見つめた。深い緑の瞳が、星明かりの下で穏やかに光っている。
「力が目当てだったのかと思いますか」
「……少し」
「最初はそうだった」
正直な男だ、とリーゼロッテは思った。
「だが、今は違う。力がなくても——いや、それは嘘になるな。正直に言う。君の力も、君自身も、両方だ」
リーゼロッテは笑った。泣きながら笑った。
カールは「偽物だ」と言った。エルゼは裏で「邪魔者」と呼んだ。誰も、リーゼロッテそのものを見ていなかった。
この人は——力も、人も、両方見ている。
「……ずるいです、そういう言い方」
「不器用なだけだ」
そして、秋風が吹き始めた頃——知らせは来た。
グランツ王国から、使者が到着した。
リーゼロッテがヴォルフガング王国に身を寄せて四ヶ月が経った頃だった。城の謁見の間に通された使者の顔は青ざめていた。
「リーゼロッテ様。グランツ王国から、帰還のお願いに参りました」
「……帰還?」
「はい。国の結界が——崩壊しました」
使者の声が震えた。顔色は蒼白で、旅の疲れだけではない憔悴が滲んでいた。
「リーゼロッテ様が去られた後、結界は徐々に薄れ、三ヶ月前に完全に消失しました。魔物が国境を越え、すでに南部三州が壊滅的な被害を——」
「エルゼ殿は」
リーゼロッテは静かに聞いた。
「……エルゼ殿は、結界を維持することができませんでした。聖女の力は——」
使者は言葉を詰まらせた。
「——偽物でした。聖具を身に着けても何も起こらず、神殿で祈っても光は灯りませんでした。最初から——何の力もなかったのです」
大広間が静まった。
偽物。あの日、カールがリーゼロッテに向けた言葉が、今度はエルゼに突き刺さっている。因果は巡る。時が証明すると、あの日リーゼロッテは言った。半年で、それは証明された。
「カール殿下からの親書です」
使者が差し出した封書を、リーゼロッテは受け取った。封を切る。
——リーゼロッテ。戻ってきてほしい。国が滅びる。お前の力が必要だ。あのときは間違いだった。認める。だから——
手紙はそこで終わっていた。
リーゼロッテは手紙を二度読んだ。三度読んだ。探している言葉を見つけようとして。
「すまなかった」の一言は、どこにもなかった。「間違いだった。認める」——それは謝罪ではない。損得の計算だ。結界が必要だから力を返してほしい。それだけだ。
リーゼロッテは手紙を静かに折り畳んだ。
「お返事を」
「……少し、お待ちください」
リーゼロッテは窓の外を見た。ヴォルフガングの青い空。蘇った泉から立ち上る水蒸気。街を歩く人々の笑顔。この国を、自分の力で守った。自分の力を信じてくれた人がいる。
隣に、アレクシスが立っていた。何も言わない。リーゼロッテの判断を待っている。指図もしない。引き留めもしない。ただ、静かにそこにいる。
リーゼロッテは使者に向き直った。
「カール殿下に、お伝えください」
深く息を吸った。
「あの国に戻る理由が、もう一つもないのです」
敬語が外れていた。けれど、それがリーゼロッテの本音だった。
使者が絶句した。
「し、しかし……! 結界がなければ、グランツは——」
「結界は聖女の力で成り立つもの。聖女を追放したのは、グランツご自身です」
「カール殿下は過ちを認めておられます!」
「過ちを認めることと、謝ることは違います。そして必要だから呼び戻すことと、大切に思うことも」
リーゼロッテの声は穏やかだった。怒りも恨みもない。ただ、事実を述べているだけだった。
「あの手紙のどこにも、『すまなかった』の一言はありませんでした」
使者は言葉を失った。
アレクシスが一歩前に出た。
「使者殿。一つお伝えすることがある」
ヴォルフガング王の声が、謁見の間に響いた。
「リーゼロッテ殿は、我が国の聖女だ。——そして」
アレクシスの視線がリーゼロッテに向いた。リーゼロッテが小さく頷いた。
「——私の妻になる人だ」
使者の顔から、最後の血の気が引いた。
使者が去った後、リーゼロッテはバルコニーに立っていた。
グランツの方角を、しばらく見つめていた。あの国には思い出がある。公爵令嬢として育った館。神殿で祈りを捧げた日々。——しかし、あの場所で自分を必要としてくれた人はいなかった。
「後悔しないか」
アレクシスが隣に来た。
「しません」
即答だった。
「……先ほどの、陛下の言葉は」
「本気だ。——ただし、返事は急がない。俺のことは後でいい」
「後でいい、って」
「まず国の復興が先だ。結婚は——まあ、泉が全部蘇ったら、改めて聞く」
リーゼロッテは思わず吹き出した。
「順番がおかしいです」
「不器用なんだ。前にも言った」
星空の下、二人は笑った。
「偽物」と呼ばれた聖女は、本物の居場所を見つけた。
力を信じてくれる国。力ではなく自分を見てくれる人。あの日失ったものよりも、ずっと大きなものが、ここにある。
後日。グランツ王国から、続報が届いた。
結界の崩壊は止まらず、魔物の侵入は激化している。エルゼは聖女の座を剥奪され、詐欺の罪で投獄された。カールは「本物の聖女を追放した愚王」と民に呼ばれ、王太子の地位を剥奪された。王は息子の不始末に頭を抱え、各地で暴動が起き、難民がヴォルフガング王国に流れ始めた。
アレクシスはリーゼロッテに相談した。
「グランツの難民を受け入れたい。あなたの力があれば、この国は彼らを養える」
「……私を追い出した国の人々を?」
「追い出したのは王太子と偽聖女だ。民に罪はない」
リーゼロッテは頷いた。
「ええ。その通りです」
ヴォルフガング王国は難民を受け入れた。リーゼロッテは自ら国境に立ち、病み疲れた人々を癒し続けた。
グランツから逃げてきた民が、リーゼロッテを見て泣いた。
「聖女様……あなたは、本当に聖女様だった……!」
リーゼロッテは微笑んだ。許すとも許さないとも言わなかった。ただ手を差し伸べて、癒した。怒りは、もうない。グランツへの未練も。あるのは目の前で苦しむ人を放っておけない、ただそれだけの想い。
それが、本物の聖女のあり方だった。
カールには分からなかっただろう。聖女の力は、輝かしい奇跡だけではない。目の前の一人に手を差し伸べる——その繰り返しが、結界という巨大な力の源泉だったのだ。
夜。ヴォルフスブルクの城のバルコニー。
リーゼロッテは手を広げて、空を見上げた。この国の星空は、もう見慣れた景色になっていた。
「陛下」
「ん?」
「泉は——あと三つで全部蘇ります」
「そうか」
「そうしたら——」
リーゼロッテは頬を赤くして、言った。
「——お返事しても、いいですか」
アレクシスは一瞬きょとんとして、それから笑った。今まで見た中で一番柔らかい笑顔だった。
「ああ。——待ってる。泉が蘇るまでも、その先も」
偽物と呼ばれた日から、半年。
あの日失ったもの——聖女の座、婚約者、祖国。
あの日得たもの——本当の力、本当の居場所、本当に自分を見てくれる人。
失ったものと得たものを天秤にかけたら、答えは明らかだった。
リーゼロッテの聖光は、今夜も穏やかにヴォルフガングの大地を照らしている。
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「実力証明型」の王道ストーリーです。追放されて枷が外れたら本物の力が覚醒する、というのはベタですが、だからこそ気持ちいい。カールの手紙に「すまなかった」がないところがポイントです。認めることと謝ることは違う——そこに気づかない人は、何度でも同じ過ちを繰り返します。
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