S01-P22 婚約破棄された回数、五回。すべて同じ令嬢の策略だったと気づいたとき、王国の貴公子たちはもう手遅れだった

第1話: 五度の連鎖を断つ者

第1アーク · 9,023文字 · revised

婚約破棄された回数は五回。もう一度増えても、きっと慣れる——そう思っていた。

リンデン伯爵邸の自室で、私はそっと窓の外を眺めていた。

春の庭園は華やかな花々に彩られているが、私の心は晩秋の枯れ野のように冷えている。

「ベアトリーチェ」

父の声に振り返ると、リンデン伯爵の顔には複雑な表情が浮かんでいた。

喜びと不安、そして申し訳なさが入り混じったような。

「六度目の縁談が来た」

六度目。

その言葉を聞いて、私の胸に浮かんだのは期待ではなかった。諦めだった。

「お相手は……シュヴァルツェン公爵のご子息、エドヴァルト様だそうだ」

公爵家。

シュテルン王国に三つしかない、王家に次ぐ最高位の名門。

本来なら伯爵家の娘が縁組できる相手ではない。

けれど私は知っている。これは厚遇ではない。憐れみだ。

五度も婚約破棄された「呪われた令嬢」を引き取ってくれる貴族など、もはや存在しない。

父がどれほど奔走して、この縁談を得たのか——想像するだけで胸が痛んだ。

妹のエリーゼの縁談にまで影響が出始めている。「呪われた令嬢の妹」という烙印は、十五歳の少女には重すぎる荷だ。

これ以上、家族に迷惑はかけられない。

「ご迷惑でなければ、お受けいたします」

私は淡々と答えた。

父の顔がほんの少し、強張った。私の声に感情が欠けていることに、彼は気づいているのだろう。

「ベアトリーチェ……」

「大丈夫です、お父様。今度も、きっと……」

大丈夫ではないことくらい、分かっている。けれど、どうすればいいのか分からない。

六度目の婚約は、また壊されるのだろう。それが私の星回りなのだから。


翌日、エドヴァルト・フォン・シュヴァルツェンが挨拶のために訪れた。

応接間で私は彼を待った。

淡い亜麻色の髪を控えめに一つにまとめ、質素だが仕立ての良いドレスを身につけた私は、できるだけ目立たないように——これ以上失望させないようにと、そう思っていた。

扉が開き、彼が入ってきた。

濃い栗色の短髪。深い青色の瞳。

長身で引き締まった体格は文武両道を思わせる。

端正な顔立ちだが、威圧感はない。むしろ穏やかな印象を与える青年だった。

「初めまして、ベアトリーチェ・フォン・リンデン様。エドヴァルトと申します」

丁寧な挨拶。

ああ、この人も社交辞令で始めるのだろう。そして数週間後、何かの噂を耳にして——

「五度の婚約破棄について、お聞きしてもよろしいですか?」

思考が止まった。

今まで、婚約者となる男性たちは二種類に分かれていた。

「過去は気にしない」と表向きは言う者と、最初から偏見を持っている者。

でも、こんなふうに真っ直ぐ尋ねてくる人は——誰もいなかった。

「……何を、お知りになりたいのですか」

「全てです」

エドヴァルトは静かに言った。

その青い瞳に浮かぶのは、好奇心でも蔑みでもなく、ただ真実を知りたいという意志だった。

「私はあなたを調べさせていただきます。五度の婚約破棄、その全てについて。不快に思われるかもしれませんが、真実を知りたいのです」

「……お好きになさってください」

私は淡々と答えた。

何を調べても構わない。何も出てこないから。

いや、何かが出てきても——もう慣れているから。

「何も出てきませんが、何かが出てきても、もう慣れていますから」

自嘲的な笑みを浮かべた私に、エドヴァルトはじっと視線を向けた。

「……本当に、あなた自身に問題があると、そう思っておられるのですか?」

「五度も婚約破棄されれば、そう考えるのが自然でしょう」

「違う」

彼は静かに、けれど断定的に言った。

「五度も婚約破棄が続くのは、自然ではありません。むしろ不自然だ。だから私は調べる。必ず真実を見つけます」

その言葉に、私の胸が——ほんの少しだけ、震えた。

そして、凍りついていたはずの心のどこかで、小さな火が灯った。

不自然。

そうだ、不自然なのだ。五度も続くのは。

——なぜ、私は今まで「自分が悪い」としか考えられなかったのだろう。

ほんの一瞬だけ、この人の調査の行方を知りたいと思った。もう期待しないと決めていたのに。


エドヴァルトの調査は、驚くほど迅速だった。

公爵家の情報網を使い、彼は過去五人の元婚約者たちに接触した。

そして私も、彼に求められて、五度の婚約破棄の記憶を語った。

一度目。十七歳の春。相手は侯爵子息フリードリヒ・フォン・ブレンナー。

彼は華やかで自信に満ちた青年だった。

私たちの婚約は、両家にとって理想的な縁組だとされていた。

婚約式の準備は順調に進んでいた。招待状は発送され、私のドレスも仕立て上がっていた。

けれど式の三日前、突然の噂が流れた。

「ベアトリーチェは使用人の男と密通している」

根も葉もない嘘だった。

私は誰とも密通などしていない。でも、噂はあっという間に広がった。

婚約式の会場で、大勢の貴族たちの前で、フリードリヒは私を糾弾した。

『お前のような不貞の女と、俺は婚約などできない! 今すぐ婚約を破棄する!』

彼の声は怒りに震えていた。

会場がどよめいた。視線が私に突き刺さった。

何が起きたのか分からなかった。ただ呆然と立ち尽くし、視線が刺さるのを感じながら、私は泣くことしかできなかった。

友人たちは離れていった。誰も私を信じてくれなかった。

十七歳の私には、何が起きているのか理解できなかった。

ただ、世界が崩れていくのを感じていた。

二度目。十八歳の夏。相手は騎士団副団長カール。

彼は真面目で実直な人だった。華やかさはないが、信頼できる男性だと思っていた。

カールとの婚約は、前回の失敗から立ち直った私にとって、新しい希望だった。

でも、また噂が流れた。

「ベアトリーチェは前の婚約者にまだ未練がある。不実な女だ」

カールは激昂することもなく、冷静に書面を送ってきた。

『騎士の妻にふさわしくない。婚約を解消する』

感情のない、事務的な言葉だった。

それが逆に、私の心を深く傷つけた。

その頃から、私は自分を責めるようになった。

私が悪いのかもしれない。何か、私に問題があるのかもしれない。

夜、一人で泣いた。誰にも相談できなかった。

三度目。十九歳の秋。相手は魔法学院の教授ヴィルヘルム。

彼は学識豊かで、穏やかな人だった。

彼との婚約のために、私は必死に勉強した。

歴史も地理も数学も、彼の専門分野を学び、少しでも役に立てるようにと。

夜遅くまで書物を読み、試験も受けた。学院長からも優秀だと認められた。

けれど流れた噂は「魔力を偽装している、学歴詐称だ」。

学院長立ち会いのもと、ヴィルヘルムは婚約を破棄した。

「学院の体面がある」と。

必死に積み重ねた努力が、全て否定された。

その日から、私は自信を完全に失った。

何をしても無駄なのだと、そう思うようになった。

四度目。二十歳の冬。相手は辺境伯次男ルートヴィヒ。

彼は穏やかで、野心のない人だった。

本来なら伯爵令嬢の私が辺境伯次男と婚約するのは格下婚だが、もう選べる立場ではなかった。

噂は「リンデン伯爵家は没落寸前、持参金目当てで近づいている」。

ルートヴィヒの家族が反対し、彼は渋々婚約を破棄した。

彼は謝罪の手紙を送ってきた。「申し訳ない」と。

でも、もう泣かなかった。ただ黙って受け入れた。

感情が麻痺していくのを感じていた。

五度目。二十一歳の春。相手は男爵家当主オスヴァルト。

最も格下の相手だった。それでも私には相応しいのだと、そう思っていた。

噂は「呪われている、関わると不幸になる」。

迷信深いオスヴァルトは恐れおののき、婚約を破棄した。

彼は私の顔を見ることもできなかった。まるで私が魔物であるかのように。

何も感じなくなった。諦めだけが残った。

——そして今、六度目。

「エドヴァルト様の番です」と私は彼に言った。

「次はどんな噂が流れるのでしょうね」

けれど彼は首を横に振った。

「次の噂は流れない。なぜなら——」

彼は私の目を真っ直ぐ見つめた。

「全ての噂の出所を、突き止めたからです」


一ヶ月後、エドヴァルトの書斎で、私は調査結果を聞いた。

机の上には、五枚の紙が並べられていた。

それぞれに、噂の伝播経路が図解されていた。

「五度の婚約破棄、全てに共通点がありました」

エドヴァルトは静かに語り始めた。

「第一回の密通の噂。最初に広めたのは、リンデン伯爵邸の元使用人でした。彼は買収されていた」

私の手が震えた。

「彼の証言を得るまでに一週間かかりました。最初は口を割りませんでしたが、公爵家の名で問いただすと、全てを話しました。金銭を受け取り、偽の噂を流すよう指示されたと」

「第二回の未練の噂。出所は社交界の下級貴族夫人。彼女もまた、金銭を受け取っていた」

「第三回、第四回、第五回——全て同じです。誰かが金を払い、噂を流させていた」

エドヴァルトは五つの図を指差した。

それぞれの噂が、異なる人物から発信されている。

でも、全ての線が——一つの名前に収束していた。

「そして——全ての買収者に繋がる人物が、一人だけいました」

彼が告げた名前に、私の思考が真っ白になった。

「マルガレーテ・フォン・ヴァイスブルク。あなたの幼馴染です」

嘘だ。

マルガレーテは、私の友人だった。

五度の婚約破棄のたびに、誰よりも先に慰めに来てくれた。

『ベアトリーチェ、辛かったでしょう。大丈夫、次はきっと上手くいくわ』

優しい声。優雅な笑顔。

慰めの言葉をかけながら、彼女は私の手を握ってくれた。

その温かさが、どれほど私を支えてくれたか。

「証拠は揃っています」

エドヴァルトは、買収された使用人たちの証言書を示した。

全てに、マルガレーテの名があった。

「彼女は十五歳の頃から、あなたに嫉妬していたそうです。何でも器用にこなすあなたが、許せなかった。そして十七歳、あなたの最初の婚約を知ったとき——彼女は行動に出た」

違う。違う。

マルガレーテは私の友達だった。幼い頃から一緒に遊んだ、大切な——

「五度全てが、彼女の策略でした」

エドヴァルトの言葉が、胸に突き刺さった。

「あなたは何一つ悪くなかった。全ては一人の人間の悪意によるものです」

私は——泣いていた。

五度の婚約破棄で、私は泣かなくなったはずだった。感情を失ったはずだった。

でも今、涙が止まらなかった。

怒りではない。悲しみだ。

友だと思っていた人が、ずっと私を傷つけていた。

五度の破棄のたびに慰めてくれた優しさが、全て嘘だった——

その事実が、胸を引き裂いた。

けれど、涙の中で——ほんの小さな光が見えた。

五年間、自分を責め続けてきた。

何が悪かったのか。どうすれば良かったのか。

夜ごと自分に問い続け、答えが見つからないまま、自分を削り続けてきた。

でも——違ったのだ。

私は、何も悪くなかった。

エドヴァルトに言われたからではない。証拠を見せられたからでもない。

五年間ずっと、心のどこかで感じていた。「おかしい」と。「こんなに続くのは不自然だ」と。

でもその声を、自分で押し殺していた。誰も信じてくれないから。自分で自分を信じることすら、怖かったから。

今、私は自分の声を聞く。

——私は悪くなかった。

この言葉を、初めて自分自身に許すことができた。

「ベアトリーチェ様」

エドヴァルトが静かに手を差し出した。

「私が必ず、全てを明らかにします。あなたの名誉を回復させます。そして——」

彼の青い瞳が、真っ直ぐ私を見つめた。

「六度目の婚約は、必ず守ります」

その言葉が——ほんの少しだけ、私の心を温めた。


春の大舞踏会。

シュテルン王国の主要貴族が一堂に会する、社交シーズン最大の催しだった。

調査結果を得てから二週間後、エドヴァルトは舞踏会を断罪の場に選んだ。五人の元婚約者全員がこの舞踏会に出席することを、彼は事前に確認していた。

私はエドヴァルトの婚約者として、初めて公の場に姿を現した。

淡い水色のドレスを身につけた私に、貴族たちの視線が集まる。

「呪われた令嬢だ」

「六度目の婚約者とは、公爵家も物好きだな」

囁き声が聞こえる。いつものことだった。

でも今日は——エドヴァルトが隣にいる。

「大丈夫ですか?」

彼の問いかけに、私は小さく頷いた。

会場の一角に、見慣れた姿があった。

マルガレーテ・フォン・ヴァイスブルク。

艶やかな黒髪を完璧に整え、華やかなドレスを身につけた彼女は、社交界の華だった。

彼女はこちらに気づき、優雅な笑顔を浮かべて近づいてきた。

「あら、ベアトリーチェ。六度目の御縁談ですって? 今度こそ上手くいくといいわね」

その声は、いつもと同じだった。

優しくて、温かくて——嘘に満ちていた。

「マルガレーテ様」

エドヴァルトが彼女に声をかけた。

「これから少々、皆様にお話があります。あなたも、ぜひお聞きください」

「まあ、何かしら?」

マルガレーテは首を傾げた。その表情には、まだ余裕があった。

エドヴァルトが壇上に上がった。

会場がざわめく。公爵子息が何を話すのか——皆が注目した。

「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は、ベアトリーチェ・フォン・リンデン様の名誉に関わる重大な事実を、ご報告させていただきます」

会場が静まり返った。

「ベアトリーチェ様は五度の婚約破棄を経験され、『呪われた令嬢』と呼ばれてきました。しかし——その全てが、一人の人間による計画的な策略でした」

どよめきが広がった。

「第一回。密通の噂。出所は買収された使用人でした」

エドヴァルトは証人を呼んだ。

老いた使用人が震える声で証言する。

『お金をいただいて、嘘の噂を流しました。指示をくださったのは——マルガレーテ・フォン・ヴァイスブルク様です』

会場が騒然となった。

マルガレーテの顔色が、ほんの少し変わった。

「第二回。未練の噂。これも買収された下級貴族の夫人によって広められました」

次の証人が呼ばれる。

年老いた貴族夫人が、震える声で語った。

『金銭的に困窮していたとき、マルガレーテ様が助けてくださいました。その代わりに、噂を流すようにと……』

「第三回。詐称の噂。第四回。金目当ての噂。第五回。呪いの噂——全てです」

次々と証人が呼ばれた。下級貴族、使用人、商人。

彼らは皆、同じことを証言した。

『マルガレーテ様に頼まれました』

『金銭を受け取りました』

『嘘だと知っていましたが、断れませんでした』

エドヴァルトは噂の伝播経路を示した図を掲げた。

全ての線が、一点に収束している。

その中心に——マルガレーテ・フォン・ヴァイスブルクの名前。

「マルガレーテ・フォン・ヴァイスブルク。あなたが五度の婚約破棄を仕組んだ張本人です」

会場の視線が、一斉にマルガレーテに向いた。

彼女は——まだ笑っていた。

「何のことか分かりませんわ。わたくしがベアトリーチェに、そんなことをする理由がありますか? わたくしたちは幼馴染で、親友なのですよ?」

その声は優雅だった。完璧な演技だった。

「理由ならあります」

エドヴァルトは静かに言った。

「嫉妬です。何でも器用にこなすベアトリーチェ様が、あなたには許せなかった。十五歳の社交界デビューで、彼女が好評を博したとき——あなたの中で何かが壊れた」

「それは——」

「五度の破棄のたび、あなたは真っ先に慰めに行った。友人を演じることで、罪悪感を打ち消し、優越感に浸っていた。違いますか?」

マルガレーテの顔が、みるみる青ざめていく。

「証拠は全て揃っています。買収の記録、証人の証言、噂の伝播経路——全てがあなたを指している」

「嘘よ!」

マルガレーテの声が、初めて乱れた。

「わたくしは何もしていない! 証拠だなんて、でっち上げに決まっているわ! ベアトリーチェが——あの女がっ!」

会場がどよめいた。

「あの女さえいなければ、わたくしが一番だったのに! 何でもできて、みんなに好かれて——あたしより目立って——!」

一人称が崩れた。

「わたくし」が「あたし」に変わった瞬間、マルガレーテの仮面が剥がれ落ちた。

「五回も! 五回も邪魔してやったのに! なんでまだ、あんたは——!」

錯乱した彼女の叫びが、全てを証明した。

会場は静まり返った。誰もが、真実を理解した。

そして——私の視界の隅に、見覚えのある姿があった。

フリードリヒ・フォン・ブレンナー。

私の最初の婚約者だった男性。

彼は顔を覆っていた。その肩が、小刻みに震えていた。

「俺は……噂一つで……」

彼の声が聞こえた。

「あんな素晴らしい女性を……確認もせず……手放した……」

カールの姿もあった。かつての騎士団副団長。

彼は拳を強く握りしめていた。壁に寄りかかり、誰とも目を合わせようとしない。

「書面一つで切り捨てた……あの子は騎士の妻にふさわしくないと。だが本当にふさわしくなかったのは、真実を確かめもしなかった俺のほうだ」

ヴィルヘルムは蒼白な顔で、何度も眼鏡を押し上げていた。

「彼女は私の講義を誰よりも熱心に聞いていた。試験の答案は学院でも五指に入る出来だった。……それを『詐称』の一言で切り捨てた。学院の体面? 体面を汚したのは私のほうだ」

ルートヴィヒは俯いたまま、小さく呟いた。

「家族の反対に、一度も抗えなかった。謝罪の手紙すら、二度と送れなかった」

オスヴァルトは震えていた。呪いだの迷信だのと怯えた自分が、今度こそ本当に呪われたように。

彼らは皆、打ちのめされた表情をしていた。

真相を知ったとき——もう手遅れだった。

私の心は、もう彼らには向いていない。

隣にいるエドヴァルトに、全てを委ねていた。


舞踏会の後、マルガレーテは社交界から追放された。

ヴァイスブルク侯爵家は多額の賠償金を支払い、公式に謝罪した。

リンデン伯爵家の名誉は回復し、「呪われた令嬢」という異名は消えた。

エリーゼの縁談にも、ようやく光が差し始めたと父が言っていた。姉の呪いが解けたのだと——妹は泣いて喜んだそうだ。

数日後、元婚約者たちが、謝罪に訪れた。

最初に来たのはフリードリヒだった。

「ベアトリーチェ様……あの頃の俺は、愚かでした」

彼は深く頭を下げた。

かつて私を糾弾した男は、今は後悔に満ちた瞳をしていた。

「噂一つで、確認もせず、あなたを傷つけた。あなたの誠実さ、優しさ、全てを疑った。許してくれとは——言えません」

カールも来た。

「騎士として、真実を見極めるべきだった。書面一つで切り捨てた自分が、恥ずかしい」

ヴィルヘルムも謝罪した。

「あれほど優秀な生徒を、学院の体面のために切り捨てた。教育者として、人として、最低でした」

彼らの謝罪は、心からのものだった。

でも——

「もういいのです」

私は穏やかに答えた。

「あの経験がなければ、エドヴァルト様と出会えなかったのですから」

フリードリヒの目が見開かれた。

そして——彼は静かに微笑んだ。

諦めと、祝福の入り混じった笑みだった。

「……そうですか。それなら、良かった」

彼は去っていった。二度と振り返ることなく。


断罪から一週間後の夕暮れ。

庭園で、私はエドヴァルトと二人きりだった。

春の花々が咲き誇る中、彼は私の隣に立っていた。

「六度目の婚約は、破棄されずに済みそうですね」

彼の言葉に、私は——笑った。

心から笑ったのは、何年ぶりだろう。

五度の婚約破棄を経験してから、私は笑顔を忘れていた。でも今、頬が勝手に緩んで、止められなかった。

「ええ。……もう、壊されませんね」

丁寧語が少し崩れた。自分でも驚いた。でも、不思議と恥ずかしくなかった。

エドヴァルトが優しく微笑んだ。その笑顔が、とても温かくて——胸の奥から、何かが込み上げてきた。

「では、次は結婚式の準備ですね」

「……はい」

涙が一筋、頬を伝った。

五度の婚約破棄で流した涙とは、まるで違う。温かくて、軽くて、胸が痛くない涙だった。

ああ、これが安堵というものなのだ。

五度の傷を乗り越えて、私は初めて「幸せ」を信じることができた。

私は悪くなかった。

その言葉を、今なら心から——自分自身に言える。

六度目の婚約は、私の人生を変えた。

呪いではなく、祝福として。

そして——エドヴァルトの手が、そっと私の手を包んだ。

温かかった。

この温かさが、これからもずっと続くのだと——私は、もう怖がらずに信じることができた。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

今作のテーマは「繰り返される加害と、それを見抜く人」です。ベアトリーチェは五度の婚約破棄を経験して、自分を責め続けました。「私に問題があるのだ」と。これは現実のいじめや嫌がらせの構造と同じです——被害者が自分を責め、加害者は友人のふりをして近くにいる。マルガレーテが毎回「辛かったでしょう。大丈夫、次はきっと上手くいくわ」と慰めに来る場面は、書いていて一番ぞっとしました。優しさの皮を被った悪意ほど、人を壊すものはありません。

この作品でいちばん大切にしたのは、ベアトリーチェが五度の破棄を経て「感情が麻痺していく」過程です。一度目は泣いた。二度目は自分を責めた。三度目は自信を失い、四度目は黙って受け入れ、五度目は何も感じなくなった。だからこそ、エドヴァルトの「五度も婚約破棄が続くのは、自然ではありません。むしろ不自然だ」という一言が効くんです。初めて「おかしいのはあなたじゃない」と言ってくれた人。

元婚約者たちの後悔も丁寧に書きたかった場面です。フリードリヒの「噂一つで……確認もせず……手放した……」という震える声。彼らは悪人ではなかった。ただ、真実を確かめる手間を惜しんだだけ。そしてベアトリーチェの「あの経験がなければ、エドヴァルト様と出会えなかったのですから」という言葉に、フリードリヒが「諦めと祝福の入り混じった笑み」を浮かべて去っていく——あの一瞬に、この物語の全てが詰まっていると思います。

◇◆◇ 「捨てられ令嬢は最後に笑う」シリーズ ◇◆◇

婚約破棄・追放・裏切り——捨てられた令嬢たちが、それぞれの方法で最後に笑う短編シリーズです。

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