S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第0話: 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

5,394文字 · revised

目が覚めたら、でっかい椅子に座っとった。

◆よしこ視点

なんやこの椅子。

座り心地悪いな。石か? 石やな。おしり痛い。

周りを見る。

暗い。天井が高い。なんか紫色の炎が揺れとる。

正面に、ずらーっと並んだ何かが——

「魔王様! お目覚めでございますか!」

銀髪のシュッとした男が、片膝をついてこっちを見とる。

「……あんた、誰?」

男がぴくっとした。

「ヴェルザでございます。四天王筆頭、三百年お仕えして——」

「三百年!? 元気やなぁ」

男が固まった。

えーと。

わて、田中よしこ。62歳。大阪府東大阪市在住。保育園の園長を定年退職して、昨日、孫の顔見に行こう思て家を出て——

……あれ? その後の記憶がない。

手を見る。

白い。細い。若い。

……若い?

「鏡……鏡ある?」

ヴェルザが慌てて鏡を持ってくる。

映っていたのは、黒髪の、えらい美人の、頭に角が生えた女やった。

「えっ……なにこの美人。誰?」

二度見した。三度見した。

鏡の中の美人も三度見してきた。——わてや。

肌つやっつや。毛穴ひとつない。62年生きてきてこんな肌見たことない。

ウエストほっそ。こんなウエスト、人生で一回もなかったで。出産前でもなかったで。

なんやこのまつ毛。扇風機か。

「…………」

角が生えとる。

正直、角よりも肌のハリのほうが衝撃やった。

角をつんつんする。痛い。本物や。

「魔王様?」

「ちょっと待ってな(^^)」

「……は?」

「あっ。——少し、待て」

(あかん、素が出た)

落ち着け、よしこ。

状況を整理しよう。

わてはどうやら、でっかい城の、でっかい椅子に座っとる、角の生えた美人に、なっとるらしい。

目の前の銀髪は「魔王様」と呼んどる。

魔王。

……魔王て。

「あの」

「はっ」

「お茶、ある?」

ヴェルザの眉がぴくぴくした。

「……お茶、でございますか」

「うん。なんか落ち着かへんから。あったかいやつ」

ヴェルザは三秒ほど固まった後、深く一礼した。

「……かしこまりました」

◆ヴェルザ視点

新しい魔王が、お茶を要求なさっている。

先代魔王が急死し、魔王城は混乱の極みにあった。

そこに継承の魔法陣が光り、玉座に新たな魔王が現れた。

膨大な魔力。歴代最強と言っても過言ではない。

その魔王が。

お茶を。

「ヴェルちゃん、砂糖ある?」

「……ヴェルザ、でございます」

「あ、ごめんな。ヴェルザさん」

——何なのだ、この方は。

お茶を飲みながら、状況を聞いた。

まとめるとこうや。

この世界には人間と魔族がおって、長いこと戦争しとる。わては魔族の親玉「魔王」になった。人間の側からは「勇者」いう子が送り込まれてくる。

「その勇者が、現在この城に向かっております」

「へぇ。何人?」

「三名と報告を受けております」

「三人で城に来んの? 大丈夫なん?」

ヴェルザが少し驚いた顔をした。

「大丈夫か、とは……?」

「いやだって、三人やで? 子どもなんやろ? この城めっちゃ広いし、迷わへん?」

「……倒しに来るのです。我々を」

「あぁ、そういう話か」

お茶をすする。

「まあ、来たら来たで考えよ(^^)」

ヴェルザが頭を抱えるのが見えた。

◆レオン視点

魔王城の門が、目の前にそびえていた。

「……でかいな」

俺は剣の柄を握り直した。

隣でリーゼが無言で城を見上げている。

後ろでガルドが小刻みに震えている。

三人。装備はボロボロ。

最後にまともな飯を食ったのは三日前。宿代を節約して野宿を続けたせいで、全員ふらふらだ。

だが、ここまで来た。

「行くぞ」

「……うん」

「は、はい……」

門を蹴り開ける。

——と思ったら、開いてた。

「……あれ?」

中は明るかった。

松明が灯り、廊下はきれいに掃除されている。どこからか、何かのいい匂いがする。

「……罠か?」

リーゼが周囲を警戒する。

ガルドが盾を構えたが、手が震えている。

奥の大広間の扉が開いていた。

中に——

「あら。来たの」

玉座に座った女が、こっちを見て笑った。

漆黒の長い髪。深紅の瞳。小さな角。

間違いない。魔王だ。

「俺は勇者レオンだ! 魔王、覚悟しろ!」

剣を抜く。

構える。

魔王が、じっとこっちを見た。

怖い目だろうと思った。

威圧的な、冷酷な、化け物の目——

違った。

魔王は、なんというか。

心配そうな目をしていた。

「……あんたら、いつからごはん食べてへんの(^^)?」

「……は?」

「あんた頬こけてるやん。そっちの女の子、顔色悪いし。後ろのでっかい子、手ぇ震えてるやん。それ空腹やろ」

「な、何を——」

「ちょっと待ってな。今なんか作るから」

魔王が玉座から立ち上がった。

「ヴェル——ヴェルザよ。台所は?」

(あかん、名前出てこん)

「……こちらでございます」

「ありがとな、ヴェルちゃん」

「……ヴェルザです」

魔王が、てってって、と歩いていった。

「…………」

「…………」

「…………」

三人で顔を見合わせた。

「……何が起きたんだ?」

リーゼが首を振った。

「……わからない」

◆よしこ視点

あかん。あの子ら、完全に栄養不足や。

台所についた。広い。——いや広いどころやない。体育館か。

食材は……肉がある。芋がある。よし。玉ねぎもある。にんじんは……あった。

「カレーは……ないか。ほな、シチューやな」

「魔王様、何をなさっておいでで——」

「ヴェルちゃん、鍋どこ?」

「……こちらに」

鍋が出てきた。

でか。

風呂桶か? いや風呂桶より大きい。園児200人分くらいいけるサイズや。

「……もうちょっと小さいのないの」

「これが最も小さなものでございます」

「最小でこれ!?」

まぁええわ。大は小を兼ねる。保育園のバザーで学んだことや。

鍋に水を張る。

芋の皮を剥く。包丁の握りが懐かしい。

保育園ではな、おやつも給食も自分で作ってたんよ。

40年やってたら、大体のもんは作れるようになる。

肉を切る。

野菜を切る。

鍋に放り込む。

——あの子ら、何歳くらいやろ。

赤い髪の子は16、17くらいか。銀髪の女の子は15、16。後ろのでっかい子は18くらいに見えるけど、たぶんもっと若い。

全員痩せとった。

服はボロボロ。

目の下に隈。

保育士を40年やっとったら、わかるねん。

あの目は、ちゃんとした大人に面倒を見てもらったことがない子の目や。

「…………」

火を強めた。

◆レオン視点

大広間で待っていると、匂いがしてきた。

温かい、肉と野菜の匂い。

腹が鳴った。

——くそ。

「レオン。おなか、鳴ってる」

「うるせぇ!」

リーゼが小さく笑った気がした。

ガルドは匂いの方をじっと見ている。

しばらくして、魔王が戻ってきた。

大きな鍋を持って。

——魔王のマントの裾をたくし上げて、腰のところで結んでいた。即席エプロンだ。

後ろからヴェルザが、とんでもない顔で立っていた。

「はい。できたで——」

あ。

「——できたぞ。勇者たちよ。食すがよい」

……うん。なんか違うけど、まあええか。

テーブルに鍋が置かれる。

蓋を開けると、湯気がぶわっと立ち上った。

シチューだった。

肉と芋と野菜がごろごろ入った、素朴な、温かいシチュー。

皿が並べられる。

スプーンが配られる。

「さ、食べ——」

魔王がぴたっと止まった。

俺たちの手を見ている。

「……ちょっと待ち。あんたら手ぇ洗った?」

「はぁ!?」

「食べる前に手ぇ洗い! 基本中の基本やろ!」

「い、いや——俺は勇者——」

「勇者でも手は洗う! はい来て来て来て」

魔王が有無を言わさず三人の背中を押して、廊下の水場まで連れて行った。

抵抗する気力がなかった。腹が減りすぎていた。

気がつけば、三人並んで手を洗っていた。

ヴェルザが廊下の柱の影から見ていた。

「勇者たちが……手を洗わされている……」

何を見せられているのだろうか。

水場から戻ると、皿が並んでいた。

「よし。ほな食べ(^^)」

俺たちは動かなかった。

「……毒でも入ってんのか」

言ってから、ちょっと後悔した。

魔王は少し困った顔をして、鍋から自分の皿にシチューをよそい、一口食べた。

「ほら。入ってない」

「…………」

「冷めるで——冷めるぞ。食べなさい」

——なんなんだよ、こいつは。

リーゼが先に動いた。

スプーンを手に取り、シチューを一口すくい、口に入れた。

二秒。三秒。

「……おかわり、ある?」

魔王がにっこり笑った。

「いっぱいあるよ(^^)」

ガルドが我慢できなくなったらしい。

皿を手に取り、がふがふと食べ始めた。目に涙が浮かんでいる。

「う、うまい……うまいです……」

「よしよし。いっぱい食べや」

——くそ。

俺は舌打ちして、スプーンを手に取った。

……うまかった。

腹が温かくなった。

なんか、目の奥がじんとした。

泣いてない。泣いてないからな。

◆ヴェルザ視点

魔王が勇者にシチューを作って食べさせている。

私はどういう顔をすればいいのだろうか。

三百年仕えてきたが、こういうのは初めてだ。

先代魔王なら、あの場で三人まとめて消し飛ばしていただろう。

だがこの魔王は——

「ヴェルちゃんも食べる?」

「……ヴェルザです」

「はいはい。ほら、どうぞ」

皿を差し出された。

……断る理由がない。

一口。

……美味い。

「美味しい?」

「…………」

四天王筆頭として、ここは毅然と——

「……美味しゅうございます」

魔王が嬉しそうに笑った。

……なんなのだ、この方は。

◆リーゼ視点

三杯目のシチューを食べている。

自分でも驚いている。

私は普段、一日一食で十分だった。食べなくても動ける。空腹には慣れている。

なのに。

「もうちょっと食べ? パンもあるで」

魔王が、パンの籠を差し出した。

「……なぜ」

「ん?」

「なぜ、敵に食事を出すの」

魔王は少し首をかしげた。

それから、当たり前のように言った。

「お腹すいてる子にごはんあげるのに、理由いる?(^^)」

「…………」

スプーンを握る手が、少し震えた。

——泣きそうになった。

意味がわからない。

シチューで泣きそうになるなんて、意味がわからない。

パンを受け取った。

ちぎって、シチューに浸して、食べた。

……美味しかった。

◆ガルド視点

五杯目を食べ終わったとき、僕は泣いていた。

「ぼ、僕……魔王を倒しに来たのに……ごはん食べて……泣いて……すみません……」

「ええよええよ。泣きたい時は泣いたらええねん(^^)」

魔王が、ぽんぽん、と頭を撫でてくれた。

その手のひらが、一瞬だけ淡く光った気がした。気のせいかもしれない。

……あったかかった。

僕は本当は戦いたくなかった。

体が大きいから、力が強いからって、剣を持たされた。

怖かった。ずっと怖かった。

魔王の手は、思っていたより小さくて、優しかった。

「がんばったなぁ。ここまで来れたん、えらいわ」

ぼろぼろと涙が出た。

レオンが横で、黙ってパンをちぎっていた。

顔は怒っているように見えたけど、目が赤かった。

◆よしこ視点

全員食べ終わった。

レオンくんは意地張って少なめに食べてたけど、最後にパン四つ食べてたから実質四杯やな。リーゼちゃんは途中からスプーンのスピード上がって三杯。ええ食べっぷりや。ガルくんは五杯——よう食べる子や。美味しそうに食べる子は、作る方のセンスもある。

三人とも、食べ終わったらうとうとし始めた。

そらそうや。腹が膨れたら眠くなる。子どもはそういうもんや。

「ヴェルちゃん」

「……ヴェルザでございますが」

「この子ら寝かすとこある? 布団。ベッド。なんでもええけど」

「……客室であれば」

「ほな、そこ使おう」

「勇者を客室に泊めると?」

「子どもを床で寝かすわけにいかんやろ」

ヴェルザが何か言いたそうにしていたが、結局「……かしこまりました」と頭を下げた。

レオンくんが半分寝ながら言った。

「俺は……勇者だぞ……明日……倒す……」

「はいはい。明日な。おやすみ(^^)」

「…………すー」

寝た。

リーゼちゃんはもう椅子で寝とった。

ガルくんは座ったまま壁にもたれて寝とった。

三人とも、ぐっすりや。

……ほんまに子どもやなぁ。

さてと。

わては魔王になったらしい。

魔法は使えん。剣も振れん。

できることなんて、ごはん作って、話聞いて、「頑張ったな」って言うくらいや。

でもな。

40年間、それでやってきたんよ。

保育園でも魔王城でも、やることは同じや。

目の前の子を、ちゃんと見る。

お腹いっぱいにして、安心して寝かせる。

「あんたはここにおってええんやで」って、伝える。

それだけでええんよ。

それだけで、子どもは育つんよ。

レオンくんの寝顔を見た。

起きてる時はあんなに怒った顔しとるのに、寝たら年相応の子どもの顔やった。

「……ほな、がんばりますかね(^^)」

魔王よしこ、62歳。

新しい保育園は、ちょっと大きめです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

この話は「世界で一番やさしい魔王がいたらどうなるか」を書いてみたくて生まれました。

よしこは魔法が使えません。剣も振れません。できることは「ごはんを作る」「話を聞く」「頑張ったねと言う」——それだけです。

でも、保育園で40年やってきた彼女は知っているのです。それだけで十分だということを。

お腹がすいている子には、まずごはん。
 眠い子には、まず布団。
 泣いている子には、まず「えらかったね」。

理屈じゃなくて、まず温かくする。それが、よしこの「魔王としての戦い方」です。

レオンもリーゼもガルドも、本当はただの子どもです。
 誰かに「おはよう」って言ってもらったことがない子たちです。
 そんな子たちが、魔王城で初めて「帰る場所」を見つける——そういうお話を、これから書いていけたらと思います。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

連載版もよろしくお願いいたします。

文字数: 5,394