S12-P01 固有スキル【ChatGPT】で異世界全自動化 〜魔法陣はCodexで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜

第12話: 魔法学院の研究者が来た

第2アーク · 6,407文字 · revised

収穫祭の翌朝、レンは踏み慣れた広場で片付けを手伝っていた。昨夜のかがり火の残り香が冷えた秋の空気に混じり、吐く息がうっすらと白い。

足元の枯れ葉を踏むと、乾いた音が鳴った。

その時——広場の外れに止まった馬車から、一人の影が降りてきた。

レンが想像していた人物とは、まるで違った。

厳めしい中年の学者か、白髪の魔術師を予想していた。魔法学院の調査官ならそれなりの年齢と威厳があるはずだ。

だが——降りてきたのは、小柄な少女だった。

身長は百五十五センチほど。薄い金髪がウェーブを描いて腰まで伸びている。丸眼鏡の奥に、淡いグリーンの瞳。白いローブには魔法学院の紋章が縫い込まれており、袖口にインクの染みが付いている。両腕に抱えた本が三冊。革鞄(かわかばん)から更に本がはみ出している。

少女は馬車から降りた瞬間、足元の段差に(つまず)いた。

「わっ——」

本が一冊落ちた。拾おうとして鞄から更に一冊落ちた。二冊を拾おうとしてバランスを崩し——残りの本も全部落ちた。

「…………」

レンは朝の広場でその光景を目撃した。

「大丈夫か?」

近づいて声をかけると、少女は地面にしゃがみ込んで本を拾いながら顔を上げた。

「あ、す、すみません。大丈夫です。ちょっと荷物が多くて——」

丁寧語。声は柔らかい。目の下にうっすらと(くま)がある。長旅の疲れが顔に出ている。

「手伝う」

レンが本を拾い始めた。タイトルが目に入る。

『魔法陣構造論・第三版』
 『精霊召喚の理論と実践』
 『固有スキル分類学——セントラリア王国魔法学院紀要』

全て学術書だ。しかも分厚い。この量を一人で抱えて旅をしてきたのか。

「ありがとうございます。あの、この村はヴィントヘルムで間違いないですか?」

「ああ。ここがヴィントヘルムだ」

「よかった……。王都を出てから十日ほどかかりました。途中の街道で馬を替えながら」

少女が本を受け取り、ようやく立ち上がった。ローブの裾についた土を払い、丸眼鏡の位置を直す。秋の朝風が金髪を揺らし、少女は小さく身震いした。

「わたし、セントラリア王都の魔法学院から参りました。メイラと申します。研究員——というか、まだ見習いなのですが」

「研究員」

レンの脳裏に、机の上に置いたままの羊皮紙がよぎった。魔法学院からの調査通知。

「もしかして——俺のスキルの調査?」

メイラの目が、一瞬で変わった。

おっとりした眼差しが鋭くなり、学者の目になった。レンの全身を上から下まで見る。観察している。だが同時に——その瞳の奥で、抑えきれない好奇心の炎がちらついているのが見えた。

「あなたが——レンハルト・コードさん、ですか」

「そうだが」

「固有スキル【生成AI】の保持者」

「……ああ」

メイラが一歩前に出た。

「あなたの術式について、学院で報告が上がっています。辺境でゴーレムを生成し、魔法陣を自動構築し、画像や動画の魔法投影を行っている、と」

「よく知ってるな」

「商人や旅人の情報が学院に集まるんです。辺境で前例のない魔法が使われていると聞けば、調査に来ないわけにはいきません」

メイラの声には、使命感と——好奇心が混じっていた。後者のほうが強い。頬がわずかに紅潮し、唇が微かに震えている。学術的興奮を必死に抑えている——そんな印象を受けた。

「レンさん」

「レンでいい」

「では、レンさん」

直らなかった。

「あなたの術式、既存の魔法理論では説明できません。もっと見せてください」

直球だった。挨拶もそこそこに、本題に入る。研究者気質だ。

レンは少し考えた。前世の感覚で言葉が出かけた。

(……ソースコードでも公開すればいいのか? いや、この世界にそのインフラはない)

頭の中で変換する。

「見せるのは構わない。だが、まず休んだらどうだ。十日も馬車で——」

「大丈夫です! 全然疲れてません!」

目の下の隈が反論していた。

***

村の集会所——レンが三回建てたあの集会所に、メイラを通した。

テーブルの上に、メイラの本が積み上がる。彼女は手帳とペンを取り出し、準備万端の姿勢でレンを見た。

「では、基本的な生成をお見せする」

レンが手を(かざ)した。テキスト生成の魔法陣が虚空に浮かぶ。光の文字列が回転し、構文が組み上がっていく。

「これは……」

メイラの目が見開かれた。

「魔法陣が——自動で構築されている? 詠唱なしで?」

「正確には、詠唱文(プロンプト)を内部で組み立てて、それに基づいて魔法陣が生成される。手書きの工程を全てスキップしている」

メイラは身を乗り出し、浮遊する魔法陣に顔を近づけた。鼻先が光に触れるほどの距離。

「構文が……見たことのない配列です。従来の魔法陣は中心対称か放射状なのに、これは——非対称の入れ子構造? しかも各層が独立して回転している……」

手帳にペンが走る。尋常でない速度のメモ。

「レンさん、この魔法陣の理論的基盤は何ですか? セルシオ式? 旧ヴァルガント体系?」

「どちらでもない。俺のスキルが独自に生成する」

「独自——」

メイラのペンが止まった。

「つまり、既存のどの体系にも属さない、完全に新しい魔法陣構造ということですか」

「そうなる」

沈黙。

そして——メイラの頬が紅くなった。

興奮だ。学術的興奮。知的好奇心が臨界点を超える瞬間の、あの独特の高揚。前世でも、新しいアーキテクチャの論文を読んだ時に同じ感覚になったことがある。

「すごい……これはすごいです! 論文になります! いえ、論文どころか、魔法理論の教科書を書き直さなければ——」

丁寧語が崩れ始めた。

「ちょ、ちょっと待ってください、もう一回見せて、いやもう三回くらい見せてほしいんですけど、あとこの構文の第三層、ここの回転速度が他の層と非同期なのはなぜですか、意図的ですか自動調整ですか——」

早口になった。息継ぎがない。目が爛々(らんらん)と光っている。丸眼鏡がずれ、ペンを持つ手が微かに震えている。学問に魂を奪われた人間の、純粋で真っ直ぐな姿だった。

「落ち着け」

「落ち着いてます!」

「落ち着いてない。呼吸しろ」

メイラが深呼吸した。眼鏡を直す手が、まだ震えている。

「……すみません。つい」

「いや、わかる。俺も前に——いや、なんでもない」

前世で同じことをやっていた、とは言えない。

「もう一つ見せる。今度はコード生成——魔法陣の自動構築だ」

レンが指を振ると、テーブルの上に複雑な魔法陣が展開された。火属性の防御陣。イグニスとのMCP接続を通じて精霊力を注ぎ込み、光の壁が立ち上がる。

「あっ——」

メイラが声を上げた。

「精霊接続と魔法陣生成が同時進行している……! 通常は別工程のはずです。召喚してから陣を書く、それが常識なのに——」

「MCPだ」

「えむしーぴー?」

「マジック・コンテクスト・プロトコル。精霊と術者の間に常時接続の窓口を開いておくことで、リアルタイムに精霊力を供給しながら魔法陣を構築できる」

メイラの手帳に新しいページが開かれた。ペンが走る。

「マジック・コンテクスト・プロトコル……常時接続……リアルタイム供給……」

一字一句書き留めている。

「これは——この接続方式だけで論文が一本書けます」

イグニスが人型化して、部屋の隅で腕を組んでいた。

「この俺様の力を媒介にしているのだから当然だ。眼鏡の嬢ちゃん、お前、精霊のことをどこまで知っている」

メイラがイグニスに振り返った。

「あ——火の上位精霊……! イグニスさんですか?」

「ああ。それにしても、最近の人間は精霊に会う機会が減っているな。だからお前たちの理論は古い」

「古い……!?」

「俺たちから見れば、お前たちの精霊理論は百年前の常識で止まっている」

メイラのペンがさらに加速した。精霊自身から直接語られる情報。学者にとってこれ以上の一次資料はない。

「レンさん、あなたの周囲は未知の塊です」

「そう言われると、なんか落ち着かないな」

「褒めています!」

メイラの目がきらきらと光っている。純粋な知的好奇心。それがレンに向けられているのは——彼の魔法に対して、だ。少なくとも今は。

***

昼前。

エルナがパンの差し入れを持って集会所に来た。

「あんた、朝から何やって——」

エルナは扉を開け、中の光景を見て固まった。

テーブルの上に魔法陣が展開している。光の文字が回転し、レンとメイラが並んでそれを覗き込んでいる。メイラがレンの腕を引っ張り、「ここ、ここを見てください!」と興奮している。レンが「ああ、第四層の連結部分が——」と応じている。

二人の距離が、近い。

学術的な議論に夢中で、物理的な距離を気にしていない——それだけのことだが。

「……お邪魔?」

エルナの声。

レンが振り返った。

「エルナ。いや、邪魔じゃない。パンか? ありがたい」

「そう」

エルナはパンの入った籠をテーブルの端に置いた。メイラに目が行く。

「あたしはエルナ。パン屋です」

「あ、初めまして! メイラです。王都の魔法学院から参りました」

メイラがぺこりと頭を下げた。

エルナがメイラを見る。小柄で、華奢で、知的な雰囲気。白いローブに学院の紋章。レンと同じ「魔法」の世界にいる人間。

「……そう。大変ね、遠くから」

「いえ、全然! むしろレンさんの魔法を見られて感激で——あ、このパン、いただいていいですか?」

「どうぞ」

メイラがパンを一口かじった。

「おいしい……! 王都のパンとは全然違います。小麦の味が濃くて——」

「……ありがと」

エルナの返事は短かった。

レンは気づいていない。メイラの学術的な興奮にも、エルナの微妙な空気にも。ただ魔法陣の構成を見直すことに集中している。

エルナは集会所を出た。

扉を閉め、秋の冷たい風を頬に受けた。広場に散った紅葉が、靴先にまとわりつく。

数歩歩いたところで——ハンナと鉢合わせた。

「エルナ! なんか馬車で女の子が来たって聞いたけど——」

「魔法学院の研究者だって」

「へぇ〜! どんな子?」

「小さくて、眼鏡で、金髪で、頭が良さそうで、レンの魔法に興味があるんだって」

エルナの声は平坦だった。

「ふーん。で、レン君とは?」

「何が」

「仲良さそう?」

エルナが足を止めた。

「……合いそうよね、あの人とレンは。魔法の話で盛り上がってたし。あたしじゃわかんない話ばっかり」

「えっ、ちょっと待って。それ、嫉妬?」

「嫉妬じゃない」

「嫉妬だ」

「違う」

「エルナ、目が怖い」

エルナは大きく息を吐いた。

「嫉妬じゃなくて——なんていうの。あたし、魔法とか全然わかんないでしょ。レンが何やってるかも半分以上わかんない。でもあの研究者の子は全部わかってて、レンと同じ言葉で話せてて——」

「うんうん」

「……それだけ」

「それだけじゃないでしょ」

「それだけだって言ってるでしょ!」

ハンナが両手を挙げた。降参のポーズ。だが目は笑っている。

「まあまあ。でもエルナ、安心しなよ。レン君、魔法の話してる時のあの研究者さんの顔、全然見てなかったでしょ」

「……そうだっけ」

「あたしは見てた。レン君、魔法陣のほうしか見てなかった。相手が誰でも同じだと思うよ」

「それはそれで問題なんだけど」

エルナは呟いた。

ハンナが肘でつついた。

「素直になりなさいよー」

「何に?」

「自分の気持ちに」

「意味わかんない」

エルナは足早に工房に向かった。ハンナが後ろから「待ってよー!」と追いかけてくる。

——レンが集会所の窓から、何気なく外を見た時だった。エルナとハンナが広場を横切っていくのが目に入った。ハンナが何か言って、エルナが足を速めている。いつもの二人だ。

なぜかエルナの歩き方が、いつもより少しだけ硬い気がした。

「……何だろ」

レンは首を傾げたが、メイラが「レンさん、この第三層なんですけど!」と呼ぶ声に引き戻され、すぐに魔法陣に意識を戻した。

***

午後。

メイラの調査は続いていた。レンの魔法陣のスケッチが、手帳の三十ページを埋め尽くしている。

「レンさん、最後に一つだけお聞きしたいのですが」

「何だ」

「実は、魔法陣の調査はわたしの来訪目的の一つに過ぎません」

「一つ?」

「もう一つの目的があります」

メイラが本の山の中から、一冊を取り出した。表紙が擦り切れた古い本。タイトルは——

『伝統魔法陣の系譜——グレン・ヴァイスハール技師の仕事』

「この村に、伝統魔法陣の大家がいると聞いてきたのですが——」

レンは目を瞬いた。

「大家? この村に?」

「はい。かつて大陸最高の魔法陣技師と称された方です。グレン・ヴァイスハール。引退後、辺境の村に隠棲(いんせい)していると——」

「グレン……」

レンは記憶を辿った。村にグレンという名前の老人がいただろうか。

「白髪に白い髭、がっしりした体格の老人で、手に火傷の跡がたくさんある——」

「あっ」

カイルが集会所の窓から顔を出した。いつからいたのか。

「それ、村の東のはずれに住んでるじいさんだろ。畑仕事してるの見かけたぞ。すげえ分厚い手をしてた」

「知ってるのか?」

「知ってるっつーか、パンを届けに行った時に会った。エルナちゃんに頼まれて」

メイラの目が輝いた。

「本当ですか!? あの方がこの村に——!」

「待ってくれ。俺はその人が魔法陣技師だとは聞いてない」

「隠棲されているのですから、名乗っていないのかもしれません。でも——」

メイラは本を胸に抱えた。その手がまた震えている。だが今度は、さっきの学術的興奮とは少し違う。尊敬と畏怖が混じった、憧れの対象に近づく緊張の震えだった。

「グレン師の伝統魔法陣と、レンさんの生成魔法陣。もし二つを比較研究できたら——魔法陣理論の歴史が塗り替わるかもしれません」

レンは考えた。

村の東のはずれ。確かに、畑仕事をしている老人を見かけたことはある。白髪白髭。がっしりした体。挨拶をすると「おう」と短く返すだけの寡黙な人だった。

あの人が——大陸最高の魔法陣技師?

「……会いに行ってみるか」

「ぜひ!」

「ただし、いきなり押しかけたら迷惑だ。まず俺が挨拶してくる」

「わ、わかりました。では、わたしはここで待っています」

メイラは椅子に座り直し、手帳を開いた。待っている間もレンの魔法陣のスケッチを見返している。学者の集中力というやつだ。

イグニスが、ふと呟いた。

「グレン・ヴァイスハール——」

「知ってるのか?」

「名前だけは。数十年前、精霊界でも噂になった人間がいた。手書きの魔法陣だけで上位精霊の召喚に成功した男。確か——そいつの名がグレンだった」

レンの背筋が伸びた。

「手書きだけで上位精霊の召喚?」

「ああ。普通は不可能だ。上位精霊を呼ぶには精霊力の増幅装置か、複数の術者の合力が必要になる。それを——一人の人間が、手と筆だけでやってのけた」

「……それが、この村にいる」

「いるかもしれん。確かめる価値はある」

レンは集会所を出た。

午後の日差しが秋色に傾き、畑の向こうに見える木々は赤と金に染まっている。風が吹くたびに枯れ葉が舞い、乾いた土の匂いを運んできた。東のはずれに向かって歩き出す。

背後で、カイルの声が聞こえた。

「おーい、メイラ。パン食うか?」

「あ、いただきます。ありがとうございます、えっと——」

「カイルだ! よろしくな!」

「カイルくん。よろしくお願いします」

賑やかになっていく集会所を背に、レンは歩いた。

辺境の村に、一人、また一人と人が集まり始めている。脳筋の戦士。知的な研究者。気難しい精霊。そして——まだ名前しか知らない、伝統魔法陣の大家。

レンは小さく笑った。

「……チームが勝手に出来上がっていくな」

前世のスタートアップと同じだ。最初は一人で始めて、気がつけば人が集まっている。

ただし——前世と違うのは、ここにいる誰一人として、レンが「採用」したわけではないということだ。

全員、勝手に来た。

村の東の道を歩く。畑が広がり、その向こうに小さな石造りの家が見えた。煙突から、細い煙が上がっている。晩秋の空を背景に、その煙がゆっくりと溶けていく。

レンは足を速めた。

新しい出会いが、もう一つ——この村で待っている。

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