S12-P01 固有スキル【ChatGPT】で異世界全自動化 〜魔法陣はCodexで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜

第3話: 一言で井戸が直った——ついでにゴーレムも暴走した

第1アーク · 5,158文字 · revised

壊れた井戸の前に立ったとき、レンハルトの頭にあったのは一つだけだった。

——動くか動かないかは、やってみなきゃわからない。

スキル発現から二日。レンハルトは夜通しスキル【生成AI】の説明文を読み込み、得た結論を整理していた。
 テキスト・画像・動画・音楽・魔法陣——あらゆるものを「生成」できる能力。発動方法は「プロンプト」、つまり言葉で指示を出すだけ。前世で散々やってきたことだ。

ただし、違いが一つある。
 生成されたものは、この世界では「魔法」として物理的に実現される。

——命令したら、本当にそうなる。

「まるでフィジカルAIだな……」

呟いて、レンハルトは目の前の井戸に視線を落とした。

初夏の風が、村の広場を吹き抜けていく。干した草の匂いと、どこかの家のかまどから漂う煙の香り。ヴィントヘルムは石造りの家が十数軒、木の柵で区切られた畑が周囲に広がる小さな辺境村だ。村の東には深い森が黒々と連なり、西には低い丘陵が夕陽を受けて緑色に光る。

その村の中心にある共用井戸が、三日前から壊れていた。
 釣瓶(つるべ)を吊るすロープが千切れ、巻き上げ機構が歪み、井戸の石壁にひびが入っている。石壁に触れると、ざらりと冷たい感触が指先に伝わった。

「直すには魔法師を呼ばにゃならんが、辺境まで来てくれる魔法師は少なくてなぁ。二、三週間は待つことになる」

村長が腕を組んで溜息をついた。

「その間、水はどうしてるんですか?」

「東の川まで汲みに行っとる。往復で半刻(はんとき)はかかるから、婆さん連中には堪えとるよ」

レンハルトは井戸の縁に手を置いた。石の隙間から湿った土の匂いがする。

——問題は明確。仕様は単純。失敗しても致命的ではない。
 要件定義は完璧だ。

「村長、俺が直せるかもしれません」

「ほう?」

村長の眉が上がった。

「レン坊、お前、魔法使えたか?」

「使えます。たぶん」

「たぶん、って……」

自信がないのがバレバレの返答に、村長は額を押さえた。

「まあ見ててください。動くか動かないかは、実行してみないとわからないんで」

「……よくわからんが、まあやってみろ。壊れとるものがもっと壊れても、たいして変わらん」

村長の太っ腹な許可が出た。

周囲に村人が集まり始めている。遠巻きに、しかし好奇心を隠しきれない顔で。

「ねえ、レン坊がまた変なことするって」
「井戸を直すとか言ってるぞ」
「あの子に直せるのかい? 魔法なんて見たことないけど」

ひそひそ声が聞こえる。
 その中に——パン工房の方から歩いてきたエルナの姿もあった。
 小麦色の髪を後ろで束ね、エプロン姿のまま。手に焼きたてのパンが入った籠を抱えている。村長にパンを届けに来たのだろう。

エルナは人だかりを見て足を止め、レンハルトの方をちらりと見た。
 レンハルトはそれに気づかなかった。

井戸の前に立ち、深呼吸する。朝の空気が肺を満たす。土と草の匂い。遠くで鶏が鳴いている。

プロンプトを組み立てる。
 シンプルに。曖昧さを排除する。具体的に。

「——この井戸を修復してください」

声に出した瞬間、視界が変わった。

半透明の文字列が空間に浮かび、井戸の周囲に淡い光の線が走る。光の線は幾何学的な紋様を描き、魔法陣が展開された。円形。六角形。入れ子構造。まるでプログラムのクラス図を見ているようだった。

村が、静まり返った。

魔法陣が回転する。
 井戸の石壁に走っていたひびが、音もなく塞がっていく。その静寂がかえって異様だった。風の音も、鶏の声も、全てが遠のいて——魔法陣の光だけが世界を満たしている。
 壊れた巻き上げ機構が、見えない手に操られるように元の位置に戻り、歪みが修正される。千切れたロープが——再生した。

十秒後、井戸は元通りになっていた。

「……動いた」

レンハルトは呟いた。
 前世で何百回とやってきたこと——コードを書き、実行し、結果を確認する——がこの世界でも機能する。
 ただし、画面の向こうではなく、目の前で。

Hello, World! が成功した瞬間だ。

「な、なんじゃあれは……!」

村長が腰を抜かしている。

「一言だぞ……! たった一言で魔法陣が出て、井戸が……!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。普通の魔法は詠唱に何十行もかかるんだぞ?」

「しかも魔法陣を手で描いてないじゃないか!」

村人たちがどよめく。

レンハルトは頭を掻いた。

「いや、魔法じゃなくてプロンプトです」

「ぷろんぷと?」

「ええと……この世界の言い方だと、詠唱文(えいしょうぶん)みたいなもんです。ただ、俺のスキルだと一言で済むんですよね」

「一言で済むって、そんな魔法あるか……?」

「ありました。今、目の前で」

村長が口をぱくぱくさせている。

村人の一人が恐る恐る井戸に近づき、巻き上げ機構を動かした。ギシギシと音を立てて釣瓶が降り、水が汲み上げられる。

「……直ってる」

「本当に直ってる!」

「水が出るぞ!」

どよめきが歓声に変わった。

「レン坊、すごいじゃないか!」

「これで婆さん連中も川まで行かんで済む!」

「ありがとうよ、レン坊!」

口々に感謝の言葉が飛んでくる。
 レンハルトは内心でガッツポーズをした。

——初回テスト、成功。

少し離れた場所で、エルナがその一部始終を見ていた。
 彼女はパンの籠を抱えたまま、修復された井戸を見つめ、それからレンハルトを見た。
 何かを考えるような目。しかし何も言わずに、村長にパンの籠を渡すと、そのまま工房の方へ歩いていった。

***

その日の夕方。

レンハルトは村の畑の前に立っていた。

井戸修復の成功で調子に乗った彼は、次のステップに進むことにした。農作業の自動化だ。

「井戸は小規模な修復だから、プロンプト一発でいけた。でも農作業みたいな大規模で継続的な作業は、物理的に動く何かが必要だよな……」

スキルの説明文を思い出す。ゴーレム——この世界の言い方で、術者のプロンプトで動く自律型の構造体。いわばフィジカルAIだ。

「村長、ちょっとまた試していいですか?」

「……今度は何をやるつもりじゃ?」

「畑仕事を手伝ってくれるやつを作ります」

「やつ?」

「ゴーレムです。土の人形みたいなもんで——」

「わしは知っとるよ、ゴーレムくらい。だが普通は魔法陣を何日もかけて描いて、魔石を何個も使って、それでやっと動くかどうかじゃぞ?」

「まあ、とりあえずやってみます」

「お前の『とりあえず』はちょっと怖いんじゃが……」

村長の不安そうな顔を無視して、レンハルトはプロンプトを頭の中で組み立てた。

ゴーレムを生成する。農作業ができるように。できるだけシンプルに。

——そしてふと、前世の癖が出た。

「ゴーレムを作れ——今すぐに!」

口に出してから、しまったと思った。頭の中で完全に前世のターミナル画面が浮かんでいた。コマンドを打ち込む感覚で言ってしまった。

だが——魔法陣は展開された。

地面に光の紋様が走る。井戸の時よりも複雑だ。円が重なり、紋様が回転し、中心から何かが——盛り上がってくる。

土。石。
 畑の黒い土の匂いが一気に立ち上り、レンハルトの鼻を突いた。
 それらが寄り集まり、形を成していく。

人型。
 いや、正確には人型「っぽい何か」。

頭部はのっぺらぼうで、腕は左右で長さが違い、胴体は歪んでいる。脚は太さがバラバラで、今にも倒れそうだ。

「おい、なんじゃあれ……」

「人? 人形? いや、動いとる……!」

村人が遠巻きにざわめく。

ゴーレムは、ぎこちない動作で立ち上がった。
 一歩、踏み出す。バランスを崩しかけて、なんとか持ち直す。

「……動くんだ」

「動いとるけど、あの見た目は大丈夫なのか……?」

村長が眉を寄せる。

「見た目は後で直します。まず動くことが大事なんで」

「優先順位がおかしいぞ、レン坊」

「エンジニアの基本です」

「えんじにあ?」

「あ、いえ。職人の心得みたいなもんです」

レンハルトはゴーレムに命令した。

「よし、お前——畑を耕せ」

ゴーレムは反応した。畑に向かって歩き出す。途中で一度転びかけたが、なんとか到着。

そして——土を掘り始めた。手らしきもので地面に突っ込み、土を掻き出す。動作は雑だが、確かに耕している。

「おお……動いとる……」

「本当に畑を耕しとるぞ……」

「なんか怖いけど、すごくないか?」

村人たちの声が聞こえる。レンハルトは満足げに頷いた。

「とりあえず1号(いちごう)と呼ぶか。次に作るのが2号で——」

——問題は、三十分後に発生した。

ゴーレムが止まらない。

畑を耕し終わったにもかかわらず、1号は作業を続けている。
 隣の畑にも侵入し、既に植わっている作物を引っこ抜き始めた。

「おい待て! そっちは耕すな!」

レンハルトが叫ぶが、ゴーレムは止まらない。

「停止! ストップ! 終わり!」

何を言っても効かない。

「レン坊、止めろ!」

「止め方がわからないんです!」

「わからんて、お前が作ったんじゃろ!」

「作りましたけど、停止の命令を用意してなかったんです!」

「なんでそんな大事なことを忘れるんじゃ!」

「すみません、本当にすみません!」

ゴーレムはさらに隣の畑へ移動し、村長が大事にしていた薬草畑に手を伸ばした。

「あああ、それは掘るな! わしの薬草じゃ!」

村長が悲鳴を上げる。

「おい、あいつうちの畑にも来るんじゃ——!」

「にんじん! にんじんを引っこ抜くな——!」

村人たちがパニックになる。

レンハルトは焦った。止める方法。終了処理。どうする。
 前世の記憶を頼りに、思いつく限りの言葉を試す。

「強制終了!」

効かない。

「全部止まれ!」

効かない。

「消えろ!」

効かない。

——落ち着け。前世のコマンドの癖で叫んでも通じないんだ。この世界の、魔法としての命令を。

レンハルトは深呼吸した。

「——ゴーレムを解除する」

落ち着いて。明確な意志を込めて。異世界の言葉で命令した。

その瞬間——ゴーレムが崩れた。

土と石がバラバラになり、元の地面に戻る。魔法陣が消え、静寂が戻った。

レンハルトは、その場に座り込んだ。
 膝の下の土が、まだ湿っていて冷たい。

「……終了処理、大事だな……」

村長が、レンハルトの肩に手を置いた。

「レン坊。次からは、止め方も考えてからやれ」

「はい……」

「で、わしの薬草畑はどうしてくれるんじゃ」

「……直します。明日、プロンプトで」

「当たり前じゃ」

村長は溜息をついたが、怒りより呆れの方が勝っているようだった。

「まあ……井戸は見事だったからな。差し引きで許してやる」

「ありがとうございます……」

周囲の村人たちが、呆れた顔——だが、どこか楽しそうな顔で見ている。

「レン坊、面白い子だねえ」

「すごいことやるくせに、抜けてるとこが抜けてるんだよなあ」

「まあ、悪い子じゃないよ。不器用なだけさ」

声が聞こえる。レンハルトはそれに少しだけ救われた気がした。

——と、視線を感じた。

振り返ると、少し離れた場所にエルナが立っていた。
 パン工房の前。エプロン姿のまま、崩れたゴーレムの残骸——元はただの土と石の山——を見つめている。

彼女の目はゴーレムの跡を見て、それからレンハルトに移った。

「……あんなものが、人の代わりになるのかしらね」

小さく呟いた声が、夕風に乗って聞こえた。

レンハルトが何か言い返す前に、エルナはもう背を向けていた。

「——変な人」

それだけ残して、パン工房の扉が閉まった。

レンハルトはその背中を見送り、溜息をついた。

「第一印象、最悪だな……」

夕陽が村の石造りの家を赤く染めていた。煙突から夕餉(ゆうげ)の煙が立ち上り、風が森の方から涼しい空気を運んでくる。

エルナが消えた工房の窓から、パンを焼く匂いがかすかに漂ってきた。

——いい匂いだな。

そんなことを、ぼんやりと思った。

***

夜。

レンハルトは自室で、今日の出来事を整理していた。

「井戸修復——成功。ゴーレム生成——一応成功。ゴーレム制御——失敗。薬草畑——明日修復」

声に出して反省するのは前世からの癖だ。一人暮らしのマンションで、画面に向かって独り言を言いながらデバッグしていた。

「課題は三つ。プロンプトの精度を上げる。終了処理を必ず含める。スキルの限界を把握する」

やること、山積みだ。

だが——手応えはあった。この世界で、前世の知識が使える。プログラミングの思考が、魔法として機能する。

窓の外を見た。
 辺境の村の、静かな夜。星が無数に輝いている。前世の東京では、こんなに星は見えなかった。

「まずはこの村からだ。最適化する」

そして——いつか、もっと大きなことを。

……それにしても。

パン屋の少女の言葉が、妙に引っかかっている。

「『あんなものが、人の代わりになるのかしらね』——か」

答えは、まだ出ない。

だが、明日やることは決まっている。薬草畑を修復すること。ゴーレムの停止命令を実装すること。

——そして、あの少女に名前を聞くこと。

レンハルトは目を閉じた。パン工房から漂ってきた、あの匂いを思い出しながら。

意識が、落ちた。

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