S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第2話: 勇者、来る

第1アーク · 4,547文字 · draft

◆レオン視点

魔王城の門が、目の前にそびえていた。

「……でかいな」

俺は剣の柄を握り直した。

手が震えてる——いや、震えてない。空腹で力が入らないだけだ。そういうことにしておく。

隣でリーゼが無言で城を見上げている。前髪の隙間から見える目は、いつも通り何も映していないような顔をしている。

後ろでガルドが小刻みに震えている。こっちは隠す気もないらしい。

「が、ガルド。盾、逆だぞ」

「え……あっ、す、すみません……」

がちゃがちゃと盾を持ち替える音がする。

三人。装備はボロボロ。最後にまともな飯を食ったのは三日前。宿代を節約して野宿を続けたせいで、全員ふらふらだ。

いや——最後にまともな飯って言ったけど、三日前のあれも「まとも」とは言い難い。

硬くなったパンを三つに割って分けた。あれだけだ。

「……レオン」

「なんだよ」

「……あれ、門」

リーゼが城門を指さした。

——開いてる。

「なんで開いてんだ」

「……わからない。罠かも」

「ガルド、盾構えろ——って、だからそれ裏表が逆だって」

「す、すみませんっ……」

まあいい。行くしかない。

俺たちは勇者パーティだ。魔王を倒す。それが任務で、それだけが俺たちの存在意義だ。

少なくとも、そう言い聞かせてきた。

門をくぐる。

中は——暗いかと思ったが、松明が灯っていた。廊下はきれいに掃除されている。

城の奥から、何かの匂いがした。

「……何の匂いだ?」

「……煮込み料理の匂い。肉と、根菜。……香草も入ってる」

リーゼの鼻は確かだ。分析魔法の副産物で、匂いから素材まで嗅ぎ分ける。便利なのか不便なのかよくわからない特技だが、野営では毒草を見分けるのに何度も助けられた。

腹が鳴った。

——くそ。今鳴るなよ。

「レオン。お腹、鳴ってる」

「うるせぇっ!」

ガルドが「ぼ、僕もです……」と小声で言った。農村にいた頃、お母さんが「おなか空いたら言いや」って言ってくれた。あれ以来、誰にも言えなかった言葉を、今、言ってしまった。

「ガルド、お前はいいんだよ。盾持ちは体力使うんだから」

「で、でも、レオンだって……」

「俺は平気だっつの」

嘘だ。三人の中で一番腹が鳴ったのは俺だ。

全員空腹だった。敵の城に乗り込んでいるのに、全員の腹が鳴っている。勇者パーティとしてどうなんだ。

奥の大広間の扉が開いていた。

剣を構える。ガルドが盾を構える。リーゼが詠唱の準備をする。

中に——


◆よしこ視点

来た。

厨房で仕込みをしていたら、ヴェルザさんが「勇者パーティが城門を通過しました」と報告してきた。

思ったより早い。昨日「明日か明後日」言うてたのに、もう来た。

仕込み途中やけど——まず顔を見んと。

玉座の間に戻って座った。

ヴェルザさんが「魔王としての威厳を」と言うから、背筋を伸ばして、足を組んで、腕を組んだ。

……腕組みって、やったことないからなんか違和感ある。保育園では腕組みしたら子どもが怖がるからやらんかったのよな。

大広間の扉が開いた。

三人。

赤い髪の男の子が先頭。剣を構えとる。目がぎらぎらしとる。

その横に銀髪の女の子。杖を持って、周囲を警戒しとる。

後ろにでっかい男の子。盾を構えとる——けど盾が震えとる。

三人とも——

「…………」

あかん。

見た瞬間にわかった。

服がボロボロ。

革鎧は継ぎ接ぎだらけ。女の子のローブはサイズが合ってなくてぶかぶか。でっかい子の鎧は中古品で、あちこち錆びとる。

赤い髪の子——左の頬に古い傷跡。頬がこけてる。

銀髪の子——顔色が悪い。唇の色が薄い。痩せすぎ。

でっかい子——体は大きいのに、目がおどおどしとる。肩が内側に丸まっとる。怯えとる。

三人とも、目の下に隈がある。

保育士を40年やっとったら、わかるねん。

この三人は、ちゃんとした大人に面倒を見てもらったことがない子どもや。

赤い髪の子が叫んだ。

「俺は勇者レオンだ! 魔王、覚悟しろ!」

声は大きいけど、足元がふらついとる。空腹で。

構える剣も——あれ、ぴかぴかの新品やなくて、刃こぼれした古い剣や。ちゃんと手入れした跡はある。道具を大事にする子や。

「…………」

ヴェルザさんがちらっとこっちを見た。

「どうなさいますか」の目や。

どうもこうもない。

わてには、この子らが「敵」には見えへん。

見えるのは——ごはんを食べていない子ども。ボロボロの服を着た子ども。怯えとる子ども。

保育園で、虐待の兆候がある子が入園してきた時と、同じ目をしとる。

立ち上がった。

「あ——」

あかん、魔王口調。

「——よく来た。勇者たちよ」

うん。それっぽい。我ながら上出来や。

レオンくんが剣を突きつけてきた。

「黙れ! 今日こそ魔王を倒す!」

「うんうん。元気やなぁ——」

あっ。

「——勇ましいことだ」

「な、舐めんじゃねぇ!」

レオンくんが踏み込んできた。

剣が振り下ろされる。

「魔王様っ!」

ヴェルザさんが動こうとしたけど——

レオンくんの体がぐらっと揺れた。

膝が折れる。剣がからん、と床に落ちた。

「…………っ」

崩れ落ちる。膝をついて、肩で息をしとる。

「くそ……力が……」

立ち上がろうとして——立てない。

「レオン!」

「レオン、しっかり……っ」

リーゼちゃんとガルくんが駆け寄った。

リーゼちゃんも走ったらふらついとる。ガルくんがレオンくんの肩を支えた。

わては三人を見下ろしとる。

魔王の玉座から。

——三日、ごはん食べてへんな。

膝が折れるのは、低血糖の症状や。保育園でもたまにあった。朝ごはん食べさせてもらえない子。

「ヴェルザさん」

「は」

「……ヴェルザよ」

「はっ」

「この子らの武器、預かっておいて。——危ないから」

「……承知いたしました」

わてが「危ない」言うたんは、「わてが危ない」やなくて「この子らが怪我するから危ない」や。ふらふらで刃物振り回したらあかん。

玉座から降りた。

三人の前にしゃがんだ。

「な、なんだよ……」

レオンくんが睨んでくる。

目はぎらぎらしとる。けど、腕が震えとる。

「…………」

わてはその目をじっと見た。

保育園で、新しく来た子が、最初に保育士を睨む目と同じや。

「信用しないぞ」「また裏切るんだろ」「近づくな」——ぜんぶ、怖いから。

「……あんたら、いつからごはん食べてへんの(^^)」

「…………は?」

「あんた頬こけてるやん」

リーゼちゃんの方を見た。

「そっちの子、顔色悪い。唇の色が薄いのは鉄分が足りてへん」

ガルくんの方を見た。

「でっかい子。あんた手ぇ震えてるやん。それ空腹やろ」

「え……あ、は、はい……す、すみません……」

「謝らんでええ。お腹が空くのは悪いことちゃう」

立ち上がった。

「——勇者たちよ」

魔王口調。背筋伸ばして。威厳。

「待っておれ。すぐに——」

……なんて言えばええんやろ。

「——食事を用意させる」

あかん、「させる」やない。自分で作るんやけど。まぁええわ。

くるっと振り返って、厨房に向かった。

仕込みは途中やけど、シチューの材料は切ってある。鍋に水は張ってある。火をつけたらあとは煮込むだけ。

30分あったらいける。

歩きながら、ちょっとだけ目頭が熱くなった。

——あの子ら、誰もちゃんと面倒見てもらってへんわ。

装備を見たらわかる。国からもらった武器やない。自分で手入れした中古品や。

ローブはサイズが合ってない。鎧は錆びとる。

「勇者」って名前だけ渡して、ろくに面倒も見ずに送り出したんやろ。

……ほんまに、もう。

厨房に着いた。

かまどに火をつけた。

泣いてる場合やない。

まず、ごはんや。


◆レオン視点

何が起きたのか、わからなかった。

俺は魔王を倒しに来た。

剣を振った。

倒れた——自分が。

情けない。くそ。最低だ。

魔王はこっちを見下ろして——殺されると思った。

だって魔王だ。人類の敵だ。容赦なく俺たちを消し飛ばすはずだ。

だが魔王は、しゃがんだ。

近い。顔が近い。

深紅の目。黒い髪。角。——間違いなく魔王だ。

なのに。

「……あんたら、いつからごはん食べてへんの(^^)」

意味がわからなかった。

俺の頬のこけ具合を見て、リーゼの唇の色を見て、ガルドの手の震えを見て——全部当てた。

一目で。

一瞬で。

怖い目だろうと思った。威圧的な、冷酷な目を。

違った。

心配そうな目をしていた。

それが一番——困った。

だって。

そんな目で俺を見たやつ、いないから。

孤児院にも。ストリートにも。教会にも。

誰も、俺の頬がこけてることなんか、気にしなかったから。

魔王は「食事を用意させる」と言って、くるっと背を向けて歩いていった。

マントの裾を引きずりながら、ちょっと早足で。

……逃げたのかと思った。

違う。あの歩き方は、何かをしに行く時の歩き方だ。

「…………」

ガルドが呟いた。

「い、いい匂い、してたよね……さっきから……」

「うるせぇ」

「……する。煮込み料理」

リーゼまで言った。

くそ。確かに匂いはする。城に入った時からずっとしてた。温かい、肉と野菜の匂い。

腹が鳴った。また。

リーゼが小声で言った。

「……あの目。分析じゃない。経験で見てる」

「は?」

「魔法を使わないで、私たちの状態を全部当てた。……あれは、何千人も見てきた人の目」

リーゼが魔法使いだからわかるのだろう。分析魔法で見るのと、経験で見るのは違う。リーゼは目で見る。あの魔王は——体で知っていた。

銀髪のヴェルザとかいうやつが、こっちを見ている。

鋭い金色の目。こっちは正真正銘の「殺せる目」だ。

「……勇者よ」

「なんだよ」

「武器を預かる。魔王様の命だ」

「冗談じゃねぇ! 武器を渡すわけ——」

リーゼが俺の袖を引いた。

「……レオン。私たち、今戦える状態じゃない」

「…………」

わかってる。わかってるよ。

剣も持てないくらい腹が減ってるのに、何が「魔王を倒す」だ。

俺は——悔しくて、唇を噛んだ。

「……剣は渡さねぇ。でも、鞘に収める」

「……よかろう」

ヴェルザが一歩引いた。

やるじゃねぇか、この銀髪。交渉の余地を残してくれた。

三人で、大広間の床に座った。

立っていられなかった。

ガルドが壁にもたれて、もう半分寝かけている。リーゼは膝を抱えて、じっとしている。

城の奥から、鍋の音がかすかに聞こえる。がたん、ことん。

誰かが、何かを作っている。

——なんなんだよ。

魔王のくせに。

俺たちを殺すんじゃなくて、ごはんを作ってんのか。

意味がわからない。

でも——あの匂いは、嘘じゃない気がした。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第2話は「出会い」の話です。

短編版では出会い→食事→就寝まで一気に描きましたが、連載版では「出会い」だけで1話使いました。レオンが剣を振って、自分が倒れるシーン——あれが、この3人の「今」を一番端的に表しています。敵を倒すどころか、自分が立っていられない。

よしこは魔王なのに、真っ先に「頬のこけ具合」「唇の色」「手の震え」を見ました。保育士の観察眼は、戦場でも発動します。「この子らは、ちゃんとした大人に面倒を見てもらったことがない」——そう見抜くのに、魔法はいりません。40年の経験があればいい。

レオンの「そんな目で俺を見たやつ、いないから」が、この話で一番大事な一行です。心配そうな目で見られたことがない子ども。それが、どれだけ辛いことか。

次回、よしこのシチューが登場します。
「まずお手て洗おうね」が炸裂します。

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