◆カイン視点
王城の門前。
秋の朝の光が、石畳を白く照らしている。空気がわずかに冷たい。季節が、変わり始めている。
魔王一行が――帰ろうとしていた。
魔王。四天王が三名。勇者パーティ三名。空間魔法の使い手が一名。
王都に来た時は大騒動だった。魔王が門を歩いてくぐるなど、歴史上初めてのことだ。
だが今は――市場のおばさんたちが手を振っている。
昨日、魔王が「あら、このお漬物美味しそうやな(^^)」と買い物をしたらしい。
――この魔王は、一体何なのだ。
「カインくん」
よしこ殿が、私の前に立った。
深紅の目。長身の美女。――だが笑うと、完全にただのおばちゃんだ。
もうそのことに驚かなくなった自分が、少し怖い。
「あんた、ここに残るんやろ」
「はい。調査隊の隊長として、正式な報告書を提出する義務があります」
「そうか(^^)」
「…………」
「大変やろうけど――ほんまのこと、書いてな」
「……はい」
ほんまのこと。
――魔王城に食卓があったこと。勇者が字を練習していたこと。四天王がビスケットを食べていたこと。
これを報告書に書いたら、上層部はどう反応するだろう。聖教会は。
わからない。だが――
「私は――事実を報告します。何が正しいかは、報告を聞いた者が判断することです」
「ええ子やなぁ、カインくん(^^)」
「……子ではありません。32歳です」
「わてから見たら子どもやで(^^)」
「…………」
――62歳。確かに、母に近い年齢だ。
よしこ殿が、鞄からなにかを取り出した。
――蜂蜜飴だ。
「はい、これ。仕事頑張ってな(^^)」
「……魔王から飴をもらう騎士団副長など、前代未聞です」
「そうやろな(^^)」
受け取った。
受け取ってしまった。
「――よしこ殿」
「ん?」
「…………また、いらっしゃることはあるのですか。この王都に」
「さあなぁ(^^) 遠足の続き、いつかできたらええなぁ」
「…………」
「ほな――元気でな、カインくん(^^)」
よしこ殿が手を振った。
私は――敬礼で返した。
騎士としての礼で。
「……ご武運を」
「武運はいらんで(^^) 健康でおったらそれでええ」
――敵わない。
この人には、敵わない。
◆ピプ視点
「転移門、開くよー!」
ボクの出番だ!
空間魔法で、王都の門前から魔王城までの転移門を開く。ぐわーっと空間が歪んで、青い光の輪っかが浮かび上がる。
「おー、すごいなぁ(^^)」
「えへへ! ボクすごいでしょ!」
「すごいすごい(^^) ピプがおらんかったら、この旅は成り立たへんかったわ」
――!
よしこがボクのこと褒めた!
羽根がパタパタ動いちゃう。嬉しい。
「よしこ、早く入って! 長く開けてると疲れるんだから!」
「はいはい(^^) みんなー、帰るでー!」
ドルガがのっしのっしと転移門に向かう。メルが優雅に歩いていく。ヴェルザが全員の通過を確認してから、最後に入る。いつもそうだ。この人は、いつも最後。
ボクは全員が通ったのを確認して、門を閉じた。
――王都、バイバイ。
市場のお菓子、美味しかったな。また来たい。
◆よしこ視点
転移門を抜けると――荒野の道だった。
魔王城まで、まだ少し歩く。ピプの空間魔法でも、城の真ん中には飛べへんらしい。結界がどうとか。ヴェルちゃんが設定した防御機構やて。
ほな、歩こか。
遠足の最後は、歩いて帰るもんや。
「――みんな」
わては鞄を開けた。
「お弁当、食べよか(^^)」
「……弁当?」
レオンくんが怪訝な顔をしとる。
「朝作ったやつ。遠足のお弁当の残りや。道中で食べよ思って取っといたんや(^^)」
布に包んだおにぎり――やないけど、この世界のおにぎりみたいなもんや。パンの中にお肉とチーズを挟んだやつ。ガルくんが早朝に作ってくれた。
「ガルくん、ようこんな朝早くに作ったなぁ(^^)」
「えへへ……みんな、お腹空くかなって思って……」
「えらいなぁ(^^)」
ガルくんが照れとる。
わては一つずつ、みんなに配った。
ヴェルちゃんに。
「どうぞ(^^)」
「……いただきます」
ドルガくんに。
「はい、ドルガくん(^^)」
「……二つよこせ」
「はいはい(^^)」
メルちゃんに。
「メルちゃん、どうぞ(^^)」
「あら。お気遣いありがとうございます」
ピプに。
「ピプー、はい(^^)」
「やったー! おなかすいてたー!」
リーゼちゃんに。
「リーゼちゃん(^^)」
「……ありがとう」
レオンくんに。
「レオンくん(^^)」
「…………」
レオンくんが――パンを受け取った。
黙って。
「お疲れさまやったな(^^)」
「…………」
「みんな、よう頑張った。ほんまに、よう頑張ったで(^^)」
荒野の道端に、みんなで座った。
岩に腰掛けたり、地面に直接座ったり。
ドルガくんは立ったまま食べとる。メルちゃんが優雅にハンカチを広げて座っとる。
空が広い。
風が吹いとる。
みんなが――パンを食べとる。
黙って。
静かやった。
でも、いい静かさやった。
◆レオン視点
パンを食べている。
ガルドが作ったパン。中にチーズと肉が入っている。
美味い。朝作ったはずなのに、まだ柔らかい。
――あのババア、朝からこんなの準備してたのか。
国王に会いに行く日の朝に。
弁当を。
「…………」
隣でリーゼが静かに食べている。
その向こうでガルドが「美味しくできてるかな……」と心配そうにしている。
ヴェルザが立ったまま、パンを一口食べて「……悪くない」と言った。
ドルガが二つ目のパンにかぶりついている。
メルが「あら、おいしゅうございますわ」と微笑んでいる。
ピプが「おいしー!」と叫んでいる。
全員で、荒野の道端で、パンを食べている。
――遠足だ。
よしこが言ったやつだ。遠足。
遠足のお弁当を、帰り道に食べている。
「…………」
右手を見た。
インクの跡がまだ残っている。字の練習の跡。
孤児院を出てから、字を教えてくれる人なんかいなかった。
聖教会は「勇者に学問は不要」と言った。剣だけ振れればいいと。
よしこが教えてくれた。
「あ」から。一文字ずつ。
今は――自分の名前が書ける。
「レオン」。四文字。
それだけだ。
それだけだけど。
「…………」
「レオンくん?(^^) パン、美味しい?」
「……普通」
「ふふ(^^)」
「…………」
パンを食べ終わった。
手についたパンくずを払った。
風が吹いている。
荒野の風は冷たいが、日差しは温かい。
「……なぁ」
「ん?(^^)」
「俺――手紙、書いてみようかな」
「…………」
よしこが、こっちを見た。
驚いた顔を、一瞬だけした。
すぐに――いつもの顔に戻った。
「ええやん(^^) 誰に書くん?」
「…………わかんねぇ。まだ。でも――」
右手を見た。インクの跡。
「字、まだ下手だけど」
「練習したらうまくなるで(^^)」
「…………」
「手紙って、上手に書かんでもええねん。気持ちが伝わったら、それでええの(^^)」
「…………」
――誰に書くんだろう。
わからない。
孤児院の後輩かもしれない。カインかもしれない。
それとも――
わからないけど。
書いてみたいと思った。
自分の名前の四文字以外にも、伝えたい言葉がある。
それが何かは、まだわからないけど。
「……練習、続ける」
「うん(^^) 楽しみにしとるわ」
「…………楽しみにすんな。恥ずかしいだろ」
「ふふ(^^)」
――くそ。
また笑われた。
◆ヴェルザ視点
魔王城が見えてきた。
荒野の向こうに、黒い尖塔がそびえている。
帰ってきた。
王都での数日は、三百年の人生で最も奇妙な日々だった。
魔王が国王にお茶を出し、謁見の場で世間話をし、市場で漬物を買う。
――前代未聞だ。
だが。
あの謁見の場で、魔王様が国王に言ったことは――正しかった。
子どもを使い捨てにするシステムは、間違っている。
それを、私は三百年かけても気づかなかった。気づこうとしなかった。
人間の子どもなど、所詮は敵だと。
――違った。
レオンは。リーゼは。ガルドは。
ただの子どもだった。
「ヴェルちゃん」
「――ヴェルザです」
「もうすぐおうちやで(^^)」
「……はい。もうすぐ、城でございます」
「おうちやで(^^)」
「……おうち、でございますか」
「せやで(^^)」
――おうち。
三百年間仕えてきた城を、この方は「おうち」と呼ぶ。
不思議なことに――その呼び方が、しっくりきた。
◆ガルド視点
城門が近づいてきた。
あ、門の前に――
「あ……!」
ティアさんだ!
門の前に立っている。三つ編みが少し乱れている。エプロンドレスの裾が風に揺れている。
ずっと待っていたんだ。
尻尾が――ぴーんと立っている。
近づくにつれて、尻尾が揺れ始めた。
ゆっくり。ゆっくり。
それが――だんだん速くなって。
「お、おかえりなさい……! おかえりなさい、みなさま……!」
ティアさんの声が――震えていた。
目が潤んでいる。
両手をエプロンの前でぎゅっと握っている。
尻尾がパタパタパタパタ、もう止まらない。
「ただいま(^^)」
よしこさんが――笑った。
その一言で、ティアさんの目から涙がこぼれた。
「お、おかえりなさい……! よしこ様……! み、皆様、ご無事で……!」
「泣かんでええよ(^^) ただの遠足やもん」
「う、うぅ……だって……何日も……何日も……!」
ティアさんが泣いている。
尻尾がパタパタしながら、泣いている。
――僕も、泣きそうだ。
帰ってきた。
ここに。この城に。
「ティアちゃん、お城守っとってくれたんやろ(^^)」
「は、はい……! お掃除と、お洗濯と……あ、あと、スープを作って……」
「スープ!?」
「み、みなさまがお帰りになったら、温かいものを召し上がっていただきたくて……」
「ティアちゃん……!(^^)」
よしこさんの声が、震えた。
「ありがとうなぁ……! ほんまにありがとう(^^)」
ティアさんの尻尾が――もう、パタパタどころやない。ぶんぶん振り回している。
◆よしこ視点
食堂に入ったら、テーブルの上にスープが並んどった。
温かい。湯気が立っとる。
ティアちゃんが――わてらが帰ってくる時間を予想して、温め直してくれてたんや。
「…………」
スープを一口飲んだ。
にんじんとじゃがいもと、お肉の入ったスープ。
ガルくんのレシピを見て作ったんやろな。味付けはちょっと薄い。でも。
「美味しい(^^)」
「ほ、ほんとですか……!?」
「ほんまやで(^^) あったかい。帰ってきたなぁって思う味やわ」
ティアちゃんの尻尾パタパタ。
みんながテーブルについとる。
ヴェルちゃんが背筋を伸ばして座っとる。
ドルガくんがスープを一口飲んで「……フン。食えるな」って言うた。ティアちゃんが泣きそうな顔で喜んどる。
メルちゃんが「あら、なかなかの腕前ですわ」って微笑んどる。
ピプが「おいしー! おかわりー!」って叫んどる。
ガルくんが「ティアさん、にんじんの切り方上手になってますね」って嬉しそうに言うとる。
リーゼちゃんが黙ってスープを飲んどる。二杯目に手を伸ばした。
レオンくんは――
「…………」
黙って、スープを飲んどる。
空になった器を見つめとる。
「レオンくん?(^^)」
「……おかわり」
「はい(^^)」
ティアちゃんがおかわりを注いだ。
レオンくんがそれを受け取って、また黙って飲み始めた。
「…………うまい」
小さな声。
ティアちゃんの尻尾がパタパタした。
――ただいま。
帰ってきた。
みんなの「おうち」に。
遠足は終わった。
王都で見たもの、聞いたもの、感じたもの。
全部、覚えとる。
問題は、何一つ解決してへん。
聖教会は変わってへん。国王も、約束してくれたけど、どこまでできるかわからへん。
勇者の使い捨てシステムは、まだ動いとる。
でも――種は蒔いた。
カインくんが、ほんまのことを報告してくれる。
国王の目に、何かが灯った。
リーゼちゃんが暴いた真実は、もう誰にも隠せへん。
保育士は、待つのが仕事や。
種を蒔いて、水をやって、日が当たるようにして。
あとは――待つ。
芽が出るのを。
子どもが育つのを。
世界が――少しずつ、変わっていくのを。
「…………」
テーブルの上には、空になったスープの器が並んどる。
みんなの顔が、少し疲れとるけど――穏やかや。
「――さ(^^)」
わては立ち上がった。
「今日はもう寝よ。みんな疲れたやろ。明日の朝ごはんは、ガルくんに任せたで(^^)」
「は、はい! 明日は焼きたてパンにします!」
「楽しみやなぁ(^^)」
「ボク、明日はゆっくり寝るー」
「ピプ殿。明朝の警備当番であることをお忘れなく」
「えー! ヴェルザひどい!」
「ルールはルールでございます」
「……フン。俺は先に寝る」
「あら、ドルガ殿。おやすみなさいませ」
「……おやすみ」
一人ずつ、席を立っていく。
レオンくんが立ち上がった。
食堂の入り口で、一度だけ振り返った。
「…………」
「おやすみ、レオンくん(^^)」
「……おやすみ」
小さな声。
でも――ちゃんと、聞こえた。
リーゼちゃんが静かに立ち上がった。
「……おやすみ」
「おやすみ、リーゼちゃん(^^)」
ガルくんが空の器を集めながら「おやすみなさい、よしこさん!」って笑った。
「おやすみ、ガルくん。今日のパンも美味しかったで(^^)」
「えへへ……!」
最後に残ったのは、ティアちゃんやった。
テーブルを拭いとる。丁寧に、一つ一つ。
「ティアちゃん」
「は、はい……」
「留守番、ありがとうな(^^)」
「い、いえ……わ、わたしは……何も特別なことは……」
「スープ、美味しかったで。帰ってきて一番最初に温かいもん飲めるの、一番嬉しいんやで(^^)」
ティアちゃんの尻尾が――ゆっくり、ゆっくり揺れた。
「……ありがとう、ございます」
「おやすみ(^^)」
「おやすみなさい、よしこ様」
ティアちゃんが小さくお辞儀をして、食堂を出ていった。
わてはひとり、食堂に残った。
窓の外に、月が見える。
まんまるやないけど、きれいな月や。
――遠足、終わったなぁ。
楽しいこともあった。辛いこともあった。
怒ったこともあった。泣きそうになったこともあった。
でも――みんなで行って、みんなで帰ってきた。
それが、遠足や。
「…………」
レオンくんが「手紙書いてみようかな」って言うた。
あの子が自分から何かをやりたいと言ったの、初めてちゃうかな。
字を覚えて。手紙を書いて。自分の気持ちを、言葉にする。
――えらいなぁ。
ほんまに、えらいわ。
いつか――あの子が手紙を書き上げた時。
誰に渡すのかは、わからんけど。
きっとええ手紙になる。
下手でもええ。気持ちがこもっとったら、それでええ。
「……ほな、わても寝よか(^^)」
椅子から立ち上がった。
食堂を出て、廊下を歩く。
自分の部屋に向かう。
魔王城は静かや。
みんな寝とる。
明日の朝、起きたら。
ガルくんが焼きたてパンを持ってくる。
レオンくんが不機嫌な顔で席に着く。
リーゼちゃんが静かにお茶を飲む。
ピプが「おはよー!」って飛んでくる。
ヴェルちゃんが「おはようございます」って頭を下げる。
ドルガくんが「……飯はまだか」って言う。
メルちゃんが微笑む。
ティアちゃんが尻尾パタパタさせる。
いつもの朝が来る。
遠足は終わった。
でも――毎日が、続く。
明日も明後日も、ごはんを作って、「おはよう」って言って、「えらいな」って褒めて。
それが、わての仕事や。
おやすみ(^^)
また明日。
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第34話「いつか、遠足の続きを」。Arc3「魔王と勇者の遠足」、完結です。
10話にわたって描いてきたArc3が終わりました。振り返ってみます。
カインが魔王城に来て、度肝を抜かれました。勇者たちが「帰りたくない」と初めて本音を言いました。よしこが「遠足みたいなもんやん」と言って王都に乗り込みました。人間の街でドルガが子どもに飴を渡しました。孤児院でよしこが黙りました。ガルドが泣きながらシチューを作りました。リーゼが勇者使い捨てシステムの全貌を暴きました。よしこが初めて怒りました。王都の市場で買い物して息をつきました。国王にお茶を出して、「あかんもんはあかん」と言いました。
そして今日――帰ってきました。ティアの「おかえりなさい」に。
問題は何一つ解決していません。聖教会は健在です。勇者選定システムは動いています。国王の約束がどこまで果たされるかもわかりません。
でも――種は蒔かれました。
カインは事実を報告すると言いました。国王の目に光が灯りました。レオンは「手紙を書いてみようかな」と言いました。
レオンの「手紙」が、Arc3で一番大切なものかもしれません。字が書けなかった少年が、自分から「書きたい」と思った。それは小さなことだけど、とても大きなことです。
いつか――あの手紙が書き上がる日を、楽しみにしていてください。
Arc4「聖教会の子どもたち」が始まります。聖教会が新しい勇者パーティを魔王城に送り込んできます。よしこは知ることになります――「本当の敵は魔族ではなく、子どもを使い捨てる仕組みそのものだ」と。
でも大丈夫です。よしこは戦いません。お茶を淹れます(^^)
Arc3にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。長い遠足でしたが、皆さんも一緒に歩いてくださったのだと思います。
ブックマーク・評価をいただけると、ティアの尻尾がパタパタして喜びます。感想をいただけると、よしこが蜂蜜飴を差し出します(^^)
次のArcも、どうぞよろしくお願いいたします。