S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第33話: 王様に会いに行く

第3アーク · 4,886文字 · draft

◆よしこ視点

王城の廊下は、長かった。

ぴかぴかの石の床。天井が高くて、壁には絵画が飾ってある。金の燭台。赤い絨毯。高い窓の外に、秋の空が広がっとる。木の葉が、ほんの少し色づき始めとった。

――立派やなぁ。うちの魔王城より余程きれいにしとるやん。

ティアちゃんが見たら張り合うやろな。「負けてられません」って。

カインくんが前を歩いとる。

その後ろに、わて。

さらに後ろに、ヴェルちゃん。

「……魔王様」

ヴェルちゃんの声が、低い。

「最後にもう一度確認いたします。――本当に、武装なしで謁見なさるのですか」

「うん(^^)」

「王城内には衛兵が三十名以上おります。万が一――」

「話し合いに来たんやから、武装したらあかんやろ(^^)」

「…………かしこまりました」

ヴェルちゃんが溜息をついた。

今日何回目やろ。数えてないけど、たぶん二十回は超えとる。

廊下の奥に、大きな扉が見えた。

衛兵が二人、槍を持って立っとる。

カインくんが振り返った。

「――この先が謁見の間です。陛下がお待ちです」

「ほな、行こか(^^)」

わては――足を止めた。

一瞬だけ。

靴の先を見た。この世界の靴は堅くて足が痛い。保育園の上履きが恋しいわ。

でも――今日は、この靴で歩く。

――ここに来るまでに、見てきたもんがある。

孤児院のぼろぼろの壁。

ガルくんが泣きながら作ったシチュー。

リーゼちゃんが読み上げた、帰還率ゼロの数字。

レオンくんの左頬の傷跡。

全部、覚えとる。

わては保育士やった。

40年間、子どもを見てきた。

親に殴られた子も。ごはんを食べさせてもらえへん子も。朝、一人で保育園まで歩いてくる子も。

その時もそうやった。

怒鳴ったらあかん。殴ったらあかん。でも――黙っとったら、もっとあかん。

「行くで(^^)」

扉が開いた。


◆よしこ視点

謁見の間は、広かった。

天井が高い。柱が並んでいる。一番奥に、玉座。

そこに――ひとりの男が座っとった。

四十代くらいやろか。

柔和な顔立ち。穏やかそうな目。

王冠は小さくて、控えめや。

――若い頃は優しいお父さんやったんやろな、この人。

「――魔王ヴォルグラーナ殿か」

国王の声は、静かやった。

わての両側に衛兵がずらりと並んどる。槍の穂先が光っとる。

ヴェルちゃんが後ろで、微動だにせず立っとる。衛兵全員の位置を把握しとるんやろな、この人。

「ようお会いできました(^^)」

わては――にっこり笑った。

「…………」

国王が――目を丸くした。

衛兵たちがざわついとる。

――そりゃそうやな。魔王が笑顔で「ようお会いできました」て、普通は言わへんわな。

「……お話がおありとか。何をお聞かせいただけるのか」

「あ、その前に」

わては――鞄を開けた。

ヴェルちゃんが「まさか」という顔をしとる。衛兵が身構えた。

鞄から出したのは――茶器セット。

「お茶、飲みはります?(^^)」

「…………は?」

「お話聞いてもらうんやから、お茶くらい出さな失礼やろ(^^)」

「……魔王様。ここは謁見の間でございます」

ヴェルちゃんが後ろから言うた。声が疲れとる。

「せやから(^^) お客さんとこに来たんやから、お茶菓子くらい持ってくのが礼儀やん」

「……よそのお宅に伺ったわけではなく、国王陛下への謁見でございます」

「同じことやん(^^)」

「同じではございません」

ヴェルちゃんの溜息。本日、推定二十五回目。

「……カイン殿。魔王は――いつもこうなのか」

国王がカインくんに聞いとる。

「…………はい、陛下。いつもこうです。――私の報告書が信じていただけなかった理由が、おわかりいただけたかと」

カインくんが遠い目をしとる。

わては謁見の間の端にあった小さなテーブルを引っ張ってきて、手早くお茶を淹れた。

ガルくんが朝、沸かしてくれたお湯を魔法瓶に入れてきた。茶葉はメルちゃんが選んでくれたやつや――人間の王族が好む高級品やて。

「はい、どうぞ(^^)」

国王の前に、湯気の立つ茶碗を置いた。

「…………」

国王が、茶碗を見つめとる。

衛兵が「陛下、毒味を――」と言いかけた。

わては自分の分も注いで、一口飲んだ。

「美味しいで(^^) メルちゃんのセンスええなぁ」

国王が――ゆっくりと、茶碗を手に取った。

一口、飲んだ。

「……温かいな」

「せやろ(^^)」

国王の手が、少し震えとった。

――この人、緊張しとるんや。

玉座に座っとるのに。衛兵に囲まれとるのに。

わてに会うのが、怖いんや。

……いや。ちゃうな。

怖いのは、わてやない。

わてが言おうとしとることが――怖いんや。


「――ほな、本題に入るで(^^)」

お茶を置いた。

「勇者の話や」

国王の手が――止まった。

「レオンくん。リーゼちゃん。ガルくん」

三人の名前を、一人ずつ言うた。

「この子らは今、うちの城におる。元気にしとるで。ごはんも食べてるし、夜もちゃんと寝とる」

「……それは――」

「せやけど」

わては――声のトーンを落とした。

大阪弁がどうとか、魔王の威厳がどうとか、もうどうでもええ。

「この子ら、最初来た時――骨と皮やったで」

「…………」

「三人とも、まともに食べてへんかった。装備はぼろぼろ。傷だらけ。字も読まれへん。――あんた、知っとったん?」

「……勇者の選定は、聖教会の管轄であり――」

「聞いとるんは、そこやない」

わての声が、低くなった。自分でもわかる。

「知っとったんか、知らんかったんか。どっちや」

謁見の間が、静まり返った。

衛兵の甲冑がかちゃりと鳴る音だけが響いとる。

「…………」

国王が――目を伏せた。

「……知って、おった」

その声は――小さかった。

玉座の上の、四十代の男の声やなかった。

叱られた子どもの声やった。

「勇者の選定は孤児から行われる。装備は最低限。給金はなし。帰還した者は――いない。すべて――知っておった」

「…………」

「だが――余には、止められなかった。聖教会の決定を覆す力が、余には――」

「そんなん聞いてへん」

わては――国王の目を、まっすぐ見た。

「あんた――自分の子ども送り出す時も、こんなんするん?」

国王の目が――見開かれた。

「自分の子に、ぼろぼろの服着せて、ごはんも持たせんと、『行ってこい』って言えるん?」

「……それは――」

「言えへんやろ」

「…………」

「ほな――なんで、よその子やったらええの」

国王が――震えとった。

手が。肩が。唇が。

「よその子やから――孤児やから――名前も知らん子やから。せやから、ええの?」

「……余は――」

「あかんに決まっとるやろ」

わての声が――震えた。怒りやない。悲しみや。

「子どもを使い捨てにしたんは、あんたらやろ。聖教会がどうとか、実権がどうとか――そんなん、この子らには関係ない」

国王が、茶碗を握りしめとった。

手が震えて、お茶の水面が揺れとる。

「この子らは――ただ、ごはんが食べたかっただけや」

「…………」

「温かい布団で寝たかっただけや。おはようって言ってもらいたかっただけや」

「…………」

「そんなことも――してあげられへんかったんか」

国王の目から――涙が、一筋落ちた。

玉座の上で。王冠を被ったまま。

「……余は――」

その声は、もう王の声やなかった。

「余とて――心が痛まぬわけでは、なかった。毎年――勇者選定の報告を聞くたびに――」

「痛むだけやったら――意味ないねん」

わては――静かに言うた。

「心が痛いなら、止めなあかんかった。止められへんなら、せめて――あったかいごはんくらい、持たせたらよかった」

国王が――茶碗を見つめとった。

湯気が、静かに立ち上っとる。

「……わたくしは――話し合いに来たんやで(^^)」

わては――笑った。

「殴りに来たんとちゃう。怒ってはおる。めちゃくちゃ怒ってる。でも――今からでも変えられることがある。ちゃうかな」

国王が――顔を上げた。

涙の跡がある顔で。

でも――目に、何かが灯った。

微かやけど。確かに。


◆国王視点

――この女は、何者だ。

魔王ヴォルグラーナ。

世界の半分を支配する、恐るべき魔族の王。

――のはずだ。

だが目の前にいるのは、お茶を淹れて微笑んでいる女だった。

怒っている。確かに怒っている。声が震えていた。

だがその怒りは、余を滅ぼすための怒りではなかった。

――子どもを案じる者の怒りだった。

「――カイン」

余は呼んだ。声がかすれていた。

「はっ」

カインが一歩前に出た。背筋を伸ばした。

「お前は――魔王城で何を見た」

「私が見たものを、ありのまま報告いたします」

カインの声は、震えていなかった。

「魔王は――勇者にごはんを作っておりました。勇者は――字の練習をしておりました。四天王は――宴会の準備をしておりました。城の侍女は――掃除をして、勇者の服を繕っておりました」

「…………」

「魔王城に――戦場はありませんでした。あったのは――食卓です」

カインが――一度だけ、魔王のほうを見た。

「私は――調査隊の隊長として、事実を報告する義務があります。何が正しいかは、報告を聞いた者が判断することです。――事実は以上です」

謁見の間が――沈黙に包まれた。

余は目を閉じた。

――知っていた。

毎年、子どもたちが送り出されていくのを。

帰ってこないのを。

聖教会が「神の御心である」と言うのを。

知っていて――止められなかった。

王冠は重い。だが、それは言い訳だ。

この女の言う通りだ。あったかいごはんくらい、持たせられたはずだ。

「……今すぐに――答えを出すことは、できぬ」

声がかすれた。

「聖教会との――関係がある。政治的な――手順がある。余の一存では――」

――また、言い訳をしている。

「だが――聞いた。余は、聞いた」

魔王が、こちらを見ている。

深紅の目。だが――その目は、余を裁く目ではなかった。

保育園、と言っていた。子どもを預かる場所だと。

この女は――40年間、子どもを見てきたのだと。

「――魔王ヴォルグラーナ殿」

「よしこでええよ(^^)」

「……よしこ、殿。余は――余の力の及ぶ限り、この件を調べる。約束する」

「ほんまに?(^^)」

その声には、詰問ではなく、確認の温度があった。

余を試しているのではない。余の言葉を、信じようとしている。

「……約束する」

余は――この女の目を、真っ直ぐ見た。

どれほどの時間が経ったかわからない。

謁見の間に、お茶の香りが漂っている。

「ほな――お茶のおかわり、いる?(^^)」

「…………」

余は――小さく、笑った。

いつ以来だろう。玉座の上で、笑ったのは。

「……いただこう」

魔王が――二杯目のお茶を淹れてくれた。

四天王が後ろで溜息をついている。

衛兵たちが困惑した顔で立っている。

だが――この一杯の茶は、温かかった。

余の心に沈んだ石が、ほんの少しだけ――軽くなった気がした。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第33話「王様に会いに行く」。よしこが国王に会いました。

よしこは怒っています。でも殴りません。武器も持ちません。お茶を淹れます。謁見の場で。

ヴェルザの溜息が何回目かもうわかりません。でもヴェルザは、よしこのやり方を知っています。この人は――お茶で世界を変えようとする魔王なのだと。

書きたかったのは「無力な大人」です。国王は悪人ではありません。知っていました。心が痛んでいました。でも止められなかった。――それは「悪」ではなく「弱さ」です。よしこはそれをわかった上で、「あかんもんはあかん」と言いました。保育士として。

「あんた、自分の子ども送り出す時もこんなんするん?」――この一言が、この話で最も書きたかったセリフです。よしこは難しい政治の話をしません。国家論を語りません。ただ、「子どもの目線」で聞くだけです。それが、王冠を被った大人の心を揺さぶりました。

カインは見事でした。「事実を報告する」――それだけ。判断は他の人に委ねる。でもその「事実」が、何よりも重い。

次回、第34話「いつか、遠足の続きを」。Arc3最終話です。帰路につきます。お弁当を配ります。レオンが「手紙を書いてみようかな」と言います。そして――魔王城で、ティアの「おかえりなさい」が待っています。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒にお茶を淹れて喜びます(^^)

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