S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第32話: 王都の門

第3アーク · 4,985文字 · draft

◆カイン視点

——王都の門が見えてきた。

白い城壁。聖教会の旗。門の前に衛兵が二人。秋晴れの空の下、門は堂々と聳えている。

この国の首都。私が生まれ育った街。

私は——その門の前に立っている。

魔王を連れて。

「…………」

振り返った。

先頭に、よしこ。黒と紫のローブ。長身の美女。深紅の目。小さな角が二本。

——見た目だけなら、最強最悪の魔王だ。

その横に、ヴェルザ。銀髪のオールバック。金色の目。完璧な軍人の佇まい。

——四天王筆頭。実力は私の遥か上。

後ろに、ドルガ。210cm。赤黒い短髪。巨大な角。

——メルの幻影で角と肌色は隠しているが、この巨体は隠しようがない。

メル。紫のロングヘア——幻影で人間の外見に変えている。優雅な微笑み。

ピプ。外見は10歳の子ども——羽根と角を幻影で隠して、ただの子どもに見える。

勇者パーティ三人。レオン、リーゼ、ガルド。

総勢九名。

うち魔族が五名。

——この集団を、王都に入れなければならない。

「…………」

なぜ私は、この状況を「報告書に書けない」と思う前に「どうやって門を通すか」を考えているのだ。

いつの間にか——私は、この魔王の「遠足」の引率者になっていた。


門が近づく。

衛兵が、こちらに気づいた。

「止まれ! 身分を——」

衛兵の目が、私を見た。

「……カイン副長殿?」

「ああ。私だ」

「お帰りなさい。魔王城の調査は——」

衛兵の目が、私の後ろに移った。

「…………」

210cmの巨漢。

銀髪の軍人。

紫髪の美女。

10歳の子ども。

黒と紫のローブの長身美女。

「……あの、副長殿。後ろの方々は」

「——説明する。少し、長くなる」

「は、はぁ……」

「まず。後ろの長身の女性が——」

よしこが、ひょいと顔を出した。

「こんにちは(^^) 話し合いに来たんやで」

「…………」

衛兵が固まった。

「……副長殿。今の方、関西——いえ。東方の訛りですか」

「気にするな」

「あの、もう少し詳しく説明を——」

「この方が」

私は、覚悟を決めた。

「——魔王ヴォルグラーナだ」

沈黙。

鳥の声。風の音。遠くで馬車が走る音。

「…………ま」

「魔王だ」

「ま、ま、ま——」

「魔王が門を——普通に歩いて——来た」

衛兵の顔が、凄まじい速度で蒼白になった。

「ちょ、ちょっと待ってください! 増援を——いや、聖騎士団に——いや、まず隊長に——」

「落ち着け。武装解除してここに来ている。話し合いに来たんだ」

「話し合い!? 魔王が!?」

「…………そうだ」

よしこが、衛兵ににこっと微笑んだ。

「遠くから来たんやけど、ええ天気やなぁ(^^) 王都って綺麗な街やね」

「…………」

衛兵が、私を見た。目が「助けて」と言っている。

「……副長殿。報告書にはなんと」

「私にも、わからん」


◆よしこ視点

王都。

——でっかい街やなぁ。

門をくぐったら、石畳の大通りが広がっとる。建物はみんな白い石で出来とって、屋根は赤い瓦。空が青くて、風が気持ちええ。

人がいっぱいおる。馬車が走っとる。どこかからパンの焼ける匂いがする。

「おお……」

ガルくんが目を輝かせとる。パンの匂いに反応したな。

「……大きい街」リーゼちゃんが呟いた。

「フン」ドルガくんが腕を組んどる。けど、目はキョロキョロしとる。

「すごーい! 建物いっぱい!」ピプが飛びそうになったんを、ヴェルちゃんが襟を掴んで止めた。

「飛ぶな。目立つ」

「えー」

カインくんが前を歩いとる。顔が険しい。そらそうやな、魔王を王都に連れてきてもうたんやから。

「カインくん」

「……何でしょうか」

「案内してくれへん?(^^) 王様に会う前に、ちょっと街を見たいんやけど」

「……今から謁見に向かうべきでは」

「ごはんも食べてへんのに会いに行ったら失礼やろ(^^) まず腹ごしらえや」

「…………」

カインくんが、深い溜息をついた。

「……あの市場であれば、食事は取れます」

「ほな、行こ!(^^)」


市場。

——天国か、ここは。

屋台がずらーっと並んどる。焼き肉の匂い、パンの匂い、果物の甘い香り。色とりどりの野菜が山積みになっとって、魚が氷の上に並んどる。

「ガルくん、見て見て! あのパン屋さん、すごいなぁ」

「は、はい! あの形、見たことないです……! 編み込み式の——えっと、工程が複雑で……すごい技術です……!」

ガルくんがパン屋の前で釘付けになっとる。目がキラキラや。

「おばちゃん、このパンなんぼ?(^^)」

「あら、お客さん。これは三銅貨ですよ」

「三銅貨!? ちょっと高いわぁ。二銅貨にならへん?(^^)」

「うーん……じゃあ二銅貨半で」

「ほな、三つ買うから六銅貨でどう?(^^)」

「……あんた、やるわね。いいわよ」

「やったぁ(^^)」

——値切り交渉、成功。

大阪のおばちゃんの交渉力は異世界でも通用するんや。

後ろでヴェルちゃんが頭を抱えとる。

「……魔王様。威厳が」

「パンは安い方がええやろ(^^)」

「……はい。それはそうですが」


リーゼちゃんが、果物屋の前で足を止めた。

「……これ。見たことない」

赤い実がなっとる。林檎みたいやけど、ちょっと形が違う。

「ああ、それは紅玉梨(こうぎょくなし)だよ。この時期しか採れないんだ」

「…………」

リーゼちゃんが、その実をじっと見つめとる。

「買ってみる?(^^)」

「……いい。お金が」

「わての奢りやで(^^)」

「…………」

リーゼちゃんが、小さく頷いた。

果物屋のおっちゃんが紅玉梨を一つ包んでくれた。リーゼちゃんがそれを受け取って、一口かじった。

「…………」

「どう?」

「……甘い」

それだけ。でも——口元が緩んどる。


ドルガくんが、串焼きの屋台の前に立っとる。

「……でかいな、このにぃちゃん」

屋台のおっちゃんが見上げとる。ドルガくん、幻影で角と肌色は隠しとるけど、210cmの巨体はどうにもならん。

「巨人族の方ですか?」

「……まぁ、そうだ」

「へぇ! 珍しいね。串焼き食べるかい? 大盛りにしとくよ」

「…………」

ドルガくんが、串焼きを受け取った。一口で半分食べた。

「……悪くない」

もう一本。もう一本。もう一本。

「あ、あの、にぃちゃん……もう十本目だけど」

「もう五本くれ」

「……はいよ」

屋台のおっちゃんが汗だくで焼いとる。ドルガくんが黙々と食べ続けとる。

——この人、ほんまによう食べるなぁ。


ピプがお菓子屋の前で動かなくなった。

「よしこ! これ! これ! この飴きれい!」

「あら、ほんまや。宝石みたいやなぁ(^^)」

「買って! 買って!」

「ピプ殿。市場で騒ぐな」ヴェルちゃんが眉をしかめとる。

「えー! だってきれいだもん!」

「一つだけな(^^)」

「やったー!」

ピプの羽根が——あかん。幻影で隠しとるけど、嬉しすぎて羽根がぱたぱたしとる。マントの下でもぞもぞ動いとる。

「ピプ。マント」メルが小声で注意した。

「あっ。ご、ごめん……」

ピプが慌ててマントを押さえた。危なかった。


レオンくんは、市場の端っこで壁に寄りかかっとる。

「レオンくん、何か食べへん?(^^)」

「……いい。腹減ってねぇ」

ぐぅ。

「…………」

「鳴ったで(^^)」

「うるせぇ」

「はい、串焼き(^^)」

「……勝手に買うなよ」

でも受け取った。一口食べた。二口目が早い。

「美味いか?(^^)」

「……普通」

三口目。もう食べ終わった。

「もう一本いる?(^^)」

「…………」

「素直に言ったらええのに」

「……一本だけ」

「はいはい(^^)」


メルちゃんが、香辛料の店で足を止めた。

「あら。これは珍しい調合ですわね」

「お目が高い! これは南方産の香辛料でね、肉料理に使うと——」

「ええ、存じておりますわ。ただ、この配合ですと少々辛みが勝ちませんこと? 蜂蜜を一匙加えると、まろやかに——」

「あんた、プロかい?」

「あら。ただの趣味でございますわ」

メルちゃんが扇子で口元を隠して微笑んどる。

——この人、香辛料にも詳しいんか。ほんまに何でも知ってるなぁ。


◆カイン視点

市場の隅で、私は壁に背を預けていた。

目の前の光景を——もう一度、確認する。

魔王が、パン屋と値切り交渉をしている。

四天王筆頭が、魔王の横で溜息をついている。

四天王第二席が、串焼きを十五本食べた。

四天王第三席が、香辛料屋と専門的な会話をしている。

四天王第四席が、飴を握りしめて満面の笑みを浮かべている。

勇者が、串焼きを食べている。

勇者の仲間の魔法使いが、果物を食べて「甘い」と言っている。

勇者の仲間の戦士が、パン屋の技術に感動している。

「…………」

これが——魔王と勇者パーティ。

世界の敵と、世界の英雄。

値切りをして。串焼きを食べて。飴を買って。

——報告書に、何と書けばいいのだ。

「副長殿」

部下の一人が、隣に来た。王都で待機していた部下だ。

「魔王城の調査報告、上層部に提出しましたが……」

「何と言っていた」

「……『信じられない。書き直せ』と」

「……そうか」

「副長殿。あの……本当に、あれが魔王なのですか」

私は、市場を見た。

よしこが——パン屋のおばちゃんと笑い合っている。「あんた面白い人やねぇ」「ほんま? 嬉しいわぁ(^^)」

「……あれが、魔王だ」

「…………」

「事実だけを報告する。それが我々の仕事だ」

「はい。しかし——事実が、一番信じてもらえません」

「……知っている」


◆よしこ視点

市場の食べ歩き、堪能した。

ガルくんは編み込みパンの作り方を教えてもらって、メモしとった。字の練習の成果や。

リーゼちゃんは紅玉梨をもう一つ買っとった。自分のお金で。

ドルガくんは串焼き屋のおっちゃんと友達になっとった。「また来いよ、にぃちゃん!」「……フン」

ピプは飴を五個買うてもうた。「一つだけ」って言うたんやけどな。

メルちゃんは香辛料を三種類買って、ガルくんにプレゼントしとった。「料理に使いなさいな」「あ、ありがとうございます……!」

レオンくんは串焼き三本食べた。「一本だけ」って言うたんやけどな。

ヴェルちゃんは——何も買わんかった。ずっと周囲を警戒しとった。

「ヴェルちゃん」

「ヴェルザです」

「はい、蜂蜜飴(^^)」

「…………」

「食べて。ずっと立ちっぱなしで疲れたやろ」

「……かしこまりました」

ヴェルちゃんが蜂蜜飴を受け取った。口に入れた。

——表情は変わらへん。でも、肩の力が少しだけ抜けた。

「……美味でございます」

「せやろ(^^)」


さて。

お腹も膨れた。

みんなの顔に、少しだけ笑顔が戻った。

昨日の——あの朝の空気が、少しだけ薄まった。

でも。

消えてへんのは、わかっとる。

わての中にも、まだある。

あの怒り。あの数字。ゼロ。

消したらあかん。消したらあかんけど——今は、しまっとく。

——さて。

「カインくん」

「……はい」

「王様に会いに行こか(^^)」

「…………」

カインくんが、背筋を伸ばした。

「——ご案内いたします」

「おおきに(^^)」

わては——みんなの顔を見た。

ヴェルちゃんが頷いた。

ドルガくんが腕を組んだ。

メルちゃんが扇子を開いた。

ピプが飴を口に入れた。

レオンくんが壁から離れた。

リーゼちゃんが紙束を——あの紙束を、懐にしまい直した。

ガルくんが、拳を握った。

全員おる。

ほな——行こか。

「暴力で解決せぇへん。話し合いに行くんや(^^)」

王都の大通りを、歩き出した。

魔王と、四天王と、勇者パーティ。

九人の遠足が——もう少しだけ、続く。

——大通りの先に、王城の白い尖塔が見えた。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第32話「王都の門」。

前回の「勇者の値段」が重かった。だから今回は、息抜き回です。

よしこが市場でパン屋のおばちゃんと値切り交渉する。ドルガが串焼きを十五本食べる。ピプが「一つだけ」の約束を守れない。レオンが「腹減ってない」と言った直後にお腹が鳴る。

コメディです。

でも、消えてないんです。あの怒りは。あの数字は。よしこの中にも、みんなの中にも。

リーゼが紅玉梨をもう一つ買った。自分のお金で。「食べること」を選べるようになった子が、自分で食べたいものを買う。それだけのことが、あの孤児院を見た後だと、泣けるんです。

そしてカイン。この男は「報告書に何と書けばいいのだ」とずっと困っています。事実をそのまま書いたら「書き直せ」と言われる。でも事実は事実。彼はこの後、王都で大変なことになります。

次回、第33話。いよいよ王様に会いに行きます。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、ドルガの串焼きがもう五本増えます。

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