S12-P01 固有スキル【ChatGPT】で異世界全自動化 〜魔法陣はCodexで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜

第10話: 脳筋とエンジニアの邂逅

第2アーク · 5,433文字 · revised

悲鳴が聞こえた——と思ったら、雄叫びだった。

レンは森の小道で足を止めた。朝の薬草採取ルートの途中。ゴーレムのアダムが淡々と薬草を摘んでいるその横で、森の奥から獣の唸り声と、それを上回る人間の怒声が響いてくる。

「うおおおおお! 食らえぇぇ!」

人間の声だ。しかも楽しそうに聞こえるのは気のせいか。

森の木々は秋の色に染まり始めていた。広葉樹の葉先が赤や黄色に変わりつつあり、朝露に濡れた落ち葉が地面を覆っている。そんな穏やかな秋の朝に、およそ似つかわしくない怒声が木々の間を突き抜けてくる。

「アダム、停止。音源の方向を特定」

『南南西、約二百メートル。生体反応二つ。一つは人間、一つは——魔獣反応』

レンは舌打ちした。最近、村の外れの森で大型の魔獣が出没しているという話は聞いていた。村長が注意喚起の手紙を回覧していたし、猟師のおじさんが「でかい爪痕を見た」と酒場で語っていた。

「行くぞ。走れ」

『了解。走行モード』

アダムの石の脚が地面を蹴り、レンはその背中にしがみつく。木々の間を抜け、藪を突っ切り——

開けた場所に出た瞬間、レンは目を疑った。

灰色の毛皮、馬ほどもある巨体。牙が鋭い。オオカミ型の魔獣——辺境では「ダイアウルフ」と呼ばれる中級魔獣だ。

その魔獣の前に、金髪の青年が立っていた。

身長百八十五センチはある大柄な体。筋肉質の腕。革鎧を着ているが、剣は——足元に転がっている。折れている。

つまり素手だ。

「っしゃあ! 来いよデカブツ!」

青年は両腕を広げ、ダイアウルフに向かって構えている。顔は傷だらけ、革鎧の肩は爪で裂かれている。明らかに劣勢。

なのに——笑っていた。

「……は?」

レンの口から、素朴な感想が漏れた。

ダイアウルフが跳んだ。巨体が宙を舞い、鋭い前脚が青年の頭上から振り下ろされる。

「アダム! 防御!」

『了解』

レンの指示より先に、アダムが動いていた。石の腕がダイアウルフの前脚を受け止める。衝撃で地面が揺れ、木の葉が舞い散った。

ダイアウルフが(ひる)む。

レンは即座に魔法陣を展開した。テキスト生成——拘束術式。地面に光の鎖が走り、ダイアウルフの四肢を絡め取る。

「アダム、押し返せ!」

ゴーレムの拳がダイアウルフの横腹に叩き込まれた。魔獣が吹き飛び、木に激突する。拘束の鎖が締まり、動きが止まった。

静寂。

秋の鳥が、おずおずと鳴き始める。

レンは額の汗を拭い、ようやく呼吸を整えた。中級魔獣との戦闘は初めてだ。アダムの戦闘能力と魔法陣の連携——思ったよりうまくいった。動画生成で訓練映像を作った時の失敗が、逆にアダムの動きの改善に繋がっていた。

「……大丈夫か?」

レンが金髪の青年に声をかけた。

青年は地面に座り込んでいた。傷だらけの腕で膝を叩き——

「すっげえ!」

立ち上がった。目が輝いている。血だらけなのに、満面の笑み。

「お前、今の何だ!? 石の巨人が殴って、光の鎖が出て、ドカーンって!」

「えっと……ゴーレムと拘束魔法陣の連携で——」

「すっげえ!」

聞いていない。

「お前! 名前は!?」

「レンハルト・コード。レンでいい」

「俺はカイル! 冒険者志望だ!」

カイルはレンの手を両手で掴み、上下にぶんぶん振った。握力がすさまじい。手が潰れるかと思った。

「レン! お前すげえな! 俺の仲間になれ!」

「……パーティ結成のフラグが早すぎる」

「は? ふらぐ?」

「……出会って三十秒で仲間はおかしいだろ」

「おかしくない! 強い奴と組む! それが冒険者だ!」

カイルの青い目が、真っ直ぐにレンを見ている。裏表がない。目の前の現象をそのまま受け取り、そのまま口に出す——前世でいうなら、入力と出力の間にフィルタリング処理がゼロの人間。

つまり、脳筋だ。

「それより、なんで素手で魔獣と戦ってたんだ」

「剣が折れた」

「折れる前に逃げろ」

「逃げるのは性に合わん!」

レンは頭を抱えた。

***

事情を聞くと、カイルは隣村出身の農家の三男だった。

「家を継ぐのは兄貴たちだからな。俺は冒険者になって一旗揚げる!」

「それで一人で森に?」

「隣町——ブレンネルの冒険者ギルドで受けた依頼だ。『森のオオカミ型魔獣を討伐せよ』。報酬は銀マナ五十枚」

ヴィントヘルムには冒険者ギルドの支部がない。一番近いのは南に半日ほど歩いた町、ブレンネルだ。そこからわざわざ遠征してきたらしい。

「それ、パーティ向けの依頼じゃないのか」

「難しいことはわからん! やれるかやれないかだ!」

やれなかったから剣を折って素手で殴りかかっていたのだが、本人にその自覚はないらしい。

レンはイグニスに念話を飛ばした。

(こいつ、どう思う)

(馬鹿だな)

(それは見ればわかる)

(だが——筋は悪くない。ダイアウルフに素手で向かって、死なずに済んでいた。普通の人間なら一撃で終わっている)

イグニスの評価は的確だった。カイルの体には無数の傷があったが、致命傷は一つもない。本能的に急所を守り、ダメージを分散している。考えてやっているのではなく、体が勝手にそう動いている。

天然の戦闘センス——というやつだ。

「なあレン、お前のその石の巨人、名前は?」

「アダム」

「アダム! いい名前だ! お前強いな!」

カイルがアダムの石の脚を叩いた。アダムは無反応。

「おーい、聞いてるか?」

『聞いています。しかし、あなたへの応答は管理者権限外です』

「管理者? 何だそれ」

「俺の許可がないとアダムは他人と会話できない。安全のための仕組みだ」

「難しいことはわからん!」

二回目だった。

レンは溜息をついた。こういうタイプは前世の会社にもいた。仕様書を読まない、マニュアルを無視する、でも現場では誰よりも頼りになる——そういう人間。嫌いではない。むしろ、エンジニアが最も必要とするタイプだ。

「カイル、一つ聞いていいか」

「おう!」

「俺の魔法の仕組みを説明する。長くなるが聞いてくれ」

「おう!」

「俺のスキル【生成AI】は、テキストや画像、動画などの情報を自動生成する能力で、魔法陣のコード化によって従来の詠唱を省略し、さらに精霊とのプロトコル接続を通じて——」

「つまり?」

「……魔法で殴る」

「よし、わかった!」

レンは目を閉じた。

驚くべきことに——通じた。

レンが三分かけて説明しようとしたことを、カイルは二秒で要約した。そしてその要約は、本質を外していない。魔法で殴る。それが戦闘におけるレンの能力の核だ。

バカに見えて核心を突く。こういうタイプが一番厄介で、一番頼りになる。

「レン、俺たち組もう。お前が魔法で殴る。俺が剣で殴る。完璧だ」

「完璧ではない。お前の剣は折れてるだろ」

「細かいことは——」

「気にしろ」

カイルが笑った。大きな声で、森に響くくらい豪快に。赤く色づき始めた木々の間を、その笑い声が突き抜けていった。

「お前、面白いな!」

レンは苦笑した。面白いのはお前のほうだ。

***

村に戻ると、エルナがパン工房の前で洗い物をしていた。

レンの隣を歩くカイルを見て、手が止まる。

「……誰?」

「カイルだ! 冒険者志望! レンの仲間になった!」

「なってない。勝手に名乗るな」

「細かいことは気にするな!」

エルナがレンを見た。説明を求める目。

「森で魔獣に襲われてたのを助けた。それだけだ」

「それだけじゃない! 命の恩人だ! だから仲間だ!」

カイルの論理は単純明快で、反論の余地がないように聞こえるが、実際には論理が破綻している。命の恩人だから仲間、にはならない。

だが——カイルの青い目は、本気だった。

「あんた、傷だらけじゃない。座りなさい」

エルナがカイルに椅子を差し出した。水を汲んできて、布で傷の手当てを始める。手慣れた動きだった。レンのゴーレム暴走事件で壊れた家具で怪我人が出た時にも、こうやって手当てしていた。

「いてて!」

「動かない」

「お姉さん優しいな!」

「あたしはエルナ。お姉さんじゃない」

「エルナちゃんか! いい名前だ!」

カイルは誰にでもこうなのだろう。初対面で距離感がゼロ。

エルナが傷に薬草を塗りながら、レンに視線を送った。

(こいつ何?)

目が語っている。

レンは肩をすくめた。

(俺にもわからない)

「腹減った!」

カイルが突然叫んだ。

「戦ったら腹が減る! 食う! 寝る! 戦う! これが人生だ!」

エルナが呆れた顔でパンを一つ差し出した。焼きたてのライ麦パン。朝一番の焼き上がりだ。工房の窓からパンの香ばしい匂いが漂っている。

カイルが一口でかぶりついた。

「うめえ!」

目が見開かれる。もう一口。もう一口。三口で一つのパンが消えた。

「エルナちゃん、これすげえうまい! もう一個くれ!」

「……あんた、味わって食べなさいよ」

「味わってるぞ! うまいからもう一個だ!」

エルナはもう一つパンを渡した。顔は呆れているが、口元が少し緩んでいる。自分のパンを「うまい」と言われて嬉しくない作り手はいない。

カイルが二個目のパンをかじりながら、レンに言った。

「なあレン」

「何だ」

「あの魔物——ダイアウルフだっけ。あいつ、最近増えてるんだよ」

レンの手が止まった。

「増えてる?」

「おう。冒険者ギルドの依頼で来たって言っただろ。あの依頼、先月は出てなかった。先々月もない。最近になって急に、この辺りで魔獣の目撃情報が増えてるんだ」

「それは——」

「俺は一人じゃ無理だった」

カイルの声から、ふざけた調子が消えていた。

パンを食べる手を止め、真っ直ぐにレンを見ている。

レンは、カイルの青い瞳を見返した。

一人じゃ無理だった。

その一言が、思った以上に胸に刺さった。前世で、締め切り前の深夜二時にサーバーが落ちて、一人でログを追いかけていた時のことを思い出す。誰にも頼れない。誰も起きていない。あの孤独感を——こいつは、素手で魔獣に向かいながら感じていたのか。

「森の奥——もっと深いところに、何かある気がする。魔獣があんなに興奮してるのは、普通じゃない」

バカだと思っていた。実際、理屈は通じないし、説明は聞かないし、素手で魔獣に挑む無謀さは常軌を逸している。

だが——今の言葉は、カイルが体で感じた一次情報だ。

前世の経験則がある。データ分析で出てこない異常は、現場の「なんかおかしい」が最初に捉える。ログに残らないバグは、ユーザーの直感が先に見つける。

「……イグニス」

念話ではなく、声に出した。

カイルの横で、空気が揺らめく。イグニスが炎の球体から人型化した。赤い髪、金色の瞳。秋の日差しの中で、精霊の体が揺らめく陽炎(かげろう)のように見える。

「呼んだか」

カイルが目を見開いた。

「うお!? 何だお前! いきなり出てきた!」

「この俺様は火の精霊イグニスだ。いきなりも何もない。ずっとここにいた」

「火の精霊!? すっげえ! お前も強いのか!?」

「お前などに強いの弱いのと品定めされる筋合いはない」

「でも強そうだ! いい目してる!」

イグニスが一瞬、面食らった顔をした。火の精霊たる者が、人間にここまで無遠慮に品評されることは数百年で初めてだったのだろう。

「……変な人間だな」

「よく言われる!」

レンは二人のやり取りを見ながら、奇妙な安心感を覚えた。カイルは誰に対しても同じだ。ゴーレムだろうが精霊だろうが、目の前にいるものをそのまま受け入れる。

「イグニス、この辺りの魔獣の活動パターン、何か変化は感じてるか」

イグニスが腕を組んだ。

「……二週間前から、火の精霊力の流れが変わっている。地下から何かが噴き上がっている感覚がある。詳しいことはわからんが」

「地下」

「ああ。森の奥——もっと深い場所からだ」

カイルとイグニスの言葉が一致した。

脳筋の直感と、精霊の知覚。まったく別の方法で、同じ異常を捉えている。

レンは森の方を見た。木々の向こう、日の光が届かない深い場所。紅葉の美しさの奥に、何かが潜んでいる。

「カイル」

「おう」

「仲間かどうかは保留だ。だが——一緒に調べる価値はある」

カイルの顔が、ぱっと明るくなった。

「よっしゃ!」

「ただし条件がある」

「何でも言え!」

「素手で魔獣に挑むな。剣は俺が用意する」

「お前、剣も作れるのか!?」

「ゴーレムに鍛造させる。品質は……保証しないが」

「すげえ! お前はすげえ!」

カイルがレンの背中をばんと叩いた。レンが前のめりによろけた。

「あんたら、うるさい」

エルナが工房の中からそう言った。だが、窓越しに見えたその横顔は——少しだけ笑っていた。

イグニスが小さく呟いた。

「……騒がしくなるな」

「ああ。騒がしくなる」

レンは森の奥を見つめた。

魔獣の増加。地下からの異常な精霊力の流れ。そして——ゴーレムのアダムだけでは対処できない何かが、この森の奥に潜んでいるかもしれない。

一人では無理だ。

前世でも、最も難しいバグは一人では解けなかった。必要なのはチームだ。それぞれが違う視点を持ち、違う強みで補い合うチーム。

カイルの「一人じゃ無理だった」という言葉が、まだ頭の中で響いている。あれは降参でも弱音でもなかった。一人の限界を知った上で、だから仲間が要る、と真っ直ぐに言い切った。

エンジニアと脳筋——これ以上のミスマッチもないが、これ以上の補完もない。

「カイル」

「おう!」

「とりあえず今日は休め。明日、森の調査に行く」

「了解! で、飯は?」

「……エルナに聞いてくれ」

「エルナちゃーん! パンもう一個!」

「あんた何個食べるの!?」

レンは空を見上げた。

秋の空は高く澄んでいる。薄い雲が、冷たい風に流されてゆっくりと動いていた。

辺境の村に、一人目の仲間——かもしれない男がやってきた。

そして森の奥には、まだ名前のない異変が眠っている。

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