階段が、天井に繋がっていた。
レンは生成した設計図と、目の前に建っている現物を交互に見比べた。三度見した。設計図を逆さにしてみた。やっぱり違う。
村長から「集会所を新しくしたい」と頼まれたのが昨日の話だ。せっかくだからとスキル【生成AI】の画像生成を試してみたところ——
「なんで二階の床が傾いてるんだ……」
秋の風が、傾いた集会所の壁を撫でて通り過ぎた。畑の向こうでは麦が黄金色に色づき始めている。収穫の季節が、もうすぐそこまで来ていた。
生成された設計図は美しかった。精緻な線画で、木造の集会所が描かれている。三角屋根に大きな窓、採光も動線も完璧——に見えた。
問題は、それをゴーレムのアダムが忠実に再現した結果だ。
正面入口のドアは壁の中央より三十センチほど上にあり、中に入るには一段跳ぶ必要がある。一階から二階への階段は途中で九十度横に曲がり、壁を突き抜けて天井に接続している。二階の床は微妙に傾斜しており、椅子を置いたら滑っていきそうだ。
「……構造は合ってるんだ。ただ、物理法則との整合が取れてない」
いわゆるハルシネーションの初期症状。存在し得る図面として生成されているが、実際に人間が使うことを考慮していない。
「面白い建物だな」
イグニスが人型化し、腕組みをしたまま集会所を眺めている。赤い髪が風に揺れ、毛先がかすかに炎のようにゆらめく。
「面白くない。村長に怒られる」
「怒られるのはお前であって、この俺様ではないからな」
「他人事だな……」
「他人事だからな」
レンはイグニスを睨んだが、精霊は涼しい顔で傾いた建物を眺めている。
レンは諦めて、もう一度プロンプトを組み直す。
画像生成——つまり設計図や地図を魔法で描く能力。テキスト生成(魔法陣のコード化や文書作成)は使い慣れてきたが、画像は初めてだった。そして今、痛感している。
詠唱文の精度が、テキストの比ではなく求められる。
「集会所の設計図。木造、平屋建て、収容人数三十名。入口は地面と同じ高さ。階段は一切不要。床は水平——」
ここまで細かく指定しなければならないのか。前世のテキスト生成AIだって、画像生成は別の難しさがあった。言語化できない「当たり前」を全て明示する必要がある。
新しい設計図が虚空に浮かんだ。
今度はまともだ——少なくとも、ドアは地面に接している。
「アダム、これで建て直し。さっきのは撤去」
『了解。既存構造体、解体開始』
ゴーレムが淡々と傾いた集会所を崩し始める。
そこに、声が飛んできた。
「あんた、また何か壊してる」
エルナが洗濯籠を抱えたまま、通りの向こうから呆れた顔でこちらを見ていた。小麦色の髪に、枯葉が一枚くっついている。
「壊してるんじゃない。建て直してる」
「それ、さっき建てたやつよね。一時間も経ってないんだけど」
「設計にバグがあった」
「バグって何」
「……欠陥」
エルナは溜息をついた。
「手で建てればいいのに」
「三十人収容の集会所を手で?」
「村の人総出で建てれば三日よ。うちのおばあちゃんの時代はそうだった」
レンは言い返せなかった。三日間の労力を惜しんで、一時間で二回建てて一回壊している。効率としてどちらが良いのか、正直わからなくなってきた。
「……三回目は成功する」
「ふーん」
エルナは信用していない顔のまま、洗濯籠を抱え直して去っていった。その背中を見送っていると、イグニスが鼻を鳴らした。
「パン屋の娘に呆れられているぞ」
「知ってる」
***
三回目の集会所は、成功した。
ドアは地面と同じ高さにあり、窓からは自然光が入り、天井は水平で、床も水平だった。村長が中を見回し、「おお、立派なもんじゃ」と満足げに頷いた。
レンは安堵した——が、すぐに次の実験に取りかかった。
王都からの通知は、まだ机の上にある。固有スキル【生成AI】の調査。行くにしても、自分のスキルを把握しておくべきだ。何ができて、何ができないのか。
集会所の画像生成で得た教訓は大きい。
テキスト生成:実用段階。魔法陣の自動化、文書作成はほぼ問題ない。
画像生成:使えるが、詠唱文の精度が命。曖昧な指示は物理法則を無視した出力になる。
では——動画はどうだ?
「イグニス」
「なんだ」
「動画を生成してみる」
イグニスの金色の瞳が、わずかに細まった。
「画像ですらあの有様だったのに、動画をやるのか」
「だからこそだ。限界を知りたい」
「……勝手にしろ。ただし、火の精霊たる者として忠告しておく——暴走したら即座に叩き潰す」
「頼もしいのか物騒なのかわからないな」
「両方だ」
常時接続のMCPが機能している。イグニスの精霊力がレンの魔力回路を補強し、より高負荷な生成にも耐えられるようになっている——はずだ。
レンは詠唱文を組み立てた。
「動画生成。内容——剣術の基本動作。正面斬り。人型の模範動作を、三次元空間に投影」
目の前の空間が、光を帯びた。
半透明の光の膜が人の形をとり始める。身長はレンと同じくらい。手には光の剣。表情はない——あくまで訓練用の模範映像だ。
光の人型が、剣を振りかぶった。
そして——
「…………」
レンは絶句した。
人型の右腕が、肩の関節を無視して百八十度後ろに回転した。肘が逆方向に折れ曲がり、手首がぐるりと一回転し、その状態で剣を振り下ろした。動き自体は滑らかなのに、人体構造が完全に破綻している。
「おい、術者」
イグニスが眉をひそめた。
「あれは何だ。呪いか」
「呪いじゃない。動画のハルシネーションだ」
「人間ってこう動くのか?」
「動かない。絶対に動かない」
「だが、お前の魔法がそう言っている」
「俺の魔法が間違っている」
「ふん。初めて正直に認めたな」
レンは頭を抱えた。
動画生成のハルシネーション。テキストで「正面斬り」と指示しただけでは、関節の可動範囲も重心の移動も指定していない。結果として、「剣を振り下ろす」という結果だけが正しく、過程が物理法則を無視する。
「もう一度やる」
「やるのか。この俺様が見ていて気分が悪くなったぞ」
「精霊が気分悪くなるのか?」
「なる。あんな動きをする人型を見せられて平気な精霊がいたら、そいつは壊れている」
今度は、より詳細なプロンプトを組んでみる。
「動画生成。人型、男性、身長百七十。右手に剣。正面斬り。肩関節は前方百八十度、後方六十度の可動範囲。肘は伸展ゼロ度から屈曲百四十五度まで。手首は——」
イグニスが遮った。
「おい。お前、剣を振ったことはあるのか?」
「……ない」
「身体の動きを、数字で説明しようとするな。見たこともやったこともないものを、言葉だけで正確に伝えられるわけがないだろう」
レンは口を閉じた。
イグニスの言葉は正しかった。
画像生成の時も同じだ。「当たり前」を言語化できないから、設計図が破綻した。動画ではそれがさらに顕著になる。人間の動きを知らない者が、人間の動きを生成することはできない。
「……確かに。俺は剣を触ったこともない」
「だったら、まず振ってみろ」
イグニスが右手を掲げると、掌から炎が噴き出し、剣の形に固まった。赤い光を帯びた炎の剣。実体はないが、重さと手応えだけは精霊力で再現されている。
「火の精霊たる者、こんな仕事まで引き受けるとは思わなかったがな」
「恩に着る」
「着るな。気持ち悪い」
レンは炎の剣を受け取り——振ってみた。
ぎこちない。重心がわからない。力の入れどころもわからない。ただ腕を上げて、下ろしただけ。
「ひどいな」
「知ってる」
「だが——今の動きを生成してみろ。さっきよりマシになるはずだ」
レンは自分の不格好な素振りを思い出しながら、もう一度プロンプトを組み直した。
光の人型が、剣を振った。
今度は——まだぎこちないが、少なくとも関節は正しい方向に曲がった。肘の動きに若干の不自然さは残るものの、「人間が剣を振っている」ようには見える。
「……ちょっとだけ、マシになった」
「当然だ。身体を動かした経験が、術の精度に反映される。頭だけで考えた魔法と、身体で知った魔法は別物だ」
イグニスの口調が、少しだけ師匠じみていた。
「お前の前世とやらの知識は役に立つ。だが、この世界はお前の頭の中にはない。自分の身体で触れた分だけ、術の精度は上がる」
「……まるで修行僧みたいなことを言うな」
「数百年生きていれば、嫌でも悟る」
レンはステータスウィンドウを開いた。
固有スキル: 【生成AI】
テキスト生成: ★★★☆☆
コード生成(魔法陣): ★★★☆☆
画像生成: ★☆☆☆☆
動画生成: ★☆☆☆☆
音楽生成: 未解放
物理AI(ゴーレム): ★★☆☆☆
全然だめだった。画像と動画がそれぞれ星一つ。まあ、今日解放したばかりだ。
「マルチモーダル、か」
前世のAIも同じだった。テキストから始まり、画像、音声、動画と拡張されていった。そしてモダリティが増えるほど、一つ一つの精度を上げるのが難しくなった。
だが——逆に言えば、すべてが使いこなせれば、この世界で「できないこと」はほとんどなくなる。
設計図を描ける。動く映像を投影できる。やがては音楽も、そして物理世界への出力も。
レンは拳を握った。
「イグニス。俺のスキルは、まだ一割も使えていない」
「だろうな」
「王都に行く前に、全モダリティを最低限使えるようにする」
「何日かかる」
「わからない。でも——」
レンは、まだ微妙に関節がおかしい光の人型を見上げた。
「バグを直すのは得意だ」
イグニスが鼻で笑った。
「お前、集会所を三回建てた男が言うか」
「二回だ。最初のは数に入れない」
「入れろ」
夕暮れの空に、失敗した動画の光がゆらゆらと漂っている。肘が逆に曲がった剣士が、ぎこちなく剣を振り続けている。秋の日は短い。空がもう赤く染まり始めていた。
村人が何人か足を止めて眺めていた。
「あれ、なに?」
「レンハルトの新しい魔法だって」
「……怖い」
「ああ、怖いな」
レンは急いで投影を消した。
隣で、イグニスが声を殺して笑っていた。
***
翌朝。パン工房からの帰り道で、エルナに呼び止められた。
朝の空気が冷たい。吐く息がかすかに白い。もう秋も深まりつつある。
「ねえ、昨日の光る人——あれ何?」
「訓練用の映像教材。まだ試作段階で——」
「村の子供が泣いてたんだけど」
レンは目を逸らした。
「……改善する」
「怖い人形みたいだって。ハンナも『呪いか』って」
「呪いじゃない。ハルシネーションだ」
「はるし?」
「……まやかし、みたいなものだ」
「まやかしって——あんたの魔法、まやかしなの?」
「いや、そういう意味じゃ……」
エルナは腕を組んだ。レンの言い訳を待つつもりはないらしい。
「あんたの魔法、すごいのはわかるけどさ」
「……うん」
「すごいのと便利なのは違うし、便利なのと役に立つのも違う」
レンは黙った。
昨日の集会所も、動画も——すごくはあった。便利にもなりそうだ。でも「役に立った」かと問われると、まだ誰の役にも立っていない。
集会所は三回建ててようやくまともになった。動画は村の子供を泣かせた。「すごい」止まりだ。
「……わかった」
「わかったって言う時のあんた、だいたいわかってないけど」
「……反論できない」
「でしょ」
エルナはそう言い残して、工房に戻っていった。
背中を見送りながら、レンは呟いた。
「すごい、便利、役に立つ——」
三つの段階。前世でも同じだった。技術のデモと、プロダクトと、本当に使われるサービスは全然違う。
まだ、デモの段階だ。
エルナの言葉は簡潔で、鋭くて、正しい。前世で上司が何十ページの資料で説明していたことを、あいつは一言で言い切る。
すごいのと便利なのは違う。便利なのと役に立つのも違う。
つまり——技術を磨くだけでは足りない。「何のために使うか」を、自分の中に持たなければいけない。
だが——デモから始めない限り、プロダクトには辿り着けない。
レンは村の中央広場を見渡した。
畑ではゴーレムのアダムが黙々と土を耕している。新しい集会所の前を村人が行き来する。遠くで子供たちの声がする。秋の陽光が低い角度で差し込み、村全体を柔らかい橙色に染めていた。
この村は、少しずつ変わり始めている。
そしてレンの中で、一つの仮説が固まりつつあった。
マルチモーダルの全能力を使いこなせれば——この辺境の村を、街に変えられるかもしれない。
机の上の王都からの手紙が、頭をよぎる。
だがまだ行かない。行く前に、もう少し——
次は音楽だ。
画像で「当たり前」を知った。動画で「身体」を知った。音楽には、何が必要だろう。もうすぐ収穫祭がある。あの祭りで——試してみたいことがある。
レンは王都への手紙を裏返し、プロンプトの設計図を書き始めた。