S12-P01 固有スキル【ChatGPT】で異世界全自動化 〜魔法陣はCodexで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜

第17話: 研究対象は術者本人です

第2アーク · 4,523文字 · revised

羊皮紙の上で、魔法陣が脈打っていた。

光の粒子が符号列に沿って流れ、分岐し、合流する。静的であるべき構造体が——呼吸するように、微細に脈動(みゃくどう)している。レンはその光を見て、思わず身を乗り出した。

「これです」

メイラが魔法陣の一点を指した。集会所の二階にある彼女の研究室は、本と羊皮紙で埋め尽くされている。インクの匂い、古い紙の匂い、そして窓から入る秋の冷たい空気。壁に貼られた魔法陣の写しが、風に微かに揺れた。

「レンさんの生成魔法が起動する時、ここに——通常の魔法理論では説明できない共鳴(きょうめい)が発生するんです」

レンは魔法陣を覗き込んだ。確かに、中心部の符号列が通常とは異なるパターンで振動している。

「ここか。確かに、俺が意図的に書いた構造じゃない」

「そうなんです! レンさんの魔法陣は、記述された構造の外側に——自発的な共鳴層が生まれている。これは、わたしの知る限り、どの文献にも記載がありません」

メイラの声が早口になっている。丁寧語が少し崩れかけている。丸眼鏡の奥の淡いグリーンの瞳が、興奮で潤んでいる——知的興奮のしるしだ。

「仮説はあるのか?」

「あります。レンさんの固有スキル【生成AI】は、おそらく——」

メイラは机に座り、羊皮紙に図を描き始めた。

「通常の魔法は、術者が構造を定義し、魔力を流し、結果を得ます。構造→魔力→結果。一方通行です」

「普通のプログラム実行と同じだな。入力→処理→出力」

「はい。ですがレンさんの生成魔法は、結果が構造に返ってきているように見えるんです」

メイラの描いた図には、矢印が双方向に走っていた。入力→処理→出力→入力——ループしている。

「つまり……魔法陣が、使うたびに自分自身を微調整している?」

「そうです! 魔法が実行されるたびに、魔法陣自体が書き変わっている。だから同じ詠唱(えいしょう)文でも、使うたびに精度が上がる。集会所を三回建てた時——」

「二回だ」

「……三回目が一番良かったのは、魔法陣が過去の結果から調整されていたからではないかと」

レンは唸った。

前世の機械学習モデルと同じだ。学習データが蓄積されるほど精度が上がる。だが、魔法陣は静的な構造体のはずだ。一度書いたら変わらない——それがこの世界の魔法の常識だった。五百年前に魔法陣が体系化されて以来、誰もその前提を疑わなかった。

「メイラ、それが本当なら——」

「魔法理論の根幹が(くつがえ)ります」

メイラの目が、光っている。

二人は机を挟んで向かい合い、魔法陣の構造を解析し始めた。メイラが理論を組み立て、レンが実践データを提供する。議論が噛み合う。会話のテンポが加速する。

「ここの符号列——各実行の結果を記録している部分があるとすれば、それは構造体の内部に蓄積される値になる。つまり、この共鳴パターン自体が、成功と失敗の記憶ということだ」

「すごい……それは、この世界の魔法陣が本質的に——」

「——自己進化する知的構造体である可能性がある」

二人の言葉が重なった。

メイラが口を押さえた。目が大きく見開かれている。

「すごい……」

「ああ」

「すごいです、レンさん」

メイラの声が震えている。純粋な感動だ。目の端が潤んでいる。

「わたし、魔法学院で五年間研究してきましたけど——こんな発見は初めてです」

「俺の手柄じゃない。メイラの分析がなかったら、共鳴パターン自体に気づかなかった」

メイラの頬が、ぱっと赤くなった。

「そ、そんな……わたしは、データを整理しただけで……」

「データの整理が研究の九割だ。前世のボスが言ってた」

「前世の……ボスさん……」

メイラは眼鏡の奥で目を伏せた。赤い頬のまま、羊皮紙に視線を落とす。

——沈黙が、少しだけ長かった。

レンはその沈黙を、学術的な余韻だと思った。大きな発見の後に来る、静かな興奮の残響。

「レンさん」

「ん?」

「レンさんの魔法は、理論じゃ説明できない。でも……」

メイラが顔を上げた。

夕日が窓から差し込んで、薄い金髪を橙色に染めている。丸眼鏡のレンズが光を反射している。その奥の瞳が、まっすぐにレンを見ている。

「あなた自身も、説明できないです」

レンは首を傾げた。

「俺が?」

「はい。前世の知識と、この世界の魔法と、その——人柄。全部合わせても、まだ足りない。レンさんという人間を完全に理解するには、わたしのデータが——」

メイラの声が小さくなる。頬がますます赤い。

「……データが、足りないです」

「データが足りないなら、観測を増やせばいい。もっと実験を重ねて——」

メイラが、ぱちりと目を瞬いた。

それから——少しだけ、がっかりしたような、でも同時にほっとしたような、複雑な微笑みを浮かべた。

「……そうですね。観測を増やせば、きっと」

レンは気づかなかった。

メイラの「データが足りない」は、魔法の話ではなかった。少なくとも、半分は。

「じゃ、今日はここまでにしよう。パン買ってくる」

「あ——はい」

レンが立ち上がった時、メイラが何か言いかけて、口を閉じた。レンは気づかず、研究室を出て階段を降りた。

***

翌日の午後。

レンはエルナのパン工房を訪れた。

秋の午後の光が、工房の窓から斜めに差し込んでいる。カウンターの上に並んだパンが、柔らかい影を落としていた。昼のピークは過ぎて、客足は落ち着いている。

「パンある?」

「あるわよ。残りもの」

エルナはパンを紙袋に入れて渡した。いつもより動作がきびきびしている。口調も、少し硬い。

「今日はメイラとずっと研究してたんだ。すごい発見があって——」

「ふーん」

「魔法陣が使うたびに自己調整するかもしれないって話で——」

「ふーん」

「……エルナ、聞いてるか?」

「聞いてるわよ。魔法陣がどうとか、自己がどうとか」

レンが眉をひそめた。エルナの声に、いつもの辛辣さとは違う硬さがある。

「何か怒ってる?」

「怒ってない」

「怒ってる時のトーンだぞ」

「あたしのトーンを分析しないで」

エルナがパンの袋をカウンターに置いた。少し強めに。

「……あのさ」

「何」

「……あんた、昨日も遅くまで研究してたんでしょ」

「ああ。メイラの分析が面白くて、つい——」

エルナがパンの袋を持つ手に、少しだけ力が入ったように見えた。

「ふーん。楽しそうでいいわね」

「楽しいぞ。魔法陣が使うたびに自己調整するかもしれないって——」

「へえ」

エルナの口調がいつもと微妙に違う。怒っているわけではなさそうだが、何か噛み合わないものを抱えているような——レンには、それが何なのかわからなかった。

「パン、冷めないうちに食べなさいよ」

「ああ……ありがとう」

レンはパンの袋を受け取り、工房を出た。

扉が閉まる直前に振り返ると、エルナがカウンターに両手をついているのが見えた。俯いている。表情は見えない。

何か引っかかる。エルナの様子が、いつもと少し違った。怒っているとも違う。もっと漠然とした——理由のわからない不機嫌さ。

——研究の話が退屈だったのか? 何かエルナに失礼なことを言ったか?

答えが出ないまま、レンは通りを歩いた。紙袋の中のパンはまだ温かい。

***

その足で研究室に戻ると、メイラがまだ机に向かっていた。

だが、レンが入った瞬間、メイラの動きに違和感があった。何かを素早く裏返した——羊皮紙を。

「あ、レンさん。おかえりなさい」

「ただいま。パン買ってきた。メイラの分もある」

「あ、ありがとうございます」

メイラがパンを受け取る手が、わずかに震えていた。レンはそれを、長時間の作業による疲れだと思った。

「今日は朝からずっとだったから、疲れただろ。明日に回してもいい」

「い、いえ。大丈夫です。まだ、確認したいデータがあって……」

メイラがパンを一口齧(かじ)った。噛んで、少し間を置いて、もう一口。

「……おいしい」

「エルナのパンだ。いつも通り」

「そうですね。いつも通り、おいしいです」

その声に、ほんの微かな——何かが混じった気がした。レンには、それが何なのかわからなかった。

窓の外を見ると、通りの向こうにパン工房の煙突が見える。そこから立ちのぼる薄い煙が、秋の風に流されてたなびいている。エルナはまだ工房にいるのだろう。

「レンさん」

「ん?」

「エルナさんは——お元気でしたか?」

不思議な質問だった。

「元気は元気だけど、なんか不機嫌だった。理由がわからない」

メイラは一瞬、目を伏せた。それからゆっくりと、何かを飲み込むように頷いた。

「……そうですか」

「メイラは何かわかるか? 女の子の不機嫌って、パターン認識が難しいんだが」

メイラが、ほんの少しだけ苦笑した。

「わたしは——理論は得意ですけど、そういうことの答えは、レンさん自身で見つけたほうがいいと思います」

「ヒントくらいくれないか」

「ヒントは……そうですね」

メイラは窓辺に目をやった。パン工房の煙突から立つ煙を、じっと見ている。

「たぶん——エルナさんは、魔法とは関係ないところで、大切なものを守ろうとしているんだと思います」

「大切なもの?」

「はい。でも、それ以上は——わたしの口からは言えません」

メイラの声が、小さくなった。

レンは首を傾げた。メイラの言い方には、何か含みがあるように感じた。だが、その含みの正体がわからない。

——エルナも含みがあった。メイラも含みがある。女の子の会話は暗号化されている。復号鍵が見つからない。

レンはそう結論づけて、研究データに意識を戻した。

メイラがそっと視線をレンから外したことに——気づかなかった。

***

翌朝。

レンが村の入口近くを歩いていた時だった。

秋の朝靄(あさもや)が、街道を白く覆っている。遠くの山の稜線が朝日に赤く染まり、畑の端に立つ木々が黄金色の葉を朝風に散らしている。吐く息が白い。もう冬が近い——そう思った瞬間だった。

イグニスが、ふいに炎の姿から人型化した。赤い髪が逆立ち、金色の瞳が南の街道の先を睨んでいる。

「おい、術者」

「なんだ、急に」

「誰か来る。でかい」

イグニスの声のトーンが、いつもと違った。ふてぶてしさが消え、本能的な警戒が滲んでいる。炎の精霊が緊張する——それだけで、ただ事ではないとわかる。

レンは街道の先に目を向けた。

朝靄の中に、人影が見える。大きい。レンの頭ひとつぶんは優に高い。銀白色の長髪が風に揺れ、腰に小さな槌がぶら下がっている。分厚い革の鍛冶エプロンが、旅装の上から巻かれている。

レンの目が見開かれた。

「あれは——」

ヴォルフ・アイゼン。

放浪の神鉄匠。前にヴィントヘルムを訪れた時、ゴーレムの鍛造を見て「面白い芸だが、鍛冶じゃない」と言い放った男。

ゴーレムが鍛造したという噂が、街道を伝って南の工房にまで届いたのだろうか。

彼が、戻ってきた。

朝靄を割るように、巨躯(きょく)が近づいてくる。深く窪んだ鋭い目が、発展したヴィントヘルムの街並みを無言で見回している。新しい建物、整備された道、畑の隅で動くゴーレムの影——すべてを素材のように値踏みする眼差し。

足が止まった。ヴォルフの視線が、レンを捉えた。

その目には——前回にはなかった何かが宿っていた。好奇心でもなく、敵意でもなく。鍛冶師が、一振りの刃を前にした時のような——真剣さ。

レンの背筋に、理由のない緊張が走った。

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