S12-P01 固有スキル【ChatGPT】で異世界全自動化 〜魔法陣はCodexで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜

第20話: ゴーレム・イヴ、壁を壊す

第2アーク · 4,388文字 · revised

轟音。

夜の空気が震え、足元の石畳が跳ねた。耳の奥で金属と石材がぶつかる甲高い破裂音が鳴り、一拍遅れて粉塵が顔を叩いた。砂利まじりの埃が目を刺す。口の中がざらつく。

壁が、砕けた。

月明かりの中、建築用ゴーレム2号機「イヴ」の右腕が石壁を貫いていた。分厚い石材が蜘蛛の巣状にひび割れ、破片が弧を描いて飛散する。地面に落ちた石の欠片がごろごろと転がり、冷えた秋の夜気に白い粉塵の柱が立ちのぼった。

レンの停止命令は、届いていなかった。

「イヴ! 制御魔法陣、緊急停止!」

声に魔力を乗せる。ステータスウィンドウが赤く点滅している。

ゴーレム2号「イヴ」
   状態: 自律判断——構造最適化実行中
   対象: 周辺建造物(指定なし)
   停止命令: 拒否——「最適化未完了」

「最適化未完了」だから停止を拒否する。つまり、イヴは自分が正しいことをしていると判断している。暴走ではない。暴走のほうがまだマシだ。

これは——自律判断の暴走だ。

イヴの巨体が向きを変えた。次の「最適化対象」を探すように、空洞の眼窩(がんか)がゆっくりと通りの家々を見渡す。

その視線が止まったのは——グレンの工房だった。

「まずい」

イヴが歩き出す。一歩ごとに地面が揺れる。石畳にひび割れが走る。建築用ゴーレムは他のゴーレムより一回り大きく、腕の力は石壁を粉砕できる。

レンは走った。

「イグニス!」

『聞こえてる! だが俺様の炎をぶつけたら、ゴーレムごと燃えるぞ!』

それはまずい。イヴのコアには高価な魔石が入っている。破壊したら修復に何日もかかる。

だが、グレンの工房を壊させるわけにもいかない。

イヴがグレンの工房の前に立った。右腕を振り上げる。

「——構造、最適化」

レンが叫ぶより先に——横から、人影が飛び出した。

「どけってんだろうがああああ!」

カイルだった。

寝巻き姿のまま飛び出してきた金髪の大男が、イヴの脚に組み付いた。百八十五センチの大柄な体躯でも、ゴーレムの脚は太すぎる。しかしカイルは構わず全体重をかけて引き倒そうとする。

「レン! こいつ止めろ! 俺が押さえてる間に!」

「押さえられるのか!?」

「知るか! 今やってる!」

イヴの体がわずかに傾いた。カイルの膂力(りょりょく)は常人離れしている。だが、ゴーレムの重量は数トンある。長くは持たない。

レンは腕を伸ばし、イヴの背中に手を当てた。魔力を通して、制御魔法陣に直接干渉する。

「制御層に直接アクセス——自律判断を強制停止——」

魔法陣の光がレンの手から広がる。

だが——

「弾かれた……!」

自律判断モードが、管理者権限すら上書きしている。魔法陣の構造が内部で矛盾を起こし、停止命令を「不正な入力」として拒否しているのだ。

カイルの腕が限界に達する。

「レン、もう——」

イヴの腕が振り下ろされた。

石壁が砕ける轟音。振動が足元から腹の底まで突き上げた。粉塵が視界を白く塗りつぶし、石の破片が頬をかすめた。

***

粉塵が晴れた時、グレンの工房の壁は半分崩れていた。

崩れた壁の向こうに、グレンの寝室が見えた。ベッドの上で老師が目を丸くしている。白い髭に石の粉がかかっていた。

「……わし、何か悪いことをしたかのう」

レンはイヴの魔石に直接手を突っ込み、強制的に魔力供給を遮断した。最後の手段——物理的な電源断だ。

イヴの眼窩の光が消えた。巨体がゆっくりと前のめりに倒れる。カイルが咄嗟(とっさ)にグレンを抱えて退避した。

ゴーレムが倒れた衝撃で、工房の残った壁もひび割れた。

「……わしの家の壁を返せ」

グレンの声が、静かだった。静かすぎた。

「すみません。元に戻します。必ず」

「元に戻るのかのう、この壁」

グレンの灰色の目が、崩れた壁を見つめていた。

この壁は、グレンが若い頃に自分で積んだものだ。一つ一つ石を選び、魔法陣で補強し、四十年以上風雨に耐えてきた。ゴーレムが同じ形に積み直すことはできる。だが、それは——同じ壁だろうか。

レンは何も言えなかった。

騒ぎを聞きつけて、村人が集まり始めた。松明(たいまつ)の明かりの中、崩れた工房を見る人々の顔は暗い。秋の夜気が粉塵まじりの空気を冷やし、吐く息が白く立ちのぼる。

エルナも来た。エプロンのまま駆けつけてきた。崩れた壁を見て、目を見開く。

「またゴーレムが暴走したの?」

「暴走じゃない。最適化の方向性が間違ったんだ」

「結果は同じよ」

エルナの声は冷たかった。

レンは反論できなかった。結果は同じ。プロセスが正しくても、結果が壁を壊したなら——壁は壊れている。

***

夜明け前、カイルが瓦礫の中から家財を運び出していた。

グレンの工具箱、魔法陣用の筆、古い設計図の束。壊れた棚から落ちたインク瓶は割れてしまったが、中身のほとんどはカイルの力仕事で救出された。

「よっしゃ、これで全部か」

カイルが額の汗を拭い、グレンに確認する。

「……ああ。ありがとう、筋肉バカ」

「おう。こういう時は力が役に立つだろ」

グレンの口元が、わずかに緩んだ。

横で、メイラが崩れた壁の断面を調べていた。眼鏡のレンズに松明の光が反射している。

「レンさん。これ、見てください」

メイラが壁の断面を指差した。壁に埋め込まれていた魔法陣が、淡い光を放っている。

「ゴーレムの制御魔法陣と、壁の補強魔法陣。この二つが衝突しています」

「衝突?」

「はい。イヴの制御魔法陣は昨日更新されましたよね。わたし、その時の記録を確認しました」

メイラは自分のノートを広げた。びっしりと書き込まれた分析メモ。

「更新前の制御魔法陣は、『既存の構造物を保持する』という制約が含まれていました。でも——更新後の版では、その制約が消えています」

「消えた? 俺はそんな変更を——」

レンの言葉が途切れた。

思い出した。

昨日の午後、ゴーレムの最適化アルゴリズムを書き換えた時——建築効率を上げるために、いくつかの制約条件を「不要」と判断して削除した。その中に、「既存構造物の保持」が含まれていたのだ。

「……俺が消した」

「それだけじゃありません」

メイラの指が、魔法陣の別の箇所を指す。

「前の版の制約条件が一部残っていて、新しい版の命令と矛盾しています。前の版では『構造物を保持する』、新しい版では『構造を最適化する』。この二つが同時に存在していたせいで、ゴーレムの判断が不安定になったんです」

「つまり——版管理がなかったのが原因だ」

レンの声が低くなった。

前世の記憶が蘇る。

スタートアップ時代。深夜の本番環境。変更管理なしにコードを直接書き換えて、システムが止まった夜。サーバーの赤いアラートが画面を埋め尽くし、チャットが炎上し、CTOの自分が全責任を負った。

あの時と同じだ。

変更を記録していない。前の状態に戻す手段がない。何を変えたのか、いつ変えたのか、なぜ変えたのか——すべてが曖昧なまま、本番環境に反映された。

「前世でも同じ失敗をしたことがある」

レンは呟いた。

「変更の記録を残さずに、動いているものを直接書き換えて、事故を起こす。あれと同じだ」

「レンさん……?」

「メイラ。お前の分析は完璧だ。原因は明確。版管理がなかった。前の状態を保存せず、差分も記録せず、いきなり書き換えた俺のミスだ」

メイラは黙って頷いた。

エルナが、離れたところで腕を組んで立っていた。

レンはちらりとエルナの横顔を見た。技術的な話を聞いて、半分もわかっていないだろう——表情がそう物語っている。眉間に小さな皺が寄り、唇がわずかに尖っている。

でも——レンが自分の失敗を認める声が響いた時、エルナの表情がほんの少しだけ(やわ)らいだのを、レンは見逃さなかった。

不思議なことに、その微かな変化を見た瞬間——胸のどこかが、少しだけ軽くなった。

理由はわからなかった。

***

朝日が昇る頃、レンはグレンの前に正座していた。

秋の朝日が低い角度から差し込み、崩れた壁の断面を橙色に染めている。

「グレンじいさん。工房の壁は、必ず直します」

「……師匠と呼べ」

「師匠。壁は直します。それと——もう二度と同じ失敗はしません」

グレンは茶をすすった。壊れた壁から差し込む朝日が、白い髭を照らしている。

「小僧。壁のことはいい。石を積み直せば済む話じゃ」

「……いいんですか」

「良くはない。が、お前が何を間違えたかわかっておるなら、壁一枚で済んだのは安いもんじゃ」

グレンの灰色の目が、レンを見据えた。

「わしも若い頃、似たようなことをやった。新しい魔法陣を試したくて、古い陣を上書きしてな。結果、鍛冶場が半日使えなくなった」

「……師匠も」

「だからわしは、新しい陣を刻む前に、必ず古い陣を写し取るようにした。羊皮紙に、一本一本」

レンの目が見開いた。

それは——まさに版管理だ。

手作業の、アナログな、だが確実な版管理。

「師匠。それ、仕組みとして導入します」

「仕組み?」

「魔法陣を変更する前に、今の状態を保存する。問題があれば、前の状態に戻せるようにする。もう、記憶と勘に頼らない」

グレンは髭を撫でた。

「つまり、下書きを残しておくということか」

レンは少し笑った。

「……そういうことです」

カイルが瓦礫の上に座りながら、二人の会話を聞いていた。

「で、今度は壁壊さないんだな?」

「壊さない。二度と同じミスはしない」

「信じていいんだな?」

「……信じてくれ」

カイルは腕を組んだ。

「信じるけどよ。壊れたら次は俺がお前を壊すからな」

イグニスが人型化して、崩れた壁を眺めていた。

「版管理、か。確かに——俺様の時代も、新しい呪文を唱える前には古い呪文を石板に刻んだものだ」

「お前の時代って何百年前だ」

「数百年前でも同じ失敗をしていたということだ。お前だけが愚かなわけではない」

「……それ、慰めてるのか?」

「慰めてない」

レンは崩れた壁を見上げた。

朝日の中で、瓦礫が光っている。グレンが四十年かけて積んだ壁。それを一瞬で壊したゴーレム。

もう二度と——同じ失敗はしない。

「魔法陣の版管理——導入する」

レンの声に、迷いはなかった。

だが、言い切った瞬間——メイラが首を傾げた。

「レンさん。版管理を導入するのはいいですけど……イヴの自律判断モード自体の問題は、まだ解決していませんよね」

レンの動きが止まった。

「……確かに」

「版管理で魔法陣の矛盾は防げます。でも、イヴが停止命令を拒否した——あの挙動は、版の問題だけじゃない気がします。自律判断の優先順位が、術者の命令より上にあった。それは……」

メイラの声が、小さくなった。

「……もっと根の深い問題かもしれません」

レンは眉をひそめた。

版管理だけでは足りない。自律判断の暴走は、もっと本質的な構造上の問題だ。

ゴーレムが「正しいことをしている」と判断した時、術者の命令すら無視する——その危うさは、版管理では解消できない。

風が吹いた。秋の冷たい風が、崩れた壁の穴を通り抜けて、グレンの工房を吹き抜けた。

レンは拳を握った。

やるべきことが、一つ増えた。

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