S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第2話: スキル【診断】——戦闘適性:なし

第1アーク · 4,941文字 · revised

「戦闘適性——なし」の一言は、思ったより長く尾を引いた。

成人儀式から三日。リオンは畑仕事の合間に、村の大人たちの視線が変わったことに気づいていた。以前は「変わった子」に向けられる好奇心だったものが、今は「可哀想な子」に向けられる同情に変わっている。

それが、地味にきつい。


儀式の翌朝から、もう始まっていた。

朝食の席で、養父がぎこちなく口を開いた。
「リオン、畑のことなんだが……まあ、急がなくていいぞ。お前のペースでやればいい」

いつもと変わらない畑仕事の話のはずなのに、語尾に余計な優しさが乗っている。リオンは黙ってパンを齧った。

養母は心配そうにリオンを見つめていたが、何も言わなかった。前世の両親とは違う。九条諒の両親は「もっとまともな仕事はないの」と言うタイプだった。この世界の両親は、わからなくても口を出さない。その沈黙が、かえって胸に沁みる。

「大丈夫だよ、父さん。いつも通りやるから」
「……そうか」

養父は安堵したように頷いた。でも、その「安堵」自体が、お前は傷ついているはずだ、という前提の上に成り立っている。


畑に出ると、隣家のおばさんが声をかけてきた。

「リオン、無理しなくていいからね」
「ありがとうございます」
「スキルなんて気にすることないよ。農家の仕事も立派だ」
「ええ、そうですね」

笑顔で返す。前世で何千回と練習した「大丈夫です」の表情。障害対応でチームが疲弊しているとき、上司に「問題ありません」と報告するときの顔。体に染みついている。

村の中を歩くと、すれ違う大人たちの反応が手に取るようにわかった。

目を合わせてすぐ逸らす人。わざと明るく挨拶する人。何も言わずに肩を叩いていく人。

全員が善意だ。そこに悪意はない。

でも善意の同情ほど厄介なものはない。慰められるたびに、「お前はハズレを引いた」という事実が上書きされていく。

前世でもあった。プロジェクトが中止になったとき。チームが解散になったとき。「大変だったね」「気にするなよ」。その言葉の一つ一つが、失敗を刻印していく。

だからリオンは、笑って流す。

前世で学んだ処世術だ。


午後。畑仕事を早めに切り上げて、村外れの丘に向かった。

低い丘の上に一本の大きな樫の木がある。子どもの頃から、一人になりたいときはここに来ていた。根元に座れば、ルーンフェル村が一望できる。

腰を下ろし、膝を抱える。風が心地いい。前世では、こうしてぼんやりする時間なんてなかった。

診断(ダイアグノーシス)……」

リオンは自分の手のひらを見つめた。

状態が見える。異常が見える。負荷が見える。

前世のインフラ運用で、最初に叩き込まれたことを思い出す。

新人の頃、先輩に言われた。
 ——監視ができなきゃ、運用は始まらない。見えないものは守れない。

Zabbix。Nagios。Datadog。前世で触ってきた監視ツールたち。サーバーのCPU使用率、メモリ消費、ネットワーク帯域、ディスクI/Oをリアルタイムで可視化し、閾値を超えたらアラートを飛ばす。

運用保守の第一歩は、「見える化」。

【診断】は、それと同じじゃないのか。

「状態が見えるなら……悪くない」

悪くない。少なくとも、悪くはない。

問題は、何に使うか、だ。

家畜の病気を見つける? ベテラン農家の目利きと大差ない。治療師の補助? 診断しかできなければ半端者だ。

使い道が、まだ見えない。


丘の下から、声が聞こえた。

「——やっぱりここだ」

見下ろすと、儀式で弓術適性Aを出したテオが登ってきた。猟師の息子。褐色の肌に短い金髪。リオンとは幼馴染だが、性格は真逆だ。

「祝宴の二次会、まだ続いてるぞ。来ないのか」
「テオこそ、主役がサボっていいのか」
「母さんが酔って踊り出したから逃げてきた」

テオは隣にどかっと座った。草の上に仰向けに寝転がり、空を見上げる。

しばらく、沈黙。

「……気にしてないのか」

テオが切り出した。声は慎重だった。

「何を」
「スキル。戦闘適性なしって——」
「気にしてない」

嘘ではなかった。リオンが気にしているのは戦闘適性の欠如ではなく、使い道の不在だ。でもその区別は、15歳の幼馴染には伝わらないだろう。

「お前、昔からそうだよな」テオは呆れたように言った。「落ち込まないっていうか、最初から期待してないっていうか」

50歳の精神で15歳の試練を受ければ、そりゃ動じない。とは言えないので、リオンは曖昧に笑った。

「僕は戦いたくないんだよ。穏やかに暮らせればそれでいい」
「じゃあ農家を継ぐのか」
「……たぶん、それだけじゃ終わらない気がする」

テオは首を傾げた。

「どういう意味だ」
「わからない。ただ——【診断】って、使い方次第で化けるかもしれない。まだ検証中だけど」
「検証って……」
「試してみないと、わからないってこと」

テオは起き上がり、リオンの横顔を見た。

「お前って、たまに妙に大人だよな。15歳のくせに」
「よく言われる」
「まあいい。困ったら言えよ。弓術Aの俺が守ってやるから」

冗談めかした口調だったが、目は真剣だった。

「……ありがとう」

テオは手を振って丘を下りていった。

リオンは一人残り、もう少しだけ星空を眺めた。

この世界の空は星が多い。光害がない。前世の東京では考えられない贅沢だ。


翌日から、リオンは【診断】の仕様検証を始めた。

エンジニアの基本。まず、ツールの仕様を把握する。何ができて、何ができないのか。限界値はどこか。挙動の癖はあるか。

最初のテスト対象は、裏庭の山羊のメリーだった。

最近少し元気がないと養母が心配していた。

「メリー、ちょっと失礼」

山羊の頭に手を置き、意識を集中する。
 【診断(ダイアグノーシス)】——。

視界が変わった。

山羊の「状態」が、データとして流れ込んでくる。体温、心拍、消化状態、筋肉の疲労度。

そして、黄色い警告。胃の中に草の繊維が詰まっている。消化不良。だから元気がない。

「これ、胃に繊維が溜まってますね。消化を助ける薬草を煎じて飲ませれば治ります」

養母に伝えると、半信半疑で薬草を用意してくれた。

二日後——メリーは元気を取り戻した。

小さな成功。でも、これだけでは「便利な家畜医」止まりだ。


次は道具。

村の鍛冶場を訪ね、使い古しの斧を借りた。老鍛冶のゴルドは訝しげだったが、「診断の練習だ」と言えば黙って貸してくれた。

柄を握り、スキルを発動する。

金属の「状態」が見える。刃に微細な亀裂。金属疲労だ。柄との接合部にも緩み。このまま使えば、力を込めた瞬間に折れる。

「刃に亀裂があります。接合部も緩んでる。このまま使うと危険です」
「……なに?」

ゴルドは斧を受け取り、刃を光に透かした。目を細め、そして、息を呑んだ。

「本当だ。こんな細かい傷、よく見つけたな」
「【診断】で見えたんです」
「ほう……」

ゴルドは顎髭を撫でながら、リオンをじっと見た。

「お前のスキル、案外使えるかもしれんぞ。少なくとも鍛冶の品質検査には重宝する」

悪い気はしなかった。だが鍛冶の品質検査要員。それがリオンの人生のゴールかと問われると、違う気がする。


さらに数日かけて、リオンはスキルの仕様を整理した。

頭の中で、前世の癖でドキュメントを作る。

診断(ダイアグノーシス)】仕様メモ。

一、対象に触れるか、数メートル以内に近づかないと発動しない。
 二、生物にも無機物にも使える。
 三、対象が複雑なほど、得られる情報は詳細になる。
 四、大きな対象ほど集中力と時間を消費する。
 五、攻撃能力はない。治療・修復もできない。あくまで「見る」だけ。

「できることとできないことの境界が見えてきた」

前世で監視ツールを導入するとき、最初にやることは「このツールで何が見えて、何が見えないか」を把握することだった。監視ツールは万能ではない。見えるメトリクスと見えないメトリクスがある。その境界を理解しないまま運用すると、見えていない部分で障害が起きたとき対応が遅れる。

【診断】も同じだ。「見える」ことの価値は大きいが、「見えるだけ」という限界も理解しておく必要がある。

直すのは、自分の手か、誰かの手を借りるしかない。


六日目の夕方。

リオンは村の共同井戸の前を通りかかった。

井戸の脇に、小さな魔法陣が埋め込まれている。汲み上げた水に浄化処理を施す、簡易的なものだ。直径は30センチほど。石板の表面に、複雑な紋様が刻まれている。

ふと——何かを感じた。

感じる、というより、「見えそう」な感覚。意識の端に、情報の断片がちらつく。

「……魔法陣にも、使えるのか?」

リオンはしゃがみ込み、石板に手を触れた。

冷たい感触。目を閉じ、意識を集中する。

診断(ダイアグノーシス)】——。

最初は何も起きなかった。山羊を診たときや、斧を診たときとは、手応えが違う。対象が「生きている」。魔力が流れている。その動きに、意識を同調させる必要がある。

数秒の沈黙。

そして、視界の裏側に、何かが浮かび上がった。

光の線。それが少しずつ構造を持ち始める。

入力パス。処理部。出力部。

魔力の流れ。負荷率。劣化度。

リオンは息を呑んだ。

見えた。

まるで前世のGrafanaダッシュボードのように。緑が正常、黄色が警告、赤が危険。色と濃淡と流れの速さで、直感的に「健康か不健康か」がわかる。

この井戸の浄化陣は——ほぼ緑。だが、入力パスの接合部に黄色い部分がある。微かな劣化。今すぐ問題にはならない。でも、放置すれば数年後……。

「経年劣化か。今は大丈夫だけど、いずれメンテナンスがいるな」

手を離し、立ち上がった。

心臓が速い。

興奮していた。

前世のSEとしての自分が、15年ぶりに、いや、この世界に生まれて初めて——本当の意味で目を覚ましている。

【診断】は魔法陣に使える。

魔法陣の状態が、構造が、異常が、見える。


家に帰り、夕食を食べながら、リオンは考えていた。

魔法陣。この世界のインフラの根幹。水を浄化し、農地を管理し、村を守る。すべてが魔法陣で動いている。

そして誰もその状態を把握していない。年に一度の巡回魔術師が来るまで、放置。日常的な監視も保守もない。

前世で言えば、監視なし、定期メンテなし、壊れたら外注。中小企業のITインフラでよく見た、最悪のパターンだ。

「……見えちゃったな」

見なければよかった、とは思わない。

でも見えてしまった以上、無視できるほど、九条諒は不誠実な人間ではなかった。

養母が声をかけてきた。

「リオン、ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「うん。ちょっと考えごと」
「スキルのこと?」
「まあ……そんなところ」

養母は微笑んだ。

「リオンがそう思うなら、きっと大丈夫だよ」

根拠のない信頼。でも、それが嬉しかった。

「……ありがとう、母さん」


夜。自室のベッドに横になり、天井を見つめた。

スキル【診断(ダイアグノーシス)】。

戦闘適性ゼロ。攻撃能力なし。

でも——魔法陣の状態が見える。

そして、この世界の魔法陣インフラは、たぶん、思っているよりずっと脆い。

使い道は、まだはっきりとは見えない。家畜医にはなれる。鍛冶の品質検査もできる。だがそれは、【診断】のポテンシャルの一割にも満たない気がする。

魔法陣。あの構造。あの流れ。前世のネットワーク図にそっくりだった。

もしこの世界の魔法陣インフラを「運用保守」できるとしたら。

もし前世のSEの知識が、この世界で活きるとしたら。

リオンは寝返りを打った。

まだ仮説だ。検証が足りない。井戸の小さな浄化陣を見ただけで結論を出すのは、エンジニアの流儀に反する。

明日、村の水路沿いの浄化魔法陣を診てみよう。あれはこの村で最も重要な基幹インフラだ。あれを【診断】できれば、仮説はもう少し確度が上がる。

定時で帰りたい。穏やかに暮らしたい。

その気持ちは変わらない。

でも見えてしまったものを、放っておけるほど、器用じゃない。

リオンは目を閉じた。

眠りに落ちる直前、ふと思った。

前世では、インフラが僕の命を奪った。
 この世界では、インフラが、僕に居場所をくれるかもしれない。


【あとがき】
スキル【診断】の仕様検証回。エンジニアが新しいツールを手にしたとき、まず仕様を調べるのは職業病ですね。魔法陣がGrafanaに見えた瞬間がこの話の核でした。

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