S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第38話: 盗聴されてる通信が速くても意味ないです

第3アーク · 4,642文字 · revised

暗号化の実装から三日後。

リオンは地下のリーティアのもとを訪れていた。今日は通常のメンテナンスではなく、魔力紋章(シグネチャ)の実装についての相談だ。

「リーティア、魔力紋章の詳細な仕様を教えてほしい」

「了解した」

リーティアは中枢魔法陣の一部を光らせた。古代の魔法陣構造が浮かび上がる。

「魔力紋章は、送信者固有の魔力パターンを通信に埋め込む技術だ。各魔術師の魔力には固有の『波形』がある。それを記録し、通信に付加する」

「なるほど……指紋みたいなものか」

「指紋?」

「前世の技術だ。人間の指には固有のパターンがあって、それで個人を識別する」

「概念は同じだ。魔力の波形は偽造が極めて困難。だから、送信者の真正性を保証できる」

リオンはメモを取った。

「受信側はどうやって検証する?」

「事前に登録された魔力パターンと照合する。一致すれば正規の送信者、不一致なら偽装と判定する」

「完璧だ……」

リオンは興奮した。

これは前世でいうデジタル署名そのものだ。公開鍵暗号の概念を、魔力パターンで実現している。

「古代魔術師、すごいな……」

「当然だ。彼らは魔法を道具として、体系的に設計した」

リーティアは静かに言った。

「現代の魔術師が魔法を神聖視するのとは、根本的に異なる」

「君も、そういう考え方なのか?」

「私は彼らに作られた。だから、彼らの思想を受け継いでいる」

リーティアはリオンを見た。

「管理者——お前も、同じだ」

「……そうかもしれない」

リオンは笑った。

「魔法を神聖視せず、道具として扱う。障害を前提に設計する。それが、古代魔術師の思想なら——僕も同じだ」

リーティアの瞳が明滅した。

「だから、お前は管理者として認証された」


魔力紋章の実装は、暗号化よりも複雑だった。

各拠点の魔術師の魔力パターンを登録し、通信魔法陣に検証機構を組み込む必要がある。

リオンは一週間かけて、王都と各地の拠点に魔力紋章システムを実装した。

そして、最終テストの日。

「エルナ、そっちから通信を送ってくれ」

リオンは王都の通信魔法陣室で待機していた。

『了解しました。送信します』

エルナからの通信が届いた。

リオンは魔力紋章の検証機構を起動した。魔法陣が発光し、エルナの魔力パターンが解析される。

そして、『認証成功。送信者: エルナ』という表示が浮かんだ。

「成功だ……」

リオンは安堵の息を吐いた。

『リオンさん、こちらも検証できました。リオンさんの魔力紋章、正常です』

「よかった。これで、通信の送信者を確実に検証できる」

リオンは他の拠点にもテスト通信を送った。

東部——認証成功。南部——認証成功。北部——認証成功。

すべての拠点で、魔力紋章による認証が正常に動作している。


その日の午後、リオンはアルヴィスとカティアに報告した。

「暗号化と魔力紋章の実装、完了しました」

「どういう状態だ?」アルヴィスが聞いた。

「通信内容は暗号化され、盗聴されても中身を読めません。さらに、送信者の真正性は魔力紋章で検証されます。偽の送信者からの通信は、受信側で弾かれます」

リオンは図を描いた。

「これで、盗聴となりすましの両方に対処できます」

カティアは微笑んだ。

「素晴らしい。どれくらいの期間で実装したのですか?」

「二週間です」

「二週間で、王国全体の通信セキュリティを刷新した……」

カティアは感心したように言った。

「あなたの技術力は、本当に驚異的です」

「いえ、リーティアの協力がなければできませんでした。古代の技術を教えてもらったおかげです」

「リーティア……古代中枢魔法陣の意思体か」

アルヴィスが腕を組んだ。

「あれは数百年、誰も起動できなかった。お前が初めてだ」

「たぶん、【診断】が管理者権限として認識されたんだと思います」

「……ふん」

アルヴィスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「私も何度か試したが、ダメだったぞ」

「局長の魔力は強すぎるんじゃないですか。リーティアは『管理者』を求めてる。攻撃力じゃなくて、診断と保守の能力を」

アルヴィスは黙った。

カティアが笑った。

「アルヴィス、あなたも認めたらどうですか。リオン殿の方法論が、正しかったと」

「……まだ認めん」

アルヴィスは顔を背けた。

「ただ、悔しいが、役に立っているのは事実だ」

リオンは笑った。

アルヴィスも、少しずつ変わってきている。


その夜、リオンは宿舎でミーナと夕食を取っていた。

「お疲れ様です、リオンさん。暗号化、完成したんですね」

「うん。これで盗聴されても安心だ」

「すごいですね。二週間で王国全体のセキュリティを変えちゃうなんて」

ミーナは嬉しそうに言った。

「でも、相手も黙ってないんじゃないですか?」

「……そうだな」

リオンは真剣な顔になった。

「盗聴がダメだとわかったら、次は別の攻撃に移るだろう。たぶん——なりすまし攻撃か、魔法陣への直接攻撃」

「なりすまし?」

「偽の指示を送りつける。例えば、僕の名前を騙って『この魔法陣を停止しろ』って命令を送る」

「それ、防げるんですか?」

「魔力紋章があれば大丈夫。偽の送信者は認証で弾かれる」

リオンはスープを啜った。

「問題は、魔法陣への直接攻撃だ」

「直接攻撃?」

「魔法陣の構造を書き換える。入力パスから不正な術式を注入するとか、魔力パスを物理的に破壊するとか」

ミーナは不安そうな顔をした。

「それって……戦争ですよね」

「……ああ」

リオンは頷いた。

「帝国は本気だ。魔法インフラを破壊して、王国の国力を削ごうとしている」

「リオンさん、大丈夫なんですか?」

「わからない」

リオンは正直に答えた。

「でも、やるしかない。インフラを守るのが、僕の仕事だから」

ミーナは少し寂しそうに笑った。

「リオンさん、本当に変わりませんね」

「何が?」

「インフラのことしか考えてない」

「……そうかもしれない」

リオンは苦笑した。

「前世でも、今世でも、結局やってることは同じだ。システムを守る。障害に対処する。それだけ」

「それだけ、って言いますけど」

ミーナは真剣な顔になった。

「リオンさんがいなかったら、辺境も王都も、とっくに落ちてましたよ」

「そんなことない。誰かがやってた」

「でも、リオンさんみたいに、ちゃんとやれる人はいませんでした」

ミーナは微笑んだ。

「だから、私はリオンさんを支えます。お金の面でも、生活の面でも」

「……ありがとう、ミーナ」

「どういたしまして」


翌日、リオンは定期メンテのためにリーティアのもとを訪れた。

「今日も定刻通りだ」

「約束だからね」

「……管理者」

リーティアが珍しく、自分から話しかけてきた。

「何?」

「魔力紋章の実装、成功したな」

「うん。リーティアのおかげだ」

「私は情報を提供しただけだ。それを実装したのはお前だ」

リーティアは少し間を置いた。

「古代魔術師以来、魔力紋章を実装できた者はいなかった。お前が初めてだ」

「……そうなのか」

「そうだ。だから、」

リーティアの声が、わずかに柔らかくなった。

「誇っていい」

リオンは笑った。

「ありがとう、リーティア」

「礼を言われることではない。事実を述べただけだ」

リオンはメンテナンスを始めた。

淡々とした作業が続く中で、リーティアがまた話しかけてきた。

「管理者、質問がある」

「何?」

「お前は——なぜそこまでインフラを守ろうとする?」

リオンは手を止めた。

「……どういう意味?」

「お前は報酬のためでもなく、名誉のためでもなく、ただインフラを守ろうとする。その動機が理解できない」

リオンは少し考えた。

「……かつてで、守れなかったからかな」

「守れなかった?」

「うん。前の世界で、僕は大規模なシステム障害を経験した。何日も復旧できなくて、たくさんの人が困った」

リオンは遠い目をした。

「あの時、もっとちゃんと保守していれば、もっと冗長化していれば——障害は防げたかもしれない」

「……それが、お前の原動力か」

「たぶんね。二度と同じことを繰り返したくない。だから、」

リオンは微笑んだ。

「今度は、ちゃんと守りたい」

リーティアは静かに頷いた。

「……そうか」

「おかしい?」

「いや」

リーティアの瞳が明滅した。

「お前らしい」


その週の定例通信で、リオンはエルナに報告した。

『暗号化と魔力紋章、全拠点で稼働中。通信のセキュリティは大幅に向上した』

『すごいです、リオンさん! これで盗聴の心配はないんですね』

『ああ。ただ、相手は次の手を打ってくるだろう。警戒を怠らないでくれ』

『了解しました』

エルナの返信が少し遅れた。

『……リオンさん』

『ん?』

『次はいつ辺境に帰ってきますか?』

リオンは少し考えた。

『来月には一度戻る。辺境の監視体制も確認したい』

『はい。待ってます』

エルナの文字が、少しだけ嬉しそうに見えた。


その夜、リオンは執務室で次の対策を考えていた。

暗号化と魔力紋章で、通信の盗聴となりすましには対処できた。

次は——魔法陣への直接攻撃だ。

入力パスからの不正術式注入、魔力パスの物理破壊、過剰負荷による暴走——考えられる攻撃手段は無数にある。

「……全部に対処するのは無理だな」

リオンは頭を抱えた。

かつてでも同じだった。攻撃者は一箇所突破すればいいが、防御側は全部守らなければならない。不公平なゲームだ。

でも、やるしかない。

「まずは、入力値の検証を強化するか……」

リオンはメモを取り始めた。

魔法陣への入力を検証し、不正な術式を弾く仕組み——かつてでいうサニタイズだ。

それを全ての魔法陣に実装すれば、インジェクション攻撃を防げる。

「……時間がかかるな」

でも、やらなければならない。

帝国の攻撃は、これからエスカレートする。

リオンはそれを、かつての経験から知っていた。


深夜、宿舎に戻ると、ミーナがまだ起きていた。

「リオンさん、遅かったですね」

「ごめん。次の対策を考えてて」

「もう休んでください。明日も早いんでしょう?」

「……うん」

リオンはテーブルに座った。

「ミーナ、僕——」

「はい?」

「この戦い、勝てるかな」

ミーナは少し驚いた顔をした。

リオンが弱音を吐くのは、珍しい。

「……わかりません」

ミーナは正直に答えた。

「でも、リオンさんがやると決めたなら、私は信じます」

「根拠は?」

「根拠なんてないですよ」

ミーナは笑った。

「ただ、リオンさんがやるって言ったことは、今まで全部実現してきましたから」

リオンは小さく笑った。

「……そうだな」

「だから、大丈夫ですよ」

ミーナは温かい紅茶を淹れた。

「今日は、ちゃんと寝てください」

「……ありがとう」


翌朝、リオンは魔術局に向かった。

アルヴィスとの定例会議で、次の対策——入力値検証の強化を提案する予定だ。

王都の街を歩きながら、リオンは空を見上げた。

穏やかな朝だ。だが、この平和は——脆い。

地下では、帝国の工作員が次の攻撃を準備しているだろう。

通信の盗聴がダメなら、次は魔法陣への直接攻撃。

そして——その次は、もっと大規模な破壊工作。

「……来るなら、来い」

リオンは呟いた。

「守ってみせる」

これは障害対応ではない。戦争だ。

でも——リオンの戦場は、サーバールームだ。

魔法陣を守る。インフラを守る。

それが、元SEの戦い方だ。


【次回予告】
なりすまし攻撃が発生。リオンの名を騙った偽の指示が各地に送られる。認証トークンとダブルチェック体制の導入が急務となる。帝国の攻撃がエスカレートする。

【あとがき】
第38話「盗聴されてる通信が速くても意味ないです」でした。暗号化と署名認証の実装により通信の安全性は大幅向上。しかし帝国の攻撃はこれからです。

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