異変に気づいたのは、定例の通信監視中だった。
リオンは王都の通信魔法陣室で、各地との通信状況をモニタリングしていた。辺境、東部、南部、北部、各地への通信魔法陣の遅延時間、魔力負荷、エラー率を記録する。前世でいうネットワーク監視と同じだ。
「……ん?」
リオンは手元の記録紙を見た。
辺境への通信遅延が、通常より20%増加している。
「おかしいな……」
リオンは【診断】を発動し、通信魔法陣の魔力の流れを追った。
王都から辺境へ、通信は複数の中継地点を経由して届く。カーレン村、ブラント村、そしてルーンフェル村。その経路上の魔力パスが視覚化される。
——そして、見えた。
「……これは」
通常の経路に、見覚えのない分岐がある。
魔力パスが、途中で別の魔法陣に接続されている。それも、ごく微細に——まるで盗聴器のように。
「誰かが、中継陣を噛ませてる……?」
リオンは背筋が冷たくなった。
前世で何度も見た光景だ。ネットワーク経路に不正なプロキシを挿入し、通信内容を盗聴する——中間者攻撃。
この世界でも、同じことが起きている。
リオンはすぐに魔術局長室に向かった。
「局長、お時間よろしいですか」
アルヴィスは書類から顔を上げた。
「何事だ」
「通信魔法陣に、不正な中継陣が接続されています」
アルヴィスの表情が険しくなった。
「不正な中継陣?」
「はい。王都から辺境への通信経路を調べたところ、途中に見覚えのない魔法陣が挿入されていました」
リオンは診断結果を紙に書き写したものを見せた。
「この分岐——正規の経路にはない接続です。誰かが後から追加した」
「……盗聴か」
アルヴィスは即座に理解した。
「そうです。通信内容がこの中継陣を通過する際に、コピーされている可能性が高い」
「いつからだ」
「わかりません。ただ、遅延が増加し始めたのはここ二週間です」
アルヴィスは立ち上がった。
「他の経路は?」
「今から調べます」
一時間後、リオンは調査結果をまとめた。
王都から各地への通信経路——辺境、東部、南部、北部すべてに、不正な中継陣が挿入されていた。
「……全部だ」
リオンは呟いた。
「全ての経路が盗聴されている」
アルヴィスとカティアがリオンの執務室に集まった。
「状況を説明してくれ」リオンはアルヴィスに言われた。
「王都から各地への通信魔法陣、すべての経路に不正な中継陣が挿入されています。推定では、二週間前から」
リオンは図を描いた。
「通常、通信は王都→中継地点→目的地と直線的に流れます。ですが、今は王都→不正中継陣→中継地点→目的地となっている」
「その不正中継陣で、通信内容がコピーされている」カティアが言った。
「はい。おそらく、王都と各地の通信内容が筒抜けです」
静寂が落ちた。
「……これは、攻撃だな」
アルヴィスが低く言った。
「ただの障害ではない。意図的に仕掛けられた」
「間違いありません」
リオンは頷いた。
「前世——前の世界でも、同じ手口を見たことがあります。ネットワーク経路に不正な中継装置を挿入して通信を盗聴する。中間者攻撃と呼ばれていました」
「誰の仕業だ」
「わかりません。ただ」
リオンは地図を広げた。
「不正中継陣の位置を見ると、すべて王国の辺境に近い場所です。王都の近くではなく、外側に配置されている」
「帝国か」
カティアが静かに言った。
「ガルディア帝国の工作である可能性が高い」
「証拠は?」
「ありません。ですが、王国の通信内容を組織的に盗聴する動機があるのは」
「帝国しかいない」
アルヴィスが言い切った。
「リオン、この不正中継陣を無効化できるか」
「物理的に破壊すればできますが」
リオンは首を振った。
「それだと相手に気づかれます。盗聴がバレたと知れば、別の手段に切り替えるでしょう」
「では、どうする」
「まず、暗号化です」
リオンは言った。
「通信内容を暗号化すれば、盗聴されても中身を読まれない」
「暗号化……?」
カティアが眉を寄せた。
「魔法陣の通信を暗号化する技術など、聞いたことがない」
「かつてでは一般的でした。情報を特定のパターンで変換して、鍵を持つ者だけが元に戻せるようにする」
リオンは紙に簡単な図を描いた。
「魔法陣でも同じことができるはずです。送信側で魔力パターンを変換し、受信側で元に戻す。中継陣でコピーされても、鍵がなければ意味がわからない」
アルヴィスは腕を組んだ。
「実現可能か?」
「わかりません。試してみないと」
「時間は?」
「……一週間ください」
アルヴィスとカティアは顔を見合わせた。
「わかった。やってくれ」
カティアが言った。
「これは緊急事態です。必要なリソースはすべて提供します」
その夜、リオンは宿舎で暗号化の設計に取り組んでいた。
かつての知識を総動員する。公開鍵暗号、共通鍵暗号、ハッシュ関数——それらを魔法陣の魔力パターンに置き換えるにはどうすればいいか。
「……難しいな」
リオンは頭を抱えた。
魔法陣の通信は、魔力パターンを伝送することで成り立っている。そのパターン自体を変換する必要がある。
「リオンさん、まだ起きてるんですか」
ミーナが部屋に入ってきた。
「ああ、ごめん。もう少しだけ」
「もう深夜ですよ。明日も早いんでしょう?」
「わかってるけど」
リオンは紙を見つめた。
「盗聴されてる通信を放置できない」
ミーナは椅子に座った。
「リオンさん、前の世界でも同じことやってたんですか?」
「似たようなことはね。ネットワークのセキュリティ対策」
「大変だったんですね」
「まあ、そうだな」
リオンは苦笑した。
「攻撃する側は一箇所突破すればいいけど、守る側は全部守らなきゃいけない。不公平なゲームだよ」
「でも、リオンさんはそれをやり続けてきた」
「……そうだね」
「今回も、きっとできますよ」
ミーナは微笑んだ。
「リオンさんがやるって決めたことは、いつも実現してきましたから」
リオンはミーナを見た。
「……ありがとう」
「でも、今日はもう寝てください。疲れた頭じゃいいアイデアは出ませんよ」
「……そうだな」
リオンは資料を片付けた。
ミーナの言う通りだ。休息も大事な運用の一部だ。
翌日、リオンは地下のリーティアのもとを訪れた。
「リーティア、相談がある」
「何だ、管理者」
「通信魔法陣の暗号化を実装したい。古代の技術に、似たようなものはあったか?」
リーティアは少し考えた。
「……ある」
「本当に?」
「古代魔術師は、重要な通信に『魔力紋章』を使用していた」
「魔力紋章?」
「送信者固有の魔力パターンを通信に埋め込む技術だ。受信者はそのパターンを確認することで、送信者の真正性を検証できる」
リオンは目を見開いた。
「それって——デジタル署名じゃないか」
「デジタル署名?」
「かつての技術だ。送信者の身元を証明する仕組み。似たようなものだ」
リオンは興奮して立ち上がった。
「その魔力紋章の仕組み、教えてくれ」
「了解した」
リーティアは魔法陣の一部を光らせた。
「これが魔力紋章の基本構造だ。送信者の魔力パターンを記録し」
リオンはリーティアの説明を聞きながら、メモを取った。
古代の技術とかつての知識が、頭の中で繋がっていく。
魔力紋章をベースに、魔力パターンの変換を組み込めば——暗号化が実現できる。
「リーティア、ありがとう。これで道筋が見えた」
「役に立てたなら何よりだ」
リーティアの声が、少しだけ嬉しそうに聞こえた。
三日後、リオンは試作品を完成させた。
通信魔法陣に追加する『暗号化層』——送信側で魔力パターンを変換し、受信側で元に戻す仕組みだ。
アルヴィスとカティアの前で、実演を行った。
「これが暗号化された通信です」
リオンは送信魔法陣に文字を刻んだ。
『テスト通信』
魔法陣が発光し——出力された魔力パターンは、意味不明な乱数に変換されていた。
「これを中継陣でコピーしても」
リオンは別の魔法陣でパターンを表示した。
そこに表示されたのは、ランダムな文字列だった。
「意味がわからない」
「そうです。鍵を持たない者には、ただのノイズにしか見えない」
リオンは受信魔法陣に鍵となる魔力パターンを入力した。
すると——『テスト通信』という元の文字が表示された。
「鍵があれば、元に戻せる」
アルヴィスは感心したように頷いた。
「……見事だ」
「ありがとうございます」
「これを全ての通信魔法陣に実装するには?」
「時間がかかります。王都と各地の拠点に、暗号化層を追加する必要がある。作業は」
リオンは計算した。
「最短で二週間」
「やってくれ」
カティアが言った。
「必要な人員と予算は出します」
暗号化の実装が始まった。
リオンは王都の通信魔法陣に暗号化層を追加し、辺境のエルナには通信魔法陣越しに手順を送った。
『エルナ、辺境側の通信魔法陣に、この魔法陣構造を追加してくれ』
『了解しました。でも、これは何のための改修ですか?』
『セキュリティ強化だ。詳しくは後で説明する』
『……わかりました』
エルナの返信は短かったが、信頼して任せてくれているのがわかった。
リオンは他の地域——東部、南部、北部の拠点にも同様の指示を送った。
そして一週間後。すべての拠点での暗号化実装が完了した。
テストの日。
リオンは王都の通信魔法陣室で、辺境への暗号化通信を送った。
『エルナ、受信できるか?』
数秒後、返信が来た。
『受信できました。暗号化、正常に動作しています』
リオンは小さくガッツポーズをした。
成功だ。
「リオン殿、成功ですか?」
カティアが後ろから声をかけた。
「はい。暗号化通信、正常に動作しています」
「素晴らしい」
カティアは微笑んだ。
「これで、盗聴されても中身を読まれることはない」
「はい。ただ」
リオンは真剣な顔になった。
「相手は盗聴がバレたことに気づくでしょう。次の攻撃に移る可能性があります」
「次の攻撃……」
「盗聴がダメなら、次は改竄かなりすましです。通信内容を書き換えるか、偽の指示を送りつけるか」
アルヴィスが腕を組んだ。
「対策は?」
「魔力紋章——送信者の真正性を検証する仕組みを追加します。リーティアから教わった古代の技術です」
「それも頼む」
その夜、リオンは宿舎で一人、盗聴発覚の報告書をまとめていた。
帝国の攻撃が始まった。
これは偶然の障害ではない。計画的な、組織的な攻撃だ。
かつてでも経験した——サイバー戦争の始まりだ。
「……厄介なことになったな」
リオンは窓の外を見た。
王都の夜景が広がっている。無数の灯火魔法陣が街を照らし、地下では通信魔法陣が情報を運んでいる。
そのすべてが、今、攻撃の対象になっている。
「守らなきゃな」
リオンは呟いた。
これは障害対応じゃない。戦争だ。
でも、やることは変わらない。システムを守る。インフラを守る。
それが、技術者の戦いだ。
【次回予告】
暗号化と署名認証の実装が完了。通信の安全性が確保される。リーティアの古代知識が、セキュリティの鍵となる。
【あとがき】
第37話「この中継陣、誰かが噛ませてる」でした。通信の異常から浮かび上がる外部の脅威。セキュリティという新たな課題がリオンの前に立ちはだかります。