S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第37話: この中継陣、誰かが噛ませてる

第3アーク · 4,496文字 · revised

異変に気づいたのは、定例の通信監視中だった。

リオンは王都の通信魔法陣室で、各地との通信状況をモニタリングしていた。辺境、東部、南部、北部、各地への通信魔法陣の遅延時間、魔力負荷、エラー率を記録する。前世でいうネットワーク監視と同じだ。

「……ん?」

リオンは手元の記録紙を見た。

辺境への通信遅延が、通常より20%増加している。

「おかしいな……」

リオンは【診断】を発動し、通信魔法陣の魔力の流れを追った。

王都から辺境へ、通信は複数の中継地点を経由して届く。カーレン村、ブラント村、そしてルーンフェル村。その経路上の魔力パスが視覚化される。

——そして、見えた。

「……これは」

通常の経路に、見覚えのない分岐がある。

魔力パスが、途中で別の魔法陣に接続されている。それも、ごく微細に——まるで盗聴器のように。

「誰かが、中継陣を噛ませてる……?」

リオンは背筋が冷たくなった。

前世で何度も見た光景だ。ネットワーク経路に不正なプロキシを挿入し、通信内容を盗聴する——中間者攻撃(Man-in-the-Middle Attack)

この世界でも、同じことが起きている。


リオンはすぐに魔術局長室に向かった。

「局長、お時間よろしいですか」

アルヴィスは書類から顔を上げた。

「何事だ」

「通信魔法陣に、不正な中継陣が接続されています」

アルヴィスの表情が険しくなった。

「不正な中継陣?」

「はい。王都から辺境への通信経路を調べたところ、途中に見覚えのない魔法陣が挿入されていました」

リオンは診断結果を紙に書き写したものを見せた。

「この分岐——正規の経路にはない接続です。誰かが後から追加した」

「……盗聴か」

アルヴィスは即座に理解した。

「そうです。通信内容がこの中継陣を通過する際に、コピーされている可能性が高い」

「いつからだ」

「わかりません。ただ、遅延が増加し始めたのはここ二週間です」

アルヴィスは立ち上がった。

「他の経路は?」

「今から調べます」


一時間後、リオンは調査結果をまとめた。

王都から各地への通信経路——辺境、東部、南部、北部すべてに、不正な中継陣が挿入されていた。

「……全部だ」

リオンは呟いた。

「全ての経路が盗聴されている」

アルヴィスとカティアがリオンの執務室に集まった。

「状況を説明してくれ」リオンはアルヴィスに言われた。

「王都から各地への通信魔法陣、すべての経路に不正な中継陣が挿入されています。推定では、二週間前から」

リオンは図を描いた。

「通常、通信は王都→中継地点→目的地と直線的に流れます。ですが、今は王都→不正中継陣→中継地点→目的地となっている」

「その不正中継陣で、通信内容がコピーされている」カティアが言った。

「はい。おそらく、王都と各地の通信内容が筒抜けです」

静寂が落ちた。

「……これは、攻撃だな」

アルヴィスが低く言った。

「ただの障害ではない。意図的に仕掛けられた」

「間違いありません」

リオンは頷いた。

「前世——前の世界でも、同じ手口を見たことがあります。ネットワーク経路に不正な中継装置を挿入して通信を盗聴する。中間者攻撃(MITM)と呼ばれていました」

「誰の仕業だ」

「わかりません。ただ」

リオンは地図を広げた。

「不正中継陣の位置を見ると、すべて王国の辺境に近い場所です。王都の近くではなく、外側に配置されている」

「帝国か」

カティアが静かに言った。

「ガルディア帝国の工作である可能性が高い」

「証拠は?」

「ありません。ですが、王国の通信内容を組織的に盗聴する動機があるのは」

「帝国しかいない」

アルヴィスが言い切った。

「リオン、この不正中継陣を無効化できるか」

「物理的に破壊すればできますが」

リオンは首を振った。

「それだと相手に気づかれます。盗聴がバレたと知れば、別の手段に切り替えるでしょう」

「では、どうする」

「まず、暗号化です」

リオンは言った。

「通信内容を暗号化すれば、盗聴されても中身を読まれない」

「暗号化……?」

カティアが眉を寄せた。

「魔法陣の通信を暗号化する技術など、聞いたことがない」

「かつてでは一般的でした。情報を特定のパターンで変換して、鍵を持つ者だけが元に戻せるようにする」

リオンは紙に簡単な図を描いた。

「魔法陣でも同じことができるはずです。送信側で魔力パターンを変換し、受信側で元に戻す。中継陣でコピーされても、鍵がなければ意味がわからない」

アルヴィスは腕を組んだ。

「実現可能か?」

「わかりません。試してみないと」

「時間は?」

「……一週間ください」

アルヴィスとカティアは顔を見合わせた。

「わかった。やってくれ」

カティアが言った。

「これは緊急事態です。必要なリソースはすべて提供します」


その夜、リオンは宿舎で暗号化の設計に取り組んでいた。

かつての知識を総動員する。公開鍵暗号、共通鍵暗号、ハッシュ関数——それらを魔法陣の魔力パターンに置き換えるにはどうすればいいか。

「……難しいな」

リオンは頭を抱えた。

魔法陣の通信は、魔力パターンを伝送することで成り立っている。そのパターン自体を変換する必要がある。

「リオンさん、まだ起きてるんですか」

ミーナが部屋に入ってきた。

「ああ、ごめん。もう少しだけ」

「もう深夜ですよ。明日も早いんでしょう?」

「わかってるけど」

リオンは紙を見つめた。

「盗聴されてる通信を放置できない」

ミーナは椅子に座った。

「リオンさん、前の世界でも同じことやってたんですか?」

「似たようなことはね。ネットワークのセキュリティ対策」

「大変だったんですね」

「まあ、そうだな」

リオンは苦笑した。

「攻撃する側は一箇所突破すればいいけど、守る側は全部守らなきゃいけない。不公平なゲームだよ」

「でも、リオンさんはそれをやり続けてきた」

「……そうだね」

「今回も、きっとできますよ」

ミーナは微笑んだ。

「リオンさんがやるって決めたことは、いつも実現してきましたから」

リオンはミーナを見た。

「……ありがとう」

「でも、今日はもう寝てください。疲れた頭じゃいいアイデアは出ませんよ」

「……そうだな」

リオンは資料を片付けた。

ミーナの言う通りだ。休息も大事な運用の一部だ。


翌日、リオンは地下のリーティアのもとを訪れた。

「リーティア、相談がある」

「何だ、管理者」

「通信魔法陣の暗号化を実装したい。古代の技術に、似たようなものはあったか?」

リーティアは少し考えた。

「……ある」

「本当に?」

「古代魔術師は、重要な通信に『魔力紋章(シグネチャ)』を使用していた」

「魔力紋章?」

「送信者固有の魔力パターンを通信に埋め込む技術だ。受信者はそのパターンを確認することで、送信者の真正性を検証できる」

リオンは目を見開いた。

「それって——デジタル署名じゃないか」

「デジタル署名?」

「かつての技術だ。送信者の身元を証明する仕組み。似たようなものだ」

リオンは興奮して立ち上がった。

「その魔力紋章の仕組み、教えてくれ」

「了解した」

リーティアは魔法陣の一部を光らせた。

「これが魔力紋章の基本構造だ。送信者の魔力パターンを記録し」

リオンはリーティアの説明を聞きながら、メモを取った。

古代の技術とかつての知識が、頭の中で繋がっていく。

魔力紋章をベースに、魔力パターンの変換を組み込めば——暗号化が実現できる。

「リーティア、ありがとう。これで道筋が見えた」

「役に立てたなら何よりだ」

リーティアの声が、少しだけ嬉しそうに聞こえた。


三日後、リオンは試作品を完成させた。

通信魔法陣に追加する『暗号化層』——送信側で魔力パターンを変換し、受信側で元に戻す仕組みだ。

アルヴィスとカティアの前で、実演を行った。

「これが暗号化された通信です」

リオンは送信魔法陣に文字を刻んだ。

『テスト通信』

魔法陣が発光し——出力された魔力パターンは、意味不明な乱数に変換されていた。

「これを中継陣でコピーしても」

リオンは別の魔法陣でパターンを表示した。

そこに表示されたのは、ランダムな文字列だった。

「意味がわからない」

「そうです。鍵を持たない者には、ただのノイズにしか見えない」

リオンは受信魔法陣に鍵となる魔力パターンを入力した。

すると——『テスト通信』という元の文字が表示された。

「鍵があれば、元に戻せる」

アルヴィスは感心したように頷いた。

「……見事だ」

「ありがとうございます」

「これを全ての通信魔法陣に実装するには?」

「時間がかかります。王都と各地の拠点に、暗号化層を追加する必要がある。作業は」

リオンは計算した。

「最短で二週間」

「やってくれ」

カティアが言った。

「必要な人員と予算は出します」


暗号化の実装が始まった。

リオンは王都の通信魔法陣に暗号化層を追加し、辺境のエルナには通信魔法陣越しに手順を送った。

『エルナ、辺境側の通信魔法陣に、この魔法陣構造を追加してくれ』

『了解しました。でも、これは何のための改修ですか?』

『セキュリティ強化だ。詳しくは後で説明する』

『……わかりました』

エルナの返信は短かったが、信頼して任せてくれているのがわかった。

リオンは他の地域——東部、南部、北部の拠点にも同様の指示を送った。

そして一週間後。すべての拠点での暗号化実装が完了した。


テストの日。

リオンは王都の通信魔法陣室で、辺境への暗号化通信を送った。

『エルナ、受信できるか?』

数秒後、返信が来た。

『受信できました。暗号化、正常に動作しています』

リオンは小さくガッツポーズをした。

成功だ。

「リオン殿、成功ですか?」

カティアが後ろから声をかけた。

「はい。暗号化通信、正常に動作しています」

「素晴らしい」

カティアは微笑んだ。

「これで、盗聴されても中身を読まれることはない」

「はい。ただ」

リオンは真剣な顔になった。

「相手は盗聴がバレたことに気づくでしょう。次の攻撃に移る可能性があります」

「次の攻撃……」

「盗聴がダメなら、次は改竄かなりすましです。通信内容を書き換えるか、偽の指示を送りつけるか」

アルヴィスが腕を組んだ。

「対策は?」

「魔力紋章——送信者の真正性を検証する仕組みを追加します。リーティアから教わった古代の技術です」

「それも頼む」


その夜、リオンは宿舎で一人、盗聴発覚の報告書をまとめていた。

帝国の攻撃が始まった。

これは偶然の障害ではない。計画的な、組織的な攻撃だ。

かつてでも経験した——サイバー戦争の始まりだ。

「……厄介なことになったな」

リオンは窓の外を見た。

王都の夜景が広がっている。無数の灯火魔法陣が街を照らし、地下では通信魔法陣が情報を運んでいる。

そのすべてが、今、攻撃の対象になっている。

「守らなきゃな」

リオンは呟いた。

これは障害対応じゃない。戦争だ。

でも、やることは変わらない。システムを守る。インフラを守る。

それが、技術者の戦いだ。


【次回予告】
暗号化と署名認証の実装が完了。通信の安全性が確保される。リーティアの古代知識が、セキュリティの鍵となる。

【あとがき】
第37話「この中継陣、誰かが噛ませてる」でした。通信の異常から浮かび上がる外部の脅威。セキュリティという新たな課題がリオンの前に立ちはだかります。

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