S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第4話: 障害じゃなくて仕様の衝突です

第1アーク · 5,764文字 · revised

水浄化魔法陣が、また止まった。
 構成図を広げて通信魔法陣の誤接続を確認しようとしていた矢先、村長が息を切らして駆け込んできた。
「リオン! 大変だ! 水が止まった!」


リオンは羊皮紙を置き、村長の顔を見た。額に汗が浮いている。相当焦っているらしい。

「また、ですか」
「ああ! 今月三回目だぞ! このままじゃ畑に水をやれない!」
「わかりました。すぐ行きます」

リオンは記録帳と構成図を手に取った。
 昨夜作ったばかりの、村全体の魔法陣インフラの配置図だ。

村長は不思議そうな顔をしたが、何も言わずにリオンの後をついてきた。


村の中心部にある水浄化魔法陣。
 直径2メートルほどの石板に、複雑な紋様が刻まれている。村人の生活用水を浄化する、重要なインフラだ。

普段は微かに青白く光っているはずだが、今は完全に消えている。

周囲には村人が集まっていた。みんな困った顔をしている。

「また止まったのか……」
「月に何度目だ」
「魔力が足りないんじゃないのか」

リオンはその声を聞き流し、魔法陣の前に膝をついた。

「少し、静かにしててください」

村人たちが黙る。

リオンは石板に手を触れ、目を閉じた。
 【診断(ダイアグノーシス)】——。


視界の裏側に、魔法陣の構造が浮かび上がる。

入力パス、処理部、出力部。
 魔力の流れ。負荷率。接続状態。

まず、魔法陣本体の状態を確認する。
 刻印の劣化、軽微。処理部の損傷、なし。出力部、正常。

「本体は問題ない……」

次に、魔力の供給状態。
 大気中の魔力を吸収する入力パス。吸収量は十分だ。

「魔力不足でもない」

村長が「え?」と声を上げたが、リオンは意識を集中し続けた。

魔力は十分ある。魔法陣も壊れていない。なのに止まる。
 ということは、外部要因だ。

リオンは意識を広げた。
 この魔法陣に接続されている魔力パスを辿る。入力、出力、そして——。

見つけた。

水浄化魔法陣の魔力入力パスが、南に50メートルほど離れた場所で、別の魔法陣の魔力パスと交差している。

「これは……」

リオンはさらに集中した。額に汗が滲む。

交差点の先にあるのは農地魔法陣だ。村の南側の畑に設置された、土壌管理と灌漑を担う魔法陣。

二つの魔法陣は、同じ魔力パスの一部を共有していた。
 正確に言えば、同じ「経路」を使って魔力を取り込もうとしている。

「ポート競合……」

リオンの口から、前世の用語が漏れた。

前世のIT業界では、二つのプログラムが同じポート番号を使おうとすると衝突が起きる。片方が動いていると、もう片方が起動できない。あるいは、不安定になって断続的にエラーが出る。

まったく同じことが、目の前で起きていた。

水浄化魔法陣と農地魔法陣が、同じ魔力経路を奪い合っている。
 普段は農地魔法陣の稼働が低い時間帯、つまり夜間や早朝には問題が出にくい。だが農地魔法陣が本格的に動き始めると、魔力経路が圧迫され、水浄化側が弾き出される。

月に2、3回止まるという頻度にも合致する。農地魔法陣は季節や天候によって負荷が変動する。負荷が高い日に、衝突が起きる。

「そういうことか……」

リオンは手を離し、立ち上がった。


「リオン? どうだった?」

村長が不安そうに聞いてきた。
 後ろには10人ほどの村人が集まっている。水が使えないのは死活問題だ。関心は高い。

「原因、わかりました」

リオンは、できるだけ平易な言葉で説明を始めた。

「この浄化魔法陣は壊れていません。魔力も足りています」
「じゃあ、なんで止まるんだ?」
「南の畑の魔法陣と、魔力の通り道がぶつかっているんです」

村人たちが顔を見合わせた。

「ぶつかる?」
「はい。水を浄化する魔法陣と、畑の土を管理する魔法陣が、同じ道を使って魔力を取り込もうとしている。普段は大丈夫なんですが、畑の魔法陣が忙しくなると、道が混んで浄化側が押し出されるんです」

リオンは構成図を広げ、二つの魔法陣の接続関係を指差した。

「ここです。この重なっている部分を、別々の道に分ければ、ぶつからなくなります」
「……それだけで直るのか?」
「直ります」

リオンは断言した。
 前世の経験が、確信を与えていた。ポート競合は設定を分離すれば直る。例外はない。

村長はしばらくリオンの顔を見つめていた。
 15歳の少年は、不思議なほど落ち着いた目をしていた。

「……やってみるか」


作業に取りかかる前に、リオンはもう一度【診断】で魔力パスの詳細を確認した。

干渉が起きている箇所は、地下の魔力パスが物理的に交差する地点だ。
 ここで二つの魔法陣の入力経路が合流し、一本の太い魔力パスに繋がっている。

古代魔術師がこの配置を設計した理由はわからないが、おそらく当初は問題がなかったのだろう。二つの魔法陣の負荷が低い時代には、共有で十分だった。

だが時が経ち、村の人口が増え、農地が拡大し、魔法陣の使用量が増えた。
 結果、設計当初は想定していなかった負荷がかかるようになり、干渉が顕在化した。

「あるあるだな……」

前世でも、設計当初は問題なかったシステムが、利用者の増加で破綻するケースは山ほどあった。

修正方法はシンプルだ。
 交差点の手前で、水浄化魔法陣の入力パスを迂回させる。物理的には、魔法陣の刻印のうち「入力経路指定」の部分を書き換えるだけでいい。

問題は、リオンには魔力操作のスキルがないことだ。
 【診断】は見るだけ。書き換えはできない。

「村長、この村で魔法陣の刻印を彫れる人はいますか」
「刻印か……。ゴルドなら石の加工はできるが、魔法陣となると……」
「魔法の知識は不要です。僕が『ここをこう彫ってくれ』と指示を出します。ゴルドさんの石工の腕があれば十分です」

村長は、ゴルドを呼びに走った。


老鍛冶師のゴルドは、呼ばれた理由を聞いて渋い顔をした。

「魔法陣を彫るだと? おれは鍛冶屋であって、魔術師じゃねえぞ」
「魔術は関係ありません。石に線を彫るだけです。ゴルドさん、以前、斧の亀裂を見つけたとき——」
「ああ、あのときは助かった。だがな——」
「今回も同じです。僕が診断して、問題の場所を特定して、修正箇所を指示します。ゴルドさんは、僕の指示通りに彫ってくれればいい」

ゴルドは腕を組んで考え込んだ。

「……つまり、おれは道具か」
「道具じゃありません。職人です。僕には石を彫る腕がない。ゴルドさんには魔法陣を診断する目がない。二人で一つの仕事をするんです」

ゴルドの目が、少し変わった。

「……面白いことを言うガキだな」

老鍛冶師は工房に戻り、精密彫刻用の(のみ)と槌を持って戻ってきた。


作業は、思ったよりも繊細だった。

リオンは【診断】を発動したまま、魔法陣の刻印を注視する。
 入力パスの経路指定部分、魔法陣の右下、直径3センチほどの紋様。ここが、農地魔法陣との共有経路に接続している部分だ。

「ゴルドさん、ここの線を見てください」

リオンは、紋様の一部を指差した。

「この曲線が、南の方向、農地魔法陣の経路を指しています。これを東に30度ほど曲げてほしい。大気中から直接魔力を取り込む、別の経路に接続します」
「曲げるだけか?」
「はい。ただし、線の太さと深さは元と同じに。変わると魔力の流量が変わってしまうので」

ゴルドは目を細め、紋様を凝視した。
 そして鑿を当て、慎重に、一打ち、一打ち、石を彫っていく。

リオンは横で【診断】を維持し、変化をリアルタイムで確認する。

「もう少し右に……そこです。深さはあと0.5ミリ……はい、ちょうどいい」

前世の障害対応と同じだった。
 画面を見ながらオペレーターに指示を出す。コマンドを一つずつ確認しながら投入する。焦らず、確実に。

30分ほどで、作業は完了した。


「終わりました」

リオンは立ち上がり、膝の土を払った。

「もう直ったのか?」村長が信じられないという顔で聞いた。

「入力経路を分離しただけですから。あとは魔法陣が再起動すれば——」

言いかけた瞬間。
 浄化魔法陣の紋様が、淡く光り始めた。

大気中の魔力を吸い込み、処理部が起動し、水が浄化され始める。
 今度は農地魔法陣と干渉しない、独立した経路で。

「あ……動いた」

村人の一人が声を上げた。

水路に、澄んだ水が流れ始めた。
 朝日を受けてきらきらと光る、浄化された水。

村人たちがざわめいた。

「嘘だろ……あんな一箇所直しただけで?」
「魔術師を呼ばなくても動いたぞ」
「しかも魔力を注入してないのに……」

リオンは村長に向き直った。

「これ、障害じゃなくて仕様の衝突だったんです」

村長は呆然としていた。

「仕様の……衝突?」
「元々の設計では問題なかったんですが、村が発展して魔法陣の使用量が増えた結果、経路がぶつかるようになった。魔力不足じゃなくて、道の取り合いです。だから魔力を足しても根本的には直らなかった」

「……つまり、今まで魔術師を呼んで魔力を注入してもらっていたのは——」
「応急処置としては間違いではないですが……原因を直さない限り、また止まります。今回、経路を分離したので、もう干渉は起きません」

村長はしばらく黙っていた。
 それから、深くため息をついた。

「……お前、何者だ」

リオンは苦笑した。

「直しただけですよ、村長。大したことはしてません」


ゴルドが、腕を組んだまま唸っていた。

「なあ、リオン。お前、どうして原因がわかったんだ?」
「【診断】で見えたんです。魔力の流れが、どこでぶつかっているか」
「見えたって……おれは何十年もこの村で鍛冶をやってきたが、魔法陣の不調の原因がわかる人間を見たことがない。王都から来る魔術師だって、とりあえず魔力を足して帰るだけだ」

リオンは少し考えて、言葉を選んだ。

「たぶん、見方の問題です。魔術師は魔法陣を『魔法』として見る。だから、止まれば魔力が足りないと考える。でも僕は……魔法陣を『仕組み』として見てるんです。仕組みが止まるのには、必ず原因がある。魔力不足はその一つでしかない」

ゴルドは目を細めた。

「仕組み、か」
「ええ。鍛冶と同じですよ。刃が欠けたとき、『鉄が悪い』って決めつけず、打ち方、焼き入れ、研ぎ方——全部調べるでしょう?」

ゴルドは、ふっと笑った。

「……違いねえ」

そして、リオンの肩を叩いた。

「お前の腕は——本物だ。認めるよ」

リオンは少し驚いた。
 ゴルドがそこまで認めてくれるとは思わなかった。

「……ありがとうございます」


その日の夕方。
 村長の家に呼ばれた。

「リオン、礼をしたい」
「いえ、本当に大したことは——」
「月に銀ゼル10枚の出費が、なくなったんだ。村にとっては大きい」

村長の目は真剣だった。

「これからも、村の魔法陣を見てもらえないか。もちろん、報酬は出す」
「……えっと」

リオンは少し困った。
 依頼を受けること自体は構わない。だが、前世の記憶が警告している。
 一つ受けると、次が来る。次の次が来る。そして気づけば——。

「一つだけ条件があります」
「なんだ?」
「僕がいなくても対処できるように、手順書を作らせてください。誰でも読めるような、簡単なやつを。それと、作業するときは誰か見習いを付けてほしい」

村長は首を傾げた。

「手順書?」
「魔法陣が止まったときに、何を確認して、何をすればいいか、巻物に書いたものです。僕がいなくても、それを見れば最低限の対応ができるようにしたい」
「……なぜだ? お前がやれば早いだろう」
「僕一人に頼ると、僕が倒れたら誰も直せなくなります。それが一番怖いんです」

村長は、リオンの目を見た。
 15歳の少年が、ひどく遠い目をしていた。
 まるで——それを、身をもって経験したかのような。

「……わかった。手順書とやらを作ってくれ。見習いは……ガレンはどうだ。あいつは体力だけはある」
「ありがとうございます」

リオンは頭を下げた。


夜。
 自室に戻ったリオンは、寝台に横になって天井を見つめていた。

今日の作業を振り返る。
 水浄化魔法陣の障害対応。原因切り分けから修復まで、半日。
 前世では同様の案件に3日かかったことがある。

違いは、【診断】スキルだ。
 前世では、ログを解析し、パケットをキャプチャし、仮説を立てて検証し、試行錯誤を繰り返してようやく原因に辿り着いた。
 でも【診断】は、直接「見える」。原因切り分けの工程を大幅に短縮できる。

「……これ、チートじゃないか?」

いや、チートとは少し違う。
 見えるだけで、直せるわけではない。今日だってゴルドの腕がなければ修復できなかった。
 それに、見えたところで「何が問題か」を判断する知識がなければ、ただのデータの羅列でしかない。

前世の知識と、【診断】スキルの組み合わせ。
 それが——リオンの武器だ。

「……定時で帰りたいな」

呟いて、目を閉じた。

明日から、手順書を書き始めよう。
 この世界初の魔法陣運用手順書を。


翌朝。
 リオンは再び水浄化魔法陣を訪れた。
 昨日の修正後、一晩経って問題がないか確認するためだ。

「【診断】」

魔力の流れは安定している。入力経路は独立し、農地魔法陣との干渉はゼロ。
 浄化処理も正常。出力も安定。

「よし、問題なし」

リオンは記録帳に、診断結果を書き留めた。
 日付、時刻、魔法陣名、各部の状態、魔力流量。

前世で何千回と書いた監視レポートと、同じフォーマットだ。

「……我ながら、変わらないな」

苦笑しながら、リオンは次の場所に向かった。
 南の農地魔法陣も、念のため確認しておくべきだ。経路分離の影響で、こちらに問題が出ていないか。

歩きながら、リオンは考えていた。

この村には、魔法陣が12基ある。
 今日直したのは、そのうちの一つ。

残りの11基にも、同様の問題が隠れている可能性がある。
 いや、【診断】で見た限り、確実に隠れている。

特に防壁魔法陣。あれはシングル構成だ。予備がない。
 止まれば、村は無防備になる。

「……先は長いな」

リオンは空を見上げた。
 青く澄んだ空。前世では、データセンターの天井しか見えなかった。

少なくとも今は、空が見える。
 それだけで、前世よりはマシだ。

リオンは歩みを進めた。
 手にした羊皮紙に、最初の一行を書き加えながら。

「魔法陣運用手順書 第1版 ——はじめに」

この世界の魔法インフラ保守は、ここから始まった。


【あとがき】
「障害じゃなくて仕様の衝突」。ポート競合という地味な原因を、異世界で再現してみました。ゴルドとの共同作業は、SE×職人の理想形を描きたかった場面です。

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