S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第44話: 全部止まる

第3アーク · 4,831文字 · revised

セラフィーナとの共同作業が始まってから一週間。

王都の魔法陣の脆弱性診断は順調に進んでいた。第一区画から第五区画まで、すでに十二ヶ所の脆弱性を発見し、対策を施した。

「今日は地下水路系の診断ですね」

エルナが資料を確認しながら言った。

「ええ。王都の水供給を担う重要インフラです。慎重に」

その瞬間、監視結晶石が一斉に点滅した。

「何!?」

リオンが立ち上がる。

「第二区画、水浄化魔法陣、停止!」

「第三区画も!」

「第四、第五も連鎖停止!」

次々と上がる報告。リオンの顔が青ざめた。

「カスケード障害……!」


魔術局の中央管制室は、阿鼻叫喚だった。

魔術師たちが走り回り、怒号が飛び交う。監視魔法陣の結晶石が赤く点滅し、警告音が鳴り響いている。

「第六区画も停止しました!」

「地下水路の魔力パスが、遮断されてます!」

「復旧作業を」

「待て! 勝手に触るな!」

アルヴィスの怒声が響いた。

彼は中央の制御盤の前に立ち、複数の魔法陣を同時に操作している。額には汗が滲み、顔色が悪い。

「局長、状況は!?」

リオンが駆け寄った。

「地下水路の第七系統が停止した。それが引き金になって、依存している他の系統が連鎖的に停止している」

「依存関係の波及……」

「そうだ。一つ止まれば、それに繋がっているものが全部止まる。今」

アルヴィスは制御盤を睨んだ。

「第二系統から第八系統まで、七つの系統が停止している」

「王都の水供給が」

「半分以上、止まっている」

リオンは息を呑んだ。

王都の人口は十万。その半分、五万人の水供給が停止している。飲料水、生活用水、すべてが止まる。

「復旧は」

「私が一つずつ直している。だが」

アルヴィスの声が掠れた。

「時間がかかる」


リオンは【診断】を発動し、地下水路系全体の状態を見た。

複雑に絡み合った魔力パスのネットワーク。第七系統を起点に、次々と停止が波及している。まるでドミノ倒しのように。

「これ、依存関係が可視化されてないんですね」

「……何?」

「どの魔法陣がどの魔法陣に依存しているか、誰も把握していない。だから、」

リオンは図を描いた。

「第七系統が停止したとき、それに依存している第二、第三、第四が連鎖停止する。でも、それが分かっていれば、事前に切り離せたはずです」

「今更そんなことを言っても」

「言います! これ、設計の問題です!」

リオンの声が強くなった。

単一障害点(SPOF)だらけです! 一つ止まれば全部止まる設計、こんなの、前の世界なら設計ミスで怒られます!」

「だが、これが現実だ!」

アルヴィスが怒鳴り返した。

「理想を語っている暇があるなら、手を動かせ!」

リオンは、一瞬、言葉を失った。

そして、深く息を吐いた。

「……すみません。今は復旧が最優先ですね」

「分かればいい」

アルヴィスは再び魔法陣の復旧作業に戻った。


リオンはエルナとセラフィーナを呼んだ。

「二人とも、復旧を手伝ってください」

「何をすればいいですか」

「まず、依存関係を把握します。どの魔法陣がどの魔法陣に繋がっているか」

「それ、時間がかかるわよ」

セラフィーナが言った。

「今は一分一秒を争う状況。依存関係の調査なんて」

「やります」

リオンはきっぱり言った。

「闇雲に復旧しても、また連鎖停止します。まず全体像を把握してから、正しい順序で復旧する。それが」

「それが?」

「障害対応の鉄則です」

三人は地下水路に降りた。

暗く湿った通路に、無数の魔法陣が刻まれている。だが、そのほとんどが、光を失っている。

「すごい規模……」

エルナが呟いた。

「リオンさん、これ全部を」

「全部見ます。【診断】で魔力パスの接続を確認して、依存関係を図にします」

リオンは一つ一つの魔法陣を【診断】で調べ始めた。

第一系統は第七系統の出力を入力として使っている。第二系統は第一と第七の両方に依存している。第三系統は、。

「これ、スパゲッティすぎる……」

リオンの手が震えた。

前世で見た最悪のレガシーシステムを思い出す。誰も設計書を持っていない。誰も全体像を把握していない。壊れたら。その場しのぎで直すだけ。

「でも、やるしかない」

リオンは図を描き続けた。

二時間後。

依存関係図が完成した。

「……ひどいですね、これ」

エルナが図を見て呻いた。

「第七系統を起点に、七つの系統が芋づる式に依存している。しかも、循環参照まである」

「循環参照?」

「第二系統が第三系統に依存していて、第三系統が第二系統に依存している。どっちを先に復旧しても、もう片方が動かない」

セラフィーナが図を見て、小さく笑った。

「……これ、設計した人、天才か馬鹿かどっちかね」

「たぶん、天才が一人で全部やって、誰にも引き継がなかったパターンです」

「あなたの局長のこと?」

「……否定できません」

リオンは図を持って、アルヴィスのもとへ戻った。

「局長、依存関係図ができました」

アルヴィスは魔法陣の復旧作業を続けながら、図をちらりと見た。

「……それが何だ」

「これを見れば、復旧の順序が分かります。まず第七系統を復旧して、次に第一系統、その次に」

「私は今、第三系統を復旧している」

「それ、無駄です」

リオンはきっぱり言った。

「第三系統は第七系統に依存しています。第七が動いていないのに第三を復旧しても、すぐに停止します」

「……」

アルヴィスの手が止まった。

「だから、まず第七を復旧してください。僕が手伝います」

「……私一人で」

「一人じゃ無理です」

リオンはアルヴィスの目を見た。

「局長、あなたは今、何時間、休まずに作業してますか」

「……四時間だ」

「嘘ですね。六時間は経ってます」

アルヴィスの顔に、初めて疲労の色が浮かんだ。

「……何時間だろうと、私がやらねば」

「誰がやるんですか、ですよね。でも」

リオンは真剣な顔で言った。

「今は、僕がいます。エルナがいます。セラフィーナもいます。一人で全部やる必要はありません」

「……」

「お願いです。僕たちに任せてください」

アルヴィスは長い沈黙の後、小さく頷いた。

「……悔しいが、お前の言う通りだ」


復旧作業が再開された。

今度は、依存関係図に基づいた正しい順序で。

「第七系統、復旧開始!」

リオンが【診断】で状態を確認し、エルナが魔力を注入する。セラフィーナが【解呪】で構造を確認し、異常がないか監視する。

「魔力パス、接続確認!」

「出力、正常範囲!」

「第七系統、復旧完了!」

一つ目の系統が光を取り戻した。

「次、第一系統!」

同じ手順を繰り返す。リオンの指示、エルナの魔力操作、セラフィーナの構造確認、三人のチームワークで、一つずつ復旧していく。

「第一系統、復旧!」

「第二系統、復旧!」

「第三系統、循環参照があります! 第四系統を先に復旧してください!」

「了解、第四優先!」

次々と魔法陣が光を取り戻していく。


四時間後。

すべての系統が復旧した。

「全系統、稼働確認!」

エルナが報告した。

「水浄化魔法陣、すべて正常動作!」

「監視結晶石、緑点灯!」

中央管制室に、安堵の空気が流れた。

リオンは椅子に座り込み、深く息を吐いた。

「……終わった」

「お疲れ様です、リオンさん」

エルナが水を差し出した。

「ありがとう」

セラフィーナも疲れた顔で座り込んだ。

「……あなたたち、すごいわね」

「何がですか」

「チームで動くこと。帝国では、みんな単独行動だった。誰も協力しない。でも、あなたたちは」

「一人じゃ無理だからです」

リオンはあっさり言った。

「僕一人じゃ、この規模の障害は対応できません。だから、チームで動く」

「……そうね」

セラフィーナは小さく笑った。


アルヴィスが、リオンたちのもとへ歩いてきた。

「……すまなかった」

「え?」

「お前の言う通りだった。依存関係を把握せずに、闇雲に復旧しようとした。それが——間違いだった」

リオンは首を振った。

「局長が悪いわけじゃありません。この設計が」

「いや」

アルヴィスは厳しい顔で言った。

「この設計を作ったのは、私だ」

「……」

「若い頃、私が一人で王都の地下水路系を構築した。その時は——全体像を把握していた。どこが何に依存しているか、すべて頭に入っていた」

「でも」

「でも、誰にも伝えなかった。文書も残さなかった。『私がいれば大丈夫』——そう思っていた」

アルヴィスの声が震えた。

「だが、今日——私は限界を迎えた。一人では、対応できなかった」

「……」

「悔しいが、これがあれば私がいなくても対応できるな」

アルヴィスは依存関係図を見た。

「この図があれば——他の者でも、正しい順序で復旧できる」

「はい」

「……お前の言っていたことが、ようやく分かった」

アルヴィスはリオンを見た。

「属人化はリスクだ。一人に依存する体制は——脆い」

「……」

「私は間違っていた。認める」

リオンは——アルヴィスの目を見た。そこには、誇りではなく——謙虚さがあった。

「局長、これから」

「これからは、お前のやり方でやる」

アルヴィスはきっぱり言った。

「依存関係図を作る。手順書を整備する。チームで動く。——私一人の時代は、終わりだ」


その夜。

リオンは工房で、依存関係図を清書していた。

「リオンさん、まだ起きてたんですか」

エルナが温かい飲み物を持ってきた。

「図を綺麗にまとめてから寝ます」

「……またですか」

「これ、次の障害に備えて必要なんです」

エルナは溜息をついて、リオンの隣に座った。

「今日、局長が変わりましたね」

「ええ」

「リオンさんの方法を、認めてくれた」

「……時間がかかりましたけどね」

リオンは図を描きながら言った。

「でも、アルヴィス局長は——本当に優秀です。一人で王都のインフラを支えてきた。それは、すごいことです」

「でも、限界があった」

「そうです。どんなに優秀でも、一人には限界がある。だから、」

「だから、チーム?」

「はい」

エルナは微笑んだ。

「リオンさんらしいです」


翌朝、アルヴィスが魔術局の全技師を集めた。

「昨日のカスケード障害について、反省と対策を共有する」

彼は依存関係図を広げた。

「この図を見ろ。地下水路系の全系統の依存関係が記されている。今後、すべての技師はこの図を把握すること」

「……こんな図、初めて見ます」

若い技師が呟いた。

「私も初めて見る」

アルヴィスは淡々と言った。

「これは、リオンが作った。彼が来るまで——私たちには、こういう文書がなかった」

「……」

「今後、すべての魔法陣について、依存関係図を作成する。手順書を整備する。そして」

アルヴィスは技師たちを見渡した。

「障害対応は、チームで行う。一人で抱え込むな。知識を共有しろ。それが」

「それが?」

「魔術局の新しいルールだ」

技師たちがざわめいた。

リオンは。その光景を、静かに見守った。

変わり始めている。

この国の魔法インフラが——少しずつ、強くなっている。


その日の午後。

リオンは地下でリーティアと話していた。

「管理者、カスケード障害の対応、お疲れ様」

「ありがとう、リーティア」

「アルヴィスが変わった。管理者の影響ね」

「……そうかもしれません」

リーティアは微笑んだ。

「数百年、この王都のインフラを見てきたけど——管理者が来てから、一番変化が速い」

「良い変化だといいんですけど」

「良い変化よ。確実に、このインフラは強くなっている」

リオンは少し安心した。

「でも、まだ終わりじゃないですよね」

「ええ。敵は、まだ動いている」

リーティアの表情が真剣になった。

「今回のカスケード障害——本当に偶然だと思う?」

「……まさか」

「可能性はある。誰かが意図的に、第七系統を停止させた」

リオンの背筋に冷たいものが走った。

「それって」

「攻撃よ。セラフィーナを捕まえたけど——帝国の工作員は、まだいる」

「……」

「次の攻撃に備えて。管理者」

「はい」

リオンは手順書を開いた。

記録を残す。次に備える。

戦いは——まだ終わらない。


【あとがき】
第44話「全部止まる」でした。カスケード障害という最悪の事態。一人では限界がある、チームで動く意味をアルヴィスが身をもって知ります。

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