セラフィーナが捕まってから三日後。
リオンは再び牢獄を訪れた。
「また来たの」
セラフィーナは手錠をかけられたまま、リオンを見上げた。
「聞きたいことがあって」
「尋問じゃないの?」
「技術の話です」
セラフィーナは小さく笑った。
「……本当に変わってるわね、あなた」
リオンは椅子に座り、資料を広げた。
「この前の話で、【解呪】が魔法陣を層ごとに分解できるって聞きました。それ、どれくらいの精度で見えるんですか?」
「なぜそれを知りたいの」
「僕の【診断】と比較したいからです」
セラフィーナは少し驚いた顔をした。
「……比較?」
「はい。僕の【診断】は、魔法陣の状態、劣化箇所、負荷、異常、をリアルタイムで可視化できます。でも、設計構造の深い部分までは見えません。あなたの【解呪】は逆に、構造は見えるけどリアルタイム性はない。そう理解してますが、合ってますか?」
セラフィーナは一瞬、言葉を失った。
「……なぜそんなに正確に分析できるの」
「あなたの攻撃パターンを見れば分かります。通信経路への偽中継陣の挿入は、通信プロトコルの構造を完全に理解していないとできません。でも、リアルタイムで魔法陣の稼働状況を監視しているような攻撃はなかった。つまり、」
「つまり?」
「【解呪】は事前調査向き。構造を解析して弱点を見つけるのは得意だけど、稼働中の魔法陣を動的に監視するのは苦手。そうでしょう?」
セラフィーナはしばらく黙っていた。そして、小さく頷いた。
「……その通り。【解呪】は静的解析。時間をかけて構造を読み解く。あなたの【診断】は動的解析。稼働中の状態をリアルタイムで見る」
「やっぱり」
リオンは資料にメモを取った。
「つまり、二つのスキルは補完関係にあるんですね。【診断】で障害を見つけて、【解呪】で原因の構造を深掘りする。逆に、【解呪】で脆弱性を見つけて、【診断】で実際の影響を確認する」
セラフィーナの瞳が光った。
「……それ、本気で言ってるの?」
「え?」
「私は敵よ。あなたの国を攻撃した工作員。なのに、私のスキルと協力する方法を考えてるの?」
リオンは真剣な顔で答えた。
「技術に敵も味方もないです。あなたの【解呪】が本当に構造解析に優れているなら、それを防御に使えば、王国のインフラはもっと強くなります」
「……」
「もちろん、今のあなたは敵です。でも、もし、あなたが『守る側』に回ったら、どれだけ役に立つか。それを考えてしまうんです」
セラフィーナは目を伏せた。
「……私が、守る側に?」
「可能性の話です」
「私は帝国の工作員よ。破壊することしか教わってない」
「でも」
リオンはセラフィーナの目を見た。
「あなた、本当は『壊したい』わけじゃないでしょう」
セラフィーナは長い沈黙の後、口を開いた。
「……なぜそう思うの」
「この前の話で、『誰も私の技術を理解してくれなかった』って言いましたよね。つまり、あなたは技術を認めてほしかった。破壊が目的じゃない」
「……」
「帝国では、あなたの【解呪】は『攻撃の道具』としてしか見られなかった。でも、本当は、技術そのものが好きなんでしょう」
セラフィーナの手が、わずかに震えた。
「……どうして、そんなに分かるの」
「僕も同じだからです」
リオンは静かに言った。
「前の世界で、僕も『道具』として扱われました。障害対応の機械。何かが壊れたら呼ばれて、直したら用済み。誰も僕の技術を理解しようとしなかった」
「……」
「だから、分かるんです。あなたがどんな気持ちで技術を磨いてきたか」
セラフィーナは顔を上げた。その瞳には——初めて見せる、揺らぎがあった。
「……帝国では、私の【解呪】は『破壊のためのスキル』だった。魔法陣の弱点を見つけて、攻撃する。それだけ」
「でも、本当は?」
「本当は——魔法陣の構造が、美しいと思った」
セラフィーナの声が、少しだけ震えた。
「古代の魔術師が設計した魔法陣は、完璧な論理構造を持ってる。入力、処理、出力。すべてが無駄なく繋がってる。それを解析するのが——楽しかった」
「……」
「でも、帝国は私に『壊せ』と命じた。美しい構造を、破壊しろと。私は——それに従った」
リオンは静かに聞いていた。
「なぜ従ったんですか」
「……他に選択肢がなかったから」
セラフィーナは手錠を見た。
「私は孤児だった。帝国が拾ってくれた。育ててくれた。【解呪】のスキルを見出してくれた。だから、恩を返さなきゃいけないと思った」
「恩?」
「そう。でも」
セラフィーナは目を閉じた。
「あなたと話して、分かった。私がやってたのは『恩返し』じゃない。ただの」
「ただの?」
「服従。命令に従ってただけ」
リオンはしばらく考えた。そして、決心した。
「セラフィーナ、提案があります」
「何?」
「あなたの【解呪】を、防御に使いませんか」
セラフィーナの目が見開かれた。
「……何を言ってるの」
「王国の魔法陣には、まだたくさんの脆弱性があります。僕の【診断】だけでは見つけられない深い構造的欠陥が。あなたの【解呪】なら——それを見つけられる」
「私は捕虜よ。敵国の工作員」
「だから、取引です」
リオンは真剣な顔で言った。
「あなたが王国の魔法陣の脆弱性診断に協力してくれるなら、僕はあなたの技術を正当に評価します。『破壊の道具』じゃなく、『守るための技術』として」
セラフィーナは呆然とリオンを見た。
「……本気なの?」
「本気です」
「私を信用するの?」
「いいえ」
リオンはきっぱり言った。
「信用はしません。でも、検証はします」
「検証?」
「あなたが見つけた脆弱性は、必ず僕が【診断】で確認します。本当に脆弱性か、それとも罠か——検証してから対策します。つまり、」
「つまり?」
「あなたの技術は信頼するけど、あなた自身は検証する。データと人は別、です」
セラフィーナは一瞬、言葉を失った。そして、小さく笑った。
「……それ、すごく納得できる」
「本当ですか」
「ええ。技術者として——正しいアプローチだと思う」
その日の夜、リオンはカティアとアルヴィスに提案を持ちかけた。
「セラフィーナを、脆弱性診断担当として雇いたいんです」
二人は顔を見合わせた。
「……お前、正気か」
アルヴィスが低い声で言った。
「正気です」
「敵国の工作員を、王国のインフラに関わらせるのか」
「厳重な監視下で、です。彼女が見つけた脆弱性は僕が検証します。単独行動は認めません。でも、彼女の技術は本物です。使わない手はありません」
カティアが静かに聞いた。
「リオン、あなたは彼女を信用しているんですか」
「信用はしていません。でも、技術は認めています」
「その違いは?」
「信用は感情です。でも、技術は実績です。彼女の【解呪】が本物だという実績がある。なら——それを利用しない理由がありません」
カティアは少し考えて、頷いた。
「……分かりました。ただし、条件があります」
「どんな条件ですか」
「彼女が見つけた脆弱性は、必ずあなたが検証すること。単独で魔法陣に触れさせないこと。そして」
「そして?」
「彼女が『守る側』に本当に回る意思があるか、あなたが見極めること」
リオンは頷いた。
「了解しました」
翌日、リオンは再びセラフィーナの前に立った。
「王女殿下の許可が出ました。あなたを脆弱性診断担当として——条件付きで雇います」
セラフィーナは驚いた顔をした。
「……本当に?」
「ただし、厳重な監視下です。近衛兵が常に同行します。単独行動は認められません。そして」
「そして?」
「あなたが本当に『守る側』に回る意思があるか、僕が見極めます」
セラフィーナは長い沈黙の後、口を開いた。
「……なぜそこまでするの。私は敵よ」
「あなたの技術が必要だからです。それに、」
リオンは真剣な顔で言った。
「壊すのではなく守る技術。それを、あなたに見せたいんです」
セラフィーナの瞳が揺れた。
「……私に、できるかしら」
「分かりません。でも、試す価値はあると思います」
セラフィーナは手錠を見た。そして、小さく頷いた。
「……やってみる」
「本当ですか」
「ええ。でも」
「でも?」
「裏切るかもしれないわよ」
「その時は、また捕まえます」
リオンはあっさり言った。
「ハニーポットは何度でも張れますから」
セラフィーナは一瞬、呆れた顔をした。そして、声を上げて笑った。
「……あなた、本当に面白いわ」
セラフィーナの牢獄からの仮釈放が決まった。
ただし、条件は厳しい。常に近衛兵が同行し、魔法陣に触れる際はリオンの立ち会いが必須。夜は監視付きの部屋で過ごす。
「これじゃ囚人と変わらないわね」
セラフィーナが苦笑した。
「当然です。信用はまだされていませんから」
「……そうね」
リオンはセラフィーナに資料を渡した。
「これが王都の魔法陣一覧です。まずは第一区画の防壁魔法陣から診断してください」
「分かった」
セラフィーナは資料を受け取り、読み始めた。その目は——技術者の目だった。
その夜、エルナがリオンの部屋を訪ねてきた。
「リオンさん、本当にあの人を信用するんですか」
「信用はしません。検証します」
「でも」
エルナは少し不安そうだった。
「あの人、リオンさんと話すとき、すごく楽しそうです。それが」
「それが?」
「……ちょっと、嫌です」
リオンは少し驚いた。
「エルナ、もしかして」
「嫉妬してます! 認めます!」
エルナは顔を赤くして言った。
「だって、あの人、技術の話でリオンさんと盛り上がってるんですよ!? 私だって頑張って勉強してるのに!」
「……エルナ」
「何ですか」
「あなたは十分すごいです」
「本当ですか」
「本当です。セラフィーナの【解呪】は確かにすごい。でも、あなたの魔力操作も同じくらいすごい。それに、」
「それに?」
「僕が一番信頼してるのは、あなたです」
エルナの顔が真っ赤になった。
「……ずるいです、そういうこと言うの」
「事実ですから」
エルナは俯いて、小さく笑った。
「……分かりました。でも、監視はします」
「何を?」
「リオンさんがあの人と二人きりにならないように」
「……過保護すぎませんか」
「当然です」
エルナはそう言って、部屋を出て行った。
リオンは——少しだけ、温かい気持ちになった。
翌朝。
セラフィーナとの初めての共同作業が始まった。
第一区画の防壁魔法陣の前で、セラフィーナが【解呪】を発動する。
「……見えた。入力層、処理層、出力層——それぞれの接続構造が可視化される」
「どうですか」
「……古い。すごく古い設計だわ。でも」
セラフィーナの目が鋭くなった。
「ここ、脆弱性がある」
「どこですか」
「出力層の魔力分散部。負荷が集中したとき、オーバーフローを起こす可能性がある」
リオンはすぐに【診断】を発動した。
「……確かに。負荷分散の設計が甘い。ここ、バッファが足りない」
「でしょう?」
二人は顔を見合わせた。そして、同時に笑った。
「……やっぱり、面白いわ」
「何がですか」
「あなたと一緒に魔法陣を見るの」
セラフィーナの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「帝国では、誰も私の解析結果を理解してくれなかった。でも、あなたは——すぐに【診断】で確認して、理解してくれる」
「当然です。技術者同士ですから」
「……そうね。技術者同士」
セラフィーナは防壁魔法陣を見上げた。
「これを守るのが——私の新しい仕事なのね」
「はい」
「……悪くないかも」
セラフィーナは小さく笑った。
壊すのではなく——守る技術。
初めて、そう思った。
【あとがき】
第43話「捕虜に技術の話を聞くの?」でした。敵の技術者セラフィーナとの対話。攻撃者の視点なくして本当の防御はできません。