S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第42話: 罠を張る

第3アーク · 4,406文字 · revised

サニタイズ層の展開から十日。攻撃は止まっていた。

「静かすぎますね……」

エルナが監視結晶石を眺めながら呟いた。

「相手は次の攻撃手段を探しているんでしょう」

リオンは資料を整理しながら答えた。

「でも、いつまでも防戦一方じゃ」

その時、アルヴィスが部屋に入ってきた。珍しく、カティアも同行している。

「リオン、話がある」

「どうしました」

アルヴィスとカティアは顔を見合わせた。そして、カティアが口を開いた。

「攻撃者を、捕まえたいのです」


リオンは二人の話を聞いた。

「帝国の工作員が王都に潜伏している可能性が高い。諜報部の報告では、魔術工作局の解呪技師が数名、王国内に侵入している可能性がある」

「解呪技師……」

「魔法陣の構造を解析し、弱点を見つける専門家です。今回の一連の攻撃、MITM、インジェクション。これらは高度な技術がなければ実行できません」

リオンは頷いた。

「確かに、ただの破壊工作じゃない。魔法陣の仕組みを理解している者の仕業です」

「では。その者を捕まえる方法はありますか」

リオンは少し考えた。

「……ハニーポットを張りましょう」

「はにーぽっと?」

「偽の重要魔法陣を設置するんです。いかにも『ここを攻撃すれば大きな被害が出る』と見せかけた囮を用意する。工作員が食いついてきたら、捕まえます」

アルヴィスの目が鋭くなった。

「罠を張る、ということか」

「はい。ただし、」

「ただし?」

「本物っぽく見せないと、相手は警戒します。完璧な偽物を作る必要があります」


作戦会議が始まった。

「どんな偽魔法陣を作るんですか?」

エルナが聞いた。

「王都の水浄化魔法陣の中枢、という設定にしましょう。『ここを止めれば王都全域の水供給が停止する』、そう思わせます」

「でも、実際には?」

「ただの監視用魔法陣です。停止しても何も起きません。でも、外から見れば本物の中枢魔法陣に見える」

アルヴィスが地図を広げた。

「設置場所はどこがいい」

「王都の地下水路、第四区画。本物の水浄化魔法陣から少し離れた場所に設置します。近すぎると怪しまれますが、遠すぎると信憑性がない」

「なるほど」

カティアが質問した。

「工作員はどうやって誘引するんですか」

「情報を『漏らす』んです。わざと。魔術局内の通信で『新しい中枢魔法陣が完成した』『セキュリティ強化のため、一般の技師はアクセス禁止』と話題にします。盗聴されることを前提に」

「……大胆ですね」

「ハニーポットの基本です。相手が食いつきたくなる餌を撒く」


二日間で、偽の中枢魔法陣が完成した。

外見は本物の水浄化魔法陣そっくりだ。複雑な刻印、魔力パス、制御部。すべてが精巧に作られている。だが、実際には何も制御していない。ただの監視装置だ。

「すごい……本物にしか見えません」

エルナが感心した。

「リーティアに協力してもらいました。古代魔法陣の意匠を再現してもらったので、説得力があります」

そして、罠の核心、侵入検知システム。

「この魔法陣に誰かが触れたら、すぐに通知が来ます。魔力パターンも記録されます。逃げられる前に、近衛兵が包囲します」

アルヴィスが頷いた。

「近衛兵は配置した。お前の合図次第で、いつでも突入できる」

「分かりました」

その日の午後、リオンは魔術局内で「うっかり」会話をした。

「新しい中枢魔法陣、もう完成したんですか?」

「ああ、第四区画の地下水路にな。セキュリティ強化のため、一般の技師はアクセス禁止だ」

「すごいですね。これで水供給の安全性が」

「声が大きい。機密だぞ」

「すみません」

わざとらしい会話。だが、これでいい。盗聴されているなら、相手は食いつく。

三日後の深夜。

監視結晶石が激しく点滅した。

「来ました!」

リオンが立ち上がる。エルナとアルヴィスもすぐに反応した。

「第四区画地下水路、侵入者検知!」

「近衛兵、突入しろ!」

アルヴィスが命令を飛ばした。

リオンたちが地下水路に到着したとき、すでに戦闘は終わっていた。

近衛兵に取り囲まれた一人の女性が、床に組み伏せられている。暗い赤髪、琥珀色の瞳、引き締まった体つき、そして、左耳には小さなピアス。

「帝国の解呪技師……!」

カティアが息を呑んだ。

女性は無表情に近衛兵を見上げた。抵抗する様子はない。

「……まんまと嵌められたわけね」

その声は、驚くほど冷静だった。

「あなたが一連の攻撃の実行犯ですか」

リオンが聞いた。

女性はリオンを見た。その瞳は、興味深そうに、リオンを観察している。

「ハニーポット。古典的だけど、よくできてた。あの偽魔法陣、リーティアの意匠を完璧に再現してる。誰が設計したの?」

「……僕です」

「ふうん」

女性は少し笑った。

「あなたがリオン。噂通り、面白い技術者ね」

「あなたは?」

「セラフィーナ。帝国魔術工作局、第三解呪技師」


セラフィーナは王都の牢獄に収監された。

だが、リオンには、どうしても気になることがあった。

「あの女性、尋問はしないんですか」

カティアに聞いた。

「もちろんします。ただ」

「ただ?」

「あまり期待できないかもしれません。帝国の工作員は訓練を受けています。簡単には口を割りません」

「……そうですか」

リオンは少し考えた。そして、決心した。

「僕が話を聞いてもいいですか」

カティアとアルヴィスが驚いた顔をした。

「お前が?」

「はい。尋問じゃなくて——技術の話を」

「技術の話?」

「あの人、僕の偽魔法陣を見て『よくできてる』って言いました。つまり、技術を理解してる。なら、技術者同士で話せるかもしれません」

カティアは少し考えて、頷いた。

「分かりました。ただし、近衛兵を同席させます」

「構いません」


牢獄の面会室。

セラフィーナは椅子に座り、手錠をかけられていた。リオンが入ってくると、少しだけ目を細めた。

「……捕虜に技術の話を聞くの?」

「おかしいですか」

「おかしい。普通は尋問でしょう」

「尋問は他の人に任せます。僕は——あなたの技術が知りたい」

セラフィーナは一瞬、言葉を失った。そして、小さく笑った。

「……変わってるわね、あなた」

「よく言われます」

リオンは椅子に座った。

「あなたがやったMITM攻撃、インジェクション攻撃——すごく精巧でした。通信経路への偽中継陣の挿入、入力パスへの術式注入——どちらも魔法陣の深い理解がないとできません」

「……それが?」

「どうやって魔法陣の構造を解析したんですか。【解呪】のスキルを持ってるんですよね」

セラフィーナの瞳が光った。

「……本当に、技術の話がしたいの?」

「はい」

「なぜ?」

「興味があるからです」

セラフィーナはしばらくリオンを見つめた。そして、小さく息を吐いた。

「【解呪(アナライズ)】は、魔法陣の構造を層ごとに分解して解析するスキル。入力層、処理層、出力層——それぞれの機能と接続を可視化できる」

「それで脆弱性を見つけたんですね」

「そう。通信魔法陣の中継プロトコルに認証がないこと、農地魔法陣の入力検証が甘いこと——全部、【解呪】で見つけた」

「……すごいですね」

「褒めてるの?」

「技術的には、すごいです」

セラフィーナは少し笑った。

「あなた、本当に変わってる」


リオンはさらに質問を続けた。

「あの入力パスの魔力パターン偽装、どう検知したんですか。僕のサニタイズ層を突破する方法、考えてましたよね」

セラフィーナの目が鋭くなった。

「……なぜそう思うの」

「あなたなら考えるはずだからです。防御を見たら、突破方法を考える。それが——技術者の(さが)でしょう」

セラフィーナは長い沈黙の後、口を開いた。

「……三層検証は厄介ね。形式、範囲、術式——どれか一つでも引っかかれば弾かれる。でも」

「でも?」

「正常なデータに『少しだけ』異常を混ぜれば、検証をすり抜けられる可能性がある。範囲チェックの閾値ギリギリを狙うとか」

「……やっぱり」

リオンは頷いた。

「僕も同じこと考えました。だから、閾値に『バッファ』を持たせてます。想定範囲の95%を超えたら警告、98%で遮断」

セラフィーナの目が見開かれた。

「……それ、私の攻撃を想定してたの?」

「いえ、一般的なセキュリティ設計です。でも、あなたみたいな技術者がいるなら、それくらいは必要だと思って」

セラフィーナはしばらく黙っていた。そして、小さく呟いた。

「……面白い」

「え?」

「あなたと話すの、面白い」

セラフィーナの表情が、少しだけ柔らかくなった。

「帝国では、誰も私の技術を理解してくれなかった。命令されて攻撃を実行するだけ。でも、あなたは」

「僕は?」

「私の技術を『すごい』って言った。敵なのに」

リオンは少し考えて、答えた。

「技術に敵も味方もないです。あなたの【解呪】は純粋にすごい。使い方が——間違ってただけで」

セラフィーナは目を伏せた。

「……そうね。使い方が、間違ってた」


面会を終えて牢獄を出ると、エルナが待っていた。

「リオンさん、どうでしたか」

「話してくれました。彼女の技術、本物です」

「……」

エルナの表情が少し曇った。

「リオンさん、あの人のこと」

「どう思ってるか、ですか?」

「はい」

「敵です。でも、技術者としては尊敬できます」

エルナは少し複雑な顔をした。

「……リオンさんらしいです」

「怒ってます?」

「怒ってません。ただ」

「ただ?」

「あの人、リオンさんと話すとき、楽しそうでした。それが——少しだけ、嫌でした」

エルナはそう言って、先に歩いて行った。

リオンは。その背中を見て、少しだけ戸惑った。


その夜、リオンはアルヴィスに報告した。

「セラフィーナから、攻撃手法の詳細を聞き出しました」

「よくやった」

「ただ、彼女は命令で動いていただけです。本当の黒幕は帝国の魔術工作局」

「分かっている。だが、一人捕まえたことで——攻撃は鈍化するだろう」

「……そうでしょうか」

リオンは窓の外を見た。

「帝国には、まだ工作員がいるはずです。セラフィーナは一人じゃない」

「ならば」

「次の攻撃に備えます。そのために」

リオンは資料を取り出した。

「セラフィーナから聞いた情報を元に、防御をさらに強化します」

アルヴィスは小さく笑った。

「お前は本当に——休まないな」

「休んだら、落ちますから」

「……そうか」

アルヴィスは部屋を出て行った。


深夜。

リオンは一人、手順書を更新していた。

セラフィーナとの会話を記録する。【解呪】の仕組み、攻撃手法、対策。すべてを文書化する。

次に同じ攻撃が来ても——防げるように。

「……彼女、どうなるんだろうな」

リオンは呟いた。

帝国の工作員。敵。だが、技術者として、彼女は本物だった。

その技術が、破壊ではなく——何かを守るために使われたら。

リオンは首を振った。

「考えても仕方ない。今は——記録だ」

ペンを走らせる。

戦いは——まだ終わらない。


【あとがき】
第42話「罠を張る」でした。攻撃者を逆に捕らえるハニーポット作戦。守るだけでなく、攻撃の痕跡から敵を炙り出します。

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