全箇所復旧から五日後。
リオンは魔術局の会議室で報告書を書いていた。『サプライチェーン攻撃対応 最終報告書』。被害状況、復旧手順、再発防止策をすべてまとめる。
「これで、次は防げる」
呟いた瞬間、リーティアの投影体が赤く明滅しながら現れた。
「管理者! 異常検知! 第一防壁、魔力パターン異常! 第二防壁も同様! 第三から第五まですべて異常!」
リオンは立ち上がった。その瞬間、魔術局全体が大きく揺れた。
リオンは王都中央の監視室に駆け込んだ。アルヴィス、エルナ、セラフィーナ、全員が既に集まっていた。
アルヴィスが窓の外を指した。王都を覆う防壁が歪んでいた。魔力が渦を巻き、構造が崩れかけている。まるで内部から何かに食い破られるように。
セラフィーナが【解呪】を使いながら答えた。
「防壁の構造が崩壊し始めてる。原因は」
「内部だ。外部からの攻撃じゃない。防壁自体が暴走してる」
リオンは【診断】を使った。第一防壁の魔力の流れが完全に狂っていた。制御部が暴走し、魔力が過剰供給され、構造が歪む。
「サプライチェーン攻撃の第二波だ。復旧した魔法陣の中にまだロジックボムが残ってた。今まで休眠してたのが一斉に起動した」
「どうする!」とエルナが叫んだ。
「崩壊する。防壁が崩壊したら王都は魔獣の襲撃に無防備になる。推定三時間。三時間以内に暴走を止めないと完全に崩壊する」
リオンは深く息を吐いた。対処手順を書こうと羊皮紙を広げたが、手が止まった。
対処法がわからない。今までの攻撃は既知のパターンだった。DDoS、インジェクション、バッファオーバーフロー。前の世界で経験したことがある攻撃だった。でもこれは違う。魔法陣の構造そのものが暴走している。運用保守の範疇ではなく、設計レベルの問題だ。
「わからない。対処法がわからない。僕の知識じゃ足りない」
沈黙が落ちた。リオンの限界が露呈した。運用保守のスペシャリスト。障害対応のエキスパート。でも設計から作り直すことは専門外だった。
「リオン。お前一人で全部解決する必要はない」
アルヴィスが口を開いた。
「私がいる。エルナがいる。セラフィーナがいる。そしてリーティアがいる。お前の仕事は全体を見て指示を出すことだ。だから頼れ」
リオンはゆっくりと頷いた。
「では役割分担をします。アルヴィス局長は第一から第五防壁の魔力調整を。暴走を少しでも遅らせてください。エルナは第六から第十防壁の予備起動準備を。セラフィーナは暴走の原因を特定してください。リーティア、古代魔法陣の設計図をすべて出してください」
「管理者。それは膨大な量だ」
「わかってる。でも今回は設計レベルで見直す必要がある。構造を理解しないと根本的な解決はできない」
全員が動き出した。設計図が次々と展開された。古代魔術師が描いた防壁魔法陣の設計。複雑な術式、精密な構造、膨大な魔力回路。
「管理者。一人で理解する必要はない。私が解説する」
リーティアの投影体が設計図を指した。
「この部分は魔力の入力制御部。ここが暴走している。古代の設計では魔力の上限チェックがない。性善説で設計されている」
「じゃあリミッターを追加すれば」
「そうだ。ただし魔力分散回路と干渉する。単純にリミッターを追加すると全体のバランスが崩れる。再計算に十分かかる」
「やれ!」
リーティアが猛烈な速度で計算を始めた。リオンは【診断】で防壁の状態を監視し続ける。崩壊まであと二時間。
エルナの声が飛び込んできた。「リオンさん! 予備防壁、起動準備完了です!」
最悪の場合の予備がある。それがどれだけ心強いか。
続いてセラフィーナが報告した。「暴走の原因、特定した。第一防壁の魔力導体三箇所にロジックボムが残ってた。除去できるが少なくとも一時間かかる」
「間に合わない。除去じゃなく無効化する。魔力導体への供給を絞れば起動しても影響を最小化できる」
「防壁の出力が落ちる」
「崩壊するよりマシだ。リーティア、魔力導体への供給、70%に絞れ」
防壁の輝きがわずかに弱まった。出力30%低下。ただし構造は安定した。
だがまだ終わりではなかった。
「管理者! 第二防壁も暴走開始! 第三、第四も連鎖してる!」
「一つずつ対処してたら間に合わない。全部を同時に調整しないと」
「お前一人では物理的に不可能だ。だから私たちに任せろ」
セラフィーナがリオンを見た。
エルナが第二防壁を、アルヴィスが第三を、セラフィーナが第四を。リオンは第一防壁を担当し、リーティアが全体を統括して設計図と手順を全員に提供する。同時並列作業が始まった。
「第一防壁、安定化完了」「第二防壁、出力70%で安定!」「第三防壁、制御部の暴走停止した」「第四防壁、ロジックボム無効化成功」
報告が次々と上がる。リオンは全体の状態を監視しながら指示を出し続けた。
「第五防壁、魔力供給を60%に! 第六防壁、予備系統に切り替え準備! 第七防壁、魔力分散回路を動的モードに変更!」
一人では無理だった。でもみんなでやれば、できる。
一時間後、すべての防壁が安定した。全員が疲れ切った顔で、でも笑顔で頷いた。王都の防壁は守られた。出力は70%に低下したが魔獣の襲撃を防ぐには十分だった。
その夜、リオンは一人で王都の屋上に立っていた。防壁が少し暗くなった空を覆っている。完璧ではない。出力は落ちている。でも動いている。
「運用だけじゃ足りなかった」
今まで運用保守でなんとかしてきた。障害対応、冗長化、監視体制、すべて運用の範疇だった。でも今回は違った。設計レベルで根本から見直す必要があった。僕一人じゃ無理だった。リーティアの知識、エルナの実行力、アルヴィスの経験、セラフィーナの技術。みんなの力がなかったら絶対に守れなかった。
「一人じゃ無理だ。でも今は、一人じゃない」
「リオンさん」
背後からエルナの声がした。
「リオンさんが一人でここに来るの、もう慣れました」
エルナは隣に立った。
「リオンさん、前よりも強くなりました。前は一人で全部やろうとしてました。でも今はちゃんと頼れるようになった。それがリオンさんの成長です。だからもう一人で抱え込まないでくださいね」
「ありがとう、エルナ」
二人はしばらく黙って夜景を見つめていた。
翌朝、リオンは手順書を更新した。『緊急時対応フロー 改訂版』。一、問題を一人で抱え込まない。二、役割分担を明確にする。三、専門外のことは専門家に任せる。四、全体を見るのがリーダーの仕事。
昼、カティア王女が魔術局を訪れた。
「リオン殿。昨夜の防壁暴走、見事な対処でした。あなたとあなたのチームが王都を救いました」
「僕一人じゃ何もできませんでした」
「それでいいのです。チームで国を守ればいい。あなたは変わりました。最初に会ったとき『定時で帰りたい』と言っていました。でも今は国を守るために戦っています」
「定時で帰りたいっていう気持ちは今も変わりません。でも今は守りたいものがあります。矛盾してるかもしれませんが、それが僕です」
カティアは優しく笑った。
「いいえ。矛盾していません。それが人間です」
その夜、リーティアの部屋を訪れた。
「管理者。質問がある。なぜ管理者は私を信頼してくれるのか。私はシステムだ。間違えることもある。完璧じゃない」
リオンは微笑んだ。
「君はシステムじゃないから。君はリーティアだ。一緒に考えて、一緒に悩んで、一緒に戦ってくれる仲間だ。だから信頼してる」
リーティアの投影体がほんの少しだけ揺れた。
「理解した。いや、理解できない。でも、嬉しい」
リオンは窓の外を見た。防壁が少し暗いけれど、確かに輝いている。次もみんなで守り抜く。
**あとがき**:「対処法がわからない」と正直に言えたことが、この話のリオン最大の成長点。設計レベルの問題にチーム総力で挑む第63話は、運用屋のプライドと限界を正面から描きます。