王都魔術局の司令室で作戦会議が始まった。
「今から反撃作戦について説明する」
リオンが魔法陣マップの前に立った。エルナ、セラフィーナ、アルヴィス(通信魔法陣越し)、ミーナ、そしてカティア王女が同席している。
「これまで僕たちは守ってばかりだった。帝国の攻撃に対処し、復旧し、また攻撃される。その繰り返しだ。だがもう変わる。今度はこっちから攻める」
「攻める? でもリオンさん、僕たちは戦闘部隊じゃ」
「剣も魔法も使わない。僕たちの武器は魔法インフラだ。罠を張る」
リオンは地図上に印をつけた。
「帝国の工作員が必ず狙ってくる場所に偽の魔法陣を設置する」
「ハニーポット」とセラフィーナが呟いた。
「ああ。セラフィーナを捕まえたときと同じ手法だ。ただし今回はもっと大規模にやる」
「王都の東区画に偽の『中枢管理魔法陣』を設置する。外見は本物そっくりだが、実際には何の機能もない。ただしその魔法陣に誰かがアクセスしたら、逆にこちらからアクセス元を逆探知する」
セラフィーナの目が光った。
「偽の餌で釣って、釣り上げた相手の居場所を特定する」
「そうだ。帝国の工作員は必ず中枢管理魔法陣を狙ってくる。そこを落とせば王都のインフラ全体が停止すると思ってるから。だが実際には偽物で、偽物だと気づいたときにはもう遅い。こちらから逆探知して帝国の指揮系統を突き止める」
カティアが口を開いた。
「リオン殿。その作戦、成功率は?」
「わかりません。帝国が罠に気づかずに引っかかってくれれば成功します。だから偽物を本物らしく作る必要があります。セラフィーナ、頼める?」
「面白い。帝国側の視点で『攻撃したくなる』偽魔法陣を作る。挑戦のしがいがある」
「逆探知に成功した後はどうする?」とアルヴィスが尋ねた。
「軍に精密攻撃を要請します。帝国の指揮系統、C&C魔法陣を特定できれば、軍の攻撃魔術師が遠距離から破壊できるはずです」
「私から軍に手配しましょう」とカティアが頷いた。
作戦は即座に動き出した。セラフィーナが偽魔法陣の設計を開始し、エルナが現地の準備を指揮し、ミーナが資材調達を手配し、アルヴィスが王都全体の防衛を統括する。
リオンは全体を見渡しながら細かい調整を続けた。
「偽魔法陣の出力パターンは本物の七割に設定」
「なぜ七割?」とエルナが尋ねた。
「十割だと逆に怪しまれる。『少し出力が低い=防御が甘い』と思わせるのが狙いだ」
「リオンさん、意地悪ですね」
「罠を張るときは意地悪なくらいがちょうどいい」
二日後、偽魔法陣の設置が完了した。王都東区画の地下に本物そっくりの「中枢管理魔法陣」が完成した。
「完璧だ。帝国側から見ても本物にしか見えない」とセラフィーナが最終チェックを終えて報告する。
「あとは釣れるのを待つだけだ」
その夜、リオンは司令室で待機していた。エルナが隣に座って緊張した面持ちで魔法陣モニタを見つめている。
「本当に釣れると思います?」
「わからない。でも釣れなくても損はない。偽魔法陣は最悪ダミーとして機能する」
「リオンさんっていつも失敗したときの対処も考えてますよね」
「当たり前だ。Plan Bがない計画なんて怖くて実行できない」
深夜、警告音が鳴り響いた。
「来た!」
セラフィーナが叫ぶ。魔法陣モニタに偽魔法陣へのアクセスログが表示される。
「魔力反応、外部からの侵入を検知!」
「逆探知、開始!」
セラフィーナの【解呪】が発動した。彼女の琥珀色の瞳が鋭く光る。
「魔力の流れを辿る。中継地点三つ、四つ。相手はまだ偽魔法陣に夢中でこちらの逆探知には気づいていない」
十分後。
「特定完了! 帝国の指揮系統、座標、北東方向、王都から三十キロ!」
リオンは即座にカティアへの通信魔法陣を起動する。
「殿下! C&Cの位置、特定しました! 座標を送ります。軍の攻撃魔術師を今すぐ!」
『了解しました。すぐに手配します』
一時間後、王都の城壁から巨大な魔力砲撃が放たれた。王国軍の攻撃魔術師十名が同時に遠距離攻撃魔法を放つ。光の奔流が夜空を駆け、北東方向へと消えていく。
遠くで爆発音が響いた。
「命中確認。帝国のC&C魔法陣、完全に破壊された」
アルヴィスが通信魔法陣越しに報告する。司令室に歓声が上がった。
「やった!」とエルナが飛び上がる。
「罠を張るのはこっちもできる」
セラフィーナが不敵に笑った。
「帝国は守りに回るしかなくなった。C&Cを失えば工作員への指示も出せない」
「完全に無力化したわけじゃないが、少なくとも大規模な攻撃は難しくなった」
翌朝、王都に変化が現れた。帝国からの攻撃が激減した。
「昨夜からの異常魔力反応、ゼロ。水浄化魔法陣、防壁魔法陣、通信魔法陣、すべて正常稼働中です」
「C&Cを潰した効果がここまで大きいとは」
「指揮系統がなければ工作員も動けない。帝国の工作は高度に組織化されている。だからこそ中枢を潰せば機能しなくなる」
「組織化の弱点を逆手に取ったわけか」
昼過ぎ、カティアが司令室を訪れた。
「リオン殿。軍からの報告です。C&C魔法陣の破壊により帝国の工作能力は著しく低下したとのこと。あなたの作戦、大成功です」
「ありがとうございます。でもこれで終わりじゃありません。帝国はまだ諦めないでしょう」
その夜、リオンとセラフィーナは二人きりで作戦の反省会をしていた。
「セラフィーナ、偽魔法陣の設計、完璧だった」
「当然だ。私は元工作員だ。どんな魔法陣が『攻撃したくなる』かよく知っている」
セラフィーナは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「私は今まで壊す側だった。でも守る側のほうが面白い。敵の動きを読んで罠を張って逆探知する。攻撃するよりずっと難しい。ずっとやりがいがある」
「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」
「リオン。次の攻撃、帝国はもっと大規模なものを仕掛けてくると思う」
セラフィーナが真剣な目で言った。
「C&Cを失った帝国は最後の手段に出るはずだ。古代魔法陣の暴走。帝国には古代魔法陣を強制暴走させる技術がある。それが発動したら連鎖障害が起きる。王都全体のインフラが一気に停止する」
リオンは背筋が凍った。
「どうすれば防げる?」
「防げない。古代魔法陣の暴走は止められない。だから捨てるところを決めて残りを守るしかない。リオン、お前が言った言葉だ」
「わかった。その覚悟はしておく」
翌日、リオンは全員を集めてセラフィーナの警告を共有した。帝国の最後の攻撃が予想されること。もし発動したら王都全体のインフラが連鎖的に停止する可能性があること。
「完全には防げません。だから優先度の高い魔法陣、水浄化、防壁、医療、これらは絶対に守ります。それ以外の灯火、通信、農地管理は最悪停止させます。全部守ろうとして全部落ちるより、捨てるところを決めて残りを守る。それが障害対応の鉄則です」
アルヴィスが深く頷いた。
「わかった。その判断、支持する。だがインフラを自ら止めるという判断はお前にしかできない。覚悟を決めろ、リオン」
「はい」
その夜、リオンは一人で王都の屋上に立っていた。眼下に広がる街並み、すべてが魔法陣に支えられている。それを自分の判断で止めるかもしれない。
前世ではこんな判断をしたことはなかった。サーバーを止める判断はいつも上司が下していた。だが今は自分が決めなければならない。
「リオンさん」
背後からエルナの声がした。
「一人で抱え込んでません?」
「わかる?」
「わかります。そういう顔してますから。でも一人じゃないですよ。最終判断はリオンさんがする。でも私たちが支えます。だから怖がらないでください」
「ありがとう、エルナ」
リオンは少しだけ肩の力を抜いた。
翌朝、リオンは司令室で優先度リストの作成と計画停止手順の策定を再開した。すべて最悪の事態に備えて。
ミーナが新しい報告書を持ってきた。
「ドルクさんから国産素材が追加で届きました。これで汚染された魔法陣の入れ替えがすべて完了します」
「本当か?」
「はい。ドルクさんが寝ずに作業してくれたみたいです」
「あの人は僕以上に無理するな」
その日の夕方、すべての汚染魔法陣の入れ替えが完了した。サプライチェーン攻撃の脅威は消えた。
だがセラフィーナが言った。「帝国の最後の攻撃、必ず来る」
リオンは窓の外を見た。王都は静かだった。だが嵐の前の静けさに感じられた。
「来るなら来い。僕たちは守り抜く」
最終決戦が始まろうとしていた。
**あとがき**:ハニーポットで帝国のC&Cを逆探知する頭脳戦が痛快な第65話。元工作員セラフィーナの「守る側のほうが面白い」という一言が、彼女の変化の到達点を静かに示しています。