その日は静かな朝だった。
王都魔術局の司令室。リオンは朝の定例チェックを終えて一息ついていた。
「今日も異常なし、か」
「はい。帝国からの攻撃、三日間ゼロです。C&Cを潰した効果がまだ続いてるんでしょうか」
「だといいんだけど。静かすぎる。むしろ怖い」
セラフィーナが通信魔法陣越しに声をかけてきた。彼女は今、王都の地下で古代魔法陣の監視を続けている。
「何か変な予感がする。古代魔法陣の魔力パターンが微妙にずれてる。まだ異常とは言えない範囲だが、何かが始まろうとしている気がする」
「わかった。引き続き監視を頼む」
昼過ぎ、それは突然起きた。司令室にけたたましい警告音が鳴り響いた。
「異常魔力反応! 王都地下、古代魔法陣、出力が急上昇!」
エルナが叫ぶ。リオンは即座にモニタに駆け寄った。魔法陣の出力グラフが急激に跳ね上がっている。通常の三倍、五倍、まだ上がり続けている。
「暴走だ!」
セラフィーナの声が響く。
「古代魔法陣が強制的に暴走させられてる! 帝国の最後の攻撃が来た!」
「リオン、どうする!」とアルヴィスが通信魔法陣越しに叫ぶ。「古代魔法陣が暴走したら連鎖障害が起きる!」
暴走を止める方法はない。古代魔法陣は現代の技術では制御できない。
「計画停止だ!」
リオンは叫んだ。
「古代魔法陣に依存してる魔法陣を今すぐ停止させる! 連鎖を断ち切る!」
「エルナ! 優先度Cの魔法陣、すべて停止させろ!」
「わかりました! 灯火魔法陣、農地管理魔法陣、通信魔法陣、順次停止開始!」
「ミーナ、住民への緊急通知を!」
「はい!」
「アルヴィス局長、防壁と水浄化魔法陣、絶対に守ってください!」
「任せろ!」
王都の街並みから灯りが消え始めた。灯火魔法陣の計画停止で、夕暮れ前の王都が急速に暗くなっていく。
「通信魔法陣、停止完了!」「農地管理魔法陣、停止完了!」
だが古代魔法陣の暴走は止まらない。出力はまだ上昇中だ。
リーティアの声が通信魔法陣に響いた。
「管理者。古代中枢魔法陣に異常発生。連鎖障害のリスク、87%」
「リーティア、お前の中枢魔法陣は」
「安全だ。だが他の古代魔法陣が暴走した場合、影響が波及する可能性がある」
「わかってる。捨てるところを決めて残りを守る。だろ」
「管理者の判断を信頼する」
リオンは深く息を吐いた。そして決断した。
「優先度Bの魔法陣も停止する」
エルナが驚いてリオンを見た。
「リオンさん、それって」
「医療以外の補助魔法陣、市場の冷却魔法陣、貴族街の温度調整魔法陣、すべて停止だ」
リオンは震える声で言った。
「人命に直結しないものは今、捨てる」
エルナは一瞬躊躇した。だがすぐに頷いた。
「わかりました。優先度B、順次停止開始!」
王都の機能が次々と停止していく。市場の冷却魔法陣が停止し保存していた食材が温まり始める。貴族街の温度調整が停止し屋敷内の快適さが失われる。だが人命に直結する防壁と水浄化は守られた。
「防壁魔法陣、正常稼働中!」「水浄化魔法陣、異常なし!」「医療魔法陣、すべて安定!」
「古代魔法陣の暴走、ピークに達しました! 出力、通常の十倍!」
セラフィーナが叫ぶ。
その瞬間、巨大な魔力の奔流が王都地下を駆け抜けた。古代魔法陣から溢れ出した魔力が周囲の魔法陣に逆流していく。
「連鎖障害発生! 東区画、魔法陣三つ停止! 西区画、魔法陣二つ停止!」
「優先度は!」
「すべて優先度C! 計画停止済みのものです!」
捨てた部分が身代わりになった。だがまだ終わらない。古代魔法陣はまだ暴走中で出力が下がらない。
「アルヴィス局長! 古代魔法陣への魔力供給、強制遮断できますか!」
「やったことがない。だがやってみる!」
アルヴィスが王都の地下深くへと降りていく。古代魔法陣の魔力供給路に直接魔法を打ち込んで遮断する。最後の手段だった。
「リオン。お前の判断を信じる」
全魔力を込めた遮断魔法を放った。
司令室に衝撃が走った。
「古代魔法陣、魔力供給遮断! 出力急低下、暴走停止!」
セラフィーナが叫ぶ。リオンは思わず膝をついた。
「止まった」
「はい、止まりました!」
エルナが涙声で報告する。
しばらくの沈黙の後、通信魔法陣にアルヴィスの声が戻ってきた。
「リオン。古代魔法陣を強制停止させた。もう動かないだろう」
「局長! 無事ですか!」
「疲れた。だがお前の判断がなければ王都全体が落ちていた」
「被害状況、報告します」
ミーナが羊皮紙を持ってきた。
「優先度Cの魔法陣、計十二箇所が停止。すべて計画停止済みのもの。優先度Bは医療以外八箇所停止、ただし人命への影響なし。優先度Aの防壁、水浄化、医療はすべて正常稼働中です」
「リオンさんの判断、完璧でした」
リオンは深く息を吐いた。
「捨てるところを決めて残りを守る。それが障害対応の鉄則です」
「でもリオンさん、計画停止って本当に正しかったんでしょうか。もしかしたら全部守れたかも」
「守れない。全部守ろうとして全部落ちる、それがカスケード障害の恐ろしさだ。犠牲を出さない完璧な対処は理想だ。でも現実の障害対応は常に何かを選ばなきゃいけない」
「管理者の判断は正しい」とリーティアが言った。「計画停止により王都の重要インフラは守られた。稼働率95.2%、許容範囲内」
「5%の停止で95%を守った。それが今回の戦いの結果だ」
夕方、停止した魔法陣の復旧作業が始まった。エルナが辺境チームを指揮し優先度の高いものから順に復旧していく。
セラフィーナが司令室に戻ってきた。
「古代魔法陣の暴走は帝国が仕掛けた最後の攻撃だった。これで帝国の攻撃手段はすべて尽きた」
「みんなのおかげだ。僕一人じゃ何もできなかった」
翌朝、停止した魔法陣の復旧がすべて完了した。
「王都の魔法陣、すべて正常稼働中です! 稼働率100%!」
「帝国からの攻撃、完全に停止しました。C&Cの破壊、古代魔法陣の停止。帝国の攻撃能力はもう残っていません」
セラフィーナが頷いた。
「戦争は終わった」
その言葉に司令室が静まり返った。そしてエルナが叫んだ。
「やった! リオンさん、やりました! 守り抜きました!」
「ああ。守り抜いた。みんなで」
カティア王女が司令室を訪れた。
「リオン殿。王国を守ってくださりありがとうございます。あなたがいなければ王国は滅びていました」
「僕一人じゃ何もできませんでした。みんながいたから守れました」
「そうですね。あなたは本当に一人では戦わない」
「前世で学びました。一人で抱え込むと倒れる。だから今回はみんなと一緒に戦った。それが正解でした」
その夜、リオンは久しぶりにゆっくり眠った。翌朝、ミーナが報告書を持ってきた。
「リオンさん、戦争中の王都インフラ稼働率、計算しました。年間換算で稼働率99.9%です。年間停止時間、約9時間」
「99.9%か。でもまだ足りない。もっと上を目指せる」
リオンは不敵に笑った。
「次は99.99%だ」
「99.99%って、年間停止時間52分以内ですよ? リオンさん、もう少し休んでもいいんじゃないですか」
「そうだな。でも目標は高く持っておきたい」
その日の午後、リオンはドルクからの通信を受け取った。
『よう、リオン。戦争、終わったんだってな』
「ああ。ドルクさんのおかげだ」
『礼を言うな。俺は部品を作っただけだ。それよりお前、いつ帰ってくるんだ?』
「もう少しだけ王都にいる。復旧作業が終わったら帰ります」
『そうか。待ってるぜ』
通信が切れた後、リオンは窓の外を見た。王都は平和を取り戻していた。灯火魔法陣が輝き、防壁が空を覆い、水浄化魔法陣が稼働している。すべてが正常に動いている。
「前世で失ったもの、今世で守れた」
胸の奥が温かくなった。
「次は辺境に帰ろう」
リオンは静かに微笑んだ。長い戦いが終わった。そして新しい日常が始まろうとしていた。
**あとがき**:「5%の停止で95%を守った」。計画停止という最も辛い決断を下すリオンに、Arc4全体が凝縮された最終話です。次回最終話では「定時で帰りたい」から始まった物語がどこに辿り着くのか、どうぞお見届けください。