S03-P02 頭上に『好感度』が見える転生者、人の心がわかりすぎて逆に孤独です

第6話: 全員の正解を選ぶ方法

第1アーク · 4,678文字 · draft

入学十日目。朝の大教室に、全学科の一年生が詰め込まれていた。

合同講義。月に二度の全学科合同の時間だ。普段は基礎魔法理論の座学だが、今日は教壇に立ったベルント教授の表情がどこか晴れやかだった。咳払いひとつで教室を静め、羊皮紙の巻物を広げる。

「本日は、来月に控えた実習成果発表について説明する」

教室がざわめいた。実習成果発表——学園生活最初の大きな行事だ。学科混合の五人グループで課題に取り組み、その成果を全校の前で発表する。

「グループ編成は、諸君の自主編成とする。学科の壁を越えた協力を学ぶ場であるから、最低二つの学科から成員を集めること。本日中にグループを確定し、名簿を提出せよ」

教授が巻物を閉じた瞬間、教室の空気が変わった。隣同士で顔を見合わせる者、すぐに席を立って仲のいいグループに駆け寄る者、腕を組んで黙考する者。

俺はその喧騒の中で、視界を一周させた。

百余りの頭上に浮かぶ好感度の数値を、片端から読み取っていく。セリア57。ヨハン54。マルクス58。文官科の顔なじみを確認し、次に魔法科や剣術科の生徒へ。

誰と誰を組ませれば摩擦が最小になるか。各人の好感度の相互関係から、最適なグループ編成を——。

頭の中に、見えない設計図が広がっていく。


昼休み。食堂は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

あちこちのテーブルでグループ編成の交渉が始まっている。笑い声、真剣な相談、ときどき険悪な沈黙。

「貴族は貴族同士で組むのが筋でしょう。学術的な基盤が違うのだから、発表の質を考えれば当然よ」

セリアの隣に座った取り巻きの一人が声高に主張していた。セリア自身は紅茶のカップを傾けながら、否定も肯定もしない顔をしている。

「実力で組むべきだ。名前だけ並べて発表が失敗したら、笑い者になるのはこっちだぜ」

反対側のテーブルでは、ヨハンが腕を組んで言い返した。周りの奨学生たちが頷く。

いつもの構図だ。貴族派と平民派。先週の席替えのときと同じ対立軸。この手の揉め事は、入学してからもう何度目だろう。

俺は食堂の隅で、ライ麦パンを齧りながら双方の数値を観察していた。

状況は読める。折衷案も見える。

席を立った。

「ちょっといいか」

まずセリアのテーブルに近づく。周囲の数値が注目でわずかに揺れた。

「セリア、お前の得意は光属性の理論だろう。発表に学術的な深みを持たせたいなら、実技で動けるメンバーがいたほうが映える。逆にヨハンのところは実技に強いが、論文構成や発表の組み立ては弱い」

セリアの薄い青の瞳がこちらを見た。57。まだ判断を保留している。

「何が言いたいの、柊くん」

「セリアとヨハンが同じグループに入れば、得意分野が補完し合う。理論と実技の両輪が揃えば、他のグループより一段上の発表ができる。そこにマルクスが入れば、商取引の実務知識で構成の実用性もカバーできる」

ヨハンのテーブルにも視線を向けた。

「ヨハン、発表の評価を上げたいなら、セリアの学術知識は武器になる。貴族と組むのが気に食わないのはわかるが、成果を出すには使えるものは使ったほうがいい」

ヨハンの54がかすかに揺れた。腕組みを解かないまま、考えている。

「……で、残りの枠は」

「錬金術科のフレッツと、魔法科のディルク。フレッツは実験設計に強い。ディルクは魔法科の中でも発表経験が豊富だ。五人で学科が三つ混ざるから、規定もクリアする」

午前中に頭の中で組み上げた編成を、淀みなく並べていく。好感度の数値から読み取った相性を、もっともらしい理由に変換して。

数分のやり取りで、セリアが髪を耳にかけながら頷いた。

「……理に適ってるわね。試してみてもいいわ」

「悪くない案だ。少なくとも、適当にくじ引きで決めるよりはな」

ヨハンも渋々ながら同意した。

一つ目のグループが決まると、堰を切ったように他の生徒たちからも相談が飛んできた。

「柊くん、うちのグループも見てくれない?」

「蓮、こっちも人数合わなくて——」

俺は食堂を回り、一組ずつ調整していった。好感度の数値を読み、摩擦が少ない組み合わせを提案し、双方の顔を立てる。席替え仲裁の実績があるから、みんな俺の提案を素直に聞いてくれる。

食堂の空気が、対立から協調に変わっていく。笑い声が増える。数値が上がる。

完璧な調整——に見えた。


放課後。文官科の教室。

ほとんどの生徒が帰った後の教室は、窓から差し込む午後の陽だけが明るかった。俺は自分の席で、提出したグループ名簿の控えを眺めていた。

「蓮」

声がかかった。振り返ると、マルクスが鞄を肩にかけたまま教室の入り口に立っていた。

58。いつもの数値。

「何だ、マルクス。まだ帰ってなかったのか」

「ちょっと話したくてさ」

マルクスが近くの椅子を引いて座った。背もたれに腕を乗せ、少し首を傾げてこちらを見る。人懐こいが、どこか値踏みするような——商人の息子の目だ。

「蓮、お前すごいよな。昼の仲裁、全部見てたけど——誰とでもうまくやる。セリアにも、ヨハンにも、ちょうどいい言葉をちょうどいい順番で出してた」

「買いかぶりだろ」

「買いかぶりじゃないよ。現にみんな納得して帰った。揉め事ゼロだ。間違いなくお前のおかげだ」

マルクスの58は動かない。褒め言葉は本心だろう。ただ、商人の息子は本題を切り出す前にまず相手を認める。

「でもさ——」

来た。

「お前自身はどのグループに入りたかったんだ?」

窓の外で、春風が新緑の枝を揺らした。中庭から生徒たちの声がかすかに聞こえる。

「どこでも。俺はどこでもうまくやれるから」

自然に出た言葉だった。嘘ではない。好感度が見える以上、どのグループに入っても調整はできる。どこでもうまくやれる。それは事実だ。

マルクスが黙った。

三秒。五秒。

それから、少しだけ目を細めた。

「それ、答えになってないだろ」

「……何が」

「『どこでもいい』って、裏を返せば『どこにもいたくない』と同じだぞ」

マルクスの声は穏やかだった。責めているのではない。商談で相手の嘘を見抜いたときの——静かな確信の声だ。

「俺はさ、親父の手伝いで商談に何度も同席してるんだけど。取引相手が本音を隠してるとき、すぐわかるんだよ。言葉が滑らかすぎるんだ。引っかかりがない。答えてるようで何も答えてない」

マルクスが俺の目を真っ直ぐ見た。

「今のお前の返事が、まさにそれだった」

58。

俺は反射的に数値を確認した。

56。

——下がった。2ポイント。

色味は暖色のまま。嫌悪ではない。ただ、ほんの少し輝きが鈍った。

失望だ。蓮の回答が本音じゃないと見抜いた。そして「こいつは俺に本音を見せなかった」という事実が、信頼を2だけ削った。

「まあ、無理に答えろとは言わないけどさ」

マルクスが立ち上がった。鞄の紐を肩にかけ直す。

「お前が全員の調整役やってくれたのは、本当に助かった。でも——調整してる本人が一番楽しくなさそうだったのは、たぶん気のせいじゃないぜ」

軽い足音が教室を横切り、ドアが閉まった。

56。

西日に照らされた教室に、その数字だけが残った。


教室を出て、渡り廊下を歩く。

夕方の渡り廊下は、両側の中庭から吹き込む春風が心地いい場所だった。石畳のアーチに夕日が長い影を落としている。柱の間から見える中庭では、新緑が夕日を受けて鮮やかに輝いていた。

向こうから、見慣れた亜麻色の髪が歩いてきた。

リーナだ。魔法科の教科書を胸に抱えている。ハーフアップの髪が、夕風にふわりと揺れていた。

67。くすんだオレンジ。

「あ、蓮」

リーナが足を止めた。

「実習成果発表のグループ、もう決まった? 蓮のところは?」

「ああ、まだ最終調整が残ってるけど、たぶん大丈夫」

大丈夫。

口から出た瞬間、マルクスの言葉が頭をよぎった。「答えになってない」。でも他に何と言えばいい。何と言えば——

「大丈夫……」

リーナが俺の言葉を小さく繰り返した。視線が一瞬だけ遠くなり、また戻る。

「蓮って、『大丈夫』が口癖だよね」

「……そうか?」

「本当に大丈夫なときも、そうじゃないときも、同じ顔で言うの」

リーナの翡翠の目が、まっすぐこちらを見ていた。怒っているのでも、悲しんでいるのでもない。確かめようとしている。この「大丈夫」の向こう側に何があるのかを。

何か言わなければ。

何か——本当のことを。

でも、何が「本当のこと」なのか、俺自身がわからなかった。グループ編成は成功した。揉め事は回避した。全員が納得した。何が「大丈夫じゃない」のか、言葉にできない。

沈黙が落ちた。渡り廊下に夕風が吹き抜ける。リーナの髪が揺れた。俺の口は閉じたまま。

「……まあいいけど。頑張ってね」

リーナが視線を逸らした。口元にかすかな笑みが浮かんだが、その笑みは目まで届いていなかった。

すれ違う。肩と肩が触れるか触れないかの距離。

数値を見た。

66。

1、落ちた。

リーナの足音が遠ざかっていく。渡り廊下のアーチの向こうに、亜麻色の髪が夕日に溶けて消えていく。

俺は何も言えないまま、その場に立っていた。


文官科の教室に戻った。

もう誰もいない。机と椅子が整然と並ぶ教室に、俺だけが座っている。

窓の外。春の夕暮れ。中庭のベンチや芝生の上で、生徒たちがグループの顔合わせをしている。笑い声が窓ガラス越しに聞こえてくる。誰かが冗談を言い、別の誰かが肩を叩いて笑う。あちこちに小さな輪ができて、夕日に照らされた顔がオレンジ色に染まっている。

俺はその風景をガラス越しに眺めながら、今日の「成果」を振り返った。

全グループの編成を調整した。貴族派と平民派の対立を仲裁した。学科の壁を越えた協力体制を作った。食堂にいたほとんどの生徒の好感度は維持か微増。全体最適としては、申し分ない結果だ。

でも。

マルクス。58から56。

リーナ。67から66。

全員の正解を選んだはずなのに、一番近くにいた二人の数値が下がった。

マルクスは俺の「本音のなさ」を見抜いた。リーナは俺の「大丈夫」の空虚さを指摘した。二人とも、俺が何かを隠していることに気づいている。好感度可視化(フェイバー・サイト)の存在は知らなくても、俺という人間の中に空洞があることは——感じ取っている。

窓の外で、また笑い声が弾けた。グループが決まって喜んでいるのだろう。握手をしている生徒、肩を組んでいる生徒。あの輪の中に、俺はいない。

調整役は輪の中心にいるように見えて、実はどの輪にも入っていない。全員を繋ぐ役を引き受けた人間は、自分自身がどこかに繋がることを——後回しにする。

——「どこでもいい」は「どこにもいたくない」と同じ。

マルクスの言葉が、まだ耳の奥で反響していた。あいつは商人の嗅覚であの一言を放ったのだ。取引相手が本音を隠しているとき、言葉が滑らかすぎる。引っかかりがない。——俺の処世術そのものだ。

夕日が教室の床を橙色に染めていた。窓枠の影が机の上に長く伸びている。

全員にとっての正解は、誰か一人にとっての正解ではないのかもしれない。全員を満足させる最適解の中に、俺自身の居場所はない。

好感度を読みながら全員の調和を作る。それが俺のやり方だった。でも、調和を作る俺自身は——どこにも調和していない。

中庭の笑い声。春の夕暮れ。窓ガラスに、自分の顔がうっすら映っていた。

その目の上に浮かぶ数字は——当然、見えない。自分自身の好感度だけは、この能力では覗けない。

もし見えたとして。俺は自分に、何点をつけるだろう。

風が窓の隙間から入り込んで、机の上のグループ名簿の控えをぱらりとめくった。

笑い声が聞こえる。

俺の書いた最適解の上を、春の風が通り過ぎていった。

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