S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第11話: 魔王のおはよう

第2アーク · 4,714文字 · draft

◆よしこ視点

朝、五時半。

目が覚めた。

保育園におった頃と同じ時間に体が起きる。40年分の体内時計は異世界に来ても変わらへん。

ベッドから起きて、顔を洗って、ローブを着る。——相変わらず動きにくいこのローブ。エプロンが恋しいわ。

さて。

廊下に出た。

石造りの長い廊下。松明の灯りがぼんやり揺れとる。

歩く。

角を曲がると、見張りの兵士がおった。大きな角が二本生えた、ごつい魔族。こっちに気づいて、体を強張らせとる。

「おはよう(^^)」

「…………は?」

「おはよう。今日もお疲れさん」

「……ま、魔王様……? お、おはようございます……?」

ぎこちないけど、返してくれた。

「ええ天気になりそうやな。朝ごはんもうすぐやからね」

「は、はぁ……」

兵士が困惑した顔しとる。まぁそうやろな。先代の魔王は挨拶なんかせんかったらしい。

でも、挨拶は大事や。

保育園の最初の仕事は「おはよう」を言うことやった。

おはよう、って言われたら、「ここにおってええんや」って思える。それだけで一日が変わるねん。

廊下を歩く。

次の角にも兵士がおった。

「おはよう(^^)」

「お、おはようございます……!」

さっきの兵士より返事が早い。この子は三日前から返してくれるようになった。

次の通路。掃除をしとる魔族がおった。

「おはよう(^^) 掃除ありがとうな。綺麗になっとるわ」

「……え。あ、ありがとうございます……」

褒められ慣れてへんねんな、みんな。

先代の魔王は「やって当たり前」やったらしいから。

でもな。

「やって当たり前」のことをやっとる人に「ありがとう」って言うのが、一番大事やねん。

保育園でも掃除のおばちゃんに「ありがとう」って園児が言えるようになるのに、半年かかった。でも一回言えたら、あとは毎日言えるようになる。

厨房に向かう。

今日も朝ごはん作らな。パンを焼いて、スープを仕込んで——

「——あ。ヴェルちゃん」

「ヴェルザです。——おはようございます、魔王様」

ヴェルザが厨房の前に立っとった。背筋がぴしっとしとる。

「朝から立っとったん?」

「……魔王様の安全を確保するのは、四天王筆頭の務めでございます」

「ありがとうな(^^) でもそれより——」

わては、ちょっと姿勢を正した。

「ヴェルちゃん。ちょっとお願いがあるねんけど」

「ヴェルザです。——何なりと」

「侍女さん、おるやろ? 城に」

「…………侍女、でございますか」

「うん。わたくしの身の回りの世話をしてくれる子。おる?」

ヴェルザが少し考える顔をした。

「……おります。ティアと申す者が。ただ、先代魔王は侍女を必要とされませんでしたので、実質的には清掃と洗濯を——」

「その子、わたくしの担当にしてくれへん?」

「……かしこまりました。すぐに手配いたします」

「ありがとう(^^) あと、調査隊の件、掃除どこまで進んだ?」

「玄関ホールと大広間は完了いたしました。客間の整備を本日中に——」

「よし。ほなわてはごはん作るわ。掃除組にもパン焼いたるからな」

「…………魔王様。魔王が自ら兵に朝食を、というのは——」

「いまさらやん(^^)」

「…………はい」

ヴェルザが諦めた顔をした。

この顔も見慣れてきたなぁ。

厨房に入る。

ガルくんがもう来とった。

「おはようございます、よしこさん……!」

「おはよう、ガルくん(^^) 今日のスープ何にする?」

「あの……にんじんと、かぶと……」

「ええな(^^) ほなそれで行こか」

レオンくんも来た。

「……おはよう」

「おはよう、レオンくん(^^) 今日は自分から言えたな。えらいえらい」

「……べ、別に。習慣になっただけだ。褒めんな」

リーゼちゃんも来た。

無言で席につく。——と思ったら。

「……おはよう」

——あ。

この子が、自分から言った。

「おはよう、リーゼちゃん(^^)」

なんでもないように返す。大げさに褒めたら、この子は引っ込んでしまう。

でも——わて、今ちょっと泣きそうになった。40年やっとると、この瞬間がどれだけ大きいかわかるねん。

四人で朝ごはんを作る。

もう当たり前になった。

この当たり前が——ほんまにええなぁ。

……あ。関西弁がまた漏れとった。

えーっと。

「わたくしは……ご機嫌麗しゅう……本日も清々しい朝で……」

「魔王様。取り繕わなくてよろしいかと」

「……あ、バレた?(^^)」

「初日からバレております」

ヴェルザのツッコミが今日も冴えとる。


◆ティア視点

ヴェルザ様に呼ばれた。

「ティア。新しい魔王様の身の回りの世話を担当せよ」

「……え」

「聞こえなかったか」

「い、いえ……聞こえました。ただ……わ、わたしが、ですか……?」

「お前以外に侍女はおらぬ」

「は、はい……」

わたしは120年間、この城で侍女をしている。

掃除と洗濯。それがわたしの仕事。

先代魔王にお茶を出したことが、二回ある。

一回目は、お茶が冷めるまで気づかれなかった。

二回目は、「下がれ」の一言だった。それがわたしに向けられた、唯一の言葉。

名前を呼ばれたことは——一度もない。

「侍女」。それがわたしの名前だった。

120年間、毎朝廊下を拭いた。誰かが「おはよう」と言ってくれるかもしれないと思いながら。一度もなかった。

新しい魔王様は——変わっている、と聞いている。

勇者にごはんを出している、と。

兵士に「おはよう」を言う、と。

——そんなことがあるわけない。

尻尾がきゅっと縮んだ。期待すると、いつもこうなる。

魔王様の部屋の前に来た。

扉をノックする。手が震えている。

尻尾がぴーんと立ってしまう。緊張するといつもこうなる。

「はーい(^^)」

……はーい?

扉が開いた。

長身の美女。漆黒の髪。深紅の瞳。小さな角が二本。

——魔王ヴォルグラーナ様。

威圧的な外見なのに、笑顔が——

なんというか——近所のおばちゃんみたいだった。

「あんたがティアちゃん?」

「…………え」

「ヴェルちゃんから聞いたで。お世話してくれるんやろ? ありがとうなぁ(^^)」

ティア「ちゃん」。

名前を。

呼ばれた。

「あ、あの……ティア、です。は、はい……」

尻尾がパタパタ動いてしまう。やめて。今は動かないで。

「かわいい尻尾やなぁ(^^) ふわふわやん」

「ッ——! す、すみません、勝手に動いて……!」

「なんで謝るん? かわいいもんはかわいいよ(^^)」

この方は——何を言っているんだろう。

魔王が侍女の尻尾を「かわいい」と——?

「あのな、ティアちゃん」

「は、はい……」

「もうすぐ朝ごはんやねんけど——」

……あ。はい。お持ちするのですね。お部屋に。

「一緒に食べよ(^^)」

「…………え?」

「一緒に。食堂で。みんなで食べるんよ」

「で、ですが……わ、わたしは侍女で……」

「侍女も朝ごはん食べるやろ?」

「い、いえ、その……侍女は皆様のお食事の後に、厨房の残りを……」

「…………」

魔王様の表情が変わった。

笑顔のままなのに——目だけが、少し鋭くなった。

「残り物?」

「は、はい……それが通例で……」

「…………」

沈黙。

わたし、何か失礼なことを——

「ティアちゃん」

「は、はい……!」

「今日からうちの食卓で一緒に食べよな(^^) 残り物やのうて、ちゃんとしたごはん」

「で、ですが——!」

「命令やったら聞いてくれる?」

「……え」

「ほな魔王命令(^^) ティアちゃんは今日から食卓に座ること。以上」

「…………」

命令。

魔王からの、命令。

120年間で初めての「命令」が——一緒にごはんを食べなさい、だった。

「……は、はい……かしこまり、ました……」

尻尾が、もう止まらない。

パタパタパタパタ。

食堂に着いた。

大きなテーブル。椅子が並んでいる。

——人間の子どもが三人、座っていた。

「あ、新しい人だ……! は、初めまして……えへへ」

大きな男の子が、緊張した顔で笑った。

「……」

銀髪の女の子が、静かにこちらを見た。

「……誰だよ」

赤い髪の男の子が、ぶっきらぼうに言った。

「ティアちゃんや(^^) 今日から一緒にごはん食べるで」

「……また増えんの?」

「増えるんやない。家族が増えるんや(^^)」

「か、家族……!?」

赤い髪の子が変な声を出した。

魔王様がわたしの背中をそっと押した。

食卓の椅子を引いてくれた。

「ほら、座り(^^)」

「……は、はい……」

座った。

テーブルの上に——パンと、スープと、焼き魚と、卵焼き。

全部、温かい。

全部、今朝作ったもの。

残り物じゃない。

「いただきます(^^) みんなも、ほら」

「いただきます……!」

「……いただきます」

「べ、別に……いただきます」

わたしも——

「……い、いただき、ます……」

スープを一口飲んだ。

かぶと、にんじん。

温かい。

ちゃんと味がする。

「……っ」

涙が出そうになった。

やめて。泣かないで。侍女が泣くなんて。

尻尾がパタパタパタパタ止まらない。

「ティアちゃん、美味しい?(^^)」

「……お、美味しい、です……」

「よかった(^^) ガルくんのスープ、美味しいやろ?」

「ぼ、僕が作ったんです……えへへ」

大きな男の子が照れている。

この子が——勇者パーティの?

「……明日も、一緒に食べよな(^^)」

「……は、はい」

明日も。

明日も、ここに座っていいんだ。

「ティアちゃん」

「はい……」

「朝ごはんの前に、一つ教えといたるわ」

「……な、何でしょう……」

「この城ではな——朝起きたら『おはよう』って言うんよ(^^)」

「…………」

「明日、言えるかな?」

尻尾が——もうどうしようもないくらい、パタパタしている。

「……は、はい。——おはよう、ございます」

「ふふ(^^) まだ朝やから、ちょうどええな」

魔王様が笑った。

近所のおばちゃんみたいな笑顔で。

——120年間、誰にも名前を呼ばれなかった。

「一緒に食べよう」なんて、言われたことがなかった。

今日、初めて。

わたしは——名前のある人になった。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第11話、Arc2の開幕です。

「おはよう」って言葉は、たった四文字なのに「あなたがここにいることを認識しています」という意味を持っています。よしこが城中を歩いて「おはよう」を言い続ける。兵士たちが最初は困惑して、少しずつ返せるようになる。それは「見てもらえている」と感じた瞬間です。保育園で毎朝やっていたことと、何も変わらない。

ティアは120年間、名前を呼ばれなかった侍女です。「侍女」が名前だった。そんな子に「ティアちゃん」と呼びかけ、「一緒にごはん食べよ」と言う。よしこにとっては当たり前のことなんです。でもティアにとっては、120年で初めてのこと。尻尾が止まらないのは、嬉しくて嬉しくて、体が正直だから。

Arc2のテーマは「おはようを言い合える場所がある幸せ」です。日常が深まり、四天王が全員登場し、この城がもっともっと温かい場所になっていきます。

ちなみに——ティアの心の中で一瞬だけ出てきた「魔王ヴォルグラーナ」という名前。実はちゃんと設定があります。魔王の座を継ぐ瞬間、玉座の魔法陣が新しい魔王の魂を読み取って、古代魔族語の「真名」を授けるんです。代々の魔王ごとに違う名前がつく。ティアは継承記録で調べていたので、畏敬を込めてこの名前で呼びました。

よしこ本人はこの名前を知りません。教えたとしても「ヴォルグ……ヴォグラ……? あかん舌回らんわ。よしこでええよ(^^)」って言うと思います。先代魔王にも真名があったのですが——それはまた別のお話。あんまり使わない設定ですが、こういう裏設定が物語のどこかで効いてくる……かもしれません。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

次回、第12話「四天王、困惑する」。残り三人の四天王が魔王に会いに来ます。腕相撲、焼き菓子、膝の上——それぞれの「陥落」をお楽しみに。

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