S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第12話: 四天王、困惑する

第2アーク · 5,727文字 · draft

◆ドルガ視点

魔王城の玉座の間。

——こんな奴が魔王だと?

目の前に立つ女を見た。

長身。漆黒の髪。深紅の瞳。角が二本。

見た目は——まぁ、魔王の器かもしれん。魔力も、確かに桁外れだ。

だが。

「ドルガくん、遠いとこから来てくれてありがとうな(^^)」

くん。

くん付けだと。

「……テメェ」

俺は四天王第二席。250年を戦場で過ごしてきた。

先代魔王に仕え、何千の敵を屠ってきた。

なのに——「くん」だと?

「舐めてんのか」

「え? 舐めてへんよ(^^)」

「ヴェルザ。これが新しい魔王だと? ハッ、笑わせるな」

横に立つヴェルザが眉をぴくりと動かした。

「ドルガ。口を慎め。この方は——」

「魔王がこんな——勇者にメシを食わせる? 城を掃除する? 何の冗談だ」

「冗談やないで(^^) 掃除大事やもん」

「……ッ」

こいつ、本気で言っとるのか。

メルが横で微笑んでいる。ピプは——どこ行った。あいつはさっきから落ち着きがない。

「……よぉし。じゃあ確かめてやる」

俺はテーブルに肘をついた。

「腕相撲だ。魔王。お前が本物なら、俺に勝てるだろう」

「うで——腕相撲?」

「……ドルガ殿。魔王様にそのような無礼を——」

「ええよヴェルちゃん(^^)」

「ヴェルザです」

魔王が——よしことかいう女が、俺の向かいに座った。

小さい手。細い腕。こんなもん、一瞬で——

手を組んだ。

「よーい、はじめ(^^)」

力を入れた。

全力で。250年分の筋力で。

——動かない。

「……なに?」

魔王の手がびくともしない。

いや、それだけじゃない。魔王の手から——何か流れてきている。魔力だ。とんでもない量の魔力が、手を通じて流れ込んでくる。

「あれ? なんかビリビリするなぁ(^^)」

本人が気づいてない。気づいてないのにこの魔力——!?

「ぐ——!」

魔力が暴発した。

俺の体が浮いた。

テーブルごと吹っ飛んだ。

壁に激突した。

石壁にひびが入った。

「…………」

天井を見た。

「だ、大丈夫!? ドルガくん!」

魔王が駆け寄ってくる。

心配そうな顔をしている。

——今の。

あの魔力。

本人が制御してない。制御してないのに、あの出力。

先代魔王でも、ここまでの魔力は——

「怪我してへん? 頭打った? 指何本見える?」

三本。見える。

「……っ」

立ち上がった。

埃を払った。

ヴェルザが俺を見ている。「だから言っただろう」という目で。

「…………認めてやる」

「え?」

「テメェが魔王だ。——俺が、この手で確かめた」

腕が痺れている。250年で初めてだ。

「あら(^^) ありがとう、ドルガくん」

「……くん言うな」

——チッ。

なんだこの女は。腕相撲に勝っておいて、「くん」呼びで笑いやがる。

先代とは全然違う。

全然違うが——本物だ。


◆メル視点

なるほど。

面白い魔王だ。

ドルガが壁に叩きつけられるのを見ながら、わたくしは考えていた。

膨大な魔力。だが制御ができていない。つまり訓練を受けていない。天然の魔力体質——いや、それだけでは説明がつかない。

何か、ある。

この魔王には、何か裏がある。

「メルちゃん(^^)」

「…………メルで結構ですわ。それより魔王様」

「ん?」

「勇者を保護しておいでと伺いましたが——なるほど。何かお考えがおありなのですね?」

笑顔で探る。これがわたくしの常套手段だ。

相手の意図を引き出し、利用する。180年間そうやって生きてきた。

「考え? 特にないで(^^)」

「…………」

「お腹すいとる子にごはんあげてるだけやし」

「…………」

嘘を見抜く。それがわたくしの生業。

180年間、どんな相手の嘘も見抜いてきた。王の裏切り、将軍の虚勢、商人の欺瞞——全て、目を見ればわかる。

——見えない。

この方の目に、策略が一切見えない。

嘘がないのか。それとも、わたくしの読みを超えているのか。

後者なら——恐ろしい。

前者なら——もっと恐ろしい。

裏のない相手に、わたくしの武器は通じない。

困った。

本当に、困った。

「メルちゃん、おやつ食べる?(^^)」

「ちゃん呼びは——いえ。おやつ、でございますか」

「うん。さっき焼いたんよ」

魔王が小さな籠を持ってきた。

中に——焼き菓子。

バターの匂い。砂糖の甘い香り。こんがりきつね色の、丸い——

「…………」

わたくしの鼻が反応してしまった。

いけない。

「どうぞ(^^)」

「……わたくし、甘いものには興味——」

一つ手に取った。

指先でつまむ。

一口かじった。

「…………」

……さくっ。

バターが口の中でとろけた。

甘すぎない。でもちゃんと甘い。焼き加減が絶妙で、外はさくさく、中はしっとり。

「……っ」

顔に出た。

絶対に出た。180年間隠し続けてきた「お菓子に弱い」が——

「美味しい?(^^)」

「……美味しゅう、ございます」

負けた。

策略でもなんでもない。ただの焼き菓子に、180年の知略家が負けた。

「もう一つどうぞ(^^)」

「……いただきます」

二つ目に手を伸ばしながら、わたくしは考えを改めた。

この魔王を「利用」しようとしていた。

だが——利用するどころか、焼き菓子ひとつで手なずけられたのは、わたくしのほうだ。

……まぁ、よい。

この焼き菓子が供給され続ける限り、わたくしは忠実に仕えますわ。


◆ヴェルザ視点

ドルガが壁にめり込み、メルが焼き菓子で黙り込んだところで——

ふと、部屋の隅を見た。

ティアが——壁際で小さくなっている。先ほどドルガ殿の魔力が暴発した時、私は咄嗟にティアの前に出ていた。石壁の破片が飛散した。あの子は——この城で120年、影のように仕えてきた侍女だ。

ティアの尻尾が小刻みに震えていた。怯えている。

……私は、なぜ庇ったのだ。
 いや——よしこ様なら、当然そうなさるだろう。それだけのことだ。

「よしこー!!」

扉が吹っ飛んだ。

小さな影が飛び込んできた。水色の髪。蝶の羽根。130cmの体が宙を舞い、まっすぐ魔王様に突進した。

「おやつー! おやつまだー!?」

「ピプちゃん(^^) 今作ってたとこや」

「やったー!!」

ピプが魔王様の膝に飛び乗った。

当たり前のように。初対面なのに。

「……ピプ殿」

私は額を押さえた。

「魔王様に対してその口の利き方は——」

「えー? だってよしこはよしこでしょ?」

ドルガが目を丸くしている。メルが焼き菓子を持ったまま固まっている。

「ピプ。テメェ、魔王を呼び捨て——」

「だってヴェルザがそう呼んでたもん」

「私は一度もそのように——!」

「ヴェルザ心の中で呼んでるでしょ。ボク、わかるよ」

「わかりません! 断じて!」

魔王様が笑っている。

「ええやん(^^) ピプちゃんは素直でええ子やな」

「えへへー! よしこ、あったかい!」

ピプが魔王様の膝の上で丸くなった。羽根がぱたぱた動いている。

80歳の四天王が、完全に子どもの顔をしている。

——いや。当たり前ではない。

ピプは80年間、誰の膝にも乗れなかった。先代魔王は「四天王に相応しい振る舞いをせよ」と言った。ドルガは鎧が硬すぎた。メルは「しわになりますわ」と避けた。私は——そもそも膝に乗せるという発想がなかった。

この方は——膝に乗られて、笑っている。

「……ドルガ」

メルが小声でドルガに囁いた。

「……何だ」

「わたくしたち、来て15分で全員陥落しましたわね」

「……うるせぇ」

ドルガが壁の粉を払いながら目を逸らした。

——私も。

私も、最初はこうだった。

「この方は何なのだ」と思った。

魔王の威厳がない。戦略がない。政治的判断力もない。

あるのは——目の前の人間に「おはよう」と言い、「ごはん食べよ」と言い、名前で呼ぶこと。

それだけで。

それだけで——300年仕えた私が、初めて「おうち」だと思った。

ドルガもメルもピプも、同じだ。

みんな、同じところに落ちる。

この方の前では——策略も武力も知略も意味がない。

「さぁ、おやつの時間にしよか(^^)」

魔王様が立ち上がった。ピプを膝から降ろさないまま。

「レオンくーん! リーゼちゃーん! ガルくーん! おやつやでー!」

厨房の方から足音が聞こえてきた。

「……今日のおやつなんだよ」

「ビスケットと焼き菓子(^^)」

「べ、別に楽しみにしてたわけじゃ——」

レオンが入ってきた。

ドルガと目が合った。

「…………」

「…………」

赤い髪の少年と、赤黒い髪の巨漢。

二人が睨み合う。

「……誰だよ、このでかいの」

「あぁ? 小僧が俺に口を利くな」

「ガキじゃねぇ! 勇者だ!」

「ハッ、こんなチビが勇者だと?」

「チビ言うな! うるせぇ!」

「うるせぇはこっちの台詞だ!」

——似ている。

恐ろしいほど似ている。

「ふふ(^^) 仲良しやなぁ」

「「どこがだよ(だァ)!!」」

声が揃った。本人たちは気づいていない。

リーゼが静かに入ってきた。

メルの目が、リーゼに向いた。

「……あら。あなた、魔法使い?」

「……そう」

「独学?」

「……そう」

「分析魔法を使えると聞いたけれど——本当?」

「……使える」

「あら、まぁ。その歳で。——面白い子」

メルの目が輝いている。知略家の目ではなく、学者の目。

「今度、わたくしの研究室にいらっしゃい。見せたいものがありますの」

「……考えておく」

リーゼの返事は素っ気ない。だが——少しだけ、興味のある顔をしていた。

ガルドが大きなトレーを持って入ってきた。

「す、すみません、お待たせしました……! おやつのお皿を——」

ピプが膝から飛び降りて、ガルドの前に着地した。

130cmと190cm。見上げるピプ。見下ろすガルド。

「きみ、おっきいね!」

「え……あ、は、はい……」

「ボク、ピプ! 四天王! きみは?」

「が、ガルド、です……えへへ」

「ガルくん! おやつ一緒に食べよ!」

「い、いいんですか……? えへへ……!」

即座に仲良くなった。サイズ差が凄まじいが、笑顔が同じ種類だった。

テーブルにおやつが並んだ。

ビスケット、焼き菓子、蜂蜜飴。

「はい、みんな座って(^^)」

四天王四人と、勇者パーティ三人と、魔王。——そしてテーブルの端で、ティアがお茶を注いでいる。

九人。一つのテーブルを囲んでいる。

ティアの尻尾がぱたぱた揺れているのが見えた。さっきの爆発で怯えていたのに——おやつの匂いには勝てなかったらしい。

「いただきます(^^)」

ドルガがビスケットに手を伸ばした。

「……興味ねぇが。一つだけだ」

一つ食べた。

二つ目に手が伸びた。

三つ目。

「……おい、でかぶつ。取りすぎだ」

レオンが皿を引き寄せた。

「あぁ? ガキが——」

「ガキじゃねぇ! このビスケットは俺のだ!」

「テメェこそ取りすぎだろうが!」

「二人とも(^^) まだあるから喧嘩せんでええよ」

追加のビスケットが出てきた。

二人が同時に手を伸ばした。

目が合った。

また睨み合った。

メルが焼き菓子を上品に食べている。

が、四つ目に手を伸ばした時、少し頬が緩んだ。

「……メル、お前、何個目だ」

「ドルガ殿。数えないのがマナーですわ」

ピプがガルドの隣でビスケットを頬張っている。

ガルドが「ピプちゃん、ミルクもどうぞ」とカップを差し出した。

ピプが「ガルくん優しい!」と羽根をぱたぱたさせた。

——私は、それを見ていた。

四天王が全員揃うのは、先代魔王の最後の軍議以来だ。

あの時は——重苦しい空気だった。戦況報告。領地問題。犠牲の数。

今は。

ビスケットの取り合いをしている。

焼き菓子で幸せな顔をしている。

子どもみたいに笑っている。

「ヴェルちゃんも食べ(^^)」

「ヴェルザです。——いただきます」

ビスケットを一つ手に取った。

かじった。

……美味い。

いつも通り、美味い。

「ヴェルザ」

ドルガが隣に来た。小声で。

「……お前、この魔王に本気で仕えてるのか」

「無論です」

「……わかる気がする」

「でしょう」

「テメェが懐くとは思わなかったが——なるほど。こういうことか」

「……こういうこと、とは」

「腹が減ったら飯がある。座れば菓子が出る。名前で呼ばれる。——こういうのが、強さなんだな」

ドルガが——照れくさそうに目を逸らした。

250年の武闘派が、ビスケットを齧りながら。

「……ドルガ殿」

「何だ」

「あなたも——そう思われましたか」

「うるせぇ。認めたくはねぇが……認めざるを得ねぇんだよ」

——ああ。

私と同じだ。

全員が、同じところに辿り着く。

この方の前では——肩書きも年齢も種族も関係ない。

「おやつ食べる?」の一言で、全員が同じテーブルに座る。

「ヴェルちゃん(^^)」

「ヴェルザです」

「みんな揃ったな。——ええ感じやわ」

……ええ感じどころではありません、魔王様。

四天王全員と勇者パーティが同じテーブルでおやつを食べるなど、魔族の歴史上初めてのことです。

だが——悪くない。

「魔王様」

「ん?」

「……ビスケットのおかわりを、お願いいたします」

「ええよ(^^) ヴェルちゃんは何枚食べる?」

「ヴェルザです。——三枚で」

「はいはい(^^)」

魔王様が笑って立ち上がった。

ドルガとレオンがまた睨み合っている。

メルとリーゼが魔法の話をしている。

ピプがガルドの肩に乗っている。

——これが。

これが、魔王城の「おやつの時間」だ。

先代には、なかったもの。

よしこ様が作った、新しい魔王城の景色。

……悪くない。

悪く、ない。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第12話、四天王全員集合です。

ドルガ・メル・ピプ、三者三様の「陥落」を書きました。ドルガは腕相撲で(物理的に)。メルは焼き菓子で(知略が無意味)。ピプは最初から陥落済みで膝に乗りました。よしこの前では策略も武力も通じない。通じるのは「ごはん食べる?」と「おやつあるよ」だけ。

ドルガとレオンの似た者同士コンビが書いていて楽しかったです。粗暴で、でも根は義理堅くて、ビスケットの取り合いをする。声が揃って「どこがだよ!」。本人たちは似ていることに気づいていません。

メルとリーゼの「魔法使い同士」の伏線も張りました。メルが師匠になっていく展開は、もう少し先で。

ピプとガルドは、体格は真逆なのに心は一番近い。130cmと190cmが並んで座ってビスケットを食べている絵面を想像していただければ幸いです。

そしてヴェルザ。「私と同じだ」と気づく瞬間が、この話の核でした。全員が同じところに落ちる。おやつの力は偉大です。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

次回、第13話「お弁当」。ガルドが料理を本格的に学び始めます。

文字数: 5,727