S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第13話: お弁当

第2アーク · 4,747文字 · draft

◆ガルド視点

朝。

よしこさんより先に厨房に来た。

まだ誰も起きていない。窓の外がうっすら明るくなり始めたところ。

厨房は静かで、昨日の煮込み鍋がことことと小さな音を立てている。

「……よし」

深呼吸する。

今日は——お願いがある。

ずっと言いたかった。でも言えなかった。

迷惑かもしれない。忙しいのに。僕なんかが。

——でも。

スープを作れるようになった。

パンをこねられるようになった。

煮込み料理の火加減がわかるようになった。

もっと。

もっと、教えてほしい。

「おはよう、ガルくん(^^) 早いな」

よしこさんが厨房に入ってきた。

エプロンを結びながら、笑っている。

「お、おはようございます……!」

「今日のスープ、何にする?」

「あ、あの……よしこさん」

「ん?」

言え。

言うんだ、ガルド。

「僕……料理を、もっと教えてください」

「……ほぅ」

「スープだけじゃなくて……いろんなもの、作れるようになりたいんです。おかずとか、お菓子とか——その、ちゃんと、全部」

声が震えた。でも、目はそらさなかった。

よしこさんが——

にっこり笑った。

「ええよ(^^)」

「……!」

「ほなお弁当作ってみよか」

「お、お弁当……?」

「うん。お弁当ってな、いろんな料理がぎゅって詰まっとるやろ? ご飯の炊き方、おかずの作り方、彩り、詰め方——全部の基本が入っとるねん」

よしこさんが棚から木箱を出してきた。蓋のついた、四角い箱。

「これに詰めるんや。みんなの分、作ろう(^^)」

「み、みんなの……?」

「せやで。ガルくんが作ったお弁当、みんなに食べてもらお」

——みんなに。

僕の作ったお弁当を。

「……はい……!」

嬉しくて、声がひっくり返った。


よしこさんの指導は、すごい。

「まず米や。この世界の米は粘り気が少ないから、水多めにして——ガルくん、ここ見て。泡がこうなったら火ぃ弱めて」

「は、はい!」

「ほな次、卵焼きいこか。卵割って——あ、殻入ったな。大丈夫、スプーンですくったらええ。……ちゃう、指で取ったらあかん」

「す、すみません……!」

「ええよええよ(^^) 最初はみんなそうや」

卵を溶く。よしこさんが調味料を出してくれる。

「砂糖をちょっと入れるとふんわりするで。ほら、こうやって——」

よしこさんがフライパンを傾けて、卵液を薄く伸ばした。

くるくると巻いていく。きれいな黄色の層が重なる。

「わぁ……」

「あんたもやってみ(^^)」

僕がフライパンを握る。大きい手で。

卵液を流す——

ぐちゃっ。

「……あ」

破れた。

「あはは(^^) 大丈夫大丈夫。破れても巻いたらわからへん。ほら、こうやって——隠すんや」

「……えへへ。隠すんですか」

「料理はな、最後に形になってたらええねん。途中でどんだけ失敗しても、盛り付けでなんとかなる。人生と一緒や(^^)」

——人生と一緒。

よしこさんは時々、こういうことを言う。料理の話をしているのに、もっと大きなことを言っている。

三回目で、やっと巻けた。

不格好だけど、ちゃんと卵焼きの形になっている。

「上手やん! ガルくん、三回で巻けたの早いで」

「……ほ、ほんとですか……?」

「ほんまや。わて最初は五回かかったもん(^^)」

「……えへへ……」

嬉しい。

手が震えていない。

次は漬物。

よしこさんが昨日から塩で揉んで寝かせてあった野菜を出してきた。

「これ、切って盛るだけやけど——切り方で味が変わるんや。薄い方が塩が馴染む。ガルくん、ゆっくりでええから薄く切ってみ」

包丁を握る。

前は震えた手が——今は、ちゃんと動く。

トン、トン、トン。

「……ガルくん、包丁の音、ええなぁ(^^)」

「え?」

「リズムがええ。料理に向いとる証拠や」

——向いとる。

僕が。料理に。


お弁当ができた。

木箱の中に——握り飯が三つ。卵焼き。漬物。昨日の煮込みの残りを小さく詰めたもの。

不格好だ。

握り飯はちょっといびつだし、卵焼きは三回目のやつだから形が揃ってない。漬物の切り方も均一じゃない。

でも——

「ガルくん、ええお弁当やな(^^)」

「……ほんとですか?」

「ほんまや。これ食べたら、みんな元気出るで」

よしこさんが僕の頭をぽんぽんと叩いた。

——嬉しい。

嬉しくて、また泣きそうになった。

「ほな、みんなに配りに行こか(^^)」

「は、はい……!」


◆よしこ視点

ガルくんがお弁当を抱えて、中庭に出た。

わてはちょっと後ろから見とく。

レオンくんが素振りをしてる。ドルガくんが腕組みして見てる。リーゼちゃんが木陰で本を読んでる。ピプがガルくんを見つけて飛んできた。

「ガルくーん! なにそれなにそれ!」

「お、お弁当……僕が作ったんだ」

「えー! ガルくんすごーい! ボクも食べたい!」

ピプの羽根がぱたぱた動いとる。嬉しい時のサインや。

「み、みんなの分あるから……」

ガルくんが木箱を開けた。

中庭に、おかずのいい匂いが広がる。

リーゼちゃんが——鼻をひくつかせた。

「……卵焼き」

「う、うん。リーゼさん、好きかなと思って——」

「……わかった。もらう」

リーゼちゃんが本を閉じて近づいてきた。

——この子、匂いでわかるんやな。鼻ええなぁ。

レオンくんが素振りを止めて、こっちを見てる。

「……何だよ、それ」

「お、お弁当。レオンの分もあるよ」

「……べ、別に頼んでねぇけど」

そう言いながら、レオンくんは歩いてきた。

——素直やないなぁ。でも足は正直や(^^)

ドルガくんも来た。

「フン。ガキが弁当など作ったのか」

「は、はい……ドルガさんの分も——」

「いらん」

「……あ」

「……まぁ、せっかく作ったなら、食えなくはないな。一つだけもらう」

——ドルガくん、あんたほんまにレオンくんの大人版やな(^^)

ヴェルちゃんも来た。立ったままの姿勢で。

「戦士。これは何でございますか」

「お、お弁当です。ヴェルザさんも、どうぞ……」

「……恐縮でございます。では、一つ」

みんなが中庭の芝生に座った。

——ええ光景やなぁ。

勇者と四天王が並んで、お弁当食べとる。

レオンくんが握り飯にかぶりついた。

「…………」

黙って食べとる。

二つ目に手を伸ばした。

「……べ、別に……(もぐもぐ)」

うん。レオンくんは黙ってる時が一番おいしいって思っとる時や。わかりやすい子やで(^^)

リーゼちゃんが卵焼きを口に運んだ。

——あ。鼻がひくついた。この子、食べる前に匂いで分析するんやった。

「……砂糖。少量。巻きが甘い箇所がある」

「……! す、すみません、まだ上手に——」

「——美味しい」

「……え」

「初心者の卵焼き。不揃い。でも——甘い。……好き」

ガルくんの顔が真っ赤になった。

——あの子、分析が先に来るのに、最後は「好き」で終わるんやな。ええ子やほんま(^^)

ドルガくんが握り飯を一つ取った。

かぶりついた。——三秒で消えた。

「……もう一つだけだ」

二つ目。また三秒。

「……これで最後だ」

三つ目。

「……フン。まぁ、食えなくはない。おかわりはないのか」

「あ、あります! もう一つ——」

「二つだ」

——ドルガくん。あんた「一つだけ」を三回言うたで(^^)

ピプが卵焼きを頬張りながら叫んだ。

「おいしー! ガルくん天才! ボク毎日食べたい!」

「え、えへへ……」

ヴェルザが正座で黙々と食べている。

漬物を箸で丁寧に口に運ぶ。

「……この漬物。なかなかの塩梅でございます」

「ほ、本当ですか……! よしこさんが教えてくれたんです」

「やはり魔王様の仕込みでしたか」

「わたくしは教えただけや——で、あるぞ。ガルくんが全部自分で作ったのだ」

——あかん。漏れた。

「……魔王様。『教えただけや』は、完全に関西弁でございます」

「気のせいです(^^)」

「気のせいではございません」

ヴェルちゃんがため息をついた。何回目やろ、このやり取り。

「ヴェルちゃん、もう一個食べる?」

「ヴェルザです。——いただきます」

——みんなが食べとる。

ガルくんの作ったお弁当を。

ガルくんの顔を見る。

「みんなが……美味しいって……」

唇が震えとる。笑顔なのか泣き顔なのか、本人もわかってへんやろな。

「えへへ……」

——あ。この「えへへ」は、いつもの照れたやつとちゃう。泣くのを堪えとるやつや。

——ああ。

この顔や。

保育園でもそうやった。

お遊戯会の後、「上手にできたね」ってお母さんに褒められた子の顔。

運動会で一等取って、「すごいやん!」って言われた子の顔。

自分が作ったものを、誰かが「おいしい」って食べてくれる。

それが嬉しくて、泣きそうで、でも笑ってる。

——教えるのが、一番嬉しいわ。

40年間、保育園でそう思うてきた。

子どもが何かをできるようになる瞬間。

「先生見て!」って走ってくる顔。

「できた!」って叫ぶ声。

それを見るために、わては40年働いた。

そして今——

異世界で。魔王城で。

18歳の男の子が作った卵焼きを、勇者と四天王が食べとる。

場所は変わっても。

やることは、変わらへん。

「ガルくん」

「はい……?」

「あんた、ええ先生になれるで」

「……え?」

「教わるだけやなくて、いつか教える側になるんや。あんたの料理を食べた人が、『自分も作りたい』って思う。ほんで、その人がまた誰かに教える。——それが『育てる』ってことやで(^^)」

ガルくんが目を丸くした。

「僕が……教える側に……?」

「うん。もうなりかけとるで。ピプはあんたのスープの作り方、覚えよとしたやろ?」

「あ……そういえば、昨日『教えて』って……」

「な(^^) もう始まっとるんや」

ガルくんが——

ぽろっと、涙をこぼした。

「……えへへ……僕……嬉しいです……」

「泣くなって。卵焼きしょっぱくなるで(^^)」

「えへへ……」

もう言葉が出てこうへん。「えへへ」しか出てこうへん。

でもこの「えへへ」は——さっきまでの「えへへ」とは違う。今日一日分の、全部が詰まっとる。

泣きながら笑っとる。

大きい体で、子どもみたいに。

——ええ子や。ほんまに、ええ子や。

中庭で、みんながお弁当を食べ終わった。

レオンくんが小声で言った。

「……ガルド」

「うん?」

「……明日も、作れよ」

「……! う、うん!」

リーゼちゃんが立ち上がりながら——

「……次は、魚が食べたい」

「わ、わかった! 魚……魚……よしこさん、魚ってどうやって——」

「教えたるで(^^)」

ドルガくんが背中を向けながら——

「……フン。味は悪くなかった。だが、量が足りん。次は倍にしろ」

「は、はい!」

ピプがガルくんの腕にぶら下がった。

「ガルくん、ボクにも作り方教えてー!」

「え、えっと……僕でよければ……」

——な。もう教える側になっとるやろ(^^)

わてはそっと笑った。

空になった木箱を見る。

全部食べてくれた。

一つも残ってない。

——ええ弁当やったな、ガルくん。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第13話「お弁当」は、ガルドの成長の話です。

Arc1で「戦えなくてもいい」と受け入れてもらったガルドが、Arc2で「もっと教えてください」と自分から踏み出しました。受け身から能動へ。これは大きな一歩です。

よしこの「人生と一緒や」が好きです。卵焼きが途中で破れても、最後に形になっていたらいい。ガルドの人生そのものです。戦士として失敗しても、料理という形で自分を見つけた。

そしてよしこが言った「教える側になるんや」。ガルドはもう、スープの作り方をピプに教え始めている。受け取ったものを、次の誰かに渡す。それが「育てる」ということ。よしこが40年間やってきたことを、ガルドが継いでいく予感がします。

ドルガの「一つだけもらう」→「二つだ」→実は三つ食べてた、は書いていて楽しかったです。レオンの大人版は伊達じゃない。

次回、第14話「しっぽは正直」。ティアとガルドが厨房で初めて二人きりになります。しっぽは嘘をつけない。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

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