S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第15話: 雨の日のおかゆ

第2アーク · 4,641文字 · draft

◆リーゼ視点

雨の音がする。

目を開けた。天井が揺れている。

——違う。揺れているのは、私の視界だ。

体が熱い。

頭が重い。

「……っ」

起き上がろうとして、腕が震えた。

力が入らない。

窓の外を見る。灰色の空。雨が斜めに降っている。

魔王城の石壁に、雨粒がぶつかる音。

——朝だ。

朝ごはんの時間だ。

行かなきゃ。

みんな待ってる。

よしこが「リーゼちゃんおはよう(^^)」って言ってくれる。

ガルドのスープがある。レオンが無言で椅子を引いてくれる。

行かなきゃ。

体を起こす。

——視界が白くなった。

「…………」

ベッドに倒れ込んだ。

ダメだ。立てない。

額に手を当てる。

熱い。自分でもわかるくらい。

——風邪だ。

雨の日に体を冷やした。昨日、中庭で分析魔法の練習をしていて、雨に気づかなかった。

……問題ない。

寝ていれば治る。

食べなくても動ける。

前もそうだった。旅の途中で熱が出ても、一人で耐えた。

孤児院でも。

路上でも。

熱が出たら、隅っこで丸くなって、治るまで待つ。

誰にも言わない。

言っても——誰も来ないから。


コンコン。

扉を叩く音。

「リーゼちゃーん? おはよう(^^) 朝ごはんできとるで」

——よしこの声。

「…………」

返事をしなかった。

寝たふりをすれば、諦めて戻るだろう。

「リーゼちゃん?」

扉が開いた。

——鍵、かけてなかった。

「……」

「リーゼちゃん、朝ごはん来ぃひんから——」

よしこが部屋に入ってきた。

足音が近づく。

「……問題ない」

声を出した。かすれていた。

「……ちょっとだるいだけ。すぐ——」

よしこの手が、額に触れた。

「…………」

温かい手。でも私の額の方がずっと熱い。

「あかんやん、熱あるで」

——関西弁。

でも、すぐに取り繕わなかった。よしこは私の額に手を当てたまま、目を細めている。

「……体調が優れぬようだな。……うん、38度は超えとるな、これ」

取り繕った。けど混ざった。

「……問題ない。寝ていれば——」

「問題あるで(^^)」

よしこが毛布を引き上げて、私の肩までかけた。

「ここでじっとしとき。おかゆ作ってくるから」

「……食べなくても」

「あかん」

よしこの声が、少しだけ厳しくなった。

「熱がある時こそ食べるんや。体が戦っとるんやから、栄養いるで」

「…………」

「すぐ戻るから、おとなしくしときや(^^)」

よしこが出ていった。

足音が廊下に消える。

——来た。

来てくれた。

朝ごはんに来ないだけで、部屋まで。

「…………」

天井を見上げる。

雨の音が続いている。


◆よしこ視点

あかん、リーゼちゃん、顔真っ赤やった。

わては厨房に駆け込んだ。

おかゆを炊く。水多めで、とろとろになるやつ。塩は控えめ。梅干し——はないから、この世界にある酸味のある果実の漬物を添えよう。

卵を一つ溶いておく。おかゆが炊き上がったら最後に混ぜる。

「魔王様?」

ヴェルちゃんの声。

「リーゼちゃんが熱出してん。おかゆ作るわ」

「それは——大丈夫でございましょうか」

「大丈夫やけど、あの子、絶対『問題ない』って言うて無理するタイプやから(^^)」

ヴェルちゃんが少し考えて——

「……薬草を用意しましょう。解熱の効果があるものが薬庫にございます」

「ヴェルちゃん、ありがとう(^^)」

「ヴェルザです」

ヴェルちゃんが出ていった。

——ほんまは優しい子やな、あの子も。300歳やけど。

おかゆが炊き上がった。

溶き卵を回し入れる。ふわっと固まる。

器に盛る。果実の漬物を小皿に。

お盆に載せて——

あ。

レンゲ忘れた。取りに戻る。

ついでにお水も。

——よし。

リーゼちゃんの部屋に戻る。


◆リーゼ視点

扉が開いた。

おかゆの匂いがした。

——鼻でわかる。米の匂い。卵の匂い。塩。ほんのり甘い果実の酸味。

……いい匂い。

「はい、お待たせ(^^)」

よしこがお盆を持って入ってきた。

ベッドの横に椅子を引いて座り、お盆を膝に載せた。

「起きれる? 無理なら横のままでもええで」

「……起きる」

体を起こした。背中に枕を当ててもらう。

よしこの手が、また額に触れた。

「……まだ熱いな。でもさっきよりはましかも」

「……」

よしこがレンゲにおかゆをすくって、ふぅふぅと息を吹きかけた。

「はい、あーん(^^)」

「……自分で食べられる」

「ええから(^^) 熱ある時は甘えとき」

「…………」

甘える、という言葉の意味を、私はよく知らない。

レンゲが口元に来た。

口を開けた。

おかゆが舌に触れた。

「…………」

温かい。

やわらかい。

やさしい味。

体の中に、染みていく。

「……美味しい」

「よかった(^^) もう一口いこか」

ふぅふぅ。

はい、あーん。

……子ども扱いだ。

16歳の魔法使いに、「あーん」はない。

でも——

嫌じゃなかった。

「リーゼちゃん、昨日雨の中で練習しとったやろ」

「……」

「鼻利くから魔法の練習で集中してたんやろうけど、体冷やしたらあかんで」

「……ごめんなさい」

「謝らんでええ(^^) 次から気ぃつけたらええだけや」

——次から。

次がある、ということ。

また同じことをしても、怒らないということ。

旅の途中で体調を崩した時——

レオンは「遅れるぞ」と言った。

悪気はない。彼なりの心配だったのかもしれない。でも、私は「すみません」と言って歩き続けた。

孤児院では。

熱を出しても、誰も気づかなかった。

ベッドの隅で丸くなって、一人で治した。

翌朝、「起きろ」と言われて起きた。それだけ。

路上では。

体調を崩したら、それは死に近づくことだった。

弱みを見せたら奪われる。だから、隅っこで、息を殺して、治るのを待った。

——誰も来なかった。

一度も。

「……よしこ」

「ん?」

「……誰かに心配されるのは、初めて」

「…………」

「熱が出て……誰かが来てくれたのは……初めて……」

——あれ。

目が、滲んだ。

おかしい。

泣く理由がない。

おかゆを食べて、心配されて——それだけなのに。

——止めろ。

私は自分に命じた。

泣くな。泣いてどうする。泣いたところで何も変わらない。

孤児院で泣いても誰も来なかった。路上で泣いたら財布を盗まれた。

涙は、何の役にも立たないと——知っているはずだ。

「リーゼちゃん」

「…………」

「泣いてええよ(^^)」

「……泣いてない」

「泣いてるで(^^)」

「…………泣いて、ない……」

涙が、頬を伝った。

止まらない。

止めたいのに。止められない。

——止めなくていいと、言われたから。

「しんどかったな(^^)」

よしこの手が、頭に置かれた。

大きくて、温かい手。

「ずっと一人で頑張ったな。しんどかったな」

「…………」

「もう大丈夫やで。しんどい時は、しんどいって言うてええんやで」

「……言ったこと、ない」

「ほな、今日が最初やな(^^)」

「…………」

声が出ない。

涙が止まらない。

体が熱いのは熱のせいだ。

でも、胸が熱いのは——

違う。

これは——

「……し、しんどい」

「うん(^^)」

「……しんどい、です」

「うん。よう言えた(^^)」

「……しんどかった……ずっと……」

「うん。うん。知っとるで」

よしこが頭を撫でてくれた。

ゆっくり、何度も。

雨の音がする。

おかゆの湯気が立っている。

よしこの手が、温かい。

——ああ。

こういうのを、なんて言うんだったか。

……安心。

多分、これが「安心」だ。


◆よしこ視点

リーゼちゃんが泣き止んだ。

泣き疲れて、少しうとうとしている。

おかゆは——全部食べた。

泣きながら食べた。泣いて、食べて、また泣いて。

……ええ子や。

この子は、ずっと一人で耐えてきた。

熱が出ても。お腹が空いても。寂しくても。

「問題ない」って言って、全部一人で処理してきた。

16歳の女の子が。

——あかん。わても泣きそうや。

「……魔王様」

廊下から小さな声がした。

扉の隙間から覗くと——

レオンくんとガルくんが、廊下で立っとる。

入れへんのか。

レオンくんが腕を組んで壁に寄りかかっとる。目を逸らしてる。

ガルくんが両手を握りしめて、おろおろしとる。

「……リーゼ、大丈夫かよ」

レオンくんが、ぼそっと言った。

「大丈夫やで(^^) 熱はあるけど、おかゆ全部食べたから」

「……そうかよ」

「……よしこさん、僕、リーゼさんにスープ作ります。元気出るやつ……!」

「ガルくん、ありがとう(^^) ほな、お昼にお願いしてええ?」

「は、はい!」

ガルくんが厨房に走っていった。

レオンくんは——動かない。

「レオンくん、入る?」

「……い、いや。別に。ただ通りかかっただけだ」

——この廊下は行き止まりやで(^^)

でも、言わんとこ。

「リーゼちゃん今寝とるから、起きたら顔見してあげてな」

「……べ、別にそういうんじゃ——」

「うん(^^)」

レオンくんが真っ赤になって去っていった。

——ほんまに素直やないなぁ。でもちゃんと心配しとるのが、ええ子やなぁ。

部屋に戻ると、リーゼちゃんが薄く目を開けた。

「……よしこ」

「おはよう(^^) もうちょっと寝とき」

「……レオンとガルドの声がした」

「心配しとったで、二人とも(^^)」

「…………」

リーゼちゃんが——

ほんの少しだけ、笑った。

「……そう」

「ガルくんがお昼にスープ作ってくれるって。楽しみやな(^^)」

「……うん」

リーゼちゃんが目を閉じた。

コンコン。

また扉。

「失礼いたします」

ヴェルちゃんが入ってきた。

手に小さな瓶を持っとる。

「薬草の煎じ薬でございます。解熱に効果がございます」

「ヴェルちゃん、ありがとう(^^)」

「ヴェルザです。——それと」

ヴェルちゃんが、もう一つ何かを差し出した。

毛布。

——あれ。これ、さっき薬を持ってきた時は持ってへんかったよな。

つまり、薬を届けた後で、わざわざ取りに行ったってことや。東塔の備品庫まで——ここから結構歩くんやけどな。

「夜は冷えます。これを」

「ヴェルちゃん……ありがとうな(^^)」

「ヴェルザです。——では」

ヴェルちゃんが毛布をベッドの上にそっと置いた。

何か言いかけた。口が開きかけて——閉じた。

結局、何も言わずに出ていった。

——さりげないなぁ。不器用やなぁ。

リーゼちゃんの上に毛布をかけた。

薬を枕元に置いて、起きた時に飲めるように。

「リーゼちゃん」

寝ている顔に、そっと言った。

「安心して寝とき(^^) わてがおるから」

雨は、まだ降っている。

でも、この部屋は温かい。

——大丈夫。

この子はもう、一人やない。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第15話「雨の日のおかゆ」。リーゼの話です。

リーゼは16歳です。孤児院で育ち、路上を生き延び、教会に「勇者の仲間」として拾われた。体調を崩しても誰にも言わず、一人で隅っこに丸くなって治してきた。「問題ない」が口癖なのは、問題があっても誰も助けてくれなかったから。

「誰かに心配されるのは初めて」——この一言が、この話の全てです。

おかゆって不思議です。特別な料理じゃない。米と水と塩だけ。でも、熱がある時に誰かが作ってくれたおかゆは、世界で一番おいしい。それは味の問題じゃなくて、「心配してくれる人がいる」という事実の味なんだと思います。

レオンとガルドが廊下で待っているシーンが好きです。入れないんですよね、照れくさくて。でもちゃんとそこにいる。「通りかかっただけだ」——行き止まりの廊下で。よしこはちゃんと気づいてるけど、言わない。それが大人の優しさ。

ヴェルザの毛布は、何も言わずに置いていくところがいい。300歳の不器用な優しさです。

次回、第16話「子ども組と大人組」。ピプの空間魔法鬼ごっこにティアが巻き込まれます。城中を駆け回るコメディ回です。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

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