S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第16話: 子ども組と大人組

第2アーク · 5,025文字 · draft

◆ピプ視点

ひまだー。

ひまひまひまひま。

「ひまなの!」

ボクは廊下をごろごろ転がった。

マントが体に巻きついて芋虫みたいになった。

よしこはリーゼとお買い物に出かけた。

ドルガは領地の見回り。メルは薬の調合中で「入ったら溶かす」って言ってた。

つまり——遊び相手がいない。

ごろごろ。ごろごろ。

廊下の端までたどり着いた。

顔を上げる。

あ。

ガルくんだ。

中庭のベンチに座って、本を読んでる。よしこに教わった文字の練習帳だ。

おっきな体で、ちっちゃな練習帳を持って、一生懸命ひらがなを書いている。

——遊び相手、見つけた。

「ガルくーん!」

ぱっ。

空間魔法で転移した。ガルくんの目の前に着地。

「うわあっ!?」

「遊ぼう!」

「え、あ、あの、ぼ、僕、字の練習を——」

「遊ぼう!!」

「で、でも——」

ガルくんの手を掴んだ。

——掴めなかった。手がでかすぎる。指を二本だけ握った。

「鬼ごっこするの! ボクが鬼! ガルくんが逃げるの!」

「お、鬼ごっこ……? ぼ、僕、あんまり走るの得意じゃ——」

「いくよ!」

ぱっ。

転移。中庭から大広間へ。

「え——あれ!? なんでここ!?」

「空間魔法! 便利でしょ! さあ逃げて! 十数えたら追いかけるから!」

「ちょ、ちょっと待って——」

「いーち、にー、さーん——」

「わあああ!」

ガルくんが走り出した。大広間の柱の間をどすどすと駆ける。190cmの体で柱の後ろに隠れようとしている。

はみ出してる。全部はみ出してる。

「もーういいかい!」

「まーだだよ! ——って隠れてないよ僕!」

「もういいよね!」

ぱっ。

ガルくんの背後に転移。

「つーかまえた!」

「ひゃあっ!」

ガルくんが驚いて前に飛び出した。

テーブルにぶつかった。花瓶が揺れた。

「だ、大丈夫……!?」

「あはは、ガルくんおっきいのに怖がりだねー!」

「こ、怖いよ! 後ろからいきなり出てくるの怖いよ!」

「じゃあ次はガルくんが鬼ね!」

「え、ぼ、僕が? でも捕まえられないよ……ピプくん転移しちゃうから……」

「転移なし! 約束!」

「ほ、本当に?」

「ボク嘘つかないよ!」

——三秒後。

ガルくんが追いかけてきたので、廊下にぱっと転移した。

「約束!? 約束はどこ!?」

「あはは! つかまんないー!」


◆ティア視点

廊下の掃除をしていた。

石畳を雑巾で磨く。丁寧に、端から端まで。

西の廊下は人通りが少ないから、ゆっくり磨ける。

しっぽがゆらゆら揺れている。

今日はいいお天気だ。窓から光が差し込んで、磨いた石がきらきらしている。

——最近、お掃除が楽しい。

よしこ様が「ティアちゃんのおかげでピッカピカやな(^^)」って言ってくださるから。

それだけで、雑巾を持つ手に力が入る。

……しっぽがパタパタしているのは、気のせいだ。

「よーし、次はこの角を——」

ぱっ。

「——ぎゃっ」

目の前に、突然、人が現れた。

水色のぼさぼさ髪。大きなオレンジの目。小さな角。

ピプ様だ。

「あ」

「え」

「——す、すみません、お掃除中で……!」

わたしは雑巾を胸に抱えて後ずさった。

四天王様の転移先に立っていたのが悪い。わたしが悪い。

「お、お邪魔でしたら、すぐにどきます……!」

「ねえねえ、きみ、ティアだよね!」

「は、はい……ティアです……」

「鬼ごっこしてるの! 一緒にやろう!」

「え……き、鬼ごっこ、ですか……? で、でもわたしは侍女で……」

しっぽがピンと立った。

——立つな。

背後から、どすどすと足音が近づいてくる。

「ピプくーん! 待ってー!」

ガルド様が廊下の向こうから走ってきた。

大きい。すごく大きい。廊下がガルド様でいっぱいだ。

「ガルくん遅いー!」

ピプ様がわたしの腕を掴んだ。小さな手が、ぎゅっと。

「きみも逃げるの! いくよ!」

「え、え、えっ——」

ぱっ。

転移した。

廊下が消えて——屋上だ。

空が広い。風が吹いている。

「わ……」

「ほら、ガルくんここまで来れないでしょ!」

「で、でもピプ様、わたし、お掃除の途中で——」

どすどすどす。

階段を駆け上がる音。

「いた! ——はぁ、はぁ……」

ガルド様が屋上に辿り着いた。膝に手をついて息を切らしている。

「……ガルくんすごい。走って来たの?」

「だ、だって……ピプくん転移ずるいよ……」

「ずるくないもん! これはボクの足なの!」

「足じゃないよ……魔法だよ……」

ピプ様がけらけら笑った。

ガルド様がへとへとの顔で笑った。

——わたしは、二人の間に立って、雑巾を持ったまま固まっていた。

「ティア、何してるの? 逃げるんだよ!」

「え、あの——」

「鬼はガルくん! いくよ!」

ピプ様がまたわたしの手を引いた。

今度は転移じゃなく、駆け出した。屋上の端から階段を駆け下りる。

「わ、わわわ——!」

足がもつれそうになる。でも、ピプ様の手が離してくれない。

「こっち! こっち!」

階段を駆け下りて、廊下を曲がって、中庭を横切って。

しっぽが——

全力でパタパタしていた。

……止められない。

「あはは!」

ピプ様が笑う。

「わ、わあっ、ピプ様、速い……!」

「ピプでいいよ! さまとかいらないの!」

「で、でも——」

「いーから!」

中庭を駆け抜けた。噴水の横を通り過ぎて、東の廊下に入る。

後ろから「待ってー!」というガルド様の声。

息が弾む。

足が軽い。

空気がおいしい。

——楽しい。

120年生きて、走り回るなんて初めてかもしれない。


◆ヴェルザ視点

書類仕事をしていた。

四天王会議の議事録。兵站(へいたん)の報告書。領地からの税収報告。

平穏だ。魔王様がお出かけの日は、城が静かで仕事がはかどる。

——はかどっていた。

どたどたどたどた。

「…………」

廊下を、何かが走り抜ける音。

ペンを止めた。

立ち上がり、執務室の扉を開ける。

「あはははは!」

「ま、待ってー!」

「わ、わわっ——!」

——三つの影が廊下を駆け抜けていった。

水色の髪。小さな角。マントを引きずる小さな体。

——ピプ。

茶色い短髪。190cmの巨体。走ると廊下が揺れる。

——戦士。

三つ編みの緑髪。ふわふわの尻尾。雑巾を片手に。

——……侍女?

「廊下を走るな!」

私の声が廊下に響いた。

三人が一瞬止まった。

振り返った。

ぱっ。

——消えた。

「…………」

転移で逃げた。

300年、魔王軍に仕えてきた。先代魔王の時代には、血で血を洗う戦が絶えなかった。

だが——四天王が廊下で鬼ごっこをする日が来るとは思わなかった。

執務室に戻る。椅子に座る。ペンを取る。

どたどたどたどた。

「……」

今度は反対方向から走ってきた。

扉を開ける。

「廊下を——」

ぱっ。

消えた。

——声を出す前に消えた。

ペンを置いた。

深呼吸した。

「…………よろしい」

私は立ち上がった。

廊下に出る。

足音を追う——必要はなかった。笑い声が城中に響いている。

東の廊下。走り抜けていく三つの影。

「ピプ」

「あ、ヴェルザだ。ばいばーい!」

ぱっ。転移。

地下倉庫の方角から笑い声。

階段を降りる。

「三名とも。城内での——」

「あははは! ヴェルザまた来た!」

ぱっ。

……今度は厨房の方から声がした。

厨房に向かう。

扉を開けた瞬間——

「ビスケットきたー!」

ピプが空間魔法で棚からビスケットの皿を手元に転送していた。

「ガルくん、ティアも食べて!」

「わ、わあ……い、いいんですか……?」

「ティアにも角があるでしょ? ボクたち仲間だよ!」

「あ……」

侍女の尻尾が——勢いよく振れた。

「……い、いただきます」

「もぐもぐ」

「……えへへ、おいしい」

「おいしいね! もぐもぐ」

「それは夕食後のおやつであって——」

三人が振り返った。

ビスケットを咥えたまま。

「もぐもぐ」

「……聞いていない」

ピプがビスケットを一枚差し出した。

「ヴェルザも食べる?」

「食べない」

「えー」

「食べない。——それよりピプ、侍女まで巻き込んで何をしている」

「鬼ごっこ!」

「……なぜ侍女まで遊んでいる」

侍女——ティアが、びくりと肩を揺らした。

尻尾がしゅんと下がる。

「す、すみません……でも……楽しくて……」

——尻尾が、また小さくパタパタと揺れた。

言葉と尻尾が一致していない。

いや。尻尾の方が正直なのだろう。

「……戦士。お前もか」

「あ、えっと……す、すみません……。で、でもピプくんが……」

「ボクのせいにしないでよ! ガルくんだって楽しかったでしょ?」

「……えへへ」

否定しなかった。

「…………」

三人を見下ろした。

ピプ。80歳。四天王第四席。空間魔法の天才。

ガルド。18歳。勇者パーティの戦士。体が大きいだけの臆病者。

ティア。120歳。城の侍女。誰にも名前を覚えてもらえなかった下級魔族。

年齢も種族もばらばらだ。共通点など何もない。

——いや。一つだけある。

三人とも、居場所がなかった。

ピプは四天王の中で浮いていた。ガルドは勇者パーティの中で萎縮していた。ティアは先代魔王に存在すら認識されなかった。

「ヴェルザ、怒ってる?」

「怒っている」

「ごめんなさい……」

三人がしゅんとした。ティアの尻尾が完全に垂れた。ガルドの眉が限界まで下がった。ピプの羽根がぺたんと閉じた。

「…………」

——三人並んで落ち込む姿が、揃いすぎている。

「……廊下は走るな。花瓶を割ったら弁償だ。おやつは夕食の後。以上」

「はーい」

「は、はい……」

「は、はい……!」

「——それから」

三人がびくっとした。

「……遊ぶなら中庭にしろ。廊下は危険だ」

「…………」

「…………」

「…………え? 遊んでいいの?」

ピプが目を丸くした。大きなオレンジの目が、さらに大きくなった。

「中庭なら、構わん」

「ヴェルザ好きー!」

「やめろ」

ピプが足にしがみついてきた。振り払おうとして——やめた。

「……十分だけだ」

「やったー! ガルくん、ティア、行こう!」

三人が厨房を飛び出していった。ビスケットの皿を持ったまま。

中庭に向かう足音が遠ざかっていく。

静かになった厨房で、私は一人、立ち尽くしていた。

棚に目をやる。

ビスケットが一枚だけ残っていた。

「…………」

手に取った。

——一口で食べた。


十分後。

中庭に行ってみた。

「…………」

ピプが、ティアの膝の上で寝ていた。

駆け回って力尽きたのだろう。水色の髪がティアの侍女服に散らばっている。小さな羽根がゆっくり上下している。

寝息が聞こえる。

ガルドがその横に座って、同じく目を閉じていた。大きな体がベンチからはみ出している。手にはビスケットの食べかけ。

ティアは起きていた。

膝の上のピプを見下ろして——尻尾がゆっくり、ゆっくり揺れている。

「あ、ヴェルザ様……す、すみません、ピプ様が寝てしまって……動けなくて……」

ティアが申し訳なさそうに小声で言った。

しかし、尻尾は嬉しそうに揺れている。

「……構わん」

「…………」

「起こすな。そのまま寝かせておけ」

「は、はい……」

ティアが微笑んだ。小さく、おずおずと。

ピプが寝言をつぶやいた。

「……ぼく……つかまえた……えへへ……」

「…………」

——子ども組。

魔王様がこの光景を見たら、きっと「ええ子らやなぁ(^^)」と目を細めるのだろう。

私はそれを見下ろしている。

大人組の一人として。

「……悪くない」

口の中で呟いた。

誰にも聞こえない声で。

中庭に午後の光が差している。

風が吹いて、ピプの水色の髪が揺れた。

静かだ。

——さっきまでの喧騒が嘘のように。

私は壁に背を預けて、腕を組んだ。

番をしているわけではない。

ただ——ここにいるだけだ。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第16話「子ども組と大人組」。コメディ全振り回です。

前話の「雨の日のおかゆ」がしっとり回だったので、思い切りテンポを上げました。ピプの空間魔法鬼ごっこ、書いていて楽しかったです。「ぱっ」で消えて「ぱっ」で出てくる。ヴェルザの胃がキリキリする音が聞こえます。

ティアが巻き込まれるシーンが好きです。雑巾を持ったまま走り出す侍女。口では「すみません」と言いながら、しっぽは全力でパタパタ。120年生きてきて、走り回るのは初めてだったんですね。

「子ども組」の結成は、この話の裏テーマです。ピプ、ガルド、ティア——年齢も種族もばらばらだけど、三人とも「居場所がなかった」という共通点がある。ピプがティアの膝で寝たのは、よしこの膝以外にも「安心できる場所」ができた証です。

ヴェルザは大人組の代表。「廊下は走るな」と叱りながら、最後はこっそりビスケットを食べて、中庭で番をしている。番をしているわけではない、と本人は言い張るでしょうけど。

次回、第17話「勇者の剣」。レオンが剣の稽古を始めます。

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