S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第17話: 勇者の剣

第2アーク · 5,229文字 · draft

◆レオン視点

中庭。朝。

素振りをしている。

剣を振り下ろす。もう一回。もう一回。

——だめだ。

わかってる。

俺の剣は、我流だ。基礎がない。

ストリートで生き延びるために覚えた剣。型もへったくれもない。振り回して、当たればいい。それだけだった。

勇者に選ばれて、聖剣を渡された時も——誰も教えてくれなかった。

「勇者なら使えるはずだ」って。

使えるかよ。

聖剣は——ただの古い剣にしか見えない。刃こぼれだらけ。柄の革は擦り切れてる。

選定の儀の時に一瞬光っただけで、それ以来何も起きない。

でも、捨てない。

これは——俺に与えられた、唯一のものだから。

振り下ろす。

……足がふらつく。

重心がずれてる。自分でわかる。でも、直し方がわからない。

「——体幹が弱い」

声がした。

振り向くと——ヴェルザが立っていた。

魔王軍の黒い軍服。銀髪が朝日に光る。金色の目がこっちを見ている。

「勇者。貴殿の素振りは、力任せだ。足の位置が悪い。腰が回っていない。——よって、一撃の威力が半分以下に落ちている」

「……」

「見ていられぬ」

ヴェルザが腕を組んでいる。

——見ていたのか。

いつから。

「……うるせぇ。お前に関係ねぇだろ」

「確かに関係ない。勇者の剣など、私が気にかける道理はない」

ヴェルザが背を向けかけた。

「…………」

——くそ。

言え。

口が——開かねぇ。

奥歯を噛んだ。ぎり、と音がした。

拳を握った。爪が手のひらに食い込む。

リーゼが体調崩した時、何もできなかった。ベッドの横に座って、額の汗を拭くことしかできなかった。

ガルドが泣いてた時も、俺はただ——部屋の外で壁を殴ってた。

俺は「勇者」だ。

みんなを守るのが、俺の仕事だ。

なのに——守る力がない。

我流の剣じゃ、ダメなんだ。わかってる。ずっと前からわかってた。

認めたくなかった。

敵に頭を下げるなんて。

——でも。あの人たちを守れないのと、プライドが折れるのと、どっちが痛い。

「……教えてくれ」

声が出た。

小さく。でも、確かに。

ヴェルザが足を止めた。

「……今、何と」

「……剣を。基礎を、教えてくれ」

頭が下がった。

勇者が、四天王に。頭を。

「……俺は我流だ。基礎がない。わかってる。このままじゃ——守れない」

「…………」

「……頼む」

沈黙。

雀の声がする。

風が吹いて、中庭の木の葉が揺れた。

「——かしこまりました」

顔を上げると——ヴェルザが、真っ直ぐこちらを見ていた。


◆ヴェルザ視点

——何をしている、私は。

勇者に剣を教える。

それは——魔族の敵を育てるということだ。

勇者は、魔王を倒すために存在する。

聖剣は、魔族を滅ぼすために作られた武器だ。

その剣の扱いを、魔王軍四天王筆頭が教える。

——あり得ない。

先代魔王であれば。

いや、魔族の歴史において、こんなことは一度もなかった。

だが——

あの少年の目を見てしまった。

「……守れない」

あの時の声。

あれは——脅威ではなかった。

ただの、17歳の少年の声だった。

誰かを守りたくて、自分の無力に気づいて、頭を下げた。

——よしこ様なら、何と仰るだろう。

わかっている。

「教えたれ」

と仰るだろう。笑いながら。(^^)を浮かべて。

「……」

中庭に、二人。

向かい合う。

「では始める。まず構えを見せよ」

勇者——レオンが、剣を正面に構えた。

……ひどいものだ。

握りが浅い。手首の角度が悪い。肩に力が入りすぎている。

これでは、打ち合いの衝撃で剣を弾かれる。

「握りを直す。まず、柄の下三分の一を利き手で——そうだ。もう一方の手は上。力は七対三。下の手で方向を決め、上の手で力を伝える」

「……こうか?」

「違う。もっと下だ。——そこだ」

レオンの手を直接掴んで、位置を矯正した。

——触れてしまった。

勇者の手に。

硬い手だ。17歳にしては。

剣ダコがある。だが配置が悪い。我流の証拠だ。正しい持ち方をしていれば、ここにはできない。

「足は肩幅に開け。右足を半歩引く。膝を——そう、軽く曲げる。腰は低く」

「……きつい」

「当然だ。これが正しい体の使い方だ。貴殿は上半身だけで振っていた。剣は全身で振るものだ」

レオンが歯を食いしばった。

だが、言われた通りに膝を曲げた。

——素直だな。

普段は「うるせぇ」しか言わないくせに。

「振れ」

「……おっ」

ブン、と空気を切る音。

さっきまでとは——明らかに違う。

「もう一度」

ブン。

「体重が乗っている。悪くない」

「…………」

レオンが、少しだけ目を見開いた。

——褒められ慣れていないのだろう。

「繰り返せ。百回」

「百!?」

「型は反復で身につく。百でも足りないくらいだ」

「……くそ。わかったよ」

レオンが振り始めた。

一回。二回。三回——

黙々と。

歯を食いしばりながら。

私はそれを見ている。

——見ている場合か。

この少年が強くなれば。

聖剣が覚醒すれば。

魔族にとっての脅威が増す。

300年、魔族のために戦ってきた。

先代魔王に仕え、人間との戦争を生き延びてきた。

——百二十年前の大戦。聖騎士団との決戦で、副官のザイツが斬られた。聖剣の光に焼かれて、跡形もなく。

私の目の前で。

あの光は——今も瞼の裏に焼きついている。

その私が——聖剣を持つ勇者を、鍛えている。

裏切りだ。

ザイツに。同胞に。300年の死者たちに。

——だが。

レオンの剣を見た。

五十回を超えたあたりで、汗が飛び散り始めた。

息が荒い。足が震えている。

でも止めない。

「……六十一……六十二……」

数えている。声に出して。

字を覚えたばかりの少年が、数字を。

「六十三……」

——この少年は。

弱い。

弱いが——努力を知っている。

ストリートで生き延び、我流で剣を覚え、仲間を率いて魔王城まで来た。

その少年が、「守れない」と言った。

誰を守りたいのか——聞くまでもない。

リーゼを。ガルドを。

そして恐らく——

よしこ様を。

「七十八……七十九……」

レオンが剣を振る。

繰り返すたびに、少しずつ——型が身についていく。

才能がある。

紛れもなく。

基礎がないだけで、体の使い方のセンスは本物だ。正しく教えれば——化ける。

「……九十七……九十八……」

そして。

「九十九——百ッ!」

最後の一振り。

レオンが聖剣を振り下ろした瞬間——

光った。

刃が、淡く。

一瞬だけ。

白い光が、刃こぼれだらけの聖剣の表面を走った。

「……!」

私は息を呑んだ。

レオンは——気づいていない。

汗だくで膝に手をつき、荒い息をしている。

「……今、剣が光りましたが」

「……はぁ……はぁ……知るかよ……」

「いえ。確かに光りました。聖剣が——」

「気のせいだろ……百回やったんだ……目がチカチカしてんだよ……」

——気のせいではない。

あれは聖なる光だ。

300年生きてきた魔族の私が見間違えるはずがない。

聖剣は覚醒の途上にある。

つまり——この少年に、その「条件」が揃い始めている。

聖剣覚醒の条件。

先代魔王の書庫で読んだ。一度だけ。忘れたことはない。

「守りたい人ができた時」。

——ザイツを焼いた光と、同じ光だ。

あの時の聖剣は完全に覚醒していた。あの勇者にも、守りたい人がいたのだろう。

この少年にも——もう、いるのか。

リーゼを。ガルドを。

そして恐らく——よしこ様を。

私が守るべき主を、勇者が守ろうとしている。

——それは脅威か。それとも。

私は何を育てているのだ。

魔王を守る勇者か。

魔王を倒す勇者か。

……わからない。

だが、わからないまま——

「もう百回やるぞ」

「はぁ!? マジかよ!」

「型は身体に刻め。考えるな。繰り返せ」

「……くそっ……わかったよ……!」

——もう少しだけ、教えてやることにした。


稽古が終わった。

レオンが地面に大の字に寝転がっている。

二百回の素振り。17歳の体にはきつかっただろう。

私も隣に——

いや、座った。地面に座るのは品位に欠けるが、立っているのも不自然だった。

「……よ」

声がした。

「二人ともお疲れさん(^^) ほら、食べ」

よしこ様が——

握り飯を持ってきた。

大きな竹の皮に包まれた、丸い握り飯。たくさん。

塩と、中に具が入っている。匂いで——肉味噌だとわかる。

「……いつからいらしたのですか」

「五十回目くらいから(^^) すごいやん、二人とも」

——見られていたのか。

勇者に剣を教えているところを。

「ヴェルちゃん、ありがとうな(^^) レオンくんに付き合ってくれて」

「ヴェルザです。——私は、ただ……見るに堪えなかっただけです」

「うんうん(^^) 優しいなぁ、ヴェルちゃんは」

「……優しさではございません」

——優しさなのかもしれない。

わからない。

レオンが起き上がって、握り飯を手に取った。

一口、かぶりついた。

「…………」

二口目。三口目。

「……うまい」

小声で言った。

よしこ様には聞こえないくらいの——

「ん(^^)?」

「何でもねぇ!」

「ふふ(^^) はいはい」

よしこ様が笑っている。

——聞こえている。絶対に聞こえている。

私も握り飯を手に取った。

一口。

塩の加減が、ちょうどいい。肉味噌が、稽古後の体に染みる。

「……美味でございます」

「よかった(^^) いっぱいあるで。ガルくんが肉味噌作ってくれたんや」

「ガルドが」

「うん。上手になったでぇ(^^)」

——勇者パーティの戦士が作った肉味噌を、四天王筆頭が美味いと食べている。

異様だ。

勇者と四天王が並んで握り飯を食べている。

中庭で。汗だくで。

300年——こんな光景は、一度もなかった。

先代魔王の時代。

食事は黙って摂るものだった。

味など関係なかった。栄養を補給する行為に過ぎなかった。

だが——今。

隣で勇者が握り飯を頬張っている。

向かいでよしこ様が笑っている。

握り飯の中の肉味噌は、18歳の戦士が作ったものだ。

「……不思議なものでございます」

「ん? 何が(^^)?」

「……いえ。何でもございません」

不快ではない。

それだけは——確かだ。

リーゼとガルドが中庭に来た。

リーゼの顔色はもう良くなっている。ガルドが「リーゼさん、無理しないで……」と付き添っている。

「リーゼちゃん、もう大丈夫なん?」

「……問題ない。握り飯、食べていい?」

「どうぞどうぞ(^^)」

リーゼが、レオンの隣に座った。

「……レオン。汗だく」

「……稽古した」

「……そう。頑張ったんだ」

「……別に」

リーゼが小さく笑った。

レオンが目をそらした。

ガルドがにこにこしながら握り飯を食べている。

「よしこさん、肉味噌の味、大丈夫でしたか……?」

「ばっちりやで(^^) ヴェルちゃんも美味いって言うてたで」

「ヴェルザです」

「ヴェ、ヴェルザさんが……! えへへ……」

足音がした。小さな、遠慮がちな足音。

ティアが——水の入った瓶を持ってきた。

「あ、あの……稽古の後は、喉が渇くかと思いまして……」

尻尾がもじもじ揺れている。

「おう……サンキュ」

レオンが何気なく言った。ティアの手から水を受け取りながら。

ティアが——固まった。

「…………」

尻尾が、ぴたりと止まった。

それから——ぱたぱたぱたぱた。

勇者に——お礼を言われた。

120年間、誰にも言われなかった「ありがとう」を。

「ど、どうも……し、失礼します……!」

ティアが小走りで去っていった。水瓶を置き忘れて。

「……何だあいつ。変な奴」

——変ではない。

あの子にとって、今のは——大きなことだったのだろう。

——六人で、握り飯を食べている。

雨上がりの中庭。

水たまりが光っている。

空はまだ曇っているが、雲の切れ間から薄日が差し始めた。

私は——

握り飯のもう一つに手を伸ばした。

「ヴェルちゃん、おかわり?(^^)」

「ヴェルザです。——はい。もう一つ、いただきます」

不快ではない。

むしろ——

この時間を、守りたいと思っている自分がいる。

勇者を鍛えたことが裏切りなのか。

それとも——

この食卓を守ることが、忠誠なのか。

答えは、まだ出ない。

だが——握り飯は、美味かった。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第17話「勇者の剣」。レオンとヴェルザの話です。

二百回の素振り。レオンは文句を言いながら全部やりました。この子は根性だけはある。そして百回目の最後の一振りで、聖剣が光った。レオン本人は気づいていません。でもヴェルザは見た。

聖剣覚醒の条件は「守りたい人ができた時」。レオンの中に、もうその気持ちがある。リーゼを、ガルドを、そしてよしこを——守りたいと思っている。本人は絶対に認めないでしょうけど。

ヴェルザの葛藤が好きです。勇者に剣を教えることは、魔族への裏切りかもしれない。でも、よしこなら「教えたれ」と言う。そしてヴェルザは教えてしまう。300年の忠誠と、今この場所にある温かさの間で揺れている。

最後のヴェルザの独白——「この食卓を守ることが、忠誠なのか」。まだ答えは出ない。でも握り飯は美味い。それだけが確かなこと。この物語は、答えが出ない問いを食卓の上に置いたまま進んでいきます。

次回、第18話「策士と令嬢」。メルがリーゼに魔法を教え始めます。そしてティアの120年の空白に、策士が初めて計算なしで怒ります。

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