◆よしこ視点
朝の厨房。
わてはご機嫌やった。
「ふんふ〜ん(^^)」
鍋の中で、蜂蜜がとろとろ煮詰まっていく。
ここに、ちょっとだけ塩を入れる。甘いだけやと飽きるからな。
火を止めて、木の型に流し込む。
蜂蜜飴。
前の世界でいう飴ちゃんや。
大阪のおばちゃんにとって、飴ちゃんは装備品みたいなもんや。カバンの中に常備。会った人に配る。子どもにも、おじいちゃんおばあちゃんにも、スーパーのレジのお姉さんにも。
保育園でもそうやった。
泣いてる子がおったら、まず飴ちゃん。落ち着いてからお話。
飴ちゃんは魔法やないけど、魔法みたいなもんや。
「さてと」
型から外す。
小さな、琥珀色の飴が、ずらっと並んどる。
ええ感じ。
「……ちょっと作りすぎたかな」
数えたら、200個あった。
——ま、ええか(^^)
保育園でも余ったら配ったし。
ここにも、配ったらええやん。
わてはエプロンのポケットに飴を詰め込んだ。
魔王のローブのポケットにも。
ティアちゃんにもらったカゴにも。
「飴ちゃんあげよか(^^)」
わては城の廊下に出た。
最初に出会ったんは、見回り中の魔族の兵士やった。
鎧を着た、がっしりした男。角が二本。赤い肌。
わてを見た瞬間、直立不動になった。
「ま、魔王様!」
「おはよう(^^)」
「お、おはようございます!」
「はい、これ」
飴を一つ、手のひらに乗せた。
「……え」
兵士が固まった。
「飴ちゃん。蜂蜜で作ったんよ(^^)」
「あ、飴……? ま、魔王様が……飴を……?」
「甘くて美味しいで。はい」
「は、はぁ……」
兵士が恐る恐る飴を受け取った。
わてを見て、飴を見て、またわてを見て。
「……食べてええんか——あ、いえ、よろしいのでしょうか……」
「ええよええよ(^^) 食べて食べて」
兵士が飴を口に入れた。
「…………」
目が、丸くなった。
「……美味い」
「やろ?(^^)」
「あ、ありがとうございます……!」
兵士が深々と頭を下げた。
——顔、赤いな。照れとるんか。
ええぞええぞ。
甘いもんは正義や(^^)
次は、廊下の角を曲がったところで、獣耳族の兵士に出会った。
犬みたいな耳。ふさふさの尻尾。ティアちゃんと同じ種族かな。
「は、はい……?」
「飴ちゃんあげよか(^^)」
「あ、飴……」
手に乗せた。
獣耳の兵士が、飴を見つめた。
鼻をひくひくさせた。匂いを嗅いどるんか。
尻尾が——
パタパタ。
「…………」
本人は気づいてへんけど、尻尾が高速で振れとる。
「……い、いただきます!」
飴を持って、ぱたぱたと走り去った。
——あの子、仲間に配りに行ったな。
わかるで。保育園でもそうやった。飴もらった子は、必ず友達に見せに行く。
門番の前を通った。
鱗族の魔族。でっかい。全身が青い鱗で覆われとる。
槍を持って、微動だにせず立っとる。
「飴ちゃん、どう?(^^)」
「……我は」
低い声。
鱗族って無口なんやな。
「我は……甘味が、苦手だ」
「そうなん? これ、ちょっと塩入れてるから、そんなに甘くないで」
「…………」
沈黙。
槍を持つ手が、ぴくっと動いた。
「……一つだけ」
「はいどうぞ(^^)」
大きな手が、小さな飴を一つだけ、つまみ上げた。
口に入れた。
「…………」
「…………」
「……二つ目を、もらえるか」
「ええよ(^^) 何個でも」
鱗の顔に表情は出にくいけど——目が、ちょっとだけ柔らかくなった気がした。
城の中を歩き回った。
すれ違う魔族、全員に配った。
廊下の掃除をしとった侍女に。
武器を磨いとった兵士に。
書類を運んどった文官に。
厨房で鍋を洗っとった料理番に。
反応はみんな違った。
泣きそうになった文官がおった。「先代の時代には菓子など……」って呟いとった。
無言で三回おかわりに来た料理番がおった。
飴を懐に入れて「家族に持って帰ってもいいですか」って聞いてきた兵士がおった。ええよ、もちろんええよ。
保育園とおんなじや。
飴一つで、全員が違う反応をする。でも——最後に甘いもんを口に入れた瞬間、みんなおんなじ顔になるねん。
ちょっとだけ、力が抜けた顔。
甘くて、温かくて、ちょっとだけ幸せな顔。
魔族も人間も、おんなじやな(^^)
ドルガくんの部下に会ったんは、訓練場の近くやった。
筋肉もりもりの魔族が三人、汗だくで素振りをしとった。
「あんたら、頑張っとるなぁ。はい飴ちゃん(^^)」
「は、はい! ありがとうございます!」
飴を受け取って、三人で顔を見合わせとる。
「……これ、ドルガ様にも持ってったほうがええんちゃう——あ、いえ、よろしいでしょうか」
「もちろん(^^) はい、ドルガくんの分もあげるわ」
飴を多めに渡した。
三人が走っていった。
——ドルガくんのとこに持ってくんやろな。
あの甘党さん、喜ぶやろな(^^)
◆魔族兵士A視点
訓練場の隅で、俺は飴を舐めていた。
甘い。
蜂蜜の味がする。ちょっとだけ塩が入ってて、それが蜂蜜の甘さを引き立てとる。
——魔王様が、くれた。
直接、手渡しで。
先代魔王の時代には考えられんかった。
先代は——俺たち下っ端の顔なんか見なかった。命令が降りてきて、それに従うだけ。名前も知らん。向こうも俺らの名前なんか知らん。
でもあの魔王は——
「おはよう(^^)」
——って、笑って、飴をくれた。
「……美味いな、これ」
「うん」
隣で、鎧磨き担当のゾルが頷いた。
「なぁ、お前もらった?」
「もらった。廊下でいきなり」
「俺も。門番のグラットも二つもらったって」
「二つかよ。俺は一つだぞ」
「門番は暇だからな。二つ目おかわりしたらしい」
「ずるい」
——何の話をしてるんだ、俺たちは。
魔王軍の兵士が、飴の個数で張り合ってる。
でも——
「……なぁ」
「ん?」
「……最近、城の空気、変わったよな」
「……うん」
変わった。
「おはよう」が聞こえるようになった。
厨房からいい匂いがするようになった。
訓練の後に、おやつが出るようになった。
そして今日は——飴だ。
「……なぁ、ゾル」
「ん?」
「……魔王様、お前の名前、知っとったか」
「……知ってた」
ゾルが飴を舌の上で転がした。
「飴渡す時——『ゾルくん、飴ちゃんどう?(^^)』って。名前呼んで、笑っとった」
「…………」
「俺もだ。『あんた、昨日も頑張っとったなぁ』って。いつの間に見てたんだ」
先代魔王は——俺たちの名前なんか知らなかった。顔を見たことすらなかったかもしれない。
でもあの魔王は、一般兵の名前を——覚えてる。
「……いい城だな、ここ」
「……うん」
隣のゾルも、飴を舐めながら黙って頷いた。
◆よしこ視点
さて。
一般兵には配り終わった。
次は幹部や。
「あら、魔王様。何やら素敵な匂いがいたしますわ」
メルが、にっこり笑いながら近づいてきた。
「飴作ったんよ。はいどうぞ(^^)」
「飴でございますか。わたくし、甘いものには特に興味は——」
飴を一つ、手のひらに乗せた。
「…………」
メルの目が、飴に吸い寄せられとる。
「——あっ」
口に入れた。
「…………」
「…………」
メルの表情が、一瞬だけ——無防備になった。
「……美味しゅう……ございます」
小声やった。
策士の顔が完全に消えて、ただのお菓子好きの女の人になっとる。
「おかわりある?(^^)」
「い、いえ、わたくしは別に……もう一つだけ、いただきますわ」
二つ目を受け取るメルの手が、ちょっと早かった。
「よしこーーーー!」
空から降ってきた。
ピプが羽根をばたばたさせながら、わての周りをぐるぐる回っとる。
「飴ーーー! 飴くれるってーーー! もらったーーー! もっとーーー!」
「ピプ、落ち着き(^^)」
「もっともっともっとーーー!」
ピプがわてのカゴに頭を突っ込んだ。
飴を三つ掴んで、口に全部入れた。
「ほっぺた膨らんどるで(^^)」
「ふぁんふぁいへいひー!(なんでもないー!)」
「よう喋れるな、それで」
ピプの羽根がぱたぱたぱたぱた全開で動いとる。
嬉しい時の合図や。
「もっとーーー!」
「あかん、一人三個までや(^^)」
「えーーーー!」
「みんなの分がなくなるやろ」
「えーーー……じゃあ、あとで!」
「あとでな(^^)」
ピプが飛んでいった。
——あの子、絶対あとで10回は「あとで」って言いに来るな。
「……ティアちゃん」
「は、はい!」
ティアちゃんが、飴配りを手伝ってくれとった。
小さなカゴに飴を入れて、わてについてきてくれとる。
尻尾がパタパタしとる。本人は気づいてへん。
「ティアちゃんも食べてな(^^)」
「え……わ、わたしも、ですか……?」
「当たり前やん。手伝ってくれたんやもん」
飴を一つ、ティアちゃんの手に乗せた。
「…………」
ティアちゃんが飴を口に入れた。
尻尾が——
パタパタパタパタパタ。
最高速度や。
「……お、美味しい、です……」
「でしょ(^^)」
ティアちゃんが嬉しそうに笑った。
尻尾で全部バレとるけど、ええんよ。
200個の飴が、全部なくなった。
夕方。
城の空気が、朝と変わっとった。
廊下ですれ違う兵士が、「ああ、魔王様」って頭を下げる——その顔が、前よりちょっと柔らかい。
訓練場から笑い声が聞こえた。飴の話をしとるんやろな。
門番のあの鱗族が、次の門番に「飴をもらった」って報告しとった。業務連絡みたいに。
——ええなぁ。
飴一つで、世界は変わらへん。
でも、飴一つで、一人の顔はちょっとだけ変わる。
それが200人分集まったら——城の空気は、変わるんや。
保育園でもそうやった。
最初は泣いてた子が、飴もらって泣き止んで、次の日から「おはよう」って言えるようになって。
そういう小さいことの積み重ねが、全部や。
「魔王様」
夕方、ヴェルちゃんがやってきた。
「ん? どしたん(^^)」
「恐れながら、ご報告がございます」
「なになに」
「本日、魔王軍の士気が——」
ヴェルちゃんが言葉を探しとる。
「上がった?(^^)」
「……はい」
「よかったやん(^^)」
「……飴で」
ヴェルちゃんが深い溜息をついた。
「300年の軍史において、飴で士気が向上した記録はございません」
「ほな、初めてやな(^^) 歴史に残るで」
「残していいものか判断に苦しみます」
「ヴェルちゃんも食べる?(^^) 一個だけ残してあるで」
「ヴェルザです。——いただきます」
ヴェルちゃんが飴を受け取った。
飴を見つめとる。小さな琥珀色の粒を。
——300年、戦場で生きてきた四天王筆頭が、蜂蜜飴を手のひらに乗せて眺めとる。
口に入れた。
「…………」
ヴェルちゃんの目が——一瞬だけ、閉じた。
ほんの一瞬。でも、わてにはわかった。
「…………」
「……魔王様」
「ん?」
「……美味しゅうございます」
声が、少しだけ——柔らかかった。いつもの軍人口調の角が、蜂蜜で溶けたみたいに。
「せやろ(^^)」
「……まったく。この城は——」
ヴェルちゃんがまた溜息をついた。
でも——その溜息は、いつもよりちょっとだけ柔らかかった。
「明日も作ろかな(^^)」
「……ご勝手に」
「ヴェルちゃんの分も作るからな(^^)」
「ヴェルザです。——……ありがとうございます」
最後の一言が、すごい小声やった。
聞こえたけど、聞こえんふりしとこ。
——さて。明日は何味にしようかな。
レモン味もええかもしれん。
この城には、まだまだ甘いもんが足りてへんからな(^^)
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
前話のシリアスから一転、コメディ全開回です。よしこ、飴を200個作って城中に配る。大阪のおばちゃんの行動力、おそるべし。
書いていて楽しかったのは、魔族一人ひとりのリアクションです。困惑→恐る恐る→「美味い」→照れる。全員同じパターンなのに、全員違う。鱗族の門番が「二つ目をもらえるか」って聞くところが個人的に好きです。甘いもの苦手って言ったやん。
魔族兵士Aの視点を入れたのは、「城の空気が変わる」を一般兵の目で描きたかったからです。先代魔王は名前も顔も知らない存在だった。でもよしこは「おはよう(^^)」って笑って飴をくれる。それだけで——兵士たちにとっては、革命なんです。
飴で革命。300年の軍史初。ヴェルザが頭を抱えるのも無理はない。
次回、第21話「廊下の二人」。深夜の廊下で、レオンとドルガがこっそり字の勉強をしています。見つけたのは——ティア。三人の秘密の勉強会が始まります。
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