◆ヴェルザ視点
朝の謁見の間。
メル殿が報告を終えたところだった。
「調査隊が荒野を越えました。このまま進軍すれば、あと三日で魔王城に到達いたします」
メル殿の声は、いつものように穏やかだった。だが——その目に、わずかな緊張が走っている。
荒野を越えた。
つまり、引き返す気はないということだ。
私は一歩前に出た。
「魔王様」
「ん?(^^)」
この方は——相変わらずだ。
報告を聞きながら、お茶を飲んでいる。蜂蜜飴を一つ口に含みながら。
「迎撃の準備を。聖騎士団の精鋭が十名、護衛を含め二十名体制です。決して油断できる相手ではありません」
「迎撃?」
「はい。城門での防衛線を構築し、ドルガ殿の部隊を前衛に——」
「なんで?」
「……は?」
「なんで迎撃するん? お客さんやで(^^)」
——来た。
この方は、またこれだ。
「魔王様。調査隊は敵でございます。我らの城に武装して押し寄せる者たちです」
「でも、お客さんはお客さんやで(^^)」
「…………」
溜息が出た。本日一回目。
「遠くから来てくれはるんやろ? 荒野越えて、何日もかけて。大変やったやろなぁ」
「それは——大変でしょうが——」
「ほな、ちゃんとおもてなしせな失礼やん(^^)」
魔王様の目が——キラリと光った。
「宴会、しよ!(^^)」
「…………宴会」
「お客さん来るんやから、ごちそう作って、部屋も綺麗にして——ああ、ヴェルちゃん」
「——ヴェルザです」
「大食堂、使えるかな? 人数多いと、いつもの食堂じゃ狭いやろ」
「大食堂は——先代魔王の時代に使われていた広間ですが……」
「ほな、そこ掃除しよ!(^^) みんなで!」
私は——三百年で何度目かの、深い溜息をついた。
「……かしこまりました」
だが——
油断は、しない。
◆よしこ視点
昨日の夜は泣いた。
ティアちゃんが毛布を持ってきてくれた。
——でも朝が来た。ほな、「おはよう」言わな。
魔王城が動き出した。
宴会準備や(^^)
「ガルくん!」
「は、はい!」
「お客さん二十人分のごはん、作れるかな? 大量に作らなあかんから、メニュー一緒に考えよ(^^)」
「に、二十人……! え、えっと……シチューなら大きい鍋で……あと、パンは朝から仕込めば……」
「それや!(^^) パンとシチュー。それに焼き肉も出そ。遠くから来た人にはがっつり食べてもらわな」
「は、はい! がんばります!」
ガルくんの目が輝いとる。この子、人数が多い料理にも怯まんようになったなぁ。
「ティアちゃん!」
「は、はい……!」
「大食堂の掃除、お願いできる? 長いこと使うてへんから、ほこりすごいと思うんやけど」
「お任せください……! わ、わたし、掃除は得意です……!」
ティアちゃんの尻尾がピーンと立った。やる気満々や。
「ピプ!」
「なーにー?」
「飾り付け、頼んでもええかな? ピプの空間魔法で、大食堂を華やかにしてほしいんやけど」
「飾り付け!? やるやる! ボク、すっごいの作るよ!」
ピプの羽根がぱたぱた動いとる。嬉しそうやな。
「あんまり派手にしすぎんようにな(^^)」
「えー。ボクのセンスは完璧だよ!」
「……ピプ殿。先日、空間魔法で食堂に花火を上げた件、忘れてはおりませんぞ」
ヴェルちゃんがピプを睨んどる。花火の件——そうやった。天井に穴開いたんやったな。
「あ、あれはちょっとした事故で……」
「ほどほどにな(^^)」
「……はーい」
「ドルガくん」
廊下で、ドルガくんに声をかけた。
巨漢が振り返る。
赤黒い髪。巨大な角。傷だらけの顔。
——見た目は完全に魔族の猛将やけど。
「宴会だと? 魔王城で?」
「せやで(^^) ドルガくんは力持ちやから、大食堂のテーブルとか椅子とか、運んでくれへん?」
「…………俺は四天王第二席だぞ。テーブルを運ぶ仕事が——」
「お願い(^^)」
「…………フン。食い物はあるんだろうな」
「もちろん(^^) ガルくんが腕によりをかけて作るで」
「……あのでかぶつか。まぁ、あいつの飯は悪くない」
ドルガくんが腕を組んだ。巨大な腕が軋んどる。
「……テーブルくれぇ運んでやらぁ。ただし——」
「ん?」
「ビスケットも出せ」
「もちろんやで(^^)」
ドルガくんが鼻を鳴らして歩いていった。
——ほんま、素直やないなぁ、この人も。レオンくんの大人バージョンやな(^^)
「あら。宴会の準備でございますか」
メルちゃんが微笑んどる。
いつもの慇懃な笑顔。目だけは笑ってへん——いや。今日は、少しだけ目も笑っとるか?
「メルちゃん、お客さんの情報もっと教えて(^^) 好き嫌いとか、人数の内訳とか」
「好き嫌い……でございますか。敵の好き嫌いをお聞きになるのですか」
「お客さんやから(^^) アレルギーとかあったら困るやろ」
「…………」
メルちゃんが一瞬固まった。
それから——小さく笑った。
いつもの策士の笑顔やなくて——ほんまの笑顔が、一瞬だけ。
「あら、まあ。面白い方でございますわ」
「面白い?」
「敵を歓迎し、アレルギーを心配する魔王など——前代未聞でございますわ」
「敵ちゃうで。お客さんやで(^^)」
「……ふふ。かしこまりました。調べておきましょう」
メルちゃんが優雅に一礼して去っていった。
——ええ子やなぁ。ほんまは優しい子なんや、あの子も。
◆レオン視点
城中が動いている。
ガルドが厨房で鍋と格闘してる。ティアが箒を持って大食堂に向かっていく。ピプが空間魔法で色とりどりの光の球を作っては消している。ドルガが巨大なテーブルを片手で持ち上げて運んでいく。
宴会の準備。
お客さんを迎える準備。
——お客さん。
聖騎士。
教会の人間。
俺たちを「勇者パーティ」として連れ戻しに来る奴ら。
「…………」
廊下の壁に背を預けた。
右手を見た。指先にインクの跡がある。昨夜、字の練習をしていた跡。「お」と「う」を何度も書いた。まだ「おうち」って書けない。字が足りない。気持ちも——まだ、足りない。
でも昨日より、少しだけ書けるようになった。
——三日後。
あと三日で、あいつらが来る。
聖騎士——教会の最強戦力。
俺みたいなガキとは違う。本物の戦闘者。本物の「正義の味方」。
あいつらが来たら——
俺は「勇者レオン」に戻される。字の練習帳は捨てられる。あと三日で、今並べてるこの皿の前に、俺を連れ戻しに来る奴らが座る。
リーゼは「魔法使い」に戻される。ようやく「美味しい」って言えるようになったのに。
ガルドは「戦士」に戻される。あいつは料理がしたいんだ。戦いたくなんかないんだ。
ここでの日々は——全部、終わる。
——答えは、もうわかってる。
あの人が言った。「帰りたくないなら、帰らんでええ」って。
でも——勇者が魔王城に残って、それで世界はどうなるんだ。
「……俺は、どうすればいい」
誰にともなく呟いた。
「レオンくん」
——よしこの声。
見ると、よしこが大量の食器を抱えて立っていた。
「あんたはあんたのしたいようにしたらええ(^^)」
「…………」
「帰りたかったら帰ったらええ。おりたかったらおったらええ」
「……それだけかよ」
「それだけや(^^) でもまず——」
よしこが食器の山をこっちに差し出した。
「——お皿並べるの手伝って」
「……は?」
「大食堂に運ぶんやけど、わて一人やと重いねん(^^) レオンくん、力あるやろ」
「…………」
——こういう時に、こういうことを言う。
深い話をしてくれるのかと思ったら、皿を運べって。
「……はいはい」
食器を受け取った。重い。二十人分の皿は、結構ある。
「あと、フォークとナイフもあるんやけど——」
「わかったよ。全部運ぶ」
「えらいえらい(^^)」
「……褒めんな」
大食堂に向かって歩き出した。
よしこが後ろからついてくる。鼻歌を歌いながら。
——くそ。
あの人は、いつもこうだ。
大きな問題を、小さな行動に変えてくれる。
「どうすればいい」じゃなくて、「まず皿を運べ」。
考えるのは後でいい。
今は、手を動かせ。
——保育園って、そういう場所なのかもしれない。
泣いてる子に「泣くな」じゃなくて、「一緒にお絵描きしよ」って言うような。
大食堂の扉を開けた。
「——おお」
広い。
めちゃくちゃ広い。
天井が高くて、壁に古い燭台が並んでいて——でも全部埃まみれだったのが、今はティアがぴかぴかに磨いている。
ピプが空間魔法で天井近くに淡い光の飾りをつけている。花みたいな形の光が、ゆらゆら揺れている。
ドルガが巨大なテーブルを部屋の中央にどんと置いた。
「ここに置けばいいのか」
「あ、あの、ドルガ様……! もう少し右に……窓からの光が当たる位置がいいかと……」
——ティアの声だ。
ティアが箒を持ったまま、ドルガにテーブルの位置を指示している。尻尾がぴーんと張っている。緊張してるくせに、はっきり言えてる。
「……フン」
ドルガが片手でテーブルをずらした。
「そ、そこです……! ありがとうございます……!」
「うるせぇ。礼はいらん」
ピプが天井からふわりと降りてきた。
「ピプ様、あの……飾りの光、もう少し入り口側に集めたほうが、お客様が入った時に華やかかと……」
「おー! ティアあたまいい! ボクやるー!」
ピプが空間魔法で光の飾りをぱっと移動させた。ティアが「は、はい、そこです……!」と尻尾をぱたぱたさせながら微笑んでいる。
——あいつ、仕切ってるのか?
120年間、ずっと言われたことしかやらなかったはずの侍女が。ドルガに家具の配置を頼んで、ピプに飾りの相談をしている。
——なんだ、この光景。
魔族が。四天王が。宴会の準備をしている。
敵を迎えるために。
——いや。
「お客さん」を迎えるために。
「レオン、お皿こっちに置いて」
リーゼの声。
見ると、リーゼがテーブルにクロスを敷いていた。白い布。しわ一つない。
「……お前も手伝ってるのか」
「……暇だったから」
「嘘つけ。さっきまで魔法書読んでただろ」
「…………」
リーゼが目を逸らした。
「……宴会の準備は、初めてだから。少し、興味があった」
「…………そうかよ」
皿を並べた。
ガルドが運んできたスープの鍋の横に、パンの山が置かれていく。
ティアがナプキンを折っている。丁寧に、一枚一枚。
全員が——何かしている。
全員が、役割を持って動いている。
「…………」
俺にも——役割がある。
皿を並べる。フォークとナイフを置く。コップを配る。
小さなことだ。
でも——やることがある。
◆よしこ視点
大食堂が、見違えるようになった。
ティアちゃんが磨いた床はぴかぴかや。
ピプの空間魔法で、天井に淡い光の花が咲いとる。きれいやなぁ。
ドルガくんが運んだ巨大なテーブルに、リーゼちゃんが白いクロスを敷いた。
レオンくんが皿を並べて、ガルくんのパンが山盛り。
食堂の端では、ヴェルちゃんが壁際に立っとる。
「ヴェルちゃん」
「ヴェルザです」
「どう? ええ感じちゃう?(^^)」
「…………」
ヴェルちゃんが大食堂を見回した。
「……率直に申し上げます」
「ん?」
「先代魔王の時代、この大食堂は戦勝祝いにのみ使用されていました。三百年間で——宴会の準備をしたのは、これが初めてです」
「そうなん(^^)」
「しかも——敵を歓迎する宴会など、前代未聞です」
「お客さんやで(^^)」
「……はい」
ヴェルちゃんが小さく——笑った。
「お客さん、でございますね」
「せやで(^^)」
ヴェルちゃんが姿勢を正した。
「——魔王様。念のため、万が一の戦闘に備え、城の防衛は整えてございます」
「ん?」
「お客様が暴れた場合に備えて——でございます」
「……ヴェルちゃん、心配性やなぁ(^^)」
「用心深い、と言っていただきたい」
「ふふ(^^)」
ヴェルちゃんは、ちゃんとやっとる。
わてが「お客さん」って言う間に、この人はちゃんと「万が一」を考えてくれとる。
頼りになるなぁ、ほんまに。
夕方。
大食堂の準備が、ほぼ終わった。
テーブルの上に、ガルくんが試作した料理が並んどる。パン、シチュー、焼き肉。
明日からは本番の仕込みに入る。三日後の宴会に向けて。
みんなが大食堂に集まっとる。
ヴェルちゃんが壁際。
ドルガくんが腕を組んで立っとる。
メルちゃんが優雅に椅子に座っとる。
ピプがテーブルの上に座っとる(行儀悪いけど、今日は許す)。
ティアちゃんが箒を持ったまま、隅っこにおる。
レオンくんが壁に寄りかかっとる。
リーゼちゃんが静かに椅子に座っとる。
ガルくんがエプロン姿で立っとる。
——全員おる。
わては、みんなの顔を見た。
この子らが——ここまでやってくれた。
掃除して、料理して、飾り付けて、テーブル運んで、皿並べて。
全員が、自分から動いた。
誰に命令されたわけでもなく。
——ええなぁ。
「——さ」
わては声を上げた。
「お客さん来たら——」
みんなが、こっちを見た。
「『いらっしゃい』やで(^^)」
沈黙。
「…………」
ヴェルちゃんが溜息をついた。
でも——口元は笑っとる。
「……かしこまりました、魔王様」
ドルガくんが鼻を鳴らした。
「フン。客が暴れやがったら、俺がぶっ飛ばす」
「暴れへんて(^^)」
メルちゃんが扇子で口元を隠した。
「あら。歓迎の宴会とは、なかなか策略家でございますわね」
「策略ちゃうで(^^)」
ピプが手を挙げた。
「ボク、花火やっていい? お客さん来た時にドーン! って!」
「天井壊すからあかん(^^)」
「えー!」
ティアちゃんが箒を胸に抱えた。
「わ、わたし……お客様のお部屋も準備いたします……!」
「頼りにしてるで、ティアちゃん(^^)」
尻尾パタパタ。
ガルくんが拳を握った。
「僕……二十人分、ちゃんと作ります!」
「任せたで(^^)」
「えへへ……!」
リーゼちゃんが——小さく頷いた。
「……私も、手伝う」
「ありがとな、リーゼちゃん(^^)」
レオンくんは——壁に寄りかかったまま、何も言わなかった。
でも——
さっき、皿を全部並べてくれた。
フォークも。ナイフも。コップも。
黙って、全部。
「レオンくん」
「……なんだよ」
「明日も手伝ってな(^^)」
「…………」
長い沈黙。
「……はいはい」
ため息。
でも——嫌な顔じゃない。
「…………」
わては——みんなの顔を見た。
四天王四人。勇者三人。侍女一人。そして、わて。
全員が——ここにおる。
三日後、お客さんが来る。
聖騎士が来る。
教会の人間が来る。
何が起こるかわからへん。
でも——
この子らがおるなら、大丈夫や。
大丈夫。
「——ほな、今日はよう頑張ったし、試食会しよ(^^) ガルくんのシチュー、味見したいわ」
「え! ま、まだ試作なんですけど……!」
「ええやん(^^) みんなで食べよ」
「ボクも食べるー!」
「俺の分はあるのか」
「あら、わたくしもいただきますわ」
「……食べる」
「…………」
「レオンくん?(^^)」
「……食う」
「ふふ(^^)」
大食堂に、笑い声が響いた。
三日後。
ここに、お客さんが来る。
わてらは——「いらっしゃい」って、言うんや。
ヴェルちゃんが「いらっしゃいませ」と言うやろ。完璧な礼をして。
ドルガくんは腕を組んだまま「フン」って鼻を鳴らすやろ。でも、おるだけでええ。
メルちゃんは扇子の陰で微笑むやろ。
ピプは「いらっしゃーい!」って叫ぶやろ。
ティアちゃんは——緊張して尻尾ピーンってなるやろ。でも今日、ドルガくんにテーブルの配置をお願いできた子や。ピプに飾りの相談もできた子や。ガルくんに「お茶菓子も出しましょうか」って自分から提案しとった子や。
ガルくんは料理を持って「ど、どうぞ」って言うやろ。
リーゼちゃんは静かに頷くやろ。
レオンくんは——何も言わへんやろな。でも、そこにおる。皿を並べた手で。
全員で、迎えるんや。
それだけで、ええ。
まずは、それだけで(^^)
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第24話「お客さんが来る」。Arc2「魔王城のおやつの時間」の最終話です。
Arc1の第10話「ここが、おうち」でよしこが言いました。「ほなここがおうちやな」。あれから14話。このおうちに、お客さんが来ます。
この話で見せたかったのは、「全員が自分から動く」ということでした。
ガルドは料理を引き受けた。Arc1では泣いていた子が、二十人分の料理を「がんばります」と言えるようになった。ティアは掃除だけでなく、ドルガにテーブルの配置を指示し、ピプに飾りの相談をし、ガルドと厨房で連携した。120年間「言われたことだけ」だった侍女が、自分から動いている。ピプは飾り付けを任された。ドルガはテーブルを運んだ(ティアに指示されながら)。メルは情報を整えた(微笑みながら)。リーゼは手伝うと言った。レオンは——黙って、皿を全部並べた。
誰も命令されていません。よしこが「宴会しよ」と言っただけで、全員が自分の得意なことを見つけて動いた。それがこの14話分の成長です。
そしてレオン。「俺はどうすればいい」と聞いた時、よしこは「好きにしたらええ」とだけ言って、皿を渡しました。考えるのは後でいい。今は手を動かせ。——これが保育士のやり方です。
ヴェルザは宴会の裏で、きちんと防衛の準備もしています。この人がいるから、よしこは安心して「お客さんやで(^^)」と言えるのです。
さて。全14話のArc2が終わりました。
Arc3「魔王と勇者の遠足」が始まります。調査隊がやってきます。聖騎士たちが魔王城の門を叩きます。そこで彼らが見るのは——大食堂に並ぶご馳走と、「いらっしゃい(^^)」と微笑む魔王。
よしこは初めて、城の外の世界と向き合います。そして「勇者使い捨てシステム」の実態を知った時——この人は、初めて怒ります。
楽しみにしていてください。
Arc2「魔王城のおやつの時間」、お付き合いいただきありがとうございました。
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