◆よしこ視点
あの子らの顔を見たらわかる。
朝ごはんの時、レオンくんとリーゼちゃんとガルくんが——いつもと違った。
何かを話し合った後の顔や。お互いの目を見る時の空気が変わっとる。
泣いた子と、泣くのを堪えた子と、黙って考え込んだ子の顔。
40年保育士やってたら、わかるねん。
何を話したかは聞かへん。聞かんでええ。あの子らが自分たちで向き合ったなら、それが一番大事なことや。
——でもな。
わても、考えなあかん。
「ヴェルちゃん」
「——ヴェルザです」
食後の謁見の間。窓の外に、荒野の陽炎が揺れとる。夏ももう終わりやなぁ。ヴェルちゃんがいつものように壁際に立っとる。
「ちょっと相談があるんやけど(^^)」
「……はい。何でございましょう」
「王都に行こうと思うねん(^^)」
「…………は?」
ヴェルちゃんが——固まった。
三百年生きた四天王筆頭が、口を半開きにしとる。珍しいなぁ。
「ま、魔王様。今、なんと」
「王都に行こうと思うねん(^^) あの子らのこと、直接話した方が早いやろ」
「魔王自ら人間の王都に——!? そ、それは——恐れながら、正気の沙汰とは——」
「遠足みたいなもんやん(^^)」
「遠足……」
ヴェルちゃんの目が点になっとる。この人のこういう顔、初めて見るかもしれへん。
「遠足でございますか」
「せやで(^^) みんなで行って、お弁当持って、王都の人に挨拶して——」
「魔王が王都にお弁当を持って挨拶に——」
「あかん?(^^)」
「…………」
ヴェルちゃんが目を閉じた。
長い沈黙。
三百年の人生で、こんな提案を受けたことはないやろうなぁ。
「……魔王様」
「ん?(^^)」
「理由を、お聞かせ願えますか」
わては——少しだけ、真面目な顔をした。
「あの子らが帰りたくないって言うとる。でも帰らなあかん理由がある。——ほな、帰らんでもええ理由を、わてが作ったらええやろ」
「……」
「勇者を使い捨てにしとる仕組みがあるんやったら、それをちゃんと知って、ちゃんと話さなあかん。手紙や伝言じゃ伝わらへん。直接会って、顔見て話す。——保育園でもそうやったで(^^) 保護者面談は対面が一番」
「……保護者面談」
「せやで(^^)」
ヴェルちゃんが——深い、深い溜息をついた。
本日一回目。でも——口元が、ほんの少し緩んどる。
「……かしこまりました。ただし、条件がございます」
「なんや?(^^)」
「私が護衛として同行いたします。それと——メル殿に事前の情報収集を。ピプ殿には移動手段の確保を」
「もちろん(^^) みんなで行こ!」
「…………全員で行くのですか」
「遠足やもん(^^)」
「……保育園ですか、ここは」
「ふふ(^^)」
すぐに動いた。
メルちゃんを呼んだ。
「あら、まあ。王都への遠足でございますか」
メルちゃんが扇子で口元を隠した。目が——いつもより輝いとる。この子、こういう話が好きなんやな。
「メルちゃん、王都の情報を集めてほしいんやけど(^^) 教会の人がどんな人で、王様がどんな人で——」
「お任せくださいませ。わたくしの諜報網をフル稼働いたしますわ」
メルちゃんが優雅にお辞儀した。
扇子の陰で、何かを書き込んどる。暗号かな? すごいなぁ、この子。
「ピプ!」
「なーにー?」
天井からぴょこんと顔が出た。ピプが空間魔法で天井に張り付いとる。
「王都まで行きたいんやけど、ピプの空間魔法で行けるかな?(^^)」
「えっ! 遠足!? 遠足行くの!?」
「せやで(^^)」
「やったー! ボク転移門作れるよ! 王都の座標がわかれば一発!」
「カインくんに座標聞いてな(^^)」
「カインくんて……あの堅い人? わかった、聞いてくるー!」
ピプがぴゅーんと飛んでいった。羽根がぱたぱたしとる。
「……ピプ殿に座標を正確に伝えなければ、とんでもない場所に転移する可能性がございます」
「大丈夫やって(^^) ピプは天才やから」
「天才ゆえに暴走するのでございます……」
ヴェルちゃんの溜息、本日二回目。
ドルガくんに荷物持ちを頼んだ。
「王都だぁ? 人間どもの街に行くのか」
「遠足やで(^^) お弁当持って行くから、ドルガくんに荷物お願いしたいんやけど」
「……弁当の量は」
「たくさん(^^)」
「…………フン。まぁ、俺の腕なら樽でも担げるがな」
「頼りにしてるで(^^)」
「……ビスケットも入れとけ」
「もちろん(^^)」
ドルガくんが鼻を鳴らして去っていった。あの人、ほんまビスケット好きやなぁ。認めへんけど。
カインくんにも話した。
「……魔王自ら、王都へ?」
「せやで(^^) 案内してくれへん? 道わからへんし」
「…………」
カインくんが額に手を当てとる。報告書ギャグの顔や。
「……副長殿。報告書に何と書けば……」
後ろで部下の一人がぼそっと呟いとる。
「……黙れ。私にもわからん」
「カインくん、お弁当あるで(^^) 道中で食べよ」
「……了解しました。ただし、王都での安全は私が保証します。——保証できるかどうか、正直わかりませんが」
「大丈夫やって(^^)」
「……大丈夫でない可能性の方が高いのですが」
「なんとかなるで(^^)」
「……この方の『なんとかなる』は、文字通りなんとかしてしまうからな……」
カインくんが独り言を呟いとる。聞こえとるで(^^)
◆よしこ視点
さて、お弁当や。
台所。
ガルくんがエプロンをきゅっと結んで待っとる。
「よしこさん、何を作りますか!」
「大人数やからなぁ。おにぎりを山ほど作ろ(^^) あと卵焼きに、唐揚げに、漬け物と——」
「あ、あの、僕、ウインナーのタコさんも作れます!」
「おお! ええやん(^^) ガルくん、腕上げたなぁ」
「えへへ……」
二人で台所に立つ。
お米を研ぐ。大量のお米。遠足用やから、全員分。
「何人分やろ……わて、ヴェルちゃん、レオンくん、リーゼちゃん、ガルくん、ドルガくん、メルちゃん、ピプ、カインくん——九人か」
「カインさんの部下の人たちは?」
「あ、そうやな。部下さんも何人か一緒かもしれへん。多めに作ろ(^^)」
「は、はい! じゃあ二十人分くらい……」
「足りるかなぁ。ドルガくんだけで五人分くらい食べそうやで(^^)」
「じゃ、じゃあ三十人分……!」
「ふふ(^^) ほな、張り切って作ろか!」
おにぎりを握る。
三角の、でっかいやつ。具は梅干し、焼き鮭、昆布。
ガルくんが隣で卵焼きを焼いとる。きれいなきつね色。この子の卵焼き、ほんまに上手になったなぁ。
「ガルくん」
「は、はい?」
「遠足、楽しみやな(^^)」
「……はい。……すごく、楽しみです」
ガルくんが笑った。
でも——目の奥に、少しだけ不安がある。
あの子らで何を話したか、わてにはわからへん。でも、このくらいの不安は読める。
「大丈夫やで(^^)」
「え?」
「なんでもない(^^) ほら、卵焼き焦げるで」
「わっ!」
ガルくんが慌ててフライパンに向き直った。
——大丈夫や。
わてが、なんとかする。
あの子らを送り出した人間に、ちゃんと話をしに行く。
保育士として。
……ちゃう。おばちゃんとして(^^)
◆ヴェルザ視点
夕刻。
謁見の間の机に——紙が置かれていた。
「…………」
手に取った。
大きな紙に、手書きの文字。丸っこい字。色鉛筆で色がついている。——どこから色鉛筆を手に入れたのだ、この方は。
「えんそくのしおり」
——表紙に、そう書いてあった。
ひらがなで。大きな字で。花の絵が描いてある。下手な花。でも一生懸命描いたのがわかる。
中を開いた。
「日にち: あした」
「行き先: おうと(王都)」
「もちもの: おべんとう、おちゃ、おやつ(ひとり300えんまで)」
——300えん。
何の通貨だ。
「……300えん」
声に出してしまった。
「やくそくごと:
1. はぐれたらばしょにとまる
2. しらないひとについていかない
3. ともだちとなかよくする
4. おべんとうはのこさずたべる」
「…………」
4番目がこの方らしい。
「メンバー:
よしこせんせい(いんそつ)
ヴェルちゃん(ふくいんそつ)
レオンくん
リーゼちゃん
ガルくん
ドルガくん(にもつもち)
メルちゃん(ちょうさたんとう)
ピプ(てんいもんたんとう)
カインくん(あんないやく)」
全員に役割がある。
「ヴェルちゃん(ふくいんそつ)」——副引率。
「…………副引率」
三百年間、四天王筆頭として戦場を駆けてきた。
先代魔王の元で、幾度となく人間の軍勢と戦った。
百を超える戦で指揮を執り、魔族の誇りを守ってきた。
今、私は——「ふくいんそつ」である。
「…………」
紙を丁寧に折り畳んだ。
——保育園ですか。ここは。
しかし——
口元が、緩む。
どうしても、緩んでしまう。
この方は本気だ。本気で「遠足」のつもりだ。
魔王が人間の王都に乗り込む——それを、保育園の遠足として計画している。
おべんとうを持って。おやつは300えんまでにして。はぐれたら場所に止まって。
——笑ってはいけない。
これは、戦なのだ。魔王が人間の王都に赴くのだ。一歩間違えば全面戦争になる。
だが——
不思議と、不安は少なかった。
この方が行くのだ。
お弁当を作って、遠足のしおりを手書きで作って、「みんなで行こ(^^)」と笑うこの方が。
負ける気がしない。
戦ではない。だから——負けるも何もない。
話をしに行くのだ。「保護者面談」に。
「……ヴェルザ様」
ティアの声が聞こえた。振り返る。
ティアが——まっすぐこちらを見ていた。いつものおどおどした目ではない。
「……わたし、お留守番をさせてください」
「留守番?」
「はい。……誰かが、城を守らないと。それに——」
ティアの尻尾が、ゆっくりと揺れた。
「みなさんが帰ってきた時に……『おかえりなさい』って、言いたいんです」
「…………」
——この子も、変わった。
120年間、「言われたことだけ」をする侍女だったこの子が。
自分から志願している。「おかえりなさい」を言うために。
「……わかった。城は任せる」
「はい……!」
尻尾がぴーんと立った。
「ヴェルザ様、お気をつけて。よしこ様を……みなさんを、よろしくお願いします」
「——言われずとも」
ティアが深くお辞儀をして、廊下に消えていった。
私は——もう一度、遠足のしおりを開いた。
「おやつ(ひとり300えんまで)」
ドルガ殿にこれを見せたら、何と言うだろうか。
ピプ殿は「300えんって何!?」と騒ぐだろう。
メル殿は「あら、まあ」と扇子の陰で笑うだろう。
レオン殿は「くだらねぇ」と言いながら読むだろう。
リーゼ殿は黙って隅から隅まで目を通すだろう。
ガルド殿は——泣くかもしれない。
そしてカイン殿は、また「報告書に何と書けば」と頭を抱えるだろう。
「…………」
——明日。
遠足だ。
魔王ヴォルグラーナが、勇者パーティと四天王を引き連れて、人間の王都に向かう。
お弁当とおやつを持って。手書きのしおりを持って。
歴史上、前例がない。
前例がないことは——この方の得意分野だ。
「……かしこまりました、魔王様」
誰もいない謁見の間で、私は頭を下げた。
「副引率、務めさせていただきます」
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第28話「遠足のしおり」。
よしこが動きました。「ほな、直接話しに行こか(^^)」。
27話で三人が本音を言い合った。よしこはそれを直接聞いていません。でも、雰囲気で察しています。40年の保育士経験は伊達じゃない。子どもたちの顔を見れば、何があったかくらいわかるのです。
そして考えた答えが「保護者面談に行く」。魔王が勇者を連れて王都に乗り込む——それを「遠足」と呼ぶあたりが、この人です。
遠足のしおりを手書きで作りました。ひらがなで。「おやつはひとり300えんまで」。ヴェルザが「保育園ですか」と呟きますが、笑っています。三百年の四天王筆頭が「副引率」を引き受けた。それが今の魔王城です。
ティアが留守番を志願しました。「おかえりなさいって言いたいんです」。この子は城を守るのではなく、「帰る場所」を守るのです。
よしことガルドが一緒にお弁当を作るシーンが好きです。三十人分のおにぎり。卵焼き。唐揚げ。ガルドはもう、料理で迷いません。「僕にできること」を知っている子は強い。
さあ、遠足の準備が整いました。次回から、魔王城の外の世界です。
よしこは初めて「勇者使い捨てシステム」の実態と向き合います。そして——この人が初めて「怒る」日が来ます。
楽しみにしていてください。
ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)