S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第28話: 遠足のしおり

第3アーク · 5,006文字 · draft

◆よしこ視点

あの子らの顔を見たらわかる。

朝ごはんの時、レオンくんとリーゼちゃんとガルくんが——いつもと違った。

何かを話し合った後の顔や。お互いの目を見る時の空気が変わっとる。

泣いた子と、泣くのを堪えた子と、黙って考え込んだ子の顔。

40年保育士やってたら、わかるねん。

何を話したかは聞かへん。聞かんでええ。あの子らが自分たちで向き合ったなら、それが一番大事なことや。

——でもな。

わても、考えなあかん。

「ヴェルちゃん」

「——ヴェルザです」

食後の謁見の間。窓の外に、荒野の陽炎(かげろう)が揺れとる。夏ももう終わりやなぁ。ヴェルちゃんがいつものように壁際に立っとる。

「ちょっと相談があるんやけど(^^)」

「……はい。何でございましょう」

「王都に行こうと思うねん(^^)」

「…………は?」

ヴェルちゃんが——固まった。

三百年生きた四天王筆頭が、口を半開きにしとる。珍しいなぁ。

「ま、魔王様。今、なんと」

「王都に行こうと思うねん(^^) あの子らのこと、直接話した方が早いやろ」

「魔王自ら人間の王都に——!? そ、それは——恐れながら、正気の沙汰とは——」

「遠足みたいなもんやん(^^)」

「遠足……」

ヴェルちゃんの目が点になっとる。この人のこういう顔、初めて見るかもしれへん。

「遠足でございますか」

「せやで(^^) みんなで行って、お弁当持って、王都の人に挨拶して——」

「魔王が王都にお弁当を持って挨拶に——」

「あかん?(^^)」

「…………」

ヴェルちゃんが目を閉じた。

長い沈黙。

三百年の人生で、こんな提案を受けたことはないやろうなぁ。

「……魔王様」

「ん?(^^)」

「理由を、お聞かせ願えますか」

わては——少しだけ、真面目な顔をした。

「あの子らが帰りたくないって言うとる。でも帰らなあかん理由がある。——ほな、帰らんでもええ理由を、わてが作ったらええやろ」

「……」

「勇者を使い捨てにしとる仕組みがあるんやったら、それをちゃんと知って、ちゃんと話さなあかん。手紙や伝言じゃ伝わらへん。直接会って、顔見て話す。——保育園でもそうやったで(^^) 保護者面談は対面が一番」

「……保護者面談」

「せやで(^^)」

ヴェルちゃんが——深い、深い溜息をついた。

本日一回目。でも——口元が、ほんの少し緩んどる。

「……かしこまりました。ただし、条件がございます」

「なんや?(^^)」

「私が護衛として同行いたします。それと——メル殿に事前の情報収集を。ピプ殿には移動手段の確保を」

「もちろん(^^) みんなで行こ!」

「…………全員で行くのですか」

「遠足やもん(^^)」

「……保育園ですか、ここは」

「ふふ(^^)」


すぐに動いた。

メルちゃんを呼んだ。

「あら、まあ。王都への遠足でございますか」

メルちゃんが扇子で口元を隠した。目が——いつもより輝いとる。この子、こういう話が好きなんやな。

「メルちゃん、王都の情報を集めてほしいんやけど(^^) 教会の人がどんな人で、王様がどんな人で——」

「お任せくださいませ。わたくしの諜報網をフル稼働いたしますわ」

メルちゃんが優雅にお辞儀した。

扇子の陰で、何かを書き込んどる。暗号かな? すごいなぁ、この子。

「ピプ!」

「なーにー?」

天井からぴょこんと顔が出た。ピプが空間魔法で天井に張り付いとる。

「王都まで行きたいんやけど、ピプの空間魔法で行けるかな?(^^)」

「えっ! 遠足!? 遠足行くの!?」

「せやで(^^)」

「やったー! ボク転移門作れるよ! 王都の座標がわかれば一発!」

「カインくんに座標聞いてな(^^)」

「カインくんて……あの堅い人? わかった、聞いてくるー!」

ピプがぴゅーんと飛んでいった。羽根がぱたぱたしとる。

「……ピプ殿に座標を正確に伝えなければ、とんでもない場所に転移する可能性がございます」

「大丈夫やって(^^) ピプは天才やから」

「天才ゆえに暴走するのでございます……」

ヴェルちゃんの溜息、本日二回目。


ドルガくんに荷物持ちを頼んだ。

「王都だぁ? 人間どもの街に行くのか」

「遠足やで(^^) お弁当持って行くから、ドルガくんに荷物お願いしたいんやけど」

「……弁当の量は」

「たくさん(^^)」

「…………フン。まぁ、俺の腕なら樽でも担げるがな」

「頼りにしてるで(^^)」

「……ビスケットも入れとけ」

「もちろん(^^)」

ドルガくんが鼻を鳴らして去っていった。あの人、ほんまビスケット好きやなぁ。認めへんけど。


カインくんにも話した。

「……魔王自ら、王都へ?」

「せやで(^^) 案内してくれへん? 道わからへんし」

「…………」

カインくんが額に手を当てとる。報告書ギャグの顔や。

「……副長殿。報告書に何と書けば……」

後ろで部下の一人がぼそっと呟いとる。

「……黙れ。私にもわからん」

「カインくん、お弁当あるで(^^) 道中で食べよ」

「……了解しました。ただし、王都での安全は私が保証します。——保証できるかどうか、正直わかりませんが」

「大丈夫やって(^^)」

「……大丈夫でない可能性の方が高いのですが」

「なんとかなるで(^^)」

「……この方の『なんとかなる』は、文字通りなんとかしてしまうからな……」

カインくんが独り言を呟いとる。聞こえとるで(^^)


◆よしこ視点

さて、お弁当や。

台所。

ガルくんがエプロンをきゅっと結んで待っとる。

「よしこさん、何を作りますか!」

「大人数やからなぁ。おにぎりを山ほど作ろ(^^) あと卵焼きに、唐揚げに、漬け物と——」

「あ、あの、僕、ウインナーのタコさんも作れます!」

「おお! ええやん(^^) ガルくん、腕上げたなぁ」

「えへへ……」

二人で台所に立つ。

お米を研ぐ。大量のお米。遠足用やから、全員分。

「何人分やろ……わて、ヴェルちゃん、レオンくん、リーゼちゃん、ガルくん、ドルガくん、メルちゃん、ピプ、カインくん——九人か」

「カインさんの部下の人たちは?」

「あ、そうやな。部下さんも何人か一緒かもしれへん。多めに作ろ(^^)」

「は、はい! じゃあ二十人分くらい……」

「足りるかなぁ。ドルガくんだけで五人分くらい食べそうやで(^^)」

「じゃ、じゃあ三十人分……!」

「ふふ(^^) ほな、張り切って作ろか!」

おにぎりを握る。

三角の、でっかいやつ。具は梅干し、焼き鮭、昆布。

ガルくんが隣で卵焼きを焼いとる。きれいなきつね色。この子の卵焼き、ほんまに上手になったなぁ。

「ガルくん」

「は、はい?」

「遠足、楽しみやな(^^)」

「……はい。……すごく、楽しみです」

ガルくんが笑った。

でも——目の奥に、少しだけ不安がある。

あの子らで何を話したか、わてにはわからへん。でも、このくらいの不安は読める。

「大丈夫やで(^^)」

「え?」

「なんでもない(^^) ほら、卵焼き焦げるで」

「わっ!」

ガルくんが慌ててフライパンに向き直った。

——大丈夫や。

わてが、なんとかする。

あの子らを送り出した人間に、ちゃんと話をしに行く。

保育士として。

……ちゃう。おばちゃんとして(^^)


◆ヴェルザ視点

夕刻。

謁見の間の机に——紙が置かれていた。

「…………」

手に取った。

大きな紙に、手書きの文字。丸っこい字。色鉛筆で色がついている。——どこから色鉛筆を手に入れたのだ、この方は。

「えんそくのしおり」

——表紙に、そう書いてあった。

ひらがなで。大きな字で。花の絵が描いてある。下手な花。でも一生懸命描いたのがわかる。

中を開いた。

「日にち: あした」

「行き先: おうと(王都)」

「もちもの: おべんとう、おちゃ、おやつ(ひとり300えんまで)」

——300えん。

何の通貨だ。

「……300えん」

声に出してしまった。

「やくそくごと:

1. はぐれたらばしょにとまる

2. しらないひとについていかない

3. ともだちとなかよくする

4. おべんとうはのこさずたべる」

「…………」

4番目がこの方らしい。

「メンバー:

よしこせんせい(いんそつ)

ヴェルちゃん(ふくいんそつ)

レオンくん

リーゼちゃん

ガルくん

ドルガくん(にもつもち)

メルちゃん(ちょうさたんとう)

ピプ(てんいもんたんとう)

カインくん(あんないやく)」

全員に役割がある。

「ヴェルちゃん(ふくいんそつ)」——副引率。

「…………副引率」

三百年間、四天王筆頭として戦場を駆けてきた。

先代魔王の元で、幾度となく人間の軍勢と戦った。

百を超える戦で指揮を執り、魔族の誇りを守ってきた。

今、私は——「ふくいんそつ」である。

「…………」

紙を丁寧に折り畳んだ。

——保育園ですか。ここは。

しかし——

口元が、緩む。

どうしても、緩んでしまう。

この方は本気だ。本気で「遠足」のつもりだ。

魔王が人間の王都に乗り込む——それを、保育園の遠足として計画している。

おべんとうを持って。おやつは300えんまでにして。はぐれたら場所に止まって。

——笑ってはいけない。

これは、戦なのだ。魔王が人間の王都に赴くのだ。一歩間違えば全面戦争になる。

だが——

不思議と、不安は少なかった。

この方が行くのだ。

お弁当を作って、遠足のしおりを手書きで作って、「みんなで行こ(^^)」と笑うこの方が。

負ける気がしない。

戦ではない。だから——負けるも何もない。

話をしに行くのだ。「保護者面談」に。

「……ヴェルザ様」

ティアの声が聞こえた。振り返る。

ティアが——まっすぐこちらを見ていた。いつものおどおどした目ではない。

「……わたし、お留守番をさせてください」

「留守番?」

「はい。……誰かが、城を守らないと。それに——」

ティアの尻尾が、ゆっくりと揺れた。

「みなさんが帰ってきた時に……『おかえりなさい』って、言いたいんです」

「…………」

——この子も、変わった。

120年間、「言われたことだけ」をする侍女だったこの子が。

自分から志願している。「おかえりなさい」を言うために。

「……わかった。城は任せる」

「はい……!」

尻尾がぴーんと立った。

「ヴェルザ様、お気をつけて。よしこ様を……みなさんを、よろしくお願いします」

「——言われずとも」

ティアが深くお辞儀をして、廊下に消えていった。

私は——もう一度、遠足のしおりを開いた。

「おやつ(ひとり300えんまで)」

ドルガ殿にこれを見せたら、何と言うだろうか。

ピプ殿は「300えんって何!?」と騒ぐだろう。

メル殿は「あら、まあ」と扇子の陰で笑うだろう。

レオン殿は「くだらねぇ」と言いながら読むだろう。

リーゼ殿は黙って隅から隅まで目を通すだろう。

ガルド殿は——泣くかもしれない。

そしてカイン殿は、また「報告書に何と書けば」と頭を抱えるだろう。

「…………」

——明日。

遠足だ。

魔王ヴォルグラーナが、勇者パーティと四天王を引き連れて、人間の王都に向かう。

お弁当とおやつを持って。手書きのしおりを持って。

歴史上、前例がない。

前例がないことは——この方の得意分野だ。

「……かしこまりました、魔王様」

誰もいない謁見の間で、私は頭を下げた。

「副引率、務めさせていただきます」


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第28話「遠足のしおり」。

よしこが動きました。「ほな、直接話しに行こか(^^)」。

27話で三人が本音を言い合った。よしこはそれを直接聞いていません。でも、雰囲気で察しています。40年の保育士経験は伊達じゃない。子どもたちの顔を見れば、何があったかくらいわかるのです。

そして考えた答えが「保護者面談に行く」。魔王が勇者を連れて王都に乗り込む——それを「遠足」と呼ぶあたりが、この人です。

遠足のしおりを手書きで作りました。ひらがなで。「おやつはひとり300えんまで」。ヴェルザが「保育園ですか」と呟きますが、笑っています。三百年の四天王筆頭が「副引率」を引き受けた。それが今の魔王城です。

ティアが留守番を志願しました。「おかえりなさいって言いたいんです」。この子は城を守るのではなく、「帰る場所」を守るのです。

よしことガルドが一緒にお弁当を作るシーンが好きです。三十人分のおにぎり。卵焼き。唐揚げ。ガルドはもう、料理で迷いません。「僕にできること」を知っている子は強い。

さあ、遠足の準備が整いました。次回から、魔王城の外の世界です。

よしこは初めて「勇者使い捨てシステム」の実態と向き合います。そして——この人が初めて「怒る」日が来ます。

楽しみにしていてください。

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