◆ガルド視点
光が弾けて——景色が変わった。
ピプの転移門。一瞬の浮遊感のあとに足が地面を踏む。土の感触。草の匂い。夏の終わりの、どこか甘い風。
「つ、着いた……?」
目を開けた。
——丘の上だった。
見下ろすと、石造りの街が広がっている。赤い屋根。白い壁。煙突から煙が上がっている。通りを行き交う人の姿が小さく見える。
「ピプ、お手柄やで(^^) ちゃんと着いたな」
「えへへー! ボクの転移門は正確無比だよ!」
「座標が五十メートルずれておりますが」
「細かいこと言わないでよヴェルザー!」
ヴェルザさんが溜息をついた。でも、五十メートルのずれで済んだのはすごいと思う。
僕は——街を見下ろして、息が止まった。
赤い屋根。畑の緑。遠くに風車。
似ている。
僕の故郷に——似ている。
「……ガルド?」
リーゼさんが隣で声をかけてくれた。
「だ、大丈夫……ちょっと、似てるなって……」
「……そう」
リーゼさんは何も聞かなかった。ただ隣にいてくれた。
「ガルくん」
よしこさんの声。
「お弁当の時間は後や(^^) まず行こか」
「は、はい……!」
——お弁当の時間。
その言葉で、少しだけ楽になった。
◆メル視点
街に降りる前に、やるべきことがございますわね。
「皆さま、少しお待ちくださいませ」
扇子を広げた。紫色の魔力が、扇子の隙間から漏れ出す。
「幻影の衣でございます。魔族の特徴を隠しますわ」
指を鳴らした。
ドルガ殿の角が消える。赤黒い肌が、人間の肌色に。体格は変わらないが——角と牙がなくなっただけで、「大きな人間の男性」に見える。
「……チッ。気持ち悪りぃ」
「ドルガ殿、我慢なさいませ。街中で角を出していたら大騒ぎですわ」
ヴェルザ様にも幻影をかける。長い銀髪はそのままだが、金色の瞳を青に変え、尖った耳を丸く。
「……違和感がある」
「お美しさは変わりませんわよ、ヴェルザ様」
「お世辞はいい」
ピプ殿の羽根を消す。小さな子どもにしか見えなくなった。
「ボクの羽根ー! 返してー!」
「街を出たらお返ししますわ(^^)」
「よしこ様は……」
魔王様を見上げた。銀髪と赤い瞳。小さな角。
「よしこ様の髪を黒に、瞳を茶色に、角を隠しますわね」
「おお(^^) 前の自分みたいやな」
幻影をかけた瞬間——魔王様が、普通の人間のおばちゃんに見えた。
いえ。この方は元々、普通のおばちゃんでいらっしゃいましたわね。
「……ふむ。違和感がないのがかえって不気味ですわ」
「なんでやの(^^)」
カイン殿と勇者の三人はそのままで問題ない。人間ですもの。
「では参りましょう。幻影は半日は持ちますわ。ただし、強い感情で魔力が昂ると——解けることがございます」
「気をつけるで(^^)」
「……魔王様が一番危険でございますわ」
扇子の陰で、小さく笑った。
◆ドルガ視点
街に入った。
人間の街。
人間の匂い。人間の声。人間のガキどもが走り回っている。
「…………」
250年生きて、人間の街に足を踏み入れたのは——初めてだ。
いつもは戦場で会う。剣を交え、牙を剥き合う。
それが——今は並んで歩いている。角を隠して。牙を消して。
「ドルガくん、あの屋台見て(^^) なんか美味しそうなもん売っとるで」
「……フン。人間の飯など興味ない」
——少し、気になる。
肉を焼く匂いがする。スパイスの匂い。何かの甘い匂いも。
ガキが走ってきた。五、六歳くらいの小さいやつ。
「わぁ! おっきい!」
目を見開いて俺を見上げている。
「…………」
「おっちゃん、すっごいおっきいね!」
——おっちゃん。
250歳の四天王第二席を、おっちゃんと呼びやがった。
「おい、ガキ。俺に近づくな」
「えー、なんでー?」
ガキが引かない。むしろ近づいてくる。
「ドルガくん(^^)」
よしこが横から手を伸ばした。
——飴。
蜂蜜飴だ。よしこが城で作っているやつ。いつ用意した。
「ドルガくん、この子にあげて(^^)」
「……なんで俺が」
「大きい人からもらった飴は、特別なんやで(^^) 保育園でもそうやった」
「…………」
飴を受け取った。
ガキの前に手を出した。
「……ほら」
「わー! ありがとう!」
ガキが飴を受け取って、目を輝かせた。
「おっちゃん、やさしいね!」
「……フン。さっさと行け」
ガキが走っていく。
振り返って、手を振っている。
「ばいばーい!」
「…………」
俺は——手を振らなかった。
振るわけがない。
「ドルガくん(^^)」
「なんだ」
「ええ顔しとるで(^^)」
「してねぇ」
「しとるしとる(^^)」
「してねぇっつってんだ」
「ふふ(^^)」
——別のガキが寄ってきた。三人。
「ねーねー、おっちゃん、飴もっとある?」
「…………」
よしこを見た。
よしこが飴を三つ、手のひらに乗せた。
「……ほら」
「やったー!」
ガキどもが走っていく。今度は三人揃って手を振っている。
俺は——
「…………」
——手が、少しだけ動いた。
振ったわけじゃない。
痙攣だ。
「ドルガくん(^^)」
「黙れ」
◆よしこ視点
ふふ(^^)
ドルガくん、ええ顔しとったな。角がなくても、ドルガくんはドルガくんや。子どもは正直やから、怖い人には近づかへん。近づいたいうことは——この子は怖くないってわかったんやな。
屋台通りに出た。
いい匂いがする。肉の串焼き。スープ。パン。焼き菓子。
「カインさん、おすすめどれ?(^^)」
「……あの串焼きは王都でも有名です。——いえ、私は案内役であって……」
「遠足の案内役は大事やで(^^) ほら、みんなの分買おか」
財布は——ない。
「あの……お金」
「メルちゃんが用意してくれとったんや(^^)」
メルちゃんが扇子の陰から金貨を数枚出した。どこから調達したか聞かん方がええ気がする。
串焼きを買った。全員分。
「はい、レオンくんの分(^^)」
「……別に頼んでねぇし」
受け取った。かぶりついた。二本目に手を伸ばした。
「リーゼちゃんも(^^)」
「……ありがとうございます」
リーゼちゃんが小さく噛んだ。目が——少しだけ広がった。美味しいんやな。
「ガルくん、どれがいい?(^^)」
「あ、あの、僕はスープも飲みたいです……!」
「両方買おか(^^)」
「えっ、いいんですか……!」
「遠足やもん(^^) 好きなもん食べ」
ガルくんが串焼きとスープを両手に持って、幸せそうに食べとる。
ヴェルちゃんがスープを上品に飲んどる。メルちゃんが焼き菓子を品定めしとる。ピプが「これ何!? 甘い! もっと!」って騒いどる。
ドルガくんが——壁際で串焼きを齧っとる。美味そうに齧っとる。
「ドルガくん、美味しい?(^^)」
「……まずくはない」
「せやろ(^^)」
カインさんの部下が三人ほどついてきとる。カインさんが「食事をとれ」と指示したらしい。串焼きを食べながら、ちらちらこっちを見とる。
——人間と魔族が、並んで屋台で食べとる。
国境がどうの、戦争がどうの——そんなん関係ないやん。
お腹空いたら食べる。美味しかったら「美味しい」って言う。
それだけのことや。
◆レオン視点
串焼きを食べた。三本食べた。
美味かった。屋台の肉なんて、昔は盗み食いしたことしかなかった。金を払って、正面から買って食べるのは——初めてかもしれない。
街を歩く。
石畳の通り。商店が並ぶ通り。子どもが走り回る通り。
——知ってる景色だ。
王都じゃないけど、似ている。人間の街はどこも似ている。
石の壁。木の扉。洗濯物が干してある。犬が寝てる。
似てるけど——違う。
ここには、よしこがいる。
横を歩いている。のんきな顔で。屋台のおっちゃんに「美味しかったでー(^^)」って手を振っとる。幻影で角は消えてるけど、中身は完全におばちゃんだ。
ヴェルザが後ろで警戒してる。ドルガがさっきからガキに囲まれてる。メルが情報を集めてる。カインが「報告書に何と……」って呟いてる。
——こいつら、遠足だな。ほんとに遠足してやがる。
「レオンくん(^^)」
「……なんだよ」
「この街の近くに、あんたの孤児院があるんやろ?」
「…………」
足が——止まった。
知ってたのか。メルから聞いたのか。カインから聞いたのか。
「別にこの街じゃねぇ。もっと王都寄りだ」
「そうなんや。——行ってみたいか?(^^)」
「…………」
行きたい——なんて、思ってない。
あんな場所。ボロボロの建物。冷めた粥。汚い毛布。
あそこに戻りたいなんて、一度も——
「…………行ってみたい」
言っちまった。
また——言っちまった。
前も「帰りたくない」って言った。今度は「行ってみたい」。
よしこの前だと、どうしても——本音が漏れる。
「ほな、行こか(^^)」
よしこが——当たり前みたいに言った。
当たり前みたいに。
「カインさん、孤児院の場所わかる?(^^)」
「……孤児院。王都東区の第三孤児院であれば、ここから半日の距離ですが——」
「半日かぁ。ピプ、転移門いける?(^^)」
「座標がわかれば一発だよ!」
「カインくん、座標——」
「……了解しました」
カインが地図を広げた。ピプが覗き込んだ。
「ここだね! 行くよー!」
光が弾ける。
俺は——光の中に足を踏み入れた。
8歳で飛び出した場所に。
9年ぶりに——戻る。
胸の奥で、何かが軋んだ。
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第29話「人間の街」。魔王御一行、人間の街に降り立ちました。
ドルガと子どもたちのシーンが好きです。250歳の四天王が「おっちゃん」呼ばわりされて、飴を配っている。角を消しても牙を消しても、ドルガはドルガのままです。子どもは嘘をつかないから、怖い人には近づきません。近づいたということは——わかっているんですね、この人が怖くないって。
メルの幻影魔法で全員人間に化けました。よしこは幻影をかけた瞬間「前の自分みたいやな」と笑います。この人は元々、普通のおばちゃんです。魔王になっても変わらなかった。
屋台で全員が並んで食べるシーン。人間と魔族が、同じ串焼きを食べている。国境も種族も関係なく、「お腹空いたら食べる」。よしこが作りたい世界は、案外シンプルです。
そしてレオンが「行ってみたい」と口にしました。8歳で飛び出した孤児院に、9年ぶりに戻ります。
次回、第30話「孤児院」。Arc3で最も重い話です。よしこが——無言になります。
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