S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第29話: 人間の街

第3アーク · 4,142文字 · draft

◆ガルド視点

光が弾けて——景色が変わった。

ピプの転移門。一瞬の浮遊感のあとに足が地面を踏む。土の感触。草の匂い。夏の終わりの、どこか甘い風。

「つ、着いた……?」

目を開けた。

——丘の上だった。

見下ろすと、石造りの街が広がっている。赤い屋根。白い壁。煙突から煙が上がっている。通りを行き交う人の姿が小さく見える。

「ピプ、お手柄やで(^^) ちゃんと着いたな」

「えへへー! ボクの転移門は正確無比だよ!」

「座標が五十メートルずれておりますが」

「細かいこと言わないでよヴェルザー!」

ヴェルザさんが溜息をついた。でも、五十メートルのずれで済んだのはすごいと思う。

僕は——街を見下ろして、息が止まった。

赤い屋根。畑の緑。遠くに風車。

似ている。

僕の故郷に——似ている。

「……ガルド?」

リーゼさんが隣で声をかけてくれた。

「だ、大丈夫……ちょっと、似てるなって……」

「……そう」

リーゼさんは何も聞かなかった。ただ隣にいてくれた。

「ガルくん」

よしこさんの声。

「お弁当の時間は後や(^^) まず行こか」

「は、はい……!」

——お弁当の時間。

その言葉で、少しだけ楽になった。


◆メル視点

街に降りる前に、やるべきことがございますわね。

「皆さま、少しお待ちくださいませ」

扇子を広げた。紫色の魔力が、扇子の隙間から漏れ出す。

「幻影の衣でございます。魔族の特徴を隠しますわ」

指を鳴らした。

ドルガ殿の角が消える。赤黒い肌が、人間の肌色に。体格は変わらないが——角と牙がなくなっただけで、「大きな人間の男性」に見える。

「……チッ。気持ち悪りぃ」

「ドルガ殿、我慢なさいませ。街中で角を出していたら大騒ぎですわ」

ヴェルザ様にも幻影をかける。長い銀髪はそのままだが、金色の瞳を青に変え、尖った耳を丸く。

「……違和感がある」

「お美しさは変わりませんわよ、ヴェルザ様」

「お世辞はいい」

ピプ殿の羽根を消す。小さな子どもにしか見えなくなった。

「ボクの羽根ー! 返してー!」

「街を出たらお返ししますわ(^^)」

「よしこ様は……」

魔王様を見上げた。銀髪と赤い瞳。小さな角。

「よしこ様の髪を黒に、瞳を茶色に、角を隠しますわね」

「おお(^^) 前の自分みたいやな」

幻影をかけた瞬間——魔王様が、普通の人間のおばちゃんに見えた。

いえ。この方は元々、普通のおばちゃんでいらっしゃいましたわね。

「……ふむ。違和感がないのがかえって不気味ですわ」

「なんでやの(^^)」

カイン殿と勇者の三人はそのままで問題ない。人間ですもの。

「では参りましょう。幻影は半日は持ちますわ。ただし、強い感情で魔力が昂ると——解けることがございます」

「気をつけるで(^^)」

「……魔王様が一番危険でございますわ」

扇子の陰で、小さく笑った。


◆ドルガ視点

街に入った。

人間の街。

人間の匂い。人間の声。人間のガキどもが走り回っている。

「…………」

250年生きて、人間の街に足を踏み入れたのは——初めてだ。

いつもは戦場で会う。剣を交え、牙を剥き合う。

それが——今は並んで歩いている。角を隠して。牙を消して。

「ドルガくん、あの屋台見て(^^) なんか美味しそうなもん売っとるで」

「……フン。人間の飯など興味ない」

——少し、気になる。

肉を焼く匂いがする。スパイスの匂い。何かの甘い匂いも。

ガキが走ってきた。五、六歳くらいの小さいやつ。

「わぁ! おっきい!」

目を見開いて俺を見上げている。

「…………」

「おっちゃん、すっごいおっきいね!」

——おっちゃん。

250歳の四天王第二席を、おっちゃんと呼びやがった。

「おい、ガキ。俺に近づくな」

「えー、なんでー?」

ガキが引かない。むしろ近づいてくる。

「ドルガくん(^^)」

よしこが横から手を伸ばした。

——飴。

蜂蜜飴だ。よしこが城で作っているやつ。いつ用意した。

「ドルガくん、この子にあげて(^^)」

「……なんで俺が」

「大きい人からもらった飴は、特別なんやで(^^) 保育園でもそうやった」

「…………」

飴を受け取った。

ガキの前に手を出した。

「……ほら」

「わー! ありがとう!」

ガキが飴を受け取って、目を輝かせた。

「おっちゃん、やさしいね!」

「……フン。さっさと行け」

ガキが走っていく。

振り返って、手を振っている。

「ばいばーい!」

「…………」

俺は——手を振らなかった。

振るわけがない。

「ドルガくん(^^)」

「なんだ」

「ええ顔しとるで(^^)」

「してねぇ」

「しとるしとる(^^)」

「してねぇっつってんだ」

「ふふ(^^)」

——別のガキが寄ってきた。三人。

「ねーねー、おっちゃん、飴もっとある?」

「…………」

よしこを見た。

よしこが飴を三つ、手のひらに乗せた。

「……ほら」

「やったー!」

ガキどもが走っていく。今度は三人揃って手を振っている。

俺は——

「…………」

——手が、少しだけ動いた。

振ったわけじゃない。

痙攣だ。

「ドルガくん(^^)」

「黙れ」


◆よしこ視点

ふふ(^^)

ドルガくん、ええ顔しとったな。角がなくても、ドルガくんはドルガくんや。子どもは正直やから、怖い人には近づかへん。近づいたいうことは——この子は怖くないってわかったんやな。

屋台通りに出た。

いい匂いがする。肉の串焼き。スープ。パン。焼き菓子。

「カインさん、おすすめどれ?(^^)」

「……あの串焼きは王都でも有名です。——いえ、私は案内役であって……」

「遠足の案内役は大事やで(^^) ほら、みんなの分買おか」

財布は——ない。

「あの……お金」

「メルちゃんが用意してくれとったんや(^^)」

メルちゃんが扇子の陰から金貨を数枚出した。どこから調達したか聞かん方がええ気がする。

串焼きを買った。全員分。

「はい、レオンくんの分(^^)」

「……別に頼んでねぇし」

受け取った。かぶりついた。二本目に手を伸ばした。

「リーゼちゃんも(^^)」

「……ありがとうございます」

リーゼちゃんが小さく噛んだ。目が——少しだけ広がった。美味しいんやな。

「ガルくん、どれがいい?(^^)」

「あ、あの、僕はスープも飲みたいです……!」

「両方買おか(^^)」

「えっ、いいんですか……!」

「遠足やもん(^^) 好きなもん食べ」

ガルくんが串焼きとスープを両手に持って、幸せそうに食べとる。

ヴェルちゃんがスープを上品に飲んどる。メルちゃんが焼き菓子を品定めしとる。ピプが「これ何!? 甘い! もっと!」って騒いどる。

ドルガくんが——壁際で串焼きを齧っとる。美味そうに齧っとる。

「ドルガくん、美味しい?(^^)」

「……まずくはない」

「せやろ(^^)」

カインさんの部下が三人ほどついてきとる。カインさんが「食事をとれ」と指示したらしい。串焼きを食べながら、ちらちらこっちを見とる。

——人間と魔族が、並んで屋台で食べとる。

国境がどうの、戦争がどうの——そんなん関係ないやん。

お腹空いたら食べる。美味しかったら「美味しい」って言う。

それだけのことや。


◆レオン視点

串焼きを食べた。三本食べた。

美味かった。屋台の肉なんて、昔は盗み食いしたことしかなかった。金を払って、正面から買って食べるのは——初めてかもしれない。

街を歩く。

石畳の通り。商店が並ぶ通り。子どもが走り回る通り。

——知ってる景色だ。

王都じゃないけど、似ている。人間の街はどこも似ている。

石の壁。木の扉。洗濯物が干してある。犬が寝てる。

似てるけど——違う。

ここには、よしこがいる。

横を歩いている。のんきな顔で。屋台のおっちゃんに「美味しかったでー(^^)」って手を振っとる。幻影で角は消えてるけど、中身は完全におばちゃんだ。

ヴェルザが後ろで警戒してる。ドルガがさっきからガキに囲まれてる。メルが情報を集めてる。カインが「報告書に何と……」って呟いてる。

——こいつら、遠足だな。ほんとに遠足してやがる。

「レオンくん(^^)」

「……なんだよ」

「この街の近くに、あんたの孤児院があるんやろ?」

「…………」

足が——止まった。

知ってたのか。メルから聞いたのか。カインから聞いたのか。

「別にこの街じゃねぇ。もっと王都寄りだ」

「そうなんや。——行ってみたいか?(^^)」

「…………」

行きたい——なんて、思ってない。

あんな場所。ボロボロの建物。冷めた粥。汚い毛布。

あそこに戻りたいなんて、一度も——

「…………行ってみたい」

言っちまった。

また——言っちまった。

前も「帰りたくない」って言った。今度は「行ってみたい」。

よしこの前だと、どうしても——本音が漏れる。

「ほな、行こか(^^)」

よしこが——当たり前みたいに言った。

当たり前みたいに。

「カインさん、孤児院の場所わかる?(^^)」

「……孤児院。王都東区の第三孤児院であれば、ここから半日の距離ですが——」

「半日かぁ。ピプ、転移門いける?(^^)」

「座標がわかれば一発だよ!」

「カインくん、座標——」

「……了解しました」

カインが地図を広げた。ピプが覗き込んだ。

「ここだね! 行くよー!」

光が弾ける。

俺は——光の中に足を踏み入れた。

8歳で飛び出した場所に。

9年ぶりに——戻る。

胸の奥で、何かが(きし)んだ。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第29話「人間の街」。魔王御一行、人間の街に降り立ちました。

ドルガと子どもたちのシーンが好きです。250歳の四天王が「おっちゃん」呼ばわりされて、飴を配っている。角を消しても牙を消しても、ドルガはドルガのままです。子どもは嘘をつかないから、怖い人には近づきません。近づいたということは——わかっているんですね、この人が怖くないって。

メルの幻影魔法で全員人間に化けました。よしこは幻影をかけた瞬間「前の自分みたいやな」と笑います。この人は元々、普通のおばちゃんです。魔王になっても変わらなかった。

屋台で全員が並んで食べるシーン。人間と魔族が、同じ串焼きを食べている。国境も種族も関係なく、「お腹空いたら食べる」。よしこが作りたい世界は、案外シンプルです。

そしてレオンが「行ってみたい」と口にしました。8歳で飛び出した孤児院に、9年ぶりに戻ります。

次回、第30話「孤児院」。Arc3で最も重い話です。よしこが——無言になります。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、ドルガと一緒に飴を配ります(^^)

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