S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第4話: おやつの時間

第1アーク · 3,257文字 · draft

◆ガルド視点

魔王城で目覚めて、二日目の朝。

ベッドがふかふかだった。

毛布が温かかった。

枕があった。——枕なんて、初めて使った。

ここに来るまで、僕たちはずっと野宿だった。

硬い地面に寝て、マントを毛布にして、背中合わせで寝た。レオンがいつも外側で、僕が真ん中で、リーゼさんが内側。レオンは「見張りだ」と言っていたけど、本当は一番寒い位置を選んでいたのだと思う。

でもここでは、一人にベッド一つ。

毛布は二枚。

朝になると——

「おはよう(^^) よう寝たなぁ」

魔王さまが、部屋の扉を開けて覗いている。

「顔洗っておいで。朝ごはんできてるで」

毎朝。

毎朝、魔王さまが起こしに来てくれる。

「おはよう」って。

僕は、誰かに「おはよう」って言われたのは、いつ以来だろう。

農村にいた頃は——お母さんが言ってくれていた気がする。でも教会に連れていかれてからは、起床は鐘の音だった。

「……おはようございます」

「ええ返事や(^^)」

えへへ。


◆よしこ視点

二日目。

朝ごはんを食べ終わって、午前中の家事をやって、昼ごはんも終わった。

さて。

「ヴェルザさん」

「はっ」

「おやつの時間作ろう思うんやけど」

「…………おやつ、でございますか」

「うん。午後3時くらいに。ちょっと甘いもん食べて、お茶飲んで、休憩する時間」

ヴェルザさんの眉がぴくぴくした。最近この人の眉はずっとぴくぴくしとる。

「……魔王軍に、おやつの時間は前例が——」

「ないやろな。作るねん(^^)」

「…………」

「子どもにはおやつが必要なんよ。三食だけやと栄養が足りひん。特にあの三人、痩せすぎやから間食で補わなあかん」

「……魔王様。勇者たちは敵で——」

「敵でも子どもはおやつがいるの。——それに、ヴェルちゃんとこの兵隊さんたちも疲れた顔しとるやろ。甘いもんは疲れに効くで」

ヴェルザさんが口を開けて、閉じて、もう一回開けて、閉じた。

「……かしこまりました」

うん。ヴェルザさんの「かしこまりました」、昨日から何回聞いたかな。30回は超えたな。

厨房に向かった。

蜂蜜がある。これはええもん見つけた。

小麦粉もある。バターに近いものもある。卵もある。

ビスケットを焼こう。

シンプルなやつ。蜂蜜を少し入れて、ほんのり甘いやつ。保育園で何百回と焼いたレシピや。

ついでに蜂蜜飴も作ろう。蜂蜜を煮詰めて、固めて、小さく切る。これは大阪のおばちゃんの必需品——飴ちゃんの代わりや。

かまどに火を入れる。

生地をこねる。型で抜く。天板に並べる。

——この作業が好きなんよなぁ。無心になれる。

焼き上がり。

ちょっと形が不揃い。でもそれがええねん。手作りの味や。

大広間にテーブルを出した。ビスケットを山盛りにした皿と、蜂蜜飴を小さな器に盛って、お茶を淹れた。

「——おやつの時間やで(^^)」


◆ヴェルザ視点

魔王城に、おやつの時間が導入された。

正確に言えば、魔王様が大広間のテーブルにビスケットを山盛りにして「食べや(^^)」と宣言なさったのだ。

勇者パーティの三名が集まった。

ガルドが真っ先に飛びついた。

「わぁ……ビスケット……!」

甘い匂い。バターと蜂蜜の匂い。

——知ってる。この匂い。

農村にいた頃、お母さんが、かまどで焼いてくれた。小麦粉を練って、蜂蜜を少し入れて、ちょっと焦げた丸いやつ。名前なんて知らない。でも、「ガルドのおやつ」って呼んでた。

教会に連れていかれてから、二度と食べられなかった。

「僕、食べていいんですか?」

「もちろんやで(^^)」

「えへへ……えへへ……」

あの巨体が「えへへ」と言いながらビスケットを頬張る光景は、なかなかに異様だ。

リーゼが一枚手に取り、端を齧った。

二秒。

「……バター。蜂蜜。小麦。……卵」

もう一枚手に取った。

レオンは腕を組んで壁に寄りかかっていた。

「べ、別に……腹減ってねーし」

言いながら、ちらちらとビスケットの皿を見ている。

「レオンくんの分もあるで」

「……くんって言うな。誰だよレオンくんって」

「あ。——勇者よ、汝の分もあるぞ」

「急に変えんな! ……ったく」

レオンが舌打ちしながらビスケットを一枚取った。

齧った。

黙った。

もう一枚取った。

……なるほど。彼の「別に」は信用しないほうがよいようだ。

問題は——

「あの……ヴェルザ殿」

兵のひとりが、おそるおそる近づいてきた。

「……何だ」

「その……匂いが、ここまで来ておりまして……」

見れば、大広間の入り口に兵たちが数名、顔を覗かせている。

全員、ビスケットの匂いに釣られて来たのだ。

「ヴェルちゃん、あの子らも呼んだり(^^)」

「……魔王様。兵にビスケットを配るのは、魔王の威厳に——」

「えー、みんなで食べたほうが美味しいやん」

「…………」

「——配ってやれ、ヴェルザよ」

魔王口調。もう騙されない。

「……かしこまりました」

兵たちにビスケットが配られた。

魔王軍の精鋭たちが、甘い焼き菓子を頬張っている。

中には尻尾を振っている者までいる。……魔族に尻尾があったのか。

「ヴェルちゃんも食べ(^^)」

「……私は——」

「はい」

目の前に蜂蜜飴を差し出された。

小さな、琥珀色の飴。

「この世界に飴ちゃんがないから、蜂蜜で作ってん。はい、どうぞ」

「…………」

四天王筆頭が、魔王から飴を受け取る。

口に入れた。

甘い。

蜂蜜の、素朴な甘さが口の中にじわっと広がる。

「……美味しゅう——」

止めた。三日前にも同じことを言った。四天王筆頭として、これ以上は——

「ございます」

言ってしまった。

魔王が嬉しそうに笑った。

またあの——威厳のない笑顔だった。

「えへへ……このビスケット、甘くて……僕、こういうの初めて食べました……よし——魔王さま」

ガルドが五枚目を食べながら泣いている。

——今、「よしこさん」と言いかけなかったか。

この少年は食べるたびに泣くのか。

リーゼは黙々と食べ続けている。七枚。そろそろ皿の半分を一人で食べている。

——先ほど、一枚目を齧った時。あの無表情の少女が、素材を口の中で分析するように呟いていた。「バター。蜂蜜。小麦。卵」と。分析魔法の癖なのだろうが、あの瞬間だけ、目が少し光っていた。

レオンは壁に寄りかかったまま「べ、別に」と言いながら四枚目を齧っている。

大広間には、ビスケットの甘い匂いと、お茶の香りが満ちていた。

勇者と魔王と魔族の兵が、同じテーブルのビスケットを食べている。

——何を見せられているのだろうか。

三百年仕えてきたが、こんな光景は初めてだ。

先代魔王は、食事は一人で摂り、酒は冷酒のみ、菓子など見たこともなかった。

だが。

周りを見ると、兵たちの顔が——柔らかくなっている。

勇者の少年たちも、さっきまでのような緊張した顔をしていない。

ビスケット一枚で、空気が変わった。

……ビスケットで空気が変わるなど、軍事書のどこにも書いていない。

「ヴェルちゃん、もう一個いる?」

「……ヴェルザです。——いただきます」


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第4話は「おやつの時間」です。

保育園では午後3時のおやつは当たり前です。手作りビスケットを焼いて、みんなで「いただきます」をして、食べて、「ごちそうさま」をする。よしこはそれを魔王城でもやっているだけなんですが、それが前代未聞の出来事になるのがこの世界のおかしさであり、切なさでもあります。

ヴェルザの「何を見せられているのだろうか」は、彼の代名詞的なモノローグです。300年仕えてきた忠臣が、ビスケットで空気が変わる現場に立ち会っている。「軍事書のどこにも書いていない」——そりゃそうです。でも、よしこの保育日誌には書いてあるんです。「おやつの時間に子どもの表情が一番柔らかくなった」って。

ガルドは食べるたびに泣きます。レオンは食べるたびに「別に」と言います。リーゼは黙って枚数が増えます。三人の「食べ方」がそのまま性格なのが、書いていて楽しかったです。

次回、レオンが逃げます。そしてよしこの「廊下は走らない!」が炸裂します。

ブックマーク・評価・感想をいただけると、よしこと一緒に泣いて喜びます(^^)

文字数: 3,257