S08-P01 魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ

第8話: あんたはあんたでええ

第1アーク · 5,348文字 · revised

◆ガルド視点

朝の厨房で、魔王さまが野菜を切っている。

トン、トン、トン。

規則正しい音。人参が薄く、均等に切られていく。

「……すごい……」

思わず呟いた。

「ん? どうしたん」

「あ、あの……魔王さまって、野菜を切るの、すごく早いんですね」

「40年やっとるからな(^^) 保育園の給食、量が多いねん」

笑って答える魔王さま。

怖くない。

この人は、全然怖くない。

——でも、僕は怖い。

怖くて、怖くて、たまらない。


◆よしこ視点

ガルくん、なんや元気ないな。

ここ数日、あの子の顔色がおかしい。レオンくんやリーゼちゃんは少しずつ落ち着いてきたけど、ガルくんだけが——なんやこう、不安そうや。

「ガルくん、ちょっとそこの芋むいてくれへん?」

「え……僕が、ですか?」

「うん。わて一人やと時間かかるねん」

「は、はい……!」

ガルくんが芋を受け取る。大きい手やな。手がでっかい子は、握力もあるから芋むきは得意や。

ただ——

その手が、震えとる。


◆ガルド視点

芋の皮をむく。

皮むき器を手に取った。

——震える。

手が、震える。

レオンたちと魔王城に来て、もう何日経ったかわからない。

毎日ごはんがある。

ベッドで寝られる。

「おはよう」と声をかけてもらえる。

幸せだ。

こんなに幸せでいいのか、と思うくらい。

でも——

僕は、ずるい。

僕は、レオンやリーゼに嘘をついている。

——僕は、戦えない。

剣を持つと、手が震える。

敵を前にすると、足がすくむ。

鎧を着ていたのは、怖いからだ。体を隠したかった。守られたいだけだった。

あの重い鎧——今はもう、部屋の隅に置いたままだ。ここでは、着なくていい。でも、鎧を脱いだ分だけ、嘘が剥がれていくようで怖い。

レオンは僕を「戦士」だと信じている。

リーゼは僕を仲間だと思っている。

魔王さまは僕に「えらいえらい」と言ってくれる。

——でも、僕は、戦えない。

体が大きいだけで、中身は何もない。

「……ガルくん?」

魔王さまの声。

芋を見た。

皮がぐちゃぐちゃにむけていた。手が震えたせいで、芋が半分になってしまった。

「……す、すみません……! 僕、芋も、ちゃんとむけなくて……」

声が震えた。

涙が出そうになった。

芋ひとつ、ちゃんとできない。

戦えない。

何もできない。

「…………」

魔王さまが、芋を見た。

——怒られる。

「ガルくん」

「……はい……」

「あんた、なんか悩んどる?」

「……え」

優しい声だった。


◆よしこ視点

あぁ、この子、限界やな。

芋がぐちゃぐちゃになったんは、技術の問題やない。心の問題や。

手が震えとる。

目が泳いどる。

息が浅い。

——この子、何かを一人で抱え込んどる。

「ガルくん、ちょっとこっち座り」

椅子を引いて座らせた。

ガルくんが大きい体を小さくして座る。鎧を着てない分、この子の体の大きさが際立つ。でもこの大きい体が、今はほんまに小さく見える。

「……あの……僕……」

「ええから、言うてみ。何があったん?」

「…………」

ガルくんが下を向いた。

大きな体が震えている。

そして——

「……僕、戦えないんです」

ぽつりと、落ちた。


◆ガルド視点

言ってしまった。

言ってはいけないことを、言ってしまった。

「僕……戦士って言われてますけど……剣を持つと、手が震えるんです」

止まらない。

一度言葉が出たら、止まらなくなった。

「村で、体が大きくて、力が強いって言われて……教会の人に連れて行かれて……『お前は戦士だ』って」

「お母さんと、畑を耕してたんです……秋になったら芋を掘って、冬になったらスープを作って……それだけでよかったのに……教会の人が来て、『この子は適性がある』って……お母さん、泣いてました……」

「でも、僕……戦いたくない……怖いんです……人を傷つけるのが……傷つけられるのが……」

「レオンは、僕を仲間だって……『お前がいないと困る』って言ってくれたけど……僕、何もできてない……いつも怖くて、震えてて……」

「リーゼが魔法で守ってくれて……レオンが前で戦ってくれて……僕はただ、後ろで震えてただけで……」

「……役立たずです……僕……戦士なのに……何もできなくて……」

涙が落ちた。

止まらなかった。

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


◆よしこ視点

あぁ、この子。

ずっと、こんなん抱え込んでたんか。

お母さんと畑を耕してた子を、無理やり「戦士」にした。教会が。

お母さん泣いてたって——そんなん、あかんやん。

わては黙ってガルくんの頭に手を置いた。

大きい頭や。でも、中身はまだ子どもや。

「ガルくん」

「……はい……」

「あんたな、『戦士』って誰が決めたん?」

「……教会の、人……」

「あんた自身は、戦いたかったん?」

「……いえ……僕、農家を継ぎたくて……お母さんと一緒に……」

「そうか」

わてはガルくんの頭を撫でた。

この子は、自分で選んでない。「戦士」を押し付けられただけや。

「ガルくん、聞いてな」

「……はい……」

「あんたが戦えへんのは、あんたのせいやない」

「……え……」

「あんたは優しいから、戦えへんねん。人を傷つけたくないから、剣が持てへんねん」

「そんなん、悪いことちゃうで」

ガルくんが顔を上げた。

涙でぐちゃぐちゃの顔。

「で、でも……僕、戦士なのに……」

「戦士なんか、辞めたらええやん」

「……え……」

「無理せんでええんやで、ガルくん」

わては笑った。

「あんたは、あんたでええ」

「『戦士』でも『勇者パーティの仲間』でもなくて、ただのガルくんでええんやで」

ガルくんが——

泣いた。

大きい体を震わせて、子どもみたいに泣いた。

「……魔王さま……」

「よしこでええで(^^)」

「……よしこさん……」

ぽろっと、出た。

ガルくんが、初めて、わてを名前で呼んだ。

——ええ子や。


◆レオン視点

朝、厨房から泣き声が聞こえた。

「……ガルドか」

「……うん」

リーゼが頷いた。

「行くか?」

「……いや」

リーゼが首を振った。

「……魔王が、いる」

「…………」

そうだな。

あの魔王がいるなら——大丈夫だ。

俺たちが行くより、あいつがいた方が、ガルドは楽だろう。

——なんでだろうな。

魔王なのに。


◆ガルド視点

泣き止んだ後、魔王さま——よしこさんが言った。

「ガルくん、芋むくん下手やったな」

「……はい……ごめんなさい……」

「せやけど、あんた、手ぇでっかいやろ」

「……え?」

「手がでっかい子は、こねるんが得意やねん」

「こねる……?」

「パンとか、お肉とか。力がいる作業。あんた向いてると思うで」

よしこさんが小麦粉の袋を持ってきた。

「今日、パン焼こうと思うんやけど、手伝ってくれる?」

「……僕が、ですか……?」

「うん。あんたにしか頼まれへん」

よしこさんが笑った。

——僕にしか、頼まれへん。

初めて、言われた。

僕に「できること」があるって。


◆よしこ視点

ガルくん、めっちゃええ手しとる。

小麦粉と水を混ぜて、こねて、叩いて——

ガルくんの大きい手が、生地を優しく、でも力強く扱っとる。

「ガルくん、うまいやん!」

「……え、本当ですか……?」

「ほんまや。この生地、めっちゃええ感じや」

「…………」

ガルくんの顔が、ぱぁっと明るくなった。

「僕……できてます……?」

「できてるできてる(^^) めっちゃ上手やで」

「……えへへ……」

ガルくんが笑った。

初めて見た笑顔や。

この子、笑うとほんまに子どもやな。

「よしこさん」

「ん?」

「僕……もっと、やっていいですか?」

「ええよ。好きなだけやり」

ガルくんが生地をこね続けた。

その顔は——もう、震えてなかった。

パンを発酵させてる間に、スープも教えた。

野菜の切り方。煮込み加減。味付けのコツ。

ガルくんは真面目やから、全部メモしとった。指が太くて字が大きいけど、丁寧に書いとる。

「よしこさん、この火加減で大丈夫ですか……?」

「ばっちりやで(^^) ガルくん、勘がええわ」

「……えへへ……!」

嬉しそうに笑いながら鍋をかき混ぜるガルくん。

さっきまで泣いてた子と同じ子とは思えへん。

——料理って、ほんまにええな。何かを作るって、人を元気にするんや。


◆ヴェルザ視点

朝の食堂に、見慣れぬ光景があった。

——あの戦士が、厨房に立っている。

「魔王様……あれは……」

「ガルくんがスープ作ってくれたんや(^^)」

——今、この方はまた関西弁を。

「……スープを、でございますか?」

「うむ。戦士が自ら、野菜を切り、煮込み、味付けまで全て一人で仕上げたのだ。……見事であろう?」

魔王様が威厳ある声で仰った。——が、最後に口元が緩んでいた。

信じがたい。

あの気弱な少年が、料理を?

「ど、どうぞ……あの……僕が作ったスープです……」

戦士が皿を運んできた。

手が——震えていない。

いつもおどおどしていた彼の目に、少しだけ自信が見える。

「……いただきます」

一口飲んだ。

「…………これは」

美味い。

野菜の甘みが出ている。塩加減も絶妙だ。

素朴だが、心が温まる味。

「美味しゅうございます、戦士」

「……! ほ、本当ですか!」

戦士の顔が輝いた。

——この少年、こんな表情をするのか。

あの魔王様の厨房で、勇者パーティの戦士がスープを作り、四天王筆頭がそれを「美味い」と言う。

三百年、仕えてきたが——こんな朝食は初めてだ。


◆レオン視点

ガルドのスープを飲んだ。

「…………」

うまい。

野菜だけなのに、ちゃんと味がする。

「……別に」

言いかけて——

ガルドがこっちを見てた。

期待と不安が混じった顔で。

「……悪くねーよ」

それだけ言った。

ガルドが——

「……えへへ……!」

——泣きそうな顔で笑った。

くそ。

褒めたわけじゃねぇからな。

「レオン……ありがとう……」

「……礼言うな」

隣でリーゼがスープを飲んでた。

表情は変えてない。

でも——スプーンが止まってない。

「……おかわり、ある?」

リーゼの声。

「……! あ、あるよ! いっぱいあるから!」

ガルドが嬉しそうに立ち上がった。

——あいつ、泣いたり笑ったり忙しいな。


◆ガルド視点

みんなが、僕のスープを飲んでる。

レオンが「悪くねーよ」って言ってくれた。

リーゼがおかわりを頼んでくれた。

ヴェルザさんが「美味しい」って言ってくれた。

よしこさんが——

「ガルくん、ほんまに才能あるで(^^)」

——笑ってくれた。

僕、初めて。

初めて、「できた」。

戦えなくても。

剣が持てなくても。

僕にも、できることがあった。

「……よしこさん」

「ん?」

「僕……もっと、料理、教えてもらっていいですか?」

「ええよ(^^) 一緒にやろな」

よしこさんが頭を撫でてくれた。

——温かい。

僕、ここにいていいんだ。

戦士じゃなくても。

強くなくても。

僕は、僕でいいんだ。


◆よしこ視点

朝の食卓。

五人でスープを飲む。

ガルくんが作った、初めてのスープ。

不恰好やけど、優しい味や。

この子の心が、ちゃんと入っとる。

「ガルくん」

「はい」

「これからも一緒に、ごはん作ろな」

「……はい!」

ガルくんが笑った。

——ええ顔や。

戦わんでええ。

無理せんでええ。

あんたは、あんたでええ。

それを、この子がやっとわかってくれた。

「ヴェルちゃん、おかわりどう?」

「ヴェルザです、魔王様」

ヴェルちゃんが即答した。

「あらあら、失礼(^^) ——うふふ、何でもありませんわ」

関西弁が漏れたんがバレたかと思うて、慌てて取り繕った。ヴェルちゃんが深く溜息をついとった。——この流れ、何回目やろな(^^)

「おかわり、いただけますか」

「ガルくん、ヴェルちゃん——ヴェルザに、おかわりあげて」

「はい! ……あ、あの、ヴェルザさん、どうぞ!」

ガルくんが嬉しそうにスープを注ぐ。

——ええなぁ。

朝ごはんは、こうでなくっちゃ。

みんなで囲んで、温かいもん食べて、笑って。

それだけで、ええねん。

それが、一番大事やねん。

——ところで。

さっきヴェルちゃんが「昨日、城に文が届いた」って言うてたな。

王都からの文。内容は「勇者パーティの消息を問う」とかなんとか。

……お客さん来るんやったら、掃除せなあかんな。


【あとがき】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

第8話はガルドの話です。

ガルドは「戦えない戦士」でした。体が大きいというだけで戦士に仕立て上げられ、本当は農家を継ぎたかったのに、剣を持たされた。お母さんと芋を掘って、冬にスープを作る——そんな暮らしがしたかった。戦いが怖い。人を傷つけたくない。でもそれを言えば、仲間に見捨てられると思っていました。

よしこは言いました。「あんたはあんたでええ」——それは、ガルドの存在そのものを肯定する言葉です。戦えなくてもいい。強くなくてもいい。あなたはそのままで価値がある。

料理は、ガルドの「居場所」になりました。剣を持てなくても、包丁は持てる。戦えなくても、人を幸せにできる。彼の大きな手は、傷つけるためじゃなく、温かいものを作るためにあったんです。

「僕にしか頼まれへん」——その一言が、ガルドの人生を変えました。誰かに必要とされること。自分にできることがあること。それがどれほど人を救うか。書いていて、ガルドが初めて「えへへ」って笑った瞬間に、こっちも泣きそうになりました。

次回、王都側が動き出します。「勇者が帰ってこない」——魔王城に調査隊がやってくる? よしこ「お客さん来るなら掃除せな(^^)」

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