S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第27話: 王都からの招聘状

第3アーク · 3,275文字 · revised

カティア王女の返事を待つこと三日。工房の朝は、馬車の音で始まった。

「リオンさん、すごい装飾の馬車が来てます! あれって——」

エルナが窓から顔を引っ込めた。

「王家の紋章です。間違いありません」

ミーナの声が珍しく硬い。

工房の外に出ると、漆黒の馬車が停まっていた。扉には紫の紋章。御者台には剣を帯びた護衛が二名。一人がリオンを見て頷き、封書を差し出した。

「辺境インフラ顧問、リオン殿。王女カティア・フォン・アステリア殿下よりの親書です」

「……親書」

リオンは封を切った。


——リオン殿

先日のご返信、確かに拝見いたしました。
 つきましては、王都アステラにお越しいただきたく、正式にご招聘いたします。

辺境で確立されたという魔法陣の保守運用体制——手順書による知識共有、冗長化による信頼性向上、SLA契約による明確な責任範囲の設定——これらは王都においても、いえ、王国全体において実現すべき施策です。

率直に申し上げます。
 王都の魔法インフラは、辺境以上の問題を抱えています。

ご多忙とは存じますが、辺境での実績を直接お伺いしたく、一度王都にお越しいただけないでしょうか。宿と交通費、報酬は王家が負担いたします。

お返事をお待ちしております。

——アステリア王国第二王女 カティア・フォン・アステリア


「……やっぱり来た」

リオンは手紙を折りたたみ、深いため息をついた。

辺境で成功した業務改善が本社に呼ばれるパターン。前世でも何度か経験した。地方支店で地道に積み上げた実績が、本社の政治に揉まれて消えていく。そんな未来が透けて見える。

「リオンさん、どうするんですか?」

エルナが覗き込む。

「……断れると思う?」

「無理ですね」

即答だった。

ミーナが帳簿を閉じた。

「王女様からの正式招聘を断ったら、辺境伯の立場も悪くなります。それに、王都の保守契約が取れたら、規模が全然違いますよ」

「お金の話に持っていくの早いな」

「だって大事じゃないですか」

ドルクが鍛冶場から出てきて、腕を組んだまま手紙を一瞥した。

「行くんだろ?」

「……はい」

リオンは手紙を懐にしまった。

王都の魔法インフラが辺境以上の問題を抱えているなら——知ってしまった以上、放っておけない。それが技術者の(さが)だ。


昼食の席で、工房の全員が集まった。

「とりあえず、一度は行きます。視察と情報収集。王都の現状を【診断】で見て、何ができるか判断する」

「私も行きます」

エルナが即答した。

「リオンさん一人だと、また夜中に作業して倒れますから」

「そこまで信用ないのか……」

「ありません」

断言された。

ミーナが手を挙げた。

「あたしも行きます。契約の交渉、宿の手配、経費精算——リオンさん一人に任せたら絶対トラブります」

「それも信用ないな」

「前世でホテルの予約忘れたって言ってたじゃないですか」

痛いところを突かれた。

ドルクがスープを啜りながら、短く言った。

「俺は留守番だな」

「え」

「辺境のメンテは続ける。誰かいなきゃまずいだろ」

リオンは少し驚いた。ドルクは普段、最低限しか口を出さない。だが、今回は自分から役割を引き受けた。

「手順書はある。予備パーツもある。最悪、通信魔法陣で連絡すりゃいい。お前がいなきゃ回らない体制は、お前が一番嫌いだろ?」

「……ありがとう、ドルクさん」

「礼はいらねぇ。帰ったら土産話を聞かせろ。王都がどれだけひどいか、楽しみにしてる」

三人が笑った。


午後、リオンは村長のグラムを訪ねた。

「王都に行くことになりました。エルナとミーナを連れて、一週間ほど」

「カティア殿下からの招聘か。断れんわな」

グラムは煙草をふかしながら頷いた。

「辺境のメンテは大丈夫なのか?」

「ドルクさんが残ります。手順書と監視体制があれば、緊急対応も可能です。それに——」

リオンはルーンフェル村の防壁魔法陣の監視結晶石を取り出した。淡い青の光が穏やかに明滅している。

「辺境は今、安定稼働してます。一週間なら問題ありません」

「お前さんがそう言うなら、信じよう」

グラムは煙草を灰皿に置いた。

「ただな、リオン。王都ってのは辺境と違う。政治がある。貴族がいる。魔術局ってのも、一枚岩じゃねぇだろう」

「……わかってます」

「本当にわかってるか? お前は技術の話しかしねぇから、政治に巻き込まれると弱いぞ」

かつての記憶が頭をよぎった。本社に呼ばれて、派閥争いに巻き込まれて、提案が握りつぶされた。あのときの無力感。

「だからエルナとミーナを連れていくんです。僕一人だと確実に地雷を踏むから」

「賢明だな」

グラムは笑った。


出発の前日。工房の全員で準備を進めた。

ミーナが旅の予算を組み、宿の予約を済ませ、契約書のひな型を作った。

エルナが辺境の手順書を整理し、ドルクに引き継ぎを行った。

ドルクは黙々と予備の刻印板を打ち、緊急時の連絡手順を確認した。

リオンは診断室で監視結晶石を一つ一つ確認していた。

ルーンフェル村、ミルデ村、ブラント村、ラーゼン、ヘルム集落、ベルクハルト辺境伯の館。六つの結晶石がすべて正常に明滅している。

「全部、安定してる……」

呟いて、リオンは小さく笑った。

一年前には考えられなかった光景だ。辺境の魔法陣は劣化し、障害が頻発し、誰も手を打てずにいた。今は手順書がある。冗長化がある。定期メンテがある。ドルクがいる。エルナがいる。

この体制なら、僕がいなくても回る。

それが嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちだった。


夕方、エルナが診断室に入ってきた。

「リオンさん、荷物まとめましたか?」

「まだ」

「やっぱり」

エルナは呆れたように笑って、隣に座った。

「王都、緊張しますね。私、村から出たことほとんどないんです」

「僕もだよ。ルーンフェル村に転生してから、辺境を回っただけだ」

「前の世界では都会だったんですよね?」

「うん。東京。人が多くて、電車が走ってて、夜でも明るい街」

「それ、王都も同じじゃないですか?」

「似てるかもな。ただ——」

リオンは結晶石の明滅を見つめた。

「前の世界の都会は、誰も助けてくれなかった。今は——エルナがいる」

エルナの頬が、夕焼けとは別の理由で赤くなった。

「……当たり前じゃないですか。リオンさん一人にしたら、また倒れるんですから」

「倒れないよ」

「信用してません」

二人で笑った。


出発の朝。

工房の前に王家の馬車が再び停まった。御者が扉を開け、リオンたちを待っている。

エルナとミーナが荷物を積み込む。リオンは最後にドルクと向き合った。

「ドルクさん、辺境を頼みます」

「ああ。お前も無理すんなよ」

「わかってます」

「わかってねぇだろ」

ドルクは短く笑って、リオンの肩を叩いた。

「定時で帰れよ」

「……はい」


馬車が動き出した。

窓から見える景色が、ゆっくりと流れていく。ルーンフェル村の畑、森、遠くの山並み。すべての地下を、魔法陣のネットワークが走っている。リオンたちが直し、整え、安定稼働させてきたインフラだ。

「リオンさん、やっぱり不安なんですか?」

エルナが隣から覗き込んだ。

「少し。以前、似たようなことがあって、失敗したから」

「今回は大丈夫ですよ」

「なんで?」

「だって、リオンさん一人じゃないですから」

ミーナが向かいの席から頷いた。

「契約の話はあたしに任せてください。丸め込まれないようにしますから」

「頼りになるな」

「当然です」

リオンは窓の外を見た。辺境が遠ざかっていく。

王都には何が待っているのか。カティア王女は何を求めているのか。魔術局とはどんな組織なのか。

わからないことだらけだ。

でも——今回は一人じゃない。エルナがいる。ミーナがいる。辺境には手順書がある。ドルクが残ってくれている。

かつての自分とは違う。

「……まあ、とりあえず現場を見てから考えよう」

呟いて、リオンは目を閉じた。

馬車は王都へと向かって走り続ける。

元SEの第二の人生が、新しい舞台へと動き出した。


【あとがき】
第27話「王都からの招聘状」でした。辺境で築いた信頼と仕組みがあるからこそ、リオンは新たな戦場へ踏み出せる。次回、いよいよ王都到着です。

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