S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第29話: 我々のやり方に口を出すな

第3アーク · 3,779文字 · revised

王城の謁見室は、圧倒的だった。

天井は高く、壁には王家の歴史を描いた壁画が並ぶ。床は磨き上げられた大理石で、奥の玉座には誰もいない。

「第二王女カティア・フォン・アステリア殿下、入室されます」

扉が開いた。

銀髪の女性が、二人の従者を従えて入ってきた。紫の瞳、凛とした佇まい、優雅な歩き方。すべてが「王女」という言葉を体現している。

リオンは一歩前に出て、頭を下げた。エルナとミーナも続く。

「辺境インフラ顧問、リオンです。お招きいただき、ありがとうございます」

「顔を上げてください、リオン殿」

カティアの声は柔らかかった。

「わざわざ辺境から来ていただき、感謝しております。楽にしてください」

リオンが顔を上げると、カティアが微笑んでいた。手紙で感じた知性と、実際に会って感じる威厳。両方が同時に存在している。

「早速ですが、辺境での取り組みについてお話を伺いたく。こちらへどうぞ」

カティアは謁見室の奥にある小さな会議室へ案内した。


会議室には大きなテーブルと椅子。壁には王都の地図が掛けられている。

カティアが椅子に座ると、従者が紅茶を運んできた。

「まず、辺境での実績を拝見したいのですが」

リオンは鞄から資料を取り出した。ミーナが昨夜まとめた報告書だ。

「辺境の六箇所で魔法陣の保守運用を担当しています。冗長化による信頼性向上、定期メンテによる予防保全、SLA契約による明確な責任範囲の設定。この三つが柱です」

「SLA契約……」

カティアが資料を読み、目を細めた。

「年間稼働率九十九パーセントを保証する契約、とありますね」

「はい。稼働率を数値で保証することで、依頼主は安心できます。僕たちも緊張感を持って運用できます」

「興味深い。王都の魔術局は、そういう契約をしていません」

「していないんですか?」

「ええ。『壊れたら直す』という事後対応のみです。予防保全という概念がない」

リオンは資料をめくった。

「昨日、王都の魔法陣を【診断】で見ました。率直に言って、限界に近いです」

カティアの表情が僅かに曇った。

「やはり……」

「中央中継塔は過負荷で動いています。城壁の防壁魔法陣も劣化が進んでいます。冗長化されていない箇所が多すぎる。これ、いつ落ちてもおかしくない状態です」

「……魔術局には何度も指摘しました。ですが」

カティアは紅茶を置いた。

「『今まで壊れたことないから大丈夫だ』と言われます。局長のアルヴィスは優秀ですが、古い考え方に固執しています」

「アルヴィス……?」

「魔術局長官です。王国最高峰の魔術師。一人で王都のインフラの大半を支えています」

リオンは嫌な予感がした。

一人で全部やる天才。属人化の権化。何人か見てきた。そして、そういう人間は、チームでの運用を嫌がる。

「……会えますか、その局長に」

「ええ。午後、魔術局を訪問する予定です。リオン殿にも同行していただきたく」


午後、魔術局の建物に到着した。

王城の隣にある石造りの建物。五階建てで、屋上には通信魔法陣の中継アンテナが立っている。

「ここが魔術局……」

エルナが見上げた。

「王国の魔法インフラを管理する中枢です。全国の魔法陣の情報がここに集約されています」

カティアが案内する。

建物に入ると、魔術師たちが慌ただしく行き交っていた。羊皮紙を抱えて走る者、魔法陣の設計図を広げて議論する者。みな忙しそうだ。

リオンは【診断】を軽く発動した。

建物の地下に、巨大な魔力パスが走っている。王都全体の魔法陣を監視・制御するための中枢システムだ。でも、ログが取られていない。監視体制が不十分だ。

「これ、障害が起きても原因を追跡できないんじゃ……」

「リオンさん、また診断モード入ってます」

エルナが小声で注意した。


最上階の局長室。

扉が開くと、一人の男が立っていた。

白髪混じりの黒髪をオールバックにした、痩身で威厳のある男。深紫のローブを纏い、鋭い灰色の瞳でリオンを見下ろしている。

「殿下。お連れした者は」

「辺境インフラ顧問、リオンです。辺境で魔法陣の保守運用に成功した技術者です」

カティアが紹介した。

アルヴィスは腕を組んだまま、リオンを値踏みするように見た。

「……辺境の、小僧か」

第一声がそれだった。

リオンは内心でため息をついた。前世でも何度も見たタイプだ。自分の実績に絶対の自信を持ち、他者の意見を聞かない技術者。

「はじめまして、アルヴィス局長。リオンです」

「殿下から話は聞いている。辺境で冗長化だの手順書だのをやっているそうだな」

「はい」

「で? それを王都でもやれと?」

アルヴィスの声に、明確な不快感があった。

「我々のやり方に口を出すつもりか、小僧」


リオンは深呼吸した。

ここで感情的になったら負けだ。相手は王国最高峰の魔術師。実績も地位もある。こちらは辺境から来た若造。

「口を出すつもりはありません。ただ、王都の魔法陣を【診断】で見て、リスクを感じました」

「リスク?」

「劣化が進んでいます。冗長化されていない箇所が多い。このまま放置すれば、いつか大規模障害が起きます」

「今まで壊れたことはない」

「今まで壊れなかったから、これからも壊れないとは限りません」

アルヴィスの目が鋭くなった。

「小僧、お前は何もわかっていない。王都の魔法陣は古代から続く精緻なシステムだ。一朝一夕で構築されたものではない。私は五十年、この魔法陣を守ってきた」

「五十年、一人で?」

「そうだ」

「それがリスクです」

リオンの言葉に、室内の空気が凍った。

アルヴィスの顔に、明確な怒りが浮かんだ。

「……何だと?」

「一人に依存する体制は、単一障害点です。アルヴィス局長が倒れたら、王都の魔法インフラは誰が守るんですか?」

「私は倒れん」

「断言できますか? 病気も事故もないと?」

「——」

アルヴィスは黙った。

リオンは続けた。

「僕も前の世界で同じことをやりました。一人で障害対応をして、一人で設計をして、一人で運用した。結果、過労で倒れました。それで終わりです。システムは誰も直せなくなりました」

「……」

「アルヴィス局長、あなたの技術は本物だと思います。五十年守ってきた実績も尊敬します。でも、それを属人化させたままにするのは、王国全体のリスクです」

長い沈黙の後、アルヴィスが口を開いた。

「小僧。お前は何もわかっていない」

声は低く、冷たかった。

「魔法陣は生き物だ。刻一刻と状態が変わる。手順書に書けるような単純なものではない。天才一人の直感が、凡人百人のマニュアルに勝る」

「それは——」

「黙れ」

アルヴィスが手を振った。

瞬間、室内の魔力が動いた。リオンの喉が締め付けられる感覚。魔法を使わずに魔力を操作している。王国最高峰の実力を見せつけられた。

「カティア殿下。この小僧を連れてきたのは失敗でしたな。辺境の成功体験を、王都に持ち込もうとは笑止」

「アルヴィス——」

「我々のやり方に口を出すな。以上だ」


魔術局を出ると、リオンは深くため息をついた。

「……最悪だ」

「リオンさん、大丈夫ですか?」

エルナが心配そうに覗き込んだ。

「大丈夫じゃない。完全に敵に回した」

カティアが申し訳なさそうに言った。

「すみません、リオン殿。アルヴィスは頑固で」

「いえ、殿下のせいじゃありません。僕が言い方を間違えました」

リオンは王城を見上げた。

「でも——言いたいことは言えた。あの局長、本当に優秀なんでしょうね。だからこそ、一人で全部やれてしまう。それが問題だ」

「どうしますか?」

ミーナが聞いた。

「このまま帰りますか?」

「……いや」

リオンは首を振った。

「王都の魔法陣は限界に近い。アルヴィスが認めなくても、リスクは変わらない。何とかしないと、いつか、大規模障害が起きる」

「でも、局長が反対してるんですよ?」

「反対されても、やるしかない。前の世界で学んだ。正論だけじゃ人は動かない。なら、実績で示す」

リオンはカティアを見た。

「殿下、一つお願いがあります」

「何でしょう?」

「王都の魔法陣を、詳細に【診断】させてください。現状のリスク評価をして、報告書を作ります。それを見せれば、アルヴィスも無視できないはずです」

カティアは少し考え、頷いた。

「……わかりました。許可します。ただし、魔術局には内密に」

「ありがとうございます」


宿舎に戻ると、リオンはすぐに作業を始めた。

王都の地図を広げ、【診断】で見た魔法陣の位置をマッピングする。劣化率、推定残存寿命、単一障害点。すべて記録する。

「リオンさん、また夜通し作業する気ですか?」

「これ、早くまとめないと」

「定時で」

「わかってる。でも、これは緊急だ」

エルナが呆れたように笑った。

「結局、前の世界と同じじゃないですか」

「……否定できない」

ミーナが紅茶を淹れてきた。

「とりあえず、これ飲んでください。倒れられたら困りますから」

「ありがとう」

リオンは紅茶を受け取り、地図を見つめた。

王都の魔法陣ネットワーク。巨大で複雑で、劣化している。前世のレガシーシステムと同じだ。

でも——今回は一人じゃない。エルナがいる。ミーナがいる。辺境で築いた方法論がある。

アルヴィスが認めなくても、やるしかない。

元SEの意地を見せてやる。


【あとがき】
第29話「我々のやり方に口を出すな」でした。天才一人に依存する体制の脆さ。アルヴィスとの衝突は、属人化という構造問題への挑戦の始まりです。

文字数: 3,779