S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第32話: あなたは権力に興味がない

第3アーク · 3,095文字 · revised

翌日の夜。

カティアから「二人で話したい」と呼び出された。

場所は王城の私室ではなく、城の中庭にある東屋だった。月明かりの下、噴水の音だけが響いている。

「こんな夜に呼び出して、すみません」

カティアが椅子を勧めた。

「いえ、大丈夫です。何か?」

「……少し、技術の話ではない話をしたくて」

リオンは少し驚いた。カティアは常に政治と技術の話しかしない。私的な話をするタイプには見えなかった。

「リオン殿。あなたは——権力に興味がありますか?」

「ないです」

即答だった。

カティアが笑った。

「即答ですか」

「だって、面倒じゃないですか。権力って」

「……面倒」

「はい。権力を持つと、責任が増えて、会議が増えて、政治が絡んできて、結局、現場から離れる。僕は現場にいたいんです」

リオンは噴水を見た。

「前の世界で、管理職になったことがあります。チームリーダー。肩書きは立派でした。でも、キーボードに触る時間が減って、会議ばかりになって、障害が起きても自分の手で直せなくなった」

「それが嫌だった、と」

「はい。僕は【診断】で魔法陣を見て、原因を切り分けて、直したいんです。権力なんかいらない」

カティアは黙って聞いていた。

「……それが、どれほど珍しいことか」

「え?」

「この王都で、いえ、この王国で、権力に興味がないと言い切れる人間がどれだけいるか」

カティアの声に、僅かな苦みがあった。

「貴族は領地を広げたがり、魔術師は地位を求め、商人は利権を追う。誰もが何かを得ようとして、私に近づく」

「……」

「あなたもそうだと思っていました」

カティアはリオンを見た。

「辺境の若い技術者が、王女の後援を得て、王都で成り上がろうとしている。そう思っていました」

「違います」

「ええ。わかりました」

カティアは小さく笑った。

「あなたは本当に——ただ、魔法陣を直したいだけなんですね」

「そうです」

「それが……どれほど救いか」


沈黙が落ちた。

噴水の音だけが響く。

やがて、カティアが口を開いた。

「リオン殿、一つ質問があります」

「はい」

「あなたは——私を利用していますか?」

「……は?」

「王女の権威を利用して、自分の提案を通そうとしている。そう見えます」

リオンは少し考えた。

「……否定できません」

「正直ですね」

「だって、事実ですから。アルヴィス局長は僕の話を聞かない。でも、殿下の名前があれば、無視できない。それを利用してます」

「それを認めるんですか」

「嘘をついても意味ないですから」

カティアは驚いたように笑った。

「普通は誤魔化しますよ。『いえ、そんなことは』と」

「面倒じゃないですか、誤魔化すの」

「……本当に、あなたは政治に向いていない」

「自覚してます」


カティアが立ち上がり、噴水の縁に腰掛けた。

「リオン殿、一つ話をしてもいいですか。私の個人的な話を」

「どうぞ」

「私は第二王女です。王位継承順位は兄の次。つまり、普通なら、王になることはありません」

「……はい」

「でも、兄は保守派に取り込まれています。改革を嫌い、現状維持を望んでいる。このままでは、王国は停滞します」

カティアは月を見上げた。

「だから私は動きました。改革派の貴族を集め、魔術局に圧力をかけ、インフラの問題を指摘し、そして、あなたを呼びました」

「……政治的な動きですね」

「ええ。私は王女である前に、政治家です」

カティアは自嘲気味に笑った。

「でも、あなたと話していると、それが虚しくなるんです」

「え?」

「あなたは政治を考えない。権力を求めない。ただ——魔法陣を直したい、安定稼働させたい、それだけ」

カティアはリオンを見た。

「それが——どれほど眩しいか」


リオンは少し困った。

カティアの言葉には、明確な感情が乗っている。羨望、憧憬、そして何か別のもの。

「殿下、僕は」

「リオン、と呼んでください」

「え?」

「ここには誰もいません。堅苦しい呼び方はやめましょう」

カティアは微笑んだ。

「私も、カティアで構いません」

「それは……ちょっと……」

「命令です」

「……わかりました、カティア殿下」

「殿下は要りません」

「それは無理です」

二人で笑った。


カティアが噴水から立ち上がった。

「リオン。一つ約束してください」

「何をですか?」

「あなたが王都で成功しても、辺境を忘れないでください」

「……は?」

「リーティアを目覚めさせた功績は大きい。間違いなく、王都の有力者があなたを取り込もうとします。爵位を与え、屋敷を与え、王都に縛り付けようとする」

カティアの声が、真剣になった。

「でも——そうなったら、あなたは辺境に帰れなくなる。エルナやミーナ、ドルク。彼らと離れることになる」

「……」

「それでもいいですか?」

リオンは少し考えた。

王都での成功。爵位。屋敷。地位。

でも——それを得たら、辺境に帰れない。工房での朝食も、エルナとの現場作業も、ドルクとの酒も、ミーナの世話焼きも、全部失う。

「嫌です」

「即答ですね」

「だって、僕はあの工房が好きなんです。辺境が好きなんです。王都の政治に巻き込まれるのは、ごめんです」

カティアは微笑んだ。

「ならば、私が守ります」

「え?」

「あなたを王都に縛り付けようとする貴族から、守ります。辺境に帰れるように、手配します」

「なんでそこまで……」

「あなたが——権力に興味がないからです」

カティアはリオンの目を見た。

「権力に興味がない人間は、利用されやすい。そして、潰されやすい。だから、私が守ります」

「……ありがとうございます」

「礼はいりません。これは私の我儘ですから」


東屋を出ると、月が雲に隠れた。

カティアが先を歩き、リオンが後を追う。

「カティア殿下」

「はい?」

「一つ聞いてもいいですか」

「どうぞ」

「殿下は——本当は、どうしたいんですか?」

カティアの足が止まった。

「……どういう意味ですか?」

「政治家としてじゃなくて。一人の人間として」

カティアは振り返らなかった。

「……静かに暮らしたい、と思うことがあります」

「え?」

「誰にも期待されず、政治にも巻き込まれず——ただ、好きなことをして暮らす。あなたのように」

カティアの声が、僅かに震えた。

「でも、それは許されません。私は王女ですから」

「……」

「だからせめて——あなたには、そうあってほしい」

カティアは振り返った。月明かりの下、その表情は見えない。

「私の代わりに——自由でいてください」


宿舎に戻ると、エルナとミーナが待っていた。

「おかえりなさい、リオンさん。カティア殿下と何を話してたんですか?」

「……政治の話」

「嘘ですね」

エルナが即座に見抜いた。

「リオンさん、顔に出てますよ。何かあったでしょう」

「……何もない」

「絶対あります」

ミーナも頷いた。

「リオンさん、カティア殿下に何か言われたんですか?」

「……言われてない」

「怪しい……」

二人の追求から逃げるように、リオンは自室に入った。

ベッドに座り、天井を見上げる。

カティアの言葉が頭に残っている。

——私の代わりに、自由でいてください。

「……重いな」

呟いて、リオンは窓を開けた。

王都の夜景が広がる。そして遠くに、辺境の方向。

あの工房に帰りたい。エルナと現場を回り、ドルクと酒を飲み、ミーナに朝食を作ってもらう。そんな日常に。

「早く仕事を終わらせて、帰ろう」

呟いて、リオンは窓を閉めた。

明日、アルヴィス局長にリーティアのデータを見せる。そして、王都のインフラ改革を進める。

それが終わったら辺境に帰る。

元SEの第二の人生は、まだ道半ばだ。


【あとがき】
第32話「あなたは権力に興味がない」でした。権力に無関心な技術者と、自由を求める王女。二人の対話が、物語に新たな軸を加えます。

文字数: 3,095