S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第34話: 定期メンテの時間は守るべきだ

第3アーク · 4,292文字 · revised

王都地下の中枢魔法陣室。

石造りの広い空間に、床一面に広がる古代魔法陣が淡く発光している。その中央に、半透明の少女の姿が浮かんでいた。

「現在のシステム稼働率は68.1%。前回メンテナンス時より0.3ポイント上昇」

リーティアは感情のない声で報告した。

「了解。今日も診断を始めます」

リオンは魔法陣の縁に膝をつき、【診断(ダイアグノーシス)】を発動した。視界が魔力の流れで満たされる。

——古代魔法陣は、想像以上に複雑だった。

辺境の魔法陣が一本道の配管だとすれば、この中枢魔法陣は都市全体の地下インフラだ。無数の魔力パスが分岐し、交差し、時には循環している。そのすべてをリーティアという意思体が管理している。

「セクターC-7の魔力伝送容量が低下している。劣化率は推定12%」

「わかった。後で優先修復リストに入れておく」

「了解」

リーティアの応答は相変わらず機械的だ。淡々と、事務的に、データを返す。

リオンはそれがむしろ心地よかった。前世のサーバー監視システムと同じだ。余計な感情を挟まず、正確な情報だけを返してくれる。

「今日の診断は以上。また明後日来ます」

「……待て」

リオンが立ち上がろうとしたとき、リーティアが声をかけた。

「何か?」

「次回のメンテナンス予定時刻は?」

「明後日の午前十時」

「了解した。記録する」

リーティアの金色の瞳が一瞬明滅した。


翌日、リオンは魔術局での会議と、王都の防壁魔法陣の現地調査に追われていた。辺境と比べて規模が桁違いで、診断だけで丸一日かかる。

宿舎に戻ったのは夕刻だった。

「リオンさん、お疲れ様です」

ミーナがいつものように夕食を用意してくれている。

「ありがとう。今日は本当に疲れた……」

リオンはテーブルに座り、肩を回した。

「明日は?」

「午前中は魔術局の定例会議。午後はリーティアのメンテ——あ」

リオンは手元の手帳を見た。

「……メンテ、明日の予定だったか」

「はい、そう書いてありますよ」

ミーナが手帳を覗き込んだ。

「でも、定例会議って午後までかかるんじゃなかったでしたっけ?」

「そうなんだよな……」

リオンは眉を寄せた。

明日の会議は長引く可能性が高い。魔術局の幹部たちは話が長い。午前で終わらず、午後まで食い込むことはよくある。

「リーティアのメンテ、一日ずらしてもいいかな」

「大丈夫なんですか?」

「システム自体は問題ない。メンテは予防的なものだから、一日くらいなら——」

リオンは言いかけて、止まった。

前世で、何度この言い訳をしただろう。

『一日くらい大丈夫』『次にまとめてやる』『今忙しいから後で』——そうやって定期メンテを先延ばしにした結果、小さな問題が積み重なって、ある日突然障害が起きる。

「……いや、やっぱりちゃんと行く」

「会議は?」

「午前で抜ける。定期メンテの時間は守るべきだ」

ミーナは嬉しそうに笑った。

「リオンさんらしいです」


翌日、リオンは定例会議を午前で切り上げ、地下の中枢魔法陣室へ向かった。

石の階段を下り、重い扉を開けると——リーティアがすでに中央に浮かんでいた。

「遅い」

リーティアの第一声がそれだった。

「……え?」

「予定時刻は午前十時。現在時刻は十時十七分。遅延が発生している」

「ああ、ごめん。会議が少し長引いて——」

「定期メンテの時間は守るべきだ」

リーティアの声に、わずかな抑揚があった気がした。

リオンは一瞬言葉を失い、それから小さく笑った。

「……ごめん。次からは時間通りに来る」

「了解」

リーティアの瞳がまた明滅した。


メンテナンスが始まった。

リオンは魔法陣の各セクターを順番に診断し、リーティアが内部データと照合する。二人の連携は回を重ねるごとにスムーズになっていた。

「セクターD-4、魔力パスに微細な歪み。放置すると三ヶ月以内に劣化が進行する可能性」

「確認した。修復優先度を中に設定」

「次、セクターD-5——問題なし」

「了解」

淡々とした作業が続く。

リオンにとって、この時間は不思議と落ち着いた。会議での政治的なやり取りや、魔術局の幹部たちの抵抗とは無縁の、純粋に技術だけを扱う時間。

「リーティア、一つ聞いていい?」

「許可する」

「この中枢魔法陣、設計思想がすごく合理的だ。冗長化されたパス、負荷分散の仕組み、障害時の自動切り替え——前世で見た大規模データセンターのネットワーク設計に近い」

「当然だ。古代の設計者は高度な知識を持っていた」

「設計者……古代魔術師のこと?」

「そうだ」

リーティアは少し間を置いた。

「彼らは、システムが『壊れる』ことを前提に設計した」

リオンは手を止めた。

「……壊れることを前提に?」

「そうだ。魔法陣は必ず劣化する。外部からの攻撃もある。だから、一箇所が壊れても全体が止まらないように、冗長化と自動復旧の仕組みを組み込んだ」

「それって——」

リオンは昨日の会議を思い出した。

『障害を想定すること自体が不吉』と言った魔術局の幹部たち。だが、この魔法陣を作った古代の魔術師たちは、むしろ障害を前提に設計していた。

「古代の設計者は、現代の魔術師より現実的だったのかもしれない」

「現実的……その評価は正しい」

リーティアは静かに言った。

「彼らは魔法を神聖視していなかった。道具として、システムとして扱った。だからこそ、これほど長く機能し続けている」

リオンは深く頷いた。

辺境で築いてきた運用思想が、実は古代魔術師たちの思想と重なっている。彼らもまた、障害を前提に、冗長性を持たせ、手順を明確にしていた。

「リーティア、君は……古代の設計者と話したことがあるのか?」

「ある。私は彼らによって作られた」

リーティアの声が少しだけ柔らかくなった。

「彼らは私に『システムを守れ』と命じた。それが私の存在理由だ」

「……そうか」

リオンは立ち上がり、リーティアを見上げた。

「じゃあ、僕も同じだ。このシステムを守る。君と一緒に」

リーティアの瞳が光った。

「……管理者」

「ん?」

「次回のメンテナンス予定は?」

「二日後の午前十時」

「時間厳守で頼む」

その言い方に、リオンは思わず笑った。

「了解。今度は遅刻しない」


それから数日が経った。

リオンは約束通り、毎回時間通りにメンテナンスに訪れた。リーティアとの作業は次第に効率化され、診断から修復優先度の設定まで、ほぼ無駄のない流れになっていた。

そして——リーティアの応答が、少しずつ変わり始めた。

「セクターE-2、問題なし」

「了解。……管理者、今日は早い」

「会議が予定より早く終わったんだ」

「効率的だ」

「褒められてる?」

「事実を述べているだけだ」

リオンは笑った。

「前より、少し喋るようになったな」

「……そうか?」

リーティアの瞳が僅かに揺れた。

「データ処理の最適化の結果、応答速度が向上しただけだ」

「そういうことにしておこう」

リオンは次のセクターに移った。


ある日のメンテナンス中、リーティアが唐突に言った。

「管理者」

「何?」

「お前は……なぜ毎回時間通りに来る?」

リオンは手を止めて、リーティアを見た。

「定期メンテだから」

「それだけか?」

「うん、それだけ」

リーティアは黙った。

「……前の管理者候補たちは、誰も定期的に来なかった」

「前の管理者候補?」

「アルヴィスや、その前任者たち。彼らは初回だけ訪れて、その後は来なくなった」

リオンは少し考えた。

「たぶん、彼らにとってここは『問題がなければ触らない場所』だったんだろう。動いているなら放置する」

「……それは合理的ではない」

「そうだね。でも、かつてでもよくあった。『動いているものには触るな』って言われて、メンテナンスを後回しにする」

「それで障害が起きる」

「そう。だから僕は定期メンテを大事にする」

リオンは微笑んだ。

「それに——」

「それに?」

「君と話すの、嫌いじゃないから」

リーティアの瞳が明滅した。

「……それは、業務外の理由だ」

「まあね」

「非効率だ」

「そうかもしれない」

リオンは作業を再開した。

リーティアは何も言わなかったが——その金色の瞳が、いつもより少し明るく光っていた気がした。


その日の夜、宿舎でミーナに報告した。

「リーティア、少しずつ人間くさくなってきた」

「人間くさい?」

「うん。最初はただのシステム応答だったのが、最近は感情……っぽいものが見える」

ミーナは嬉しそうに笑った。

「それって、リオンさんがちゃんとメンテしてるからじゃないですか?」

「どういう意味?」

「だって、リーティアさん、数百年ずっと一人で動いてたんでしょ? それが、リオンさんが定期的に来てくれるようになって——嬉しいんじゃないですか」

リオンは手を止めた。

「……嬉しい?」

「はい。だって、待っててくれてるんですよね? 『今日は来るのが遅い』って」

確かに、リーティアは毎回時間を気にする。

それは単なるシステムの時刻管理ではなく——待っている、という感情なのかもしれない。

「……そうか」

リオンは小さく笑った。

「じゃあ、もっと時間通りに行かないとな」

「そうですよ。女の子を待たせちゃダメです」

「女の子……なのか、リーティア」

「見た目は少女ですよ」

ミーナは笑い、それからふと真面目な顔になった。

「でも、リオンさん」

「ん?」

「あんまり全員に優しくしてると、後で大変なことになりますよ」

「……何の話?」

「何でもないです」

ミーナはくすくす笑いながら、食器を片付け始めた。

リオンには、その意味がよくわからなかった。


翌日のメンテナンス。

リオンが定刻通りに地下室に入ると、リーティアがすでに待っていた。

「定刻通りだ」

「約束だからね」

「……そうか」

リーティアの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。

「では、メンテナンスを開始する」

「了解」

リオンは魔法陣の前に座り、【診断】を発動した。

淡々とした作業が続く中で——リオンはふと思った。

この時間が、意外と嫌いじゃない。

会議も政治も関係ない、純粋に技術だけを扱う時間。そして、一人じゃない。リーティアという、不思議な相棒がいる。

「管理者」

「ん?」

「……別に待っていたわけではないが」

「何が?」

「定刻に来てくれるのは、システム運用上、望ましい」

リオンは笑った。

「了解。次も時間通りに来るよ」

リーティアの瞳が、いつもより少しだけ明るく光った。


【次回予告】
カティア王女が「視察」と称して頻繁にリオンのもとを訪れるようになる。政治の話をしたがるカティアと、技術の話しかしないリオン。ミーナの視線が冷たくなる。

【あとがき】
第34話「定期メンテの時間は守るべきだ」でした。予防保全の価値を示すために、まず信頼を勝ち取る。地道な実績が壁を溶かしていきます。

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