S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第47話: 壊すのではなく守る技術

第3アーク · 4,175文字 · revised

魔術局の診断室で、セラフィーナは王都の防壁魔法陣に【解呪(アナライズ)】を展開していた。

琥珀色の目が細くなり、魔法陣の構造が視界に浮かび上がる。入力パス、処理部、出力部、そして、脆弱性。

「……ここ」

彼女は魔力パスの接合部を指差した。

「この接続、認証が甘い。外部から偽の魔力信号を送り込めば、防壁の出力設定を書き換えられる」

リオンが【診断(ダイアグノーシス)】で同じ箇所を見る。確かに、魔力の流れに、不自然な隙間がある。

「……本当だ。これ、気づかなかった」

「帝国なら、ここを突く」

セラフィーナは淡々と続けた。

「偽の魔力信号で防壁の出力を下げる。そして、物理攻撃で突破する。防壁が弱っていれば、少ない兵力で落とせる」

「……恐ろしいな」

「そう。だから、塞ぐ」

セラフィーナは羊皮紙に図を描き始めた。

「ここに認証フィルタを追加する。魔力信号の送信元を検証して、正規のパスからの入力だけを受け付ける。これで、偽の信号は弾かれる」

リオンは図を見て、頷いた。

「完璧だ。……セラフィーナ、あなた本当にすごいな」

「……当然だ」

セラフィーナの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


その様子を、エルナは少し離れた場所から見ていた。

リオンとセラフィーナが、技術の話で盛り上がっている。二人の間に流れる空気は、仕事仲間のそれを超えて、何か通じ合っているように見えた。

「……」

エルナは、胸の奥に小さなもやもやを感じた。

嫉妬、というほどではない。でも、リオンが自分以外の誰かと、あんなに楽しそうに話すのを見るのは、初めてだった。

「エルナさん、どうかしました?」

ミーナが声をかけてきた。

「……何でもないです」

「そうですか? なんだか、難しい顔してましたけど」

「……本当に、何でもないです」

エルナは視線を逸らした。ミーナは、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。

「……もしかして、セラフィーナさんのこと?」

「!」

「図星ですね」

ミーナは小声で続けた。

「あたしもちょっと、複雑ですよ。リオンさん、あんなに楽しそうに話すんですね、技術の話だと」

「……ミーナちゃんも?」

「ええ。でも」

ミーナは肩をすくめた。

「あたしは技術わかんないから、仕方ないかなって。でも、エルナさんは技術者じゃないですか」

「……そうですけど」

「セラフィーナさんとは、違うんですね」

エルナは黙って、二人を見つめた。


昼休み、リオンはセラフィーナを工房に案内した。

「ここが僕たちの拠点です。診断室、資料室、それから、鍛冶場」

「……思ったより、小さい」

「辺境の工房ですから」

リオンは笑った。

「でも、ここで辺境のインフラを支えてきました。ルーンフェル村、ミルデ村、ブラント村、全部、ここから保守運用しています」

「……一人で?」

「最初はそうでした。でも今は、エルナ、ミーナ、ドルクさん。チームです」

セラフィーナは工房の中を見回した。整理された資料、監視結晶石、手順書の束。すべてが、システマティックに配置されている。

「……帝国とは、全然違う」

「どう違うんですか?」

「帝国は、壊すことしか考えていない。どうやって敵のインフラを落とすか、どうやって混乱させるか、それだけだ」

セラフィーナは窓の外を見た。

「守ることは、考えたこともなかった」


「でも、今は?」

リオンが尋ねた。

「……今は、守りたい」

セラフィーナは静かに言った。

「壊す技術しか知らなかった。でも、あなたの手順書を見て、思った。技術は、壊すためじゃなく守るためにあるんだと」

「……」

「【解呪】は、魔法陣の弱点を見つける能力だ。帝国では攻撃に使っていた。でも、防御にも使える」

セラフィーナはリオンを見た。

「弱点を見つけて、塞ぐ。それが、私の新しい仕事だ」

「ありがとう、セラフィーナ」

リオンは微笑んだ。

「あなたの力は、王都を守るために必要です」

「……ふん」

セラフィーナは顔を背けた。だが、その頬が、ほんの少しだけ赤くなっていた。


午後、診断作業が再開された。

セラフィーナは次々と脆弱性を見つけ、リオンがそれを記録する。エルナは魔力操作で実際に修正作業を行う、完璧な分業体制だった。

だが。

「この魔力パスの接続、もう少し出力を上げたほうがいい」

セラフィーナの指摘に、エルナが応える。

「……わかりました」

エルナの魔力操作で、魔力パスの出力が調整される。だが、。

「……違う。もっと繊細に」

「……やってます」

「いや、まだ粗い。この部分、0.3%単位で調整しないと」

「セラフィーナさん」

リオンが割って入った。

「エルナの操作、今ので十分です。0.3%の誤差は許容範囲内」

「……そうか」

セラフィーナは黙った。エルナは、少しだけ険しい表情でリオンを見た。

、気まずい空気が流れた。


夕方、作業が終わって工房に戻る途中、エルナがリオンに言った。

「……リオンさん」

「ん?」

「セラフィーナさん、技術は本物ですね」

「ああ。本当にすごい。あの【解呪】の精度、僕の【診断】では見つけられない脆弱性まで見つけてくれる」

「……そうですね」

エルナの声が、少しだけ沈んでいた。リオンは気づかなかった。

「エルナも今日、よく動いてくれた。魔力操作、完璧だったよ」

「……ありがとうございます」

「明日も頼むね」

「……はい」

エルナは、小さくため息をついた。


その夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。

「管理者。今日のシステム稼働率は98.7%。良好だ」

「うん。セラフィーナのおかげで、防壁の脆弱性が一つ塞がった」

「……彼女の【解呪】能力は、脅威だ」

「そうだね。でも、今は味方だ」

「……理解している」

リーティアは少し間を置いて、言った。

「管理者。補助管理者(エルナ)のログに異常を検知した」

「異常?」

「感情パラメータが、通常より15%低下している。原因は、不明」

リオンは首を傾げた。

「……エルナ、何かあったかな」

「……管理者は、人間関係の機微に疎い」

「え?」

「……何でもない。データ上の観測結果を報告しただけだ」

リーティアの声が、少しだけ呆れていた。


翌日、セラフィーナは魔術局の会議室でアルヴィスと対面していた。

「……帝国の工作技術を、すべて教えてもらおう」

アルヴィスの鋭い目が、セラフィーナを見つめる。

「わかった」

セラフィーナは羊皮紙を広げた。

「帝国の攻撃は、大きく分けて四種類ある。第一に、中間者攻撃(MITM)。通信経路に偽の中継陣を挿入して、情報を盗聴・改竄する」

「……ふむ」

「第二に、魔法陣インジェクション。入力パスから不正な術式を注入して、魔法陣の動作を書き換える」

「それは——リオンが対処したな」

「そうだ。浄化フィルタで対策済み」

セラフィーナは続けた。

「第三に、なりすまし攻撃。正規の管理者を装って、偽の指示を出す。これも——認証トークンで対策されている」

「……では、第四は?」

「サプライチェーン攻撃」

セラフィーナの声が、低くなった。

「魔法陣の素材——特殊鉱石や刻印板の材料に、あらかじめ不正な術式を埋め込んでおく。それを使った魔法陣は、特定の信号で一斉に暴走する」

アルヴィスの顔が、強張った。

「……それは、まだ使われていないのか?」

「わからない」

セラフィーナは首を振った。

「私が知る限り——帝国は十五年以上前から、素材に細工を施していた。いつ発動するかは——上層部しか知らない」

「……十五年前」

アルヴィスは窓の外を見た。

「……ということは、王都の魔法陣の一部は——すでに汚染されている可能性があるのか」

「ある」

静寂が落ちた。


その報告を聞いたリオンは、顔色を変えた。

「サプライチェーン攻撃……」

「知っているのか、小僧」

「前の世界で、最も恐れられていた攻撃です」

リオンは深く息を吐いた。

「ソフトウェアの開発段階で、悪意あるコードを仕込む。それが製品として出荷されれば。すべてのユーザーが汚染される。発覚したときには、もう手遅れだ」

「……」

「この世界でも、同じことが起きているのか」

リオンは拳を握った。

「素材レベルで汚染されていたら——僕たちの対策は、すべて無意味になる」

「……どうする」

「調べます」

リオンは顔を上げた。

「王都の魔法陣、特にここ十五年以内に構築・修復されたものをリストアップする。そして、素材の出所を確認する」

「膨大な作業になるぞ」

「でも、やらなければならない」

リオンは決意を込めて言った。

「サプライチェーン攻撃が本当なら——王都全体が、時限爆弾を抱えているようなものです」


その夜、工房でリオンは資料を広げていた。

王都の魔法陣構築記録。素材の納入記録。業者のリスト。すべてを洗い出す。

「……十五年分のデータ、全部調べるんですか?」

エルナが呆れた顔で言った。

「やるしかない」

「手伝います」

セラフィーナが部屋に入ってきた。

「私が帝国で見た、汚染素材の特徴を教える。それを基準に、リストを絞り込める」

「……ありがとう」

リオンは微笑んだ。セラフィーナは、少しだけ顔を背けた。

エルナは、その二人を見て——小さくため息をついた。

深夜、三人は黙々と作業を続けていた。

リオンが記録を読み上げ、セラフィーナが特徴を照合し、エルナがリストを作成する。

「……鉱石の納入業者、『カルヴァン商会』。帝国との取引歴あり——疑わしい」

「リストに追加」

「次、『ミラード鍛冶工房』。国内専門——白」

「了解」

単調な作業が続く。だが、三人の息は、次第に合ってきた。

「……リオン」

セラフィーナが呟いた。

「ん?」

「お前のチーム——いいな」

「……ありがとう」

「帝国では、こんなふうに協力することはなかった。命令があって、実行するだけ。誰も——一緒に考えることはなかった」

セラフィーナは羊皮紙を見つめた。

「でも、ここは違う。みんなで考えて、みんなで動く。それが——チームなんだな」

「そうだよ」

リオンは笑った。

「一人じゃ無理でも、チームなら——できる」

エルナが、少しだけ笑顔を見せた。

「……リオンさんが、いつも言ってることですね」

「うん」

三人は、また作業に戻った。

王都の夜が、静かに更けていく。

サプライチェーン攻撃。その脅威が、少しずつ明らかになっていく。

だが、今はまだ——準備の時間だ。


【あとがき】
第47話「壊すのではなく守る技術」でした。セラフィーナとの共同作業が始動。攻撃者の目線を防御に活かすという逆転の発想です。

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