警告音が鳴ったのは、深夜だった。
リオンは工房のベッドから飛び起き、監視結晶石を見た。王都第二防壁、出力が急激に低下している。
「……また障害か」
呟きながら【診断】を展開する。だが、視界に映った魔法陣の状態に、リオンは息を呑んだ。
「……これは」
異常な魔力の流れ。だが、それは、劣化でも過負荷でもなかった。
魔力パスの接続が、意図的に切断されている。
刻印板のパラメータが、人為的に書き換えられている。
これは、事故ではない。
「……サボタージュだ」
リオンは走った。
王都の魔術局へ。エルナとミーナを叩き起こし、一緒に飛び出す。
「リオンさん、何が」
「説明は後! とにかく急いで!」
三人は魔術局に駆け込んだ。中央監視室には、すでにアルヴィスとセラフィーナがいた。
「……小僧、見たか」
「見ました。これは」
「ああ。障害ではない」
アルヴィスの声が、低く響いた。
「攻撃だ」
リオンは第二防壁の現場に向かった。
地下の魔法陣室。巨大な魔法陣が床一面に広がっている。だが、その一部が、明らかに不自然に停止していた。
「【診断】」
視界に浮かぶ魔法陣の構造。そして、異常箇所が、次々と浮かび上がる。
魔力パスの接続部、三箇所が物理的に破壊されている。
刻印板のパラメータ、四箇所が書き換えられている。
そして、制御部に、見覚えのない術式が埋め込まれている。
「……これ、外部から侵入したんじゃない」
リオンは呟いた。
「内部犯行だ」
セラフィーナが【解呪】を展開した。
「……この術式、帝国のものだ」
「確実ですか?」
「間違いない。私が使っていた改竄術式と、構造が同じだ」
セラフィーナの声が震えた。
「でも、これは、私じゃない。私は——」
「わかってる」
リオンは即答した。
「あなたは今、ずっと監視下にあった。あなたの犯行じゃない」
「……」
「つまり、他に、帝国の工作員がいる」
アルヴィスが低く言った。
「王都の中に、スパイが潜んでいる」
リオンは魔力パスを辿った。
破壊された接続部。その位置、タイミング、手法。すべてが計算されている。
「これ、ただの破壊工作じゃない」
「どういうことだ」
「時限式だ」
リオンは魔法陣の制御部を指差した。
「ここに埋め込まれた術式を見てください。特定の時刻になると、自動的に魔力パスを切断する、トリガーが仕込まれています」
「……時限爆弾、か」
「はい。そして」
リオンは別の箇所を指差した。
「ここにも。ここにも。王都の主要な防壁、通信、水路、少なくとも十二箇所に、同じ術式が埋め込まれている」
「十二箇所……!」
カティアの顔が青ざめた。
「それが全部同時に発動したら」
「王都全体が、停止します」
リオンは深く息を吐いた。
「これは、計画的な攻撃だ」
魔術局の会議室に、緊急招集がかかった。
アルヴィス、カティア、リオン、エルナ、セラフィーナ、ミーナ——そして、数名の魔術局幹部。
「状況を整理する」
アルヴィスが口を開いた。
「王都の主要魔法陣、十二箇所に時限式の破壊術式が埋め込まれている。発動時刻は——明後日の正午」
「……二日後」
「対処法は?」
幹部の一人が尋ねた。リオンが答えた。
「術式を一つずつ解除していくしかありません。ただし、」
「時間がかかる、か」
「はい。一箇所あたり、最低でも二時間。十二箇所で——二十四時間」
「間に合わないではないか!」
「間に合わせます」
リオンは断言した。
「チームで動けば——可能です」
「セキュリティインシデント対応チームを編成します」
リオンは羊皮紙に図を描いた。
「リーダーは僕。副リーダーはアルヴィス局長。技術チームはエルナとセラフィーナ。監視・記録はミーナとリーティア」
「……小僧、お前がリーダーか」
「はい。これは運用の問題です。僕の専門分野だ」
アルヴィスは黙って頷いた。
「……わかった。お前に任せる」
「ありがとうございます」
リオンは続けた。
「十二箇所を三つのグループに分けます。グループAは防壁系。グループBは通信・水路系。グループCは灯火・補助系——優先度順です」
「優先度?」
「防壁が落ちれば、王都全体が危険にさらされます。通信が落ちれば、指揮系統が麻痺します。灯火は——最悪、後回しでも致命傷にはなりません」
「……冷徹だな」
「これが、トリアージです」
リオンは真剣な目で言った。
「全部を完璧に守ることはできません。優先順位をつけて、守れるものを確実に守る——それが、セキュリティインシデント対応の鉄則です」
作業が始まった。
リオンとエルナが防壁系の術式解除を担当。セラフィーナとアルヴィスが通信・水路系を担当。ミーナとリーティアが全体の進捗を監視する。
「第一防壁、術式解除開始」
リオンは【診断】で術式の構造を解析する。エルナが魔力操作で、慎重に術式を無効化していく。
「……複雑だ。三重のトラップがある」
「一つずつ、丁寧に」
「わかりました」
エルナの指先に魔力が集中する。術式の第一層が、ゆっくりと解除されていく。
「第一層、クリア」
「次、第二層」
緊張が続く。一つのミスが、術式の暴発を招く。
同時刻、セラフィーナとアルヴィスは通信系の術式と格闘していた。
「……この術式、私が作った改竄術式と酷似している」
セラフィーナが呟いた。
「だが、微妙に違う。誰かが、私の技術を模倣している」
「帝国の別の工作員か」
「可能性が高い」
セラフィーナは【解呪】で術式の核心を探る。
「……ここだ。この魔力結節点を解除すれば」
「待て」
アルヴィスが手を上げた。
「その結節点、罠だ。解除すれば暴発する」
「……!」
セラフィーナは手を止めた。アルヴィスが別の箇所を指差す。
「こちらが本命だ。まず、こちらを無効化してから」
「……わかった」
二人の呼吸が合い始めた。天才と元工作員——異なる道を歩んできた二人が、今は同じ目的のために動いている。
十時間後、第一陣の作業が完了した。
防壁系四箇所、通信系三箇所——合計七箇所の術式が解除された。
「進捗、58%」
ミーナが報告した。
「残り五箇所。予定より——三時間遅れています」
「……時間が足りない」
リオンは額の汗を拭った。
「このペースだと、発動時刻までに全部解除できない」
「……どうする」
「灯火系を諦めます」
リオンは即断した。
「優先度の低い灯火系三箇所は、後回し。防壁と通信を優先する」
「それでは、王都の一部が暗闇に」
「致し方ありません」
リオンは幹部を見た。
「全部を守ろうとして、全部落ちるよりはマシです」
静寂が落ちた。カティアが口を開いた。
「……リオン殿の判断を支持します」
作業が再開された。
だが、疲労が蓄積していた。エルナの魔力操作の精度が落ち、セラフィーナの集中力が途切れかける。
「……エルナ、休憩を」
「大丈夫です。まだ」
「無理するな」
リオンは強く言った。
「倒れたら、元も子もない。十分休んでから、また頼む」
「……はい」
エルナは渋々、休憩室に向かった。
リオンは一人、第五防壁の術式と向き合った。
これまでで最も複雑な構造。五重のトラップ、ダミーの魔力結節点、そして、暴発のリスク。
「……一人では、厳しいな」
呟いた瞬間、リーティアの声が響いた。
「管理者。補助管理者(エルナ)が休憩中のため、私が支援する」
「リーティア?」
「中枢魔法陣から、第五防壁への直接リンクを確立した。術式解除の演算支援を行う」
視界に、リーティアが解析した術式の構造図が浮かび上がる。
「……この経路で解除すれば、暴発のリスクは0.3%まで下げられる」
「ありがとう、リーティア」
「……礼を言われる事象ではない。管理者の負荷軽減は、システム全体の安定に寄与する。合理的判断だ」
リオンは小さく笑った。
「それでも、ありがとう」
明け方、全ての術式解除が完了した。
発動時刻の三時間前。ギリギリのタイミングだった。
「……終わった」
リオンは床に座り込んだ。エルナが駆け寄る。
「リオンさん、お疲れ様です!」
「……みんなのおかげだ」
セラフィーナが壁にもたれかかった。
「……疲れた。帝国で工作していたときより、よっぽど疲れた」
「守るほうが、大変だからな」
アルヴィスが言った。
「壊すのは簡単だ。だが、守るのは」
「難しい」
リオンが続けた。
「でも、やり遂げた」
会議室で、最終報告が行われた。
「防壁系、通信系、水路系。すべての術式を解除しました。灯火系三箇所は未対応ですが——致命的な影響はありません」
「ご苦労だった」
カティアが深く頭を下げた。
「リオン殿、そして皆様。王都を救っていただき、感謝します」
「……まだ、終わっていません」
リオンは真剣な顔で言った。
「これは——序章に過ぎません」
「どういうことだ」
「今回の攻撃は、時限式でした。つまり、犯人は、発動を見届けるつもりだった。発動が失敗したことに気づけば——」
「次の手を打ってくる、か」
「はい」
リオンは窓の外を見た。
「これは障害じゃない、攻撃だ。そして、攻撃者は、まだ諦めていない」
その夜、工房に戻ったリオンに、ミーナが温かいスープを差し出した。
「お疲れ様です、リオンさん。……今回は、本当に大変でしたね」
「ああ」
「でも、リオンさん、すごかったです。あんな複雑な状況で、冷静に判断して」
「……怖かったよ、本当は」
リオンは正直に言った。
「前の世界でも、セキュリティインシデントは経験した。でも、時限爆弾を解除するなんて、初めてだ」
「でも、やり遂げました」
「みんながいたから」
リオンは微笑んだ。
「一人じゃ、無理だった」
深夜、リオンは手順書を書いていた。
今回の対応を、すべて記録する。次に同じことが起きたとき——誰でも対応できるように。
「セキュリティインシデント対応手順」
羊皮紙に文字を綴る。
検知、トリアージ、術式解除、検証。すべてのステップを、明文化する。
「……これで、次は少しだけ楽になる」
窓の外、夜明けが近づいていた。
王都は、まだ動いている。
だが、敵も、まだ動いている。
「……戦いは、これからだ」
リオンは、また羊皮紙に向き直った。
【あとがき】
第48話「これは障害じゃない、攻撃だ」でした。帝国の本格的なサイバー攻撃が始まる。技術者の戦場は、魔法陣の前です。