S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第48話: これは障害じゃない、攻撃だ

第3アーク · 4,105文字 · revised

警告音が鳴ったのは、深夜だった。

リオンは工房のベッドから飛び起き、監視結晶石を見た。王都第二防壁、出力が急激に低下している。

「……また障害か」

呟きながら【診断(ダイアグノーシス)】を展開する。だが、視界に映った魔法陣の状態に、リオンは息を呑んだ。

「……これは」

異常な魔力の流れ。だが、それは、劣化でも過負荷でもなかった。

魔力パスの接続が、意図的に切断されている。

刻印板のパラメータが、人為的に書き換えられている。

これは、事故ではない。

「……サボタージュだ」


リオンは走った。

王都の魔術局へ。エルナとミーナを叩き起こし、一緒に飛び出す。

「リオンさん、何が」

「説明は後! とにかく急いで!」

三人は魔術局に駆け込んだ。中央監視室には、すでにアルヴィスとセラフィーナがいた。

「……小僧、見たか」

「見ました。これは」

「ああ。障害ではない」

アルヴィスの声が、低く響いた。

「攻撃だ」

リオンは第二防壁の現場に向かった。

地下の魔法陣室。巨大な魔法陣が床一面に広がっている。だが、その一部が、明らかに不自然に停止していた。

「【診断】」

視界に浮かぶ魔法陣の構造。そして、異常箇所が、次々と浮かび上がる。

魔力パスの接続部、三箇所が物理的に破壊されている。

刻印板のパラメータ、四箇所が書き換えられている。

そして、制御部に、見覚えのない術式が埋め込まれている。

「……これ、外部から侵入したんじゃない」

リオンは呟いた。

「内部犯行だ」

セラフィーナが【解呪(アナライズ)】を展開した。

「……この術式、帝国のものだ」

「確実ですか?」

「間違いない。私が使っていた改竄術式と、構造が同じだ」

セラフィーナの声が震えた。

「でも、これは、私じゃない。私は——」

「わかってる」

リオンは即答した。

「あなたは今、ずっと監視下にあった。あなたの犯行じゃない」

「……」

「つまり、他に、帝国の工作員がいる」

アルヴィスが低く言った。

「王都の中に、スパイが潜んでいる」


リオンは魔力パスを辿った。

破壊された接続部。その位置、タイミング、手法。すべてが計算されている。

「これ、ただの破壊工作じゃない」

「どういうことだ」

「時限式だ」

リオンは魔法陣の制御部を指差した。

「ここに埋め込まれた術式を見てください。特定の時刻になると、自動的に魔力パスを切断する、トリガーが仕込まれています」

「……時限爆弾、か」

「はい。そして」

リオンは別の箇所を指差した。

「ここにも。ここにも。王都の主要な防壁、通信、水路、少なくとも十二箇所に、同じ術式が埋め込まれている」

「十二箇所……!」

カティアの顔が青ざめた。

「それが全部同時に発動したら」

「王都全体が、停止します」

リオンは深く息を吐いた。

「これは、計画的な攻撃だ」


魔術局の会議室に、緊急招集がかかった。

アルヴィス、カティア、リオン、エルナ、セラフィーナ、ミーナ——そして、数名の魔術局幹部。

「状況を整理する」

アルヴィスが口を開いた。

「王都の主要魔法陣、十二箇所に時限式の破壊術式が埋め込まれている。発動時刻は——明後日の正午」

「……二日後」

「対処法は?」

幹部の一人が尋ねた。リオンが答えた。

「術式を一つずつ解除していくしかありません。ただし、」

「時間がかかる、か」

「はい。一箇所あたり、最低でも二時間。十二箇所で——二十四時間」

「間に合わないではないか!」

「間に合わせます」

リオンは断言した。

「チームで動けば——可能です」


「セキュリティインシデント対応チームを編成します」

リオンは羊皮紙に図を描いた。

「リーダーは僕。副リーダーはアルヴィス局長。技術チームはエルナとセラフィーナ。監視・記録はミーナとリーティア」

「……小僧、お前がリーダーか」

「はい。これは運用の問題です。僕の専門分野だ」

アルヴィスは黙って頷いた。

「……わかった。お前に任せる」

「ありがとうございます」

リオンは続けた。

「十二箇所を三つのグループに分けます。グループAは防壁系。グループBは通信・水路系。グループCは灯火・補助系——優先度順です」

「優先度?」

「防壁が落ちれば、王都全体が危険にさらされます。通信が落ちれば、指揮系統が麻痺します。灯火は——最悪、後回しでも致命傷にはなりません」

「……冷徹だな」

「これが、トリアージです」

リオンは真剣な目で言った。

「全部を完璧に守ることはできません。優先順位をつけて、守れるものを確実に守る——それが、セキュリティインシデント対応の鉄則です」


作業が始まった。

リオンとエルナが防壁系の術式解除を担当。セラフィーナとアルヴィスが通信・水路系を担当。ミーナとリーティアが全体の進捗を監視する。

「第一防壁、術式解除開始」

リオンは【診断】で術式の構造を解析する。エルナが魔力操作で、慎重に術式を無効化していく。

「……複雑だ。三重のトラップがある」

「一つずつ、丁寧に」

「わかりました」

エルナの指先に魔力が集中する。術式の第一層が、ゆっくりと解除されていく。

「第一層、クリア」

「次、第二層」

緊張が続く。一つのミスが、術式の暴発を招く。

同時刻、セラフィーナとアルヴィスは通信系の術式と格闘していた。

「……この術式、私が作った改竄術式と酷似している」

セラフィーナが呟いた。

「だが、微妙に違う。誰かが、私の技術を模倣している」

「帝国の別の工作員か」

「可能性が高い」

セラフィーナは【解呪】で術式の核心を探る。

「……ここだ。この魔力結節点を解除すれば」

「待て」

アルヴィスが手を上げた。

「その結節点、罠だ。解除すれば暴発する」

「……!」

セラフィーナは手を止めた。アルヴィスが別の箇所を指差す。

「こちらが本命だ。まず、こちらを無効化してから」

「……わかった」

二人の呼吸が合い始めた。天才と元工作員——異なる道を歩んできた二人が、今は同じ目的のために動いている。


十時間後、第一陣の作業が完了した。

防壁系四箇所、通信系三箇所——合計七箇所の術式が解除された。

「進捗、58%」

ミーナが報告した。

「残り五箇所。予定より——三時間遅れています」

「……時間が足りない」

リオンは額の汗を拭った。

「このペースだと、発動時刻までに全部解除できない」

「……どうする」

「灯火系を諦めます」

リオンは即断した。

「優先度の低い灯火系三箇所は、後回し。防壁と通信を優先する」

「それでは、王都の一部が暗闇に」

「致し方ありません」

リオンは幹部を見た。

「全部を守ろうとして、全部落ちるよりはマシです」

静寂が落ちた。カティアが口を開いた。

「……リオン殿の判断を支持します」


作業が再開された。

だが、疲労が蓄積していた。エルナの魔力操作の精度が落ち、セラフィーナの集中力が途切れかける。

「……エルナ、休憩を」

「大丈夫です。まだ」

「無理するな」

リオンは強く言った。

「倒れたら、元も子もない。十分休んでから、また頼む」

「……はい」

エルナは渋々、休憩室に向かった。

リオンは一人、第五防壁の術式と向き合った。

これまでで最も複雑な構造。五重のトラップ、ダミーの魔力結節点、そして、暴発のリスク。

「……一人では、厳しいな」

呟いた瞬間、リーティアの声が響いた。

「管理者。補助管理者(エルナ)が休憩中のため、私が支援する」

「リーティア?」

「中枢魔法陣から、第五防壁への直接リンクを確立した。術式解除の演算支援を行う」

視界に、リーティアが解析した術式の構造図が浮かび上がる。

「……この経路で解除すれば、暴発のリスクは0.3%まで下げられる」

「ありがとう、リーティア」

「……礼を言われる事象ではない。管理者の負荷軽減は、システム全体の安定に寄与する。合理的判断だ」

リオンは小さく笑った。

「それでも、ありがとう」


明け方、全ての術式解除が完了した。

発動時刻の三時間前。ギリギリのタイミングだった。

「……終わった」

リオンは床に座り込んだ。エルナが駆け寄る。

「リオンさん、お疲れ様です!」

「……みんなのおかげだ」

セラフィーナが壁にもたれかかった。

「……疲れた。帝国で工作していたときより、よっぽど疲れた」

「守るほうが、大変だからな」

アルヴィスが言った。

「壊すのは簡単だ。だが、守るのは」

「難しい」

リオンが続けた。

「でも、やり遂げた」


会議室で、最終報告が行われた。

「防壁系、通信系、水路系。すべての術式を解除しました。灯火系三箇所は未対応ですが——致命的な影響はありません」

「ご苦労だった」

カティアが深く頭を下げた。

「リオン殿、そして皆様。王都を救っていただき、感謝します」

「……まだ、終わっていません」

リオンは真剣な顔で言った。

「これは——序章に過ぎません」

「どういうことだ」

「今回の攻撃は、時限式でした。つまり、犯人は、発動を見届けるつもりだった。発動が失敗したことに気づけば——」

「次の手を打ってくる、か」

「はい」

リオンは窓の外を見た。

「これは障害じゃない、攻撃だ。そして、攻撃者は、まだ諦めていない」


その夜、工房に戻ったリオンに、ミーナが温かいスープを差し出した。

「お疲れ様です、リオンさん。……今回は、本当に大変でしたね」

「ああ」

「でも、リオンさん、すごかったです。あんな複雑な状況で、冷静に判断して」

「……怖かったよ、本当は」

リオンは正直に言った。

「前の世界でも、セキュリティインシデントは経験した。でも、時限爆弾を解除するなんて、初めてだ」

「でも、やり遂げました」

「みんながいたから」

リオンは微笑んだ。

「一人じゃ、無理だった」

深夜、リオンは手順書を書いていた。

今回の対応を、すべて記録する。次に同じことが起きたとき——誰でも対応できるように。

「セキュリティインシデント対応手順」

羊皮紙に文字を綴る。

検知、トリアージ、術式解除、検証。すべてのステップを、明文化する。

「……これで、次は少しだけ楽になる」

窓の外、夜明けが近づいていた。

王都は、まだ動いている。

だが、敵も、まだ動いている。

「……戦いは、これからだ」

リオンは、また羊皮紙に向き直った。

【あとがき】
第48話「これは障害じゃない、攻撃だ」でした。帝国の本格的なサイバー攻撃が始まる。技術者の戦場は、魔法陣の前です。

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