王宮の謁見の間に、緊急の王国会議が招集された。
国王、カティア王女、第一王子、魔術局長官アルヴィス、そして、リオン。
「……辺境の魔術師が、なぜここに」
第一王子が眉をひそめた。カティアが答える。
「リオン殿は、今回のインシデントを解決した立役者です。そして」
カティアはリオンを見た。
「今、王国で最もインフラ防衛を理解している者です」
「……ふん」
第一王子は不満そうだったが、黙った。
国王が口を開いた。
「では、報告を」
リオンは前に出て、羊皮紙を広げた。
「今回の攻撃は、計画的なものでした。王都の主要魔法陣十二箇所に時限式の破壊術式が埋め込まれ、同時発動する予定だった」
「だが、阻止したのだろう」
「はい。しかし、」
リオンは深く息を吐いた。
「これは序章に過ぎません。帝国の真の狙いは、もっと大きい」
ざわめきが広がる。
「セラフィーナ」
リオンが呼ぶと、元帝国工作員が前に出た。彼女の姿に、貴族たちが眉をひそめる。
「……敵国の工作員を、この場に」
「彼女は今、王国のために働いています」
リオンは断言した。
「そして、彼女だけが知っている、帝国の戦略があります」
セラフィーナが口を開いた。
「帝国の戦略は——『魔法インフラの破壊による国力低下』だ」
「……どういうことだ」
「帝国は、正面からの戦争では王国に勝てない。王国の軍事力、魔術師の数、国土の広さ。すべてで劣っている」
セラフィーナは冷静に続けた。
「だから、インフラを破壊する。防壁を落とし、通信を断ち、水路を止める。国民の生活を破綻させ、内部から崩壊させる、それが、帝国の戦略だ」
謁見の間が、静まり返った。
「それは、卑怯な」
「戦争に卑怯もない」
セラフィーナは冷たく言った。
「帝国は勝つために、最も効率的な方法を選んだ。それだけだ」
「具体的には、どのような攻撃が予想されるのだ」
国王が尋ねた。リオンが答える。
「まず、今回のような時限式の破壊工作。これは、継続します」
「……」
「次に、サプライチェーン攻撃。魔法陣の素材に不正な術式を埋め込み、一斉に発動させる。これが最も恐ろしい」
「素材……?」
「はい。帝国は十五年以上前から、輸出する特殊鉱石や刻印板の材料に細工を施していました。それを使った魔法陣は、帝国の信号で、いつでも暴走させられます」
貴族たちの顔が青ざめた。
「……それでは、王都の魔法陣の多くが」
「汚染されている可能性があります」
リオンは頷いた。
「今、その調査を進めています。ですが」
「間に合わない、か」
「時間がかかります。そして」
リオンは真剣な目で国王を見た。
「帝国は、待ってくれません」
「では、どうすればいい」
第一王子が苛立った声で言った。
「このまま手をこまねいて、インフラが破壊されるのを待つのか」
「いいえ」
リオンは首を振った。
「戦います」
「戦う? お前は魔術師ではないだろう。剣も持てない。どうやって」
「僕の戦場は、サーバールームだ」
リオンの声が、謁見の間に響いた。
「剣は持てません。攻撃魔法も使えません。でも、魔法インフラを守ることはできます。帝国がインフラを破壊しようとするなら、僕が、守り抜きます」
静寂が落ちた。
カティアが、小さく微笑んだ。
「具体的な対策を述べよ」
国王が促した。リオンは羊皮紙を広げる。
「第一に、既存魔法陣の脆弱性診断。セラフィーナの【解呪】で、すべての魔法陣の弱点を洗い出します」
「……全て、だと?」
「はい。王都だけで三百箇所。時間はかかりますが、必要です」
「第二に?」
「冗長化構成の全面展開。重要な魔法陣は、すべて予備を用意します。一つが落ちても、自動でフェイルオーバーする体制を作ります」
「第三に?」
「監視体制の強化。リーティアの中枢魔法陣と連携し、すべての魔法陣の状態をリアルタイムで監視します。異常を検知したら、即座に対応できる体制を」
「……それは、膨大な労力になるぞ」
「はい」
リオンは頷いた。
「でも、やらなければ、王国は守れません」
アルヴィスが前に出た。
「陛下。私からも、進言させていただきます」
「申せ」
「リオンの提案。すべて、正しいと思います」
貴族たちがざわめいた。あのアルヴィスが、若造の提案を支持した。
「今まで、私は一人で王都を守ってきました。ですが、それでは、もう限界です」
アルヴィスは深く息を吐いた。
「リオンの方法論、手順書、チーム運用、冗長化、それらがなければ、王都は守れません。私は——リオンに、全面的に協力します」
リオンは驚いて、アルヴィスを見た。
天才が、自分の限界を認め、若者に託す。
それは、勇気のいる決断だった。
「わかった」
国王が立ち上がった。
「リオン殿。そなたに、王国魔法インフラ防衛の全権を委任する」
「……!」
「必要な人員、資材、予算。すべて、そなたの判断に任せる。ただし、」
国王の目が、リオンを見つめた。
「王国を、守ってくれ」
リオンは深く頭を下げた。
「……全力を尽くします」
謁見の間を出ると、エルナとミーナが待っていた。
「リオンさん! どうでした?」
「……全権委任された」
「すごい!」
「……重いよ、本当に」
リオンは疲れた顔で笑った。
「王国のインフラ、全部守れって、前の世界でも、そんな責任は負ったことない」
「でも、やるんですよね」
エルナが真剣な目で言った。
「……やるよ」
リオンは頷いた。
「一人じゃ無理だけど、みんながいるから」
その夜、魔術局の会議室に臨時チームが集まった。
リオン、エルナ、ミーナ、アルヴィス、セラフィーナ、そして、リーティアが投影体で参加している。
「これより、王国魔法インフラ防衛チームの初回ミーティングを開始します」
リオンが口火を切った。
「目的は一つ、帝国の攻撃から、王国のインフラを守り抜くこと」
「……」
「役割分担をします。アルヴィス局長は、既存魔法陣の保守統括。セラフィーナは脆弱性診断。エルナは現場対応のリーダー。ミーナは物資調達と進捗管理。リーティアは監視と情報統合」
「お前は?」
アルヴィスが尋ねた。
「僕は、全体の指揮と、手順書の作成です」
リオンは微笑んだ。
「みんなの知識を形にして、誰でも対応できる体制を作る。それが、僕の仕事です」
「質問」
セラフィーナが手を上げた。
「帝国の次の攻撃は。いつ来ると思う?」
「……わかりません」
リオンは正直に答えた。
「でも、遅くとも一ヶ月以内だと思います」
「根拠は?」
「今回の時限式攻撃が失敗した。帝国は、焦っているはずです。次の手を、すぐに打ってくる——それが、攻撃者の心理です」
セラフィーナは頷いた。
「……なら、時間がない」
「はい。だから、」
リオンは全員を見回した。
「今日から、全力で動きます」
深夜、リオンは一人で王都の屋上に立っていた。
眼下に広がる街並み。灯火魔法陣が輝き、防壁が空を覆っている。
このすべてを——守る。
「……前の世界では、逃げた」
リオンは呟いた。
「大切なものより、仕事を優先して——結局、どっちも失った」
風が吹く。
「でも、今回は違う」
リオンは拳を握った。
「今回は——守り抜く。仕事も、大切な人たちも」
「リオンさん」
背後から、エルナの声がした。
「……エルナ、どうして」
「リオンさんが一人でここに来るの、知ってました」
エルナは隣に立った。
「……前の世界の話、聞きました。ミーナちゃんから」
「……あいつ、余計なことを」
「でも、リオンさん、今回は違いますよね」
エルナはリオンを見た。
「一人じゃない。私たちがいます」
「……うん」
「だから、無理しないでください。倒れたら、意味がないですから」
「……ありがとう、エルナ」
リオンは微笑んだ。
二人は、しばらく黙って夜景を見つめていた。
翌朝、リオンは早朝から魔術局に出勤した。
机の上に、膨大な資料が積まれている。王都の魔法陣リスト、素材納入記録、業者情報。すべてを、洗い出す。
「……やること、多すぎるな」
呟いた瞬間、ミーナが入ってきた。
「おはようございます、リオンさん! タスクリスト作りました!」
羊皮紙の束を抱えている。
「これが優先度A。これが優先度B。これが」
「……ミーナ、いつ作ったの、これ」
「昨日の夜から朝まで」
「……寝てないのか」
「リオンさんもでしょう」
ミーナは笑った。
「お互い様です」
昼前、セラフィーナが診断結果を持ってきた。
「第一防壁から第五防壁まで、脆弱性診断完了。重大な問題、十二箇所」
「……多いな」
「古い魔法陣ほど、穴だらけだ。早急に対処が必要」
「わかった。エルナに修復を依頼する」
セラフィーナは少し間を置いて、言った。
「……リオン」
「ん?」
「私——初めて、技術が人を守るために使えるって、実感した」
セラフィーナの琥珀色の目が、真剣だった。
「帝国では、壊すことしか教えられなかった。でも、守る技術のほうが、難しくて、やりがいがある」
「……うん」
「だから、最後まで、やらせてくれ」
リオンは微笑んだ。
「もちろん。頼りにしてる」
夕方、アルヴィスが執務室に来た。
「小僧——いや、リオン」
「はい」
「今日一日で、若い魔術師たちの様子が変わった」
アルヴィスは窓の外を見た。
「お前の手順書を読んで——『自分たちでも対応できるんだ』と、自信を持ち始めている」
「……それは、良いことですね」
「ああ。今まで、私一人に依存していた。だが、もう違う」
アルヴィスはリオンを見た。
「……お前が変えた。この王都を」
「僕一人じゃ、何もできませんよ」
「……ふん。謙遜するな」
アルヴィスは背を向けた。
「……だが、その謙虚さが——お前の強さなのかもしれんな」
深夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。
「管理者。本日のシステム稼働率、97.2%。良好」
「ありがとう、リーティア」
「……管理者。質問がある」
「何?」
「なぜ、管理者は戦うのか」
リーティアの声が、静かに響いた。
「剣も持てない。攻撃魔法も使えない。前線には立てない——なのに、なぜ」
「……守りたいものがあるから」
リオンは微笑んだ。
「この王都の人たち。エルナ、ミーナ、アルヴィス局長、セラフィーナ——みんな、大切だから」
「……」
「前の世界で、僕は大切なものを守れなかった。でも、今回は違う」
リオンはリーティアを見た。
「君も、守りたい」
「……私は、システムだ。守る価値があるのか」
「ある」
リオンは即答した。
「君は——もう、ただのシステムじゃない。リーティアだ」
リーティアの投影体が、ほんの少しだけ揺れた。
「……理解した。管理者の判断を、信頼する」
その夜、リオンは最後の手順書を書き上げた。
『王国魔法インフラ防衛マニュアル 第一版』
脆弱性診断手順、冗長化構成の設計指針、インシデント対応フロー。すべてが、この一冊に詰まっている。
「……これで、僕がいなくても——対応できる」
呟いて、リオンは窓の外を見た。
夜明けが近い。王都が、また目覚める。
帝国との戦いは。これから始まる。
だが。
「僕の戦場は、サーバールームだ」
リオンは、静かに宣言した。
「剣は持てない。魔法も使えない。でも、インフラを守ることはできる」
「帝国が破壊しようとするなら——僕が、守り抜く」
窓の外、朝日が昇り始めた。
第三アーク、終幕。
そして、第四アークへの、序曲。
王国と帝国の、静かなる戦争が、今、始まる。
【あとがき】
第49話「開戦の序曲」でした。Arc 3の集大成。守るべきものが明確になったリオンたちに、最大の試練が迫ります。