S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第49話: 開戦の序曲

第3アーク · 4,587文字 · revised

王宮の謁見の間に、緊急の王国会議が招集された。

国王、カティア王女、第一王子、魔術局長官アルヴィス、そして、リオン。

「……辺境の魔術師が、なぜここに」

第一王子が眉をひそめた。カティアが答える。

「リオン殿は、今回のインシデントを解決した立役者です。そして」

カティアはリオンを見た。

「今、王国で最もインフラ防衛を理解している者です」

「……ふん」

第一王子は不満そうだったが、黙った。

国王が口を開いた。

「では、報告を」


リオンは前に出て、羊皮紙を広げた。

「今回の攻撃は、計画的なものでした。王都の主要魔法陣十二箇所に時限式の破壊術式が埋め込まれ、同時発動する予定だった」

「だが、阻止したのだろう」

「はい。しかし、」

リオンは深く息を吐いた。

「これは序章に過ぎません。帝国の真の狙いは、もっと大きい」

ざわめきが広がる。

「セラフィーナ」

リオンが呼ぶと、元帝国工作員が前に出た。彼女の姿に、貴族たちが眉をひそめる。

「……敵国の工作員を、この場に」

「彼女は今、王国のために働いています」

リオンは断言した。

「そして、彼女だけが知っている、帝国の戦略があります」

セラフィーナが口を開いた。

「帝国の戦略は——『魔法インフラの破壊による国力低下』だ」

「……どういうことだ」

「帝国は、正面からの戦争では王国に勝てない。王国の軍事力、魔術師の数、国土の広さ。すべてで劣っている」

セラフィーナは冷静に続けた。

「だから、インフラを破壊する。防壁を落とし、通信を断ち、水路を止める。国民の生活を破綻させ、内部から崩壊させる、それが、帝国の戦略だ」

謁見の間が、静まり返った。

「それは、卑怯な」

「戦争に卑怯もない」

セラフィーナは冷たく言った。

「帝国は勝つために、最も効率的な方法を選んだ。それだけだ」

「具体的には、どのような攻撃が予想されるのだ」

国王が尋ねた。リオンが答える。

「まず、今回のような時限式の破壊工作。これは、継続します」

「……」

「次に、サプライチェーン攻撃。魔法陣の素材に不正な術式を埋め込み、一斉に発動させる。これが最も恐ろしい」

「素材……?」

「はい。帝国は十五年以上前から、輸出する特殊鉱石や刻印板の材料に細工を施していました。それを使った魔法陣は、帝国の信号で、いつでも暴走させられます」

貴族たちの顔が青ざめた。

「……それでは、王都の魔法陣の多くが」

「汚染されている可能性があります」

リオンは頷いた。

「今、その調査を進めています。ですが」

「間に合わない、か」

「時間がかかります。そして」

リオンは真剣な目で国王を見た。

「帝国は、待ってくれません」


「では、どうすればいい」

第一王子が苛立った声で言った。

「このまま手をこまねいて、インフラが破壊されるのを待つのか」

「いいえ」

リオンは首を振った。

「戦います」

「戦う? お前は魔術師ではないだろう。剣も持てない。どうやって」

「僕の戦場は、サーバールームだ」

リオンの声が、謁見の間に響いた。

「剣は持てません。攻撃魔法も使えません。でも、魔法インフラを守ることはできます。帝国がインフラを破壊しようとするなら、僕が、守り抜きます」

静寂が落ちた。

カティアが、小さく微笑んだ。

「具体的な対策を述べよ」

国王が促した。リオンは羊皮紙を広げる。

「第一に、既存魔法陣の脆弱性診断。セラフィーナの【解呪】で、すべての魔法陣の弱点を洗い出します」

「……全て、だと?」

「はい。王都だけで三百箇所。時間はかかりますが、必要です」

「第二に?」

「冗長化構成の全面展開。重要な魔法陣は、すべて予備を用意します。一つが落ちても、自動でフェイルオーバーする体制を作ります」

「第三に?」

「監視体制の強化。リーティアの中枢魔法陣と連携し、すべての魔法陣の状態をリアルタイムで監視します。異常を検知したら、即座に対応できる体制を」

「……それは、膨大な労力になるぞ」

「はい」

リオンは頷いた。

「でも、やらなければ、王国は守れません」


アルヴィスが前に出た。

「陛下。私からも、進言させていただきます」

「申せ」

「リオンの提案。すべて、正しいと思います」

貴族たちがざわめいた。あのアルヴィスが、若造の提案を支持した。

「今まで、私は一人で王都を守ってきました。ですが、それでは、もう限界です」

アルヴィスは深く息を吐いた。

「リオンの方法論、手順書、チーム運用、冗長化、それらがなければ、王都は守れません。私は——リオンに、全面的に協力します」

リオンは驚いて、アルヴィスを見た。

天才が、自分の限界を認め、若者に託す。

それは、勇気のいる決断だった。

「わかった」

国王が立ち上がった。

「リオン殿。そなたに、王国魔法インフラ防衛の全権を委任する」

「……!」

「必要な人員、資材、予算。すべて、そなたの判断に任せる。ただし、」

国王の目が、リオンを見つめた。

「王国を、守ってくれ」

リオンは深く頭を下げた。

「……全力を尽くします」

謁見の間を出ると、エルナとミーナが待っていた。

「リオンさん! どうでした?」

「……全権委任された」

「すごい!」

「……重いよ、本当に」

リオンは疲れた顔で笑った。

「王国のインフラ、全部守れって、前の世界でも、そんな責任は負ったことない」

「でも、やるんですよね」

エルナが真剣な目で言った。

「……やるよ」

リオンは頷いた。

「一人じゃ無理だけど、みんながいるから」

その夜、魔術局の会議室に臨時チームが集まった。

リオン、エルナ、ミーナ、アルヴィス、セラフィーナ、そして、リーティアが投影体で参加している。

「これより、王国魔法インフラ防衛チームの初回ミーティングを開始します」

リオンが口火を切った。

「目的は一つ、帝国の攻撃から、王国のインフラを守り抜くこと」

「……」

「役割分担をします。アルヴィス局長は、既存魔法陣の保守統括。セラフィーナは脆弱性診断。エルナは現場対応のリーダー。ミーナは物資調達と進捗管理。リーティアは監視と情報統合」

「お前は?」

アルヴィスが尋ねた。

「僕は、全体の指揮と、手順書の作成です」

リオンは微笑んだ。

「みんなの知識を形にして、誰でも対応できる体制を作る。それが、僕の仕事です」

「質問」

セラフィーナが手を上げた。

「帝国の次の攻撃は。いつ来ると思う?」

「……わかりません」

リオンは正直に答えた。

「でも、遅くとも一ヶ月以内だと思います」

「根拠は?」

「今回の時限式攻撃が失敗した。帝国は、焦っているはずです。次の手を、すぐに打ってくる——それが、攻撃者の心理です」

セラフィーナは頷いた。

「……なら、時間がない」

「はい。だから、」

リオンは全員を見回した。

「今日から、全力で動きます」


深夜、リオンは一人で王都の屋上に立っていた。

眼下に広がる街並み。灯火魔法陣が輝き、防壁が空を覆っている。

このすべてを——守る。

「……前の世界では、逃げた」

リオンは呟いた。

「大切なものより、仕事を優先して——結局、どっちも失った」

風が吹く。

「でも、今回は違う」

リオンは拳を握った。

「今回は——守り抜く。仕事も、大切な人たちも」

「リオンさん」

背後から、エルナの声がした。

「……エルナ、どうして」

「リオンさんが一人でここに来るの、知ってました」

エルナは隣に立った。

「……前の世界の話、聞きました。ミーナちゃんから」

「……あいつ、余計なことを」

「でも、リオンさん、今回は違いますよね」

エルナはリオンを見た。

「一人じゃない。私たちがいます」

「……うん」

「だから、無理しないでください。倒れたら、意味がないですから」

「……ありがとう、エルナ」

リオンは微笑んだ。

二人は、しばらく黙って夜景を見つめていた。


翌朝、リオンは早朝から魔術局に出勤した。

机の上に、膨大な資料が積まれている。王都の魔法陣リスト、素材納入記録、業者情報。すべてを、洗い出す。

「……やること、多すぎるな」

呟いた瞬間、ミーナが入ってきた。

「おはようございます、リオンさん! タスクリスト作りました!」

羊皮紙の束を抱えている。

「これが優先度A。これが優先度B。これが」

「……ミーナ、いつ作ったの、これ」

「昨日の夜から朝まで」

「……寝てないのか」

「リオンさんもでしょう」

ミーナは笑った。

「お互い様です」


昼前、セラフィーナが診断結果を持ってきた。

「第一防壁から第五防壁まで、脆弱性診断完了。重大な問題、十二箇所」

「……多いな」

「古い魔法陣ほど、穴だらけだ。早急に対処が必要」

「わかった。エルナに修復を依頼する」

セラフィーナは少し間を置いて、言った。

「……リオン」

「ん?」

「私——初めて、技術が人を守るために使えるって、実感した」

セラフィーナの琥珀色の目が、真剣だった。

「帝国では、壊すことしか教えられなかった。でも、守る技術のほうが、難しくて、やりがいがある」

「……うん」

「だから、最後まで、やらせてくれ」

リオンは微笑んだ。

「もちろん。頼りにしてる」


夕方、アルヴィスが執務室に来た。

「小僧——いや、リオン」

「はい」

「今日一日で、若い魔術師たちの様子が変わった」

アルヴィスは窓の外を見た。

「お前の手順書を読んで——『自分たちでも対応できるんだ』と、自信を持ち始めている」

「……それは、良いことですね」

「ああ。今まで、私一人に依存していた。だが、もう違う」

アルヴィスはリオンを見た。

「……お前が変えた。この王都を」

「僕一人じゃ、何もできませんよ」

「……ふん。謙遜するな」

アルヴィスは背を向けた。

「……だが、その謙虚さが——お前の強さなのかもしれんな」


深夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。

「管理者。本日のシステム稼働率、97.2%。良好」

「ありがとう、リーティア」

「……管理者。質問がある」

「何?」

「なぜ、管理者は戦うのか」

リーティアの声が、静かに響いた。

「剣も持てない。攻撃魔法も使えない。前線には立てない——なのに、なぜ」

「……守りたいものがあるから」

リオンは微笑んだ。

「この王都の人たち。エルナ、ミーナ、アルヴィス局長、セラフィーナ——みんな、大切だから」

「……」

「前の世界で、僕は大切なものを守れなかった。でも、今回は違う」

リオンはリーティアを見た。

「君も、守りたい」

「……私は、システムだ。守る価値があるのか」

「ある」

リオンは即答した。

「君は——もう、ただのシステムじゃない。リーティアだ」

リーティアの投影体が、ほんの少しだけ揺れた。

「……理解した。管理者の判断を、信頼する」


その夜、リオンは最後の手順書を書き上げた。

『王国魔法インフラ防衛マニュアル 第一版』

脆弱性診断手順、冗長化構成の設計指針、インシデント対応フロー。すべてが、この一冊に詰まっている。

「……これで、僕がいなくても——対応できる」

呟いて、リオンは窓の外を見た。

夜明けが近い。王都が、また目覚める。

帝国との戦いは。これから始まる。

だが。

「僕の戦場は、サーバールームだ」

リオンは、静かに宣言した。

「剣は持てない。魔法も使えない。でも、インフラを守ることはできる」

「帝国が破壊しようとするなら——僕が、守り抜く」

窓の外、朝日が昇り始めた。

第三アーク、終幕。

そして、第四アークへの、序曲。

王国と帝国の、静かなる戦争が、今、始まる。


【あとがき】
第49話「開戦の序曲」でした。Arc 3の集大成。守るべきものが明確になったリオンたちに、最大の試練が迫ります。

文字数: 4,587