S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第56話: ルールベースのフィルタリング

第4アーク · 3,974文字 · revised

魔力リミッターの設置から五日後。

王都の東側防壁に、警報が鳴り響いた。

「管理者。第二防壁に攻撃検知。数、三百五十六。継続的に増加中」

リーティアの声に、リオンは顔を上げた。

「三百五十六? 攻撃が?」

「肯定。小規模攻撃の連続。防壁は正常に防いでいるが、処理負荷が上昇している」

「見せて」

リオンの【診断】が、第二防壁の状態を映し出した。

そこには無数の魔力反応があった。一つ一つは弱い。防壁が簡単に防げるレベル。だが数が多すぎる。

「これ、低級魔獣か」

リオンは呟いた。

「ゴブリン、スライム、魔力ネズミ。雑魚を大量に送り込んでる」

「雑魚?」

エルナが尋ねた。

「でも、防壁は防いでますよね」

「防いでる。でも防壁の処理能力が圧迫されてる。一匹一匹は弱いけど、数が多すぎてリソースを食われてるんだ」

「それって」

「DDoS攻撃だ」


セラフィーナが駆けつけてきた。

「飽和攻撃か。帝国の古典的な手法だ」

「知ってるのか」

「ああ。防壁に大量の低レベル攻撃を送り込んで、処理能力を飽和させる。そして本命の攻撃が来る。防壁が雑魚の処理に忙殺されている隙に、強力な攻撃を混ぜる」

「なるほど」

リオンは歯噛みした。

「雑魚は囮か。本命はまだ来ていないのか」

「時間の問題だ」

リーティアが報告する。

「攻撃数、五百三十二。防壁処理負荷、七十二パーセント。このままでは飽和する」

リオンは拳を握った。

「このままじゃ、本命が来たときに対応できない。雑魚を自動で遮断する」

羊皮紙を取り出した。

「前の世界で言うファイアウォール。ルールベースのフィルタリングだ」

「ルールベース?」

「『これは脅威じゃない』というパターンを登録しておいて、該当する攻撃は防壁本体に届く前に弾く。そういう仕組みだよ」


セラフィーナが前に出た。

「それ、私にやらせてくれ」

「え?」

「パターンマッチングによる攻撃判定は帝国で訓練されたことだ」

セラフィーナは真剣な目でリオンを見た。

「低級魔獣の魔力パターンはわかる。フィルタリングルールを作るなら、私が適任だ」

「でも」

「信頼してくれ。私はもう、帝国の犬じゃない」

リオンは、セラフィーナを見た。琥珀色の目が、真っ直ぐにこちらを見つめている。

「わかった。頼む、セラフィーナ」


一時間後。セラフィーナはフィルタリングルールを完成させた。

羊皮紙に、魔力パターンの特徴が細かく記されている。ゴブリンの魔力パターンは周波数が低く安定しない。スライムの魔力パターンは均一で単純。魔力ネズミは短時間で減衰する。

リオンはルールを確認した。

「これ、完璧だ」

「当然だ」

セラフィーナは少し得意げに言った。

「帝国では、こういうパターン解析を何百回とやらされた。嫌いな訓練だったが、今になって役に立つとは」

「セラフィーナさん、すごいです」

エルナが感心して言った。

「これなら雑魚を全部弾けますね」

「理論上は。だが実装が必要だ」

セラフィーナはリオンを見た。

「リオン。これを防壁に組み込めるか?」

「やってみる」

リオンは防壁の入力部に、新しい魔力回路を追加し始めた。フィルタリング層。防壁本体の前に設置する、パターンマッチング機構。セラフィーナのルールを魔力回路に変換し、刻み込んでいく。

「エルナ、魔力パスをここに接続して」

「はい」

「リーティア、テストパターンを送ってくれ。ゴブリンレベルの魔力で」

「了解」

テスト魔力が流れ込む。瞬間、フィルタリング層が反応した。パターンマッチング成功。雑魚と判定。遮断。魔力が、防壁本体に届く前に弾かれた。

「成功だ」

エルナが拍手した。

「やりました!」


リオンはフィルタリング層を第二防壁に設置した。

「リーティア、実戦投入。フィルタリング層、起動」

「了解。フィルタリング層、起動」

瞬間、防壁の処理負荷が一気に下がった。

「処理負荷、七十二パーセントから三十五パーセントに低下。雑魚攻撃、フィルタリング層で遮断中」

「効いてる」

リオンは安堵の息を吐いた。

「これで本命が来ても対応できる」

その瞬間、警報が鳴った。

「管理者。強力な魔力反応を検知。第二防壁に接近中。出力、規定値の八百パーセント」

「来た!」

リオンは【診断】を集中させた。雑魚の群れの中に、一つだけ異質な魔力が混じっている。高位魔獣。おそらくオーガクラス。防壁を正面から破壊できる出力。

「フィルタリング層は?」

「パターン不一致。高位脅威と判定。防壁本体に処理を委譲」

「よし!」

リオンは拳を握った。

「雑魚はフィルタで弾かれてる。防壁本体は、高位脅威だけに集中できる」


第二防壁が、光を放った。

高位魔獣の攻撃を受け止め、魔力を分散させ、反射する。完璧な防御。雑魚に処理能力を食われていない防壁は、本来の性能を発揮できた。

「第二防壁、攻撃を完全防御。高位魔獣、撃退」

リーティアの報告に、リオンは深く息を吐いた。

「間に合った」

セラフィーナが隣で呟いた。

「ルールベースのフィルタリング。前の世界の技術か」

「うん。ファイアウォールの基本だよ」

「興味深い」

セラフィーナは真剣な目でリオンを見た。

「前の世界では、こういう防御技術が普通にあったのか」

「基本的な考え方としてはね」

エルナが尋ねた。

「でも、これ、新しいパターンが来たらどうするんですか?」

「ルールを更新する」

リオンは答えた。

「新しい攻撃パターンが来たら、セラフィーナが解析して、ルールに追加する。それを繰り返していけばどんどん賢くなる」

セラフィーナが続けた。

「学習型の防御機構か。面白い」

「帝国では、こういうのはなかったのか?」

「なかった。攻撃のパターン解析は訓練されたが、それを防御に使うという発想はなかった」

セラフィーナは少し寂しそうに笑った。

「帝国は壊すことしか考えていなかったから」


その夜、リオンはセラフィーナと二人で監視室にいた。フィルタリング層の動作ログを確認している。

「今日だけで雑魚攻撃、千二百三十七回。すべてフィルタで遮断」

「効率がいい」

セラフィーナは満足そうに頷いた。

「防壁本体のリソースは高位脅威のためだけに使われている」

「セラフィーナのおかげだよ。あのパターンルールがなければ、実装できなかった」

「礼はいい」

セラフィーナは視線を逸らした。

「これは私の贖罪だ」

「贖罪?」

「帝国で、私は攻撃のためにこの技術を使っていた」

セラフィーナの声が、静かに響いた。

「魔法陣の弱点を見つけて、攻撃パターンを作って、壊すことばかり考えていた」

「でもお前と一緒に働いて、わかった」

セラフィーナはリオンを見た。

「守る技術のほうが——難しくて、やりがいがある」


リオンは微笑んだ。

「うん。守るほうが難しいよ」

「なぜだ?」

「壊すのは一瞬でいい。でも守るのは、ずっと続けないといけない。毎日、毎時間、毎分。止まらずに動き続ける。それが、運用保守の仕事だから」

「そうか」

セラフィーナは少し考えて、言った。

「なら私も、ずっと続ける」

「え?」

「この王都のインフラを、お前と一緒に守り続ける」

セラフィーナの琥珀色の目が、真っ直ぐにリオンを見つめた。

「それが私のやりたいことだ」

リオンは少し驚いて、それから微笑んだ。

「ありがとう、セラフィーナ」

「礼はいい。ただ、技術が面白いだけだ」

「そう?」

「ああ。お前の方法論は興味深い。もっと学びたい」

「じゃあ、明日も一緒に作業しよう」

「ああ」

セラフィーナは、ほんの少しだけ嬉しそうに頷いた。

翌朝、リオンはフィルタリング層を全防壁に展開する作業を開始した。エルナとセラフィーナが手分けして、各防壁に魔力回路を追加していく。

「第一防壁、フィルタリング層設置完了」

「第四防壁も完了です」

「よし。残りは第五と第七だけだ」

ミーナが進捗表を確認している。

「このペースなら、今日中に全防壁にフィルタを設置できますね」

「ああ。そうすれば帝国の飽和攻撃は、もう通用しない」

夕方、第五防壁への大規模飽和攻撃があった。だがフィルタリング層が即座に反応し、雑魚をすべて遮断した。

「雑魚攻撃、千五百二十三回。すべて遮断。防壁本体への負荷、ゼロ」

リーティアの報告に、リオンは満足げに頷いた。

「完璧だ」

アルヴィスが隣で呟いた。

「お前の作る防御機構は、私一人よりも確実だな」

「局長一人じゃ、この数の雑魚は捌けませんから」

「ふん。そうだな」

アルヴィスは少し寂しそうに笑った。

「私が全盛期でも、千回の攻撃を同時に防ぐのは無理だ」

「でも仕組みを作れば、誰でも防げる。それが、運用保守の強みです」

その夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。

「管理者。本日の稼働率、97.5%。良好」

「ありがとう、リーティア。今日も無事に乗り切れた」

「管理者」

「ん?」

「フィルタリング層は効率的だ。防壁本体のリソース使用率が大幅に低下している」

「うん。セラフィーナのおかげだよ」

リーティアは少し間を置いて、言った。

「管理者はセラフィーナを信頼しているのだな」

「ああ。彼女は優秀な技術者だから」

リーティアの投影体が、ほんの少しだけ揺れた。

「私も、優秀なシステムだ」

「もちろん。君がいなければ、王都のインフラは守れない」

リーティアの金色の目が、少し明るくなった。

「管理者。定期メンテの時間だ」

「わかった。今日もよろしく」

窓の外、王都の夜景が広がっている。防壁の光が、静かに輝いていた。

DDoS的飽和攻撃——大量の雑魚による防壁処理の飽和。それは、ルールベースのフィルタリングによって完全に無力化された。

だが帝国の攻撃は、まだ続く。次は、どんな手を使ってくるのか。

リオンは警戒を緩めなかった。


**あとがき**:「雑魚の洪水を仕組みで弾く」。セラフィーナの攻撃者知識を守る側に転用し、パターンマッチでDDoSを無力化する第56話。千五百回の攻撃を人力で捌く不可能を、ルール一枚が解決する痛快さがテーマです。

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