S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第58話: 数字は嘘つかないですから

第4アーク · 3,768文字 · revised

王国軍の前線基地。

そこに届くはずの物資が遅れていた。

「魔力リミッターの予備部品が足りない!」

「防壁修復用の魔力結晶も在庫切れだ!」

兵站担当の将校が、頭を抱えていた。

リオンは羊皮紙を見ながら、眉をひそめた。

「おかしい。ドルクさんから三日前に発送されてるはずなのに」

「輸送ルートが混乱してるんだ」

将校が答えた。

「帝国の攻撃で、街道の一部が使えなくなった。迂回路を使ってるが、荷馬車が渋滞して、まったく進まない」

「それじゃあ、前線に物資が届かない」

「ああ。このままでは」


その瞬間、ミーナが羊皮紙の束を抱えて走ってきた。

「リオンさん! 物資の配送状況、全部まとめました!」

「ミーナ」

「街道の通行状況、荷馬車の積載量、各拠点の在庫、全部数字で洗い出しました」

ミーナは羊皮紙を広げた。そこには細かい数字が、びっしりと並んでいた。

「これは」

「輸送ルートの最適化案です」

ミーナは真剣な目でリオンを見た。

「今の配送ルートは非効率です。改善できます」

将校が眉をひそめた。

「素人が何を言う」

「素人じゃありません」

ミーナはきっぱりと言った。

「あたしは商人です。物流はあたしの専門です」

「リオンさん」

ミーナはリオンを見た。

「あたしに、やらせてください」

「わかった。頼む、ミーナ」


ミーナは、輸送ルートの地図を広げた。

「現在、王都からの物資は西街道を通って、中継拠点のラーゼンを経由して前線に届けられています」

「ああ」

「でも西街道は帝国の攻撃で、北側が通行止めになっている。だから荷馬車は南側の迂回路を使ってる」

ミーナは地図に線を引いた。

「この迂回路、距離が長すぎます。通常ルートの一・五倍。しかも荷馬車が全部この迂回路に集中してる。だから渋滞してます」

ミーナは計算機を取り出した。

「現在の荷馬車、合計三十二台。すべて迂回路に集中。一台が通過するのに平均四時間」

カチカチと計算機を弾く。

「全部通過するまで百二十八時間。五日以上かかります」

「五日」

リオンは呟いた。

「それじゃあ間に合わない」

「はい。だから東街道を使います」

「東街道?」

「東街道は距離が少し長いですが、通行止めがありません。しかも現在ほとんど使われていない。渋滞ゼロです」


将校が反論した。

「だが、東街道は山道だ。荷馬車の速度が落ちる」

「計算しました」

ミーナは即答した。

「東街道の荷馬車速度は通常の七割。でも渋滞がないので、トータルでは西街道より速いです」

「本当か」

「数字は嘘つかないですから」

ミーナは自信を持って言った。

「西街道、距離百キロ、渋滞あり、到着まで五日以上。東街道、距離百二十キロ、渋滞なし、到着まで二日。どちらが速いか、明白です」

リオンが尋ねた。

「でも、東街道に荷馬車を全部回したら、そっちも渋滞するんじゃないか?」

「しません」

ミーナは計算機を弾いた。

「東街道の通行容量は一日あたり二十台。現在の荷馬車は三十二台」

「二日かかるな」

「はい。でも西街道の五日よりは速い」

ミーナは地図を見た。

「さらに西街道の迂回路も併用します」

「併用?」

「西街道に十台、東街道に二十二台。負荷を分散させます」

ミーナは計算機を弾く。

「これなら全荷馬車が二日以内に前線に到着します」

将校は、ミーナの計算を確認して感心したように頷いた。

「見事だ」

「ありがとうございます」

ミーナは微笑んだ。

「あたしにできることは、これだから」


ミーナの提案は、即座に採用された。

荷馬車は二つのルートに分散され、物資は予定通り前線に届き始めた。

リオンは、ミーナの隣で羊皮紙を見ていた。

「すごいな、ミーナ」

「そんなことないです」

ミーナは少し照れた様子で言った。

「あたし、技術はわからないから、数字で貢献するしかないんです」

「でも」

リオンは真剣な目でミーナを見た。

「君の計算がなければ、前線は物資不足で崩壊してた」

「君はこの戦いに、必要不可欠だよ」


ミーナは少し驚いて、それから涙ぐんだ。

「リオンさん」

「ん?」

「あたし、ずっと思ってました」

ミーナの声が震えた。

「エルナさんは魔法が使えて、セラフィーナさんは解析ができて、みんなリオンさんの役に立ってる」

「でも、あたしは技術がわからない。魔法も使えない」

ミーナは俯いた。

「だからあたしだけ、部外者なんじゃないかって」

「そんなことない」

リオンは即答した。

「ミーナがいなければ、工房は回らない。物資も届かない。進捗も管理できない」

「君は僕たちのバックグラウンドプロセスだよ」

ミーナは顔を上げた。

「バックグラウンド?」

「裏で動いて、全体を支える仕組み」

リオンは微笑んだ。

「表に出ないけど、それがないとシステムは動かない。ミーナがいるから、僕は技術に集中できる。エルナは現場に行ける。アルヴィス局長は魔法に専念できる」

リオンはミーナの肩に手を置いた。

「君は僕たちを支えてくれてる」

ミーナは涙をこらえて微笑んだ。

「ありがとうございます、リオンさん」

「こちらこそ、ありがとう。これからも頼りにしてる」

「はい」

ミーナは涙を拭いて、計算機を握った。

「あたし、もっと頑張ります」

「無理はしないでね」

「リオンさんに言われたくないです」

ミーナは笑った。


翌日。ミーナは新しい提案を持ってきた。

「リオンさん、在庫管理の最適化案を作りました」

「在庫管理?」

「はい。各拠点の在庫を集計して、需要予測と照らし合わせて、最適な発注量を算出しました」

ミーナは羊皮紙を広げた。

「これなら過剰在庫も不足もなくなります」

「すごいな」

「それとドルクさんの工房との連携スケジュールも作りました」

ミーナは別の羊皮紙を出した。

「部品の製造時間と配送時間を考慮して、発注から納品までの最短ルートを」

「ちょっと待って」

リオンは笑った。

「ミーナ、それ全部一人でやったの?」

「はい」

「いつ寝たの」

「昨日は三時間くらい」

リオンは、ミーナの肩を掴んだ。

「ミーナ。無理しないで」

「でも」

「倒れたら意味がない。それは僕もミーナも同じだから。定期的に休んで。それも仕事の一部だから」

ミーナは少し寂しそうに笑った。

「リオンさんも、同じこと言われてるでしょう」

「うん。だからお互い、気をつけよう」

「はい」


その夜、ミーナはエルナと一緒に夕食を食べていた。

「ミーナちゃん、すごいね」

エルナが言った。

「物流の最適化、あたしには絶対できない」

「エルナさんこそ、魔法陣の修復はあたしには絶対できないです」

「ふふ。お互い様だね」

エルナは微笑んだ。

「でもミーナちゃん、リオンさんに褒められて嬉しそうだった」

ミーナは顔を赤くした。

「そ、そんなことないです」

「嘘。顔に出てるよ」

ミーナは少し俯いて呟いた。

「あたし、リオンさんのこと」

「好き?」

ミーナは頷いた。

「でもリオンさん、あたしのこと、たぶん仕事仲間としか見てない」

ミーナは寂しそうに笑った。

「あたし、技術わからないし、リオンさんと技術の話もできない。だからせめて、裏で支えることしかできないんです」

エルナは、ミーナの手を握った。

「ミーナちゃん」

「え」

「リオンさんは鈍感だけど、ちゃんと見てるよ。今日だって、ミーナちゃんのこと『必要不可欠』って言ってた」

「それは仕事としてですよ」

「そうかな」

エルナは微笑んだ。

「あたしにはもっと違う意味に聞こえたけど」

「本当に?」

「うん。リオンさん、ミーナちゃんにすごく感謝してる」

ミーナは少し希望を持って微笑んだ。

「ありがとう、エルナさん」

「ううん。あたしたち、ライバルだけど仲間だからね」

「はい」

二人は笑い合った。


翌朝、ドルクからの荷物が届いた。

魔力リミッターの予備部品。大量。

リオンは驚いた。

「これ、発注した量の倍以上ある」

ミーナが羊皮紙を確認した。

「あ、あたしが発注しました」

「え?」

「前線での消耗率を計算して、今後一ヶ月分の予備を先に発注しておきました」

ミーナは計算機を見せた。

「これなら急な需要にも対応できます」

リオンは、ミーナを見た。

「君、本当にすごいな」

「えへへ」

ミーナは照れた様子で笑った。

その日の午後、前線から感謝の伝令が届いた。

「物資が予定通り届いた。防壁の修復が順調に進んでいる。リオン殿とミーナ殿に感謝を」

リオンは伝令を聞いて、ミーナを見た。

「君のおかげだ」

「あたしだけじゃないです」

ミーナは首を振った。

「ドルクさんが作って、リオンさんが設計して、あたしはただ運んだだけです」

「いや」

リオンは微笑んだ。

「君が最適化してくれなかったら、物資は届かなかった」

「ミーナ。君はこの戦いの兵站を、一人で支えてる」

ミーナは涙ぐんで頷いた。

「あたし、頑張ります」

「うん。でも無理はしないでね」

「はい。リオンさんも」

「わかった」

二人は笑い合った。

窓の外、王都の街並みが広がっている。見えないところで物資が運ばれ、在庫が管理され、数字が計算されている。ミーナの仕事は表には出ない。でもそれがなければ、戦いは続けられない。

兵站。地味だが最も重要な仕事。ミーナはその役割を、完璧にこなしていた。

「あたしにできることは、これだから」

そう言って、彼女は計算機を握り続けた。


**あとがき**:魔法が使えない商人のミーナが、計算機ひとつで前線を救う第58話。「数字は嘘つかない」の一言に、技術者とは違う形でチームに貢献する裏方の矜持が凝縮されています。

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