王国軍の前線基地。
そこに届くはずの物資が遅れていた。
「魔力リミッターの予備部品が足りない!」
「防壁修復用の魔力結晶も在庫切れだ!」
兵站担当の将校が、頭を抱えていた。
リオンは羊皮紙を見ながら、眉をひそめた。
「おかしい。ドルクさんから三日前に発送されてるはずなのに」
「輸送ルートが混乱してるんだ」
将校が答えた。
「帝国の攻撃で、街道の一部が使えなくなった。迂回路を使ってるが、荷馬車が渋滞して、まったく進まない」
「それじゃあ、前線に物資が届かない」
「ああ。このままでは」
その瞬間、ミーナが羊皮紙の束を抱えて走ってきた。
「リオンさん! 物資の配送状況、全部まとめました!」
「ミーナ」
「街道の通行状況、荷馬車の積載量、各拠点の在庫、全部数字で洗い出しました」
ミーナは羊皮紙を広げた。そこには細かい数字が、びっしりと並んでいた。
「これは」
「輸送ルートの最適化案です」
ミーナは真剣な目でリオンを見た。
「今の配送ルートは非効率です。改善できます」
将校が眉をひそめた。
「素人が何を言う」
「素人じゃありません」
ミーナはきっぱりと言った。
「あたしは商人です。物流はあたしの専門です」
「リオンさん」
ミーナはリオンを見た。
「あたしに、やらせてください」
「わかった。頼む、ミーナ」
ミーナは、輸送ルートの地図を広げた。
「現在、王都からの物資は西街道を通って、中継拠点のラーゼンを経由して前線に届けられています」
「ああ」
「でも西街道は帝国の攻撃で、北側が通行止めになっている。だから荷馬車は南側の迂回路を使ってる」
ミーナは地図に線を引いた。
「この迂回路、距離が長すぎます。通常ルートの一・五倍。しかも荷馬車が全部この迂回路に集中してる。だから渋滞してます」
ミーナは計算機を取り出した。
「現在の荷馬車、合計三十二台。すべて迂回路に集中。一台が通過するのに平均四時間」
カチカチと計算機を弾く。
「全部通過するまで百二十八時間。五日以上かかります」
「五日」
リオンは呟いた。
「それじゃあ間に合わない」
「はい。だから東街道を使います」
「東街道?」
「東街道は距離が少し長いですが、通行止めがありません。しかも現在ほとんど使われていない。渋滞ゼロです」
将校が反論した。
「だが、東街道は山道だ。荷馬車の速度が落ちる」
「計算しました」
ミーナは即答した。
「東街道の荷馬車速度は通常の七割。でも渋滞がないので、トータルでは西街道より速いです」
「本当か」
「数字は嘘つかないですから」
ミーナは自信を持って言った。
「西街道、距離百キロ、渋滞あり、到着まで五日以上。東街道、距離百二十キロ、渋滞なし、到着まで二日。どちらが速いか、明白です」
リオンが尋ねた。
「でも、東街道に荷馬車を全部回したら、そっちも渋滞するんじゃないか?」
「しません」
ミーナは計算機を弾いた。
「東街道の通行容量は一日あたり二十台。現在の荷馬車は三十二台」
「二日かかるな」
「はい。でも西街道の五日よりは速い」
ミーナは地図を見た。
「さらに西街道の迂回路も併用します」
「併用?」
「西街道に十台、東街道に二十二台。負荷を分散させます」
ミーナは計算機を弾く。
「これなら全荷馬車が二日以内に前線に到着します」
将校は、ミーナの計算を確認して感心したように頷いた。
「見事だ」
「ありがとうございます」
ミーナは微笑んだ。
「あたしにできることは、これだから」
ミーナの提案は、即座に採用された。
荷馬車は二つのルートに分散され、物資は予定通り前線に届き始めた。
リオンは、ミーナの隣で羊皮紙を見ていた。
「すごいな、ミーナ」
「そんなことないです」
ミーナは少し照れた様子で言った。
「あたし、技術はわからないから、数字で貢献するしかないんです」
「でも」
リオンは真剣な目でミーナを見た。
「君の計算がなければ、前線は物資不足で崩壊してた」
「君はこの戦いに、必要不可欠だよ」
ミーナは少し驚いて、それから涙ぐんだ。
「リオンさん」
「ん?」
「あたし、ずっと思ってました」
ミーナの声が震えた。
「エルナさんは魔法が使えて、セラフィーナさんは解析ができて、みんなリオンさんの役に立ってる」
「でも、あたしは技術がわからない。魔法も使えない」
ミーナは俯いた。
「だからあたしだけ、部外者なんじゃないかって」
「そんなことない」
リオンは即答した。
「ミーナがいなければ、工房は回らない。物資も届かない。進捗も管理できない」
「君は僕たちのバックグラウンドプロセスだよ」
ミーナは顔を上げた。
「バックグラウンド?」
「裏で動いて、全体を支える仕組み」
リオンは微笑んだ。
「表に出ないけど、それがないとシステムは動かない。ミーナがいるから、僕は技術に集中できる。エルナは現場に行ける。アルヴィス局長は魔法に専念できる」
リオンはミーナの肩に手を置いた。
「君は僕たちを支えてくれてる」
ミーナは涙をこらえて微笑んだ。
「ありがとうございます、リオンさん」
「こちらこそ、ありがとう。これからも頼りにしてる」
「はい」
ミーナは涙を拭いて、計算機を握った。
「あたし、もっと頑張ります」
「無理はしないでね」
「リオンさんに言われたくないです」
ミーナは笑った。
翌日。ミーナは新しい提案を持ってきた。
「リオンさん、在庫管理の最適化案を作りました」
「在庫管理?」
「はい。各拠点の在庫を集計して、需要予測と照らし合わせて、最適な発注量を算出しました」
ミーナは羊皮紙を広げた。
「これなら過剰在庫も不足もなくなります」
「すごいな」
「それとドルクさんの工房との連携スケジュールも作りました」
ミーナは別の羊皮紙を出した。
「部品の製造時間と配送時間を考慮して、発注から納品までの最短ルートを」
「ちょっと待って」
リオンは笑った。
「ミーナ、それ全部一人でやったの?」
「はい」
「いつ寝たの」
「昨日は三時間くらい」
リオンは、ミーナの肩を掴んだ。
「ミーナ。無理しないで」
「でも」
「倒れたら意味がない。それは僕もミーナも同じだから。定期的に休んで。それも仕事の一部だから」
ミーナは少し寂しそうに笑った。
「リオンさんも、同じこと言われてるでしょう」
「うん。だからお互い、気をつけよう」
「はい」
その夜、ミーナはエルナと一緒に夕食を食べていた。
「ミーナちゃん、すごいね」
エルナが言った。
「物流の最適化、あたしには絶対できない」
「エルナさんこそ、魔法陣の修復はあたしには絶対できないです」
「ふふ。お互い様だね」
エルナは微笑んだ。
「でもミーナちゃん、リオンさんに褒められて嬉しそうだった」
ミーナは顔を赤くした。
「そ、そんなことないです」
「嘘。顔に出てるよ」
ミーナは少し俯いて呟いた。
「あたし、リオンさんのこと」
「好き?」
ミーナは頷いた。
「でもリオンさん、あたしのこと、たぶん仕事仲間としか見てない」
ミーナは寂しそうに笑った。
「あたし、技術わからないし、リオンさんと技術の話もできない。だからせめて、裏で支えることしかできないんです」
エルナは、ミーナの手を握った。
「ミーナちゃん」
「え」
「リオンさんは鈍感だけど、ちゃんと見てるよ。今日だって、ミーナちゃんのこと『必要不可欠』って言ってた」
「それは仕事としてですよ」
「そうかな」
エルナは微笑んだ。
「あたしにはもっと違う意味に聞こえたけど」
「本当に?」
「うん。リオンさん、ミーナちゃんにすごく感謝してる」
ミーナは少し希望を持って微笑んだ。
「ありがとう、エルナさん」
「ううん。あたしたち、ライバルだけど仲間だからね」
「はい」
二人は笑い合った。
翌朝、ドルクからの荷物が届いた。
魔力リミッターの予備部品。大量。
リオンは驚いた。
「これ、発注した量の倍以上ある」
ミーナが羊皮紙を確認した。
「あ、あたしが発注しました」
「え?」
「前線での消耗率を計算して、今後一ヶ月分の予備を先に発注しておきました」
ミーナは計算機を見せた。
「これなら急な需要にも対応できます」
リオンは、ミーナを見た。
「君、本当にすごいな」
「えへへ」
ミーナは照れた様子で笑った。
その日の午後、前線から感謝の伝令が届いた。
「物資が予定通り届いた。防壁の修復が順調に進んでいる。リオン殿とミーナ殿に感謝を」
リオンは伝令を聞いて、ミーナを見た。
「君のおかげだ」
「あたしだけじゃないです」
ミーナは首を振った。
「ドルクさんが作って、リオンさんが設計して、あたしはただ運んだだけです」
「いや」
リオンは微笑んだ。
「君が最適化してくれなかったら、物資は届かなかった」
「ミーナ。君はこの戦いの兵站を、一人で支えてる」
ミーナは涙ぐんで頷いた。
「あたし、頑張ります」
「うん。でも無理はしないでね」
「はい。リオンさんも」
「わかった」
二人は笑い合った。
窓の外、王都の街並みが広がっている。見えないところで物資が運ばれ、在庫が管理され、数字が計算されている。ミーナの仕事は表には出ない。でもそれがなければ、戦いは続けられない。
兵站。地味だが最も重要な仕事。ミーナはその役割を、完璧にこなしていた。
「あたしにできることは、これだから」
そう言って、彼女は計算機を握り続けた。
**あとがき**:魔法が使えない商人のミーナが、計算機ひとつで前線を救う第58話。「数字は嘘つかない」の一言に、技術者とは違う形でチームに貢献する裏方の矜持が凝縮されています。