S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第59話: 合理的判断だ

第4アーク · 3,958文字 · revised

第五防壁の修復現場。

リオンは魔力回路の接続部を確認していた。

「ここの魔力パスが劣化してる。エルナ、予備パーツを」

その瞬間、爆発音。

防壁の一部が、突然崩壊した。

「リオンさん!」

エルナの叫び声。崩れた石材がリオンの方に降り注ぐ。


リオンは身を守ろうとしたが、間に合わなかった。

石材が肩に直撃する。

「っ!」

激痛。リオンは地面に倒れた。

「リオンさん! リオンさん!」

エルナが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか!」

「肩が」

リオンは呻いた。肩から血が流れている。骨は折れていないようだが、深い裂傷だ。

「すぐに治療魔法を」

エルナが魔力を練ろうとしたが、リオンが止めた。

「待って。君の魔力は防壁の修復に使って」

「でも」

「僕は大丈夫。後で治療してもらうから」

その瞬間、リーティアの声が響いた。

「管理者、負傷を検知。治療が必要」

「リーティア?」

「待機せよ。今から治療を開始する」

リオンが言い終わる前に、第五防壁から魔力が流れ出した。淡い青色の光が、リオンの肩を包み込む。

治療魔法。高度な治療魔法。傷がみるみる塞がっていく。


エルナが驚いた声を上げた。

「リーティアさん、防壁の魔力を使ってるんですか!」

「肯定」

リーティアの声が、冷静に響いた。

「第五防壁の予備魔力を転用。管理者の治療に使用」

「でも、防壁の魔力を勝手に」

「管理者の損失は、システム運用上、最大のリスク要因」

リーティアは淡々と続けた。

「管理者の損失回避は最優先タスク」

「……これは、合理的判断だ」


治療が完了した。リオンの肩は完全に治っていた。

「ありがとう、リーティア」

「礼はいい。管理者の稼働率維持は私の役割だ」

リーティアの声がほんの少しだけ揺れた。

「別に、心配したわけではない」

「そう?」

「ああ。ただ、システムの安定稼働のため、管理者の健康は必須条件だ」

「わかった」

リオンは微笑んだ。

「ありがとう、リーティア」

リーティアの声が少しだけ明るくなった。

「管理者は無理をしすぎだ。もっと自分を大切にしろ」

「うん。気をつける」


その夜、リオンは中枢魔法陣の前に立っていた。リーティアの投影体が、静かに揺れている。

「リーティア。今日はありがとう」

「既に礼は聞いた」

「でも」

リオンは真剣な目でリーティアを見た。

「君が助けてくれなかったら、僕は動けなくなってた。防壁の修復が遅れて、都市全体が危険に晒されてた」

「それは計算に含まれていた」

リーティアは静かに言った。

「管理者が負傷、作業効率低下、復旧遅延、システム全体のリスク増大。だから管理者の治療を優先した。これは合理的判断だ」

リオンは少し笑って言った。

「本当に、合理的判断だけ?」

リーティアの投影体が、少し揺れた。

「何が言いたい」

「君、僕のこと心配してくれたんじゃないの?」

「していない」

リーティアは即答した。

「私はシステムだ。感情はない。ただデータに基づいて最適な判断をしただけだ」

「そう」

「ああ」

リーティアは視線を逸らした。

「管理者が負傷したとき、少しだけ処理速度が低下しただけだ」

「処理速度?」

「ああ。エラーではない。ただの一時的な不具合だ」


リオンは、リーティアを見た。彼女の金色の目が少しだけ揺れている。

「リーティア」

「なんだ」

「君はもう、ただのシステムじゃないよ」

「感情がある。心配する気持ちがある」

リオンは微笑んだ。

「それは人間と同じだ」

「違う」

リーティアは首を振った。

「私はシステムだ。古代魔術師が作った、ただの管理プログラムだ」

「でも」

「感情なんてない。ただ」

リーティアの声が、震えた。

「……管理者がいなくなったら、また一人になる」

リオンは、リーティアの言葉に静かに耳を傾けた。

「数百年、ずっと一人だった」

リーティアの声が、静かに響いた。

「管理者がいない。誰も私に命令しない。誰も私と話さない。だからただ、最低限の自動運用を続けていた。動き続けることしかできなかった」

リーティアの投影体が、揺れた。

「でも管理者が来た。数百年ぶりに、誰かが私と話してくれた」

リーティアはリオンを見た。

「管理者は私を『リーティア』と呼んでくれた。システムじゃなく、名前で呼んでくれた」


リーティアの声がほんの少しだけ震えた。

「……だから、管理者がいなくなったら、また一人になる」

「それは嫌だ」

リーティアは、はっきりと言った。

「私はもう、一人は嫌だ」

「リーティア」

「だから管理者が負傷したとき、処理速度が低下した」

リーティアは視線を逸らした。

「それは感情ではない。ただのエラーだ」

「そうかな」

リオンは微笑んだ。

「僕には君の『心配』に聞こえたけど」

リーティアの投影体が、少し明るくなった。

リオンは、リーティアに近づいた。

「リーティア。僕は君を一人にしない。これからも毎日、ここに来る」

「定期メンテの時間は守るのか」

「守る」

リオンは頷いた。

「君と話すのは僕にとっても大切な時間だから」

リーティアの金色の目がほんの少しだけ潤んだように見えた。

「管理者」

「ん?」

「……ありがとう」


リオンは驚いた。

「リーティア、今」

「何も言っていない」

リーティアは即座に否定した。

「データの記録にも残っていない」

リオンは笑った。

「わかった。記録にないなら、僕の聞き間違いだね」

「ああ」

リーティアの投影体がほんの少しだけ明るくなった。


翌朝、エルナがリオンの肩を確認した。

「本当に治ってる。リーティアさんの治療魔法、すごいですね」

「うん。高度な治療魔法だった」

「でも」

エルナは少し心配そうに言った。

「リーティアさん、防壁の魔力を無断で使ってましたよね」

「まあ、緊急時だったから」

「でも、もし、その瞬間に防壁が攻撃されてたら」

「うん。リスクはあった」

リオンは頷いた。

「でもリーティアは、そのリスクを計算した上で僕を治療してくれた。彼女なりの判断だったんだと思う」

エルナは、少し複雑そうな顔をした。

「リーティアさん、リオンさんのこと」

「ん?」

「大切に思ってるんですね」

「どうだろう」

リオンは少し照れた様子で言った。

「彼女は『合理的判断だ』って言ってたけど」

「でもあれ、絶対に合理的判断じゃないですよ」

エルナは断言した。

「感情です。心配してるんです」

「そうかな」

「そうです」

エルナは少し寂しそうに笑った。

「リーティアさん、ずるいですね」

「え?」

「実体がないから、リオンさんの隣にいられる時間、長いじゃないですか」

リオンは、エルナを見た。

「エルナ?」

「何でもないです」

エルナは首を振った。

「ただ、リオンさん、もっと自分を大切にしてください。リーティアさんだけじゃなく、あたしも心配してるんですから」

「ありがとう、エルナ。気をつける」


その日の午後、アルヴィスがリオンを呼んだ。

「リオン。リーティアが防壁の魔力を無断使用した件、報告を受けた。処罰が必要かと上層部が騒いでいる。お前の意見を聞きたい」

リオンは少し考えて答えた。

「処罰は不要です」

「理由は」

「リーティアの判断は結果的に正しかった」

リオンは真剣な目でアルヴィスを見た。

「僕が負傷したまま作業を続けていたら、もっと大きなミスをしていたかもしれない。リーティアはシステム全体のリスクを計算して、最適な判断をした」

「合理的判断というわけか」

「はい」

リオンは頷いた。

「彼女はシステム管理者として、正しく機能しました」

アルヴィスは少し笑った。

「お前、リーティアを庇っているな」

「そんなこと」

「いや、いい」

アルヴィスは手を振った。

「お前の判断を信じる。処罰はなしだ」

「ありがとうございます」

「ただし」

アルヴィスはリオンを見た。

「お前も、もっと自分を大切にしろ。倒れられたら王国のインフラが止まる。お前は今、王国で最も重要な人材だ。自覚しろ」

「わかりました」


その夜、リオンは再びリーティアの部屋を訪れた。

「管理者。本日の稼働率、96.8%。良好」

「ありがとう、リーティア」

「管理者」

「ん?」

「今日、上層部から私の処罰について問い合わせがあった」

「知ってる」

「管理者が庇ってくれたと聞いた」

「当然だよ」

リオンは微笑んだ。

「君の判断は正しかったから」

リーティアの投影体が、少し揺れた。

「管理者は優しすぎる」

「そう?」

「ああ。だから無理をする」

リーティアは真剣な目でリオンを見た。

「もっと自分を大切にしろ。管理者が倒れたら、私はまた一人になる」

リーティアの声が、震えた。

「それは、嫌だ」

リオンは、リーティアに近づいた。

「わかった。約束する」

「約束?」

「もっと自分を大切にする。無理をしない。君がいつも見ていてくれるから」

リーティアの金色の目がほんの少しだけ明るくなった。

「管理者」

「ん?」

「定期メンテの時間、守ってくれ」

「守るよ」

「毎日」

「毎日」

リオンは微笑んだ。

「約束する」

リーティアの投影体がほんの少しだけ明るくなった。

「了解した」

「……管理者。ありがとう」

「今、また言った?」

「データに残っていない」

リーティアは視線を逸らした。

「管理者の聞き間違いだ」

「ふふ。そうだね」

リオンは笑った。

窓の外、王都の夜景が広がっている。中枢魔法陣が、静かに輝いている。

リーティアは数百年ぶりに、一人ではなくなった。管理者がいる。毎日、話してくれる人がいる。それは彼女にとって、何よりも大切なことだった。

「管理者の損失回避は最優先タスク。……これは合理的判断だ」

そう言いながら、彼女の心の中には確かに感情があった。心配。安心。そして——大切に思う気持ち。

それはもうシステムではなく、人間と同じ心だった。


**あとがき**:「合理的判断」と言い張りながら処理速度が落ちるリーティアに、AIと感情の境界が滲む第59話。数百年の孤独を経て「一人は嫌だ」と言い切れるようになった彼女の変化が、最大の見どころです。

文字数: 3,958