S03-P01 異世界SLA99.99% ~元SEは今日も魔法インフラを落とさない~

第61話: 素材レベルで汚染されてた

第4アーク · 5,353文字 · revised

交代制導入から三日後。

王都は束の間の平穏を取り戻していた。帝国の攻撃は散発的に続いていたが、シフト制のおかげでチームは安定して対応できている。

「このまま行けるかもしれない」

リオンは手順書を更新しながら、そう思った。

その瞬間、魔術局全体が揺れた。


「管理者! 緊急事態だ!」

リーティアの投影体が、赤く明滅しながら現れた。

「何が起きた!」

「王都全域、同時多発障害発生! 第一防壁から第十二防壁まで全停止!」

リオンは立ち上がった。

「原因は!」

「不明! 各魔法陣から異常な魔力パターンを検知。外部からの攻撃ではない。内部から」

「内部から?」

リオンは王都中央の監視室に駆け込んだ。アルヴィス、エルナ、セラフィーナ、全員が集まっている。

「状況は!」

「最悪だ」

アルヴィスが青ざめた顔で答えた。

「防壁が十二箇所同時に停止した。原因不明。外部からの攻撃痕跡はない」

「それだけじゃない」

エルナが報告を読み上げた。

「王都外の村々からも報告が来てます。防壁停止、通信停止、水浄化停止。すべて同時に」

「範囲は?」

「王都を中心に半径百キロ圏内、ほぼ全域」


セラフィーナが地図を広げた。

「これを見ろ」

地図には停止した魔法陣の位置が印されていた。そしてその分布には、明確なパターンがあった。

「新しい魔法陣だけが停止している」

リオンは地図を見つめた。

「建設から十五年以内のもの。それ以前の古い魔法陣は稼働している」

「なぜだ」

「わからない。でも」

リオンは【診断(ダイアグノーシス)】を使って、最も近い第一防壁を見た。魔力の流れが歪んでいる。

「これ、外部からの攻撃じゃない」

「じゃあ、なんだ」

「内部から。魔法陣の構造そのものに、破壊術式が埋め込まれている」

全員が息を飲んだ。

「魔法陣を構成する素材。刻印板、魔力導体、固定具。その中に最初から仕掛けが埋め込まれていて、特定の信号で一斉に起動した」

アルヴィスが震える声で言った。

「サプライチェーン攻撃か」

「そうだ」

リオンは頷いた。

「帝国は十五年前から、素材レベルで罠を仕込んでいた」


セラフィーナが顔を伏せた。

「私は知らなかった。こんな仕掛けがあるなんて、魔術工作局にいたときも聞いていない」

セラフィーナの琥珀色の目が、悔しそうに揺れた。

「これは国家レベルの長期計画だ。工作員ごときが知らされる情報じゃない。つまり帝国は十五年以上前から戦争を計画していた。魔法陣用の素材を輸出するたびに少しずつ汚染させて、今日一斉起動させた」

リオンは深く息を吐いた。

「やられた。完全にやられた」

「リオンさん」

「素材レベルで汚染されてたなんて、気づけるわけがない。僕が【診断】で見つけられる異常は魔法陣が稼働してからのものだ。構築前の素材の中に仕込まれたロジックボムなんて」

「リオン」

アルヴィスが肩に手を置いた。

「お前の責任じゃない。誰も気づけなかった。私も、魔術局の誰も。そして帝国がこれほど周到だとは、誰も思わなかった」


リーティアの投影体が現れた。

「管理者。追加報告だ。停止した魔法陣の数、王都内四十二箇所。王都外、推定二百箇所以上」

「被害範囲は拡大中。特に辺境の村々で深刻な被害が出ている。防壁が停止した村三つが魔獣の襲撃を受けた。水浄化が停止した村五つが水源確保の危機に直面している」

「くそっ」

リオンは地図を睨んだ。

「復旧手順は」

「通常の修復では無理だ」

セラフィーナが即答した。

「汚染された素材をすべて特定して、除去するか浄化する必要がある。でも素材の一つひとつを【解呪(アナライズ)】で調べるには時間がかかりすぎる」

「一つの魔法陣で少なくとも三日。いや一週間はかかる」

「二百箇所以上を復旧するには何年かかる?」

沈黙が落ちた。復旧が間に合わない。そしてその間、王国のインフラは崩壊し続ける。

「これが帝国の狙いか」

リオンは呟いた。

「正面から戦わず、インフラを破壊して内部から崩壊させる」

「そうだ」

セラフィーナが頷いた。

「これが帝国の戦略だ」


「リオン」

アルヴィスが口を開いた。

「お前に任せる。私にも他の誰にもこの状況を打開する方法は思いつかない。だがお前なら何か見つけるかもしれない。頼む」

「わかりました」

リオンは地図を手に取った。

「まず被害状況の全容を把握します。リーティア、すべての魔法陣の稼働状況をリスト化してくれ」

「了解した」

「エルナは緊急度の高い魔法陣、防壁が停止して魔獣の襲撃を受けている村から応急処置を開始してくれ」

「わかりました!」

「セラフィーナは汚染素材の特定方法を最速で見つけてくれ」

「やってみる」

全員が動き出した。リオンは一人、机に向かった。

「素材レベルで汚染されてた」

前の世界でもサプライチェーン攻撃は悪夢のような脅威だった。信頼していたライブラリ、ハードウェア、サービス。その中に最初から脆弱性やバックドアが仕込まれている。気づいたときには、もう手遅れ。

「でも前の世界でも対処法はあった」

サプライチェーン攻撃への対処。それは三つの段階に分かれる。第一段階は被害の封じ込め。汚染されたコンポーネントを特定し隔離する。第二段階はクリーンな代替品への切り替え。信頼できる素材で置き換える。第三段階は再発防止策の構築。素材の検証体制を整える。

「今やるべきは第一段階だ」

リオンは手順書を書き始めた。


「でもこれじゃ間に合わない」

リオンは頭を抱えた。二百箇所以上の魔法陣をこの手順で調べるには何年もかかる。

「もっと速く、もっと効率的に」

その瞬間、通信魔法陣が光った。辺境からの通信だった。送信者はドルク。

『リオン。王都の状況、聞いた。俺にできることはあるか』

ドルクからの簡潔なメッセージ。リオンは少し考えて返信した。

『クリーンな素材が必要です。帝国製じゃない、国産の魔法陣用素材、ありますか?』

しばらくして返信が来た。

『ある。魔法陣十箇所分くらいなら、すぐに出せる』

『もっと必要なら、辺境の鍛冶師仲間に声をかける。国産素材。帝国製より質は落ちるが、汚染はされてない』

リオンは深く息を吐いた。

「ドルクさん」

辺境の寡黙な鍛冶師が、こんなときに頼りになる。

『お願いします。できるだけ多く、できるだけ早く王都に送ってください』

『わかった。三日以内に第一便を送る』

リオンは少しだけ希望を見た。

「国産素材があれば、汚染された部分だけを置き換えられる。全体を作り直す必要はない。汚染された部品だけをクリーンなものに交換すればいい。これなら間に合うかもしれない」


翌日、セラフィーナが報告に来た。

「汚染素材の特定方法、見つけた。帝国のロジックボムは特定の魔力パターンに反応する。その痕跡を【解呪】で探せば、一つの魔法陣で半日で特定できる」

「ただし私一人では二百箇所は無理だ。手が足りない」

「わかった」

リオンはエルナを呼んだ。

「エルナ。お前に【解呪】の基礎を教える。使えるようになる必要はない。基礎だけ理解すればセラフィーナのサポートができる」

「わかりました」

「アルヴィス局長にも協力を頼む。魔術局の解析担当を総動員する」

「それでも足りるのか?」

「足りなくてもやるしかない」

三日後、ドルクからの第一便が到着した。馬車一台分の素材。刻印板、魔力導体、固定具。すべて国産の手作りだった。

「これだけあれば十箇所は復旧できる」

リオンは素材を手に取った。帝国製のものより少し粗削りだった。精度は少し劣る。でも汚染されていない。それが何より大切だった。


復旧作業が始まった。第一優先は防壁が停止して魔獣の襲撃を受けている村。セラフィーナが汚染素材を特定し、エルナがクリーンな素材に交換する。アルヴィスが魔力調整を行い、リオンが最終確認をする。一つの魔法陣、復旧完了まで丸一日。

「遅い。このペースじゃ全部の復旧に半年以上かかる」

でも止まるわけにはいかなかった。一つ復旧するたびに村が救われる。防壁が戻り魔獣から守られる。水浄化が戻り飲み水が確保できる。通信が戻り孤立が解消される。

「一つずつだ。一つずつ、確実に復旧していく」

一週間後、十箇所の復旧が完了した。ドルクからの第二便が到着し、さらに十五箇所分の素材が届いた。

『辺境の鍛冶師たち、総出で作ってる。次は二十箇所分を送れる』

ドルクからの通信に、リオンは返信した。

『ありがとうございます。本当に助かってます』

『礼はいい。お前が困ってるときに手を差し伸べるのは当たり前だ』

リオンは少しだけ涙が出そうになった。

だが状況は厳しいままだった。二百箇所以上の被害のうち復旧したのはまだ十箇所。残り九割以上。

「間に合わない。このペースじゃ絶対に間に合わない」

「リオン」

セラフィーナが声をかけた。

「お前、また一人で抱え込んでるだろ。私たちがいる。エルナがいる。アルヴィスがいる。ドルクが辺境で支えてる。お前は一人じゃない」

リオンは深く息を吐いた。

「わかってる。でも今回は運用だけじゃ解決できないんだ。障害対応、冗長化構成、監視体制、全部運用保守の範疇だった。でもサプライチェーン攻撃は違う」

「素材から作り直す。構造を検証する。供給網を再構築する。これは運用じゃなくて、開発だ」

「お前、何が言いたい」

「僕の限界だ」

リオンは静かに言った。

「僕は運用保守の専門家だ。壊れたものを直すことはできる。でもゼロから作ることは専門外だ。今必要なのは僕じゃなくて、もっと根本から問題を解決できる人間だ」

セラフィーナは少し考えて言った。

「それでもお前がいなきゃ始まらない。お前が被害を整理した。お前が復旧手順を作った。お前がドルクに連絡した。お前がいなかったら私たちは何も動けなかった」

セラフィーナの琥珀色の目がリオンを見た。

「お前の仕事は全体を見ること。一人で全部やることじゃない。だからもっと頼れ。私たちをもっと使え」


その夜、リオンはリーティアの部屋を訪れた。

「管理者。報告だ。本日の復旧、三箇所。累計十三箇所」

「ありがとう、リーティア」

「進捗率、6.5%。このペースでは全復旧まで」

「わかってる。間に合わない」

リオンは窓の外を見た。

「でも諦めるわけにはいかない」

「管理者。質問がある。なぜ管理者はここまで頑張るのか。前の世界で過労死した。同じ道を歩みたくないと言っていたはずだ」

「うん」

「なのに、なぜ」

リオンは少し考えて答えた。

「守りたいものがあるから。この王国の人たち。辺境の村々。そしてみんなを守りたい。エルナ、ミーナ、セラフィーナ、ドルクさん、アルヴィス局長。そして君も」

「前の世界では守れなかった。大切なものより仕事を優先して全部失った。今回は違う。絶対に守り抜く」

リーティアは長い沈黙の後、静かに言った。

「管理者は変わった。最初に会ったとき、管理者は『定時で帰りたい』と言っていた。でも今は違う」

リーティアの投影体が優しく光った。

「今の管理者は守るために戦っている。それは素晴らしいことだ」

「ありがとう、リーティア」

翌朝、リオンはチーム全員を集めた。

「これから作戦を変更します。今までは復旧を僕たち少人数でやっていた。でもそれじゃ間に合わない。手順書を配布して、現場の魔術師たちに復旧作業を任せます」

リオンは羊皮紙の束を取り出した。

「汚染素材の特定方法、交換手順、魔力調整の方法。すべて手順書にまとめました。これを王都と各地の魔術師に配布します。そしてドルクさんの国産素材を各地に分散配送します。素材と手順書があれば現場で復旧できる」

「でもリオンさん、手順書だけで本当に復旧できますか?」

エルナが心配そうに言った。

「できる」

リオンは即答した。

「僕の手順書は誰でもできるように書いてある。それが僕の仕事だから」

作戦は動き出した。手順書が王都中の魔術師に配布され、国産素材が各地に配送された。最初は不安そうだった魔術師たちも、手順書を読んで一つずつ確認しながら作業を進めた。

「リオンさん! 第十五防壁、復旧完了の報告が来ました!」

「第二十三防壁も!」

「辺境のカーレン村、通信魔法陣が復旧しました!」

報告が次々と届いた。一週間で五十箇所が復旧した。二週間で百箇所を超えた。手順書と素材があれば、現場は動ける。

「やった」

リオンは地図を見つめた。まだ道半ば。でも希望が見えてきた。

その夜、ドルクから通信が来た。

『リオン。第五便、発送した。今回は三十箇所分だ』

『ありがとうございます。本当に』

『礼はいい。それよりお前、ちゃんと休んでるか』

リオンは少し笑った。

『はい。交代制、ちゃんと守ってます』

『そうか。なら、いい。お前が倒れたら意味がないからな』

リオンは深く息を吐いた。

「一人じゃ無理だ。運用だけじゃ足りない。でも」

リオンは仲間たちを見た。エルナが現場で素材を交換している。セラフィーナが汚染素材を特定している。アルヴィスが魔力調整を指導している。ドルクが辺境で素材を作っている。みんながそれぞれの場所で戦っている。

「今は一人じゃない」

だから諦めない。絶対に守り抜く。


**あとがき**:十五年越しのサプライチェーン攻撃という最悪手に、「手順書の分散配布」で対抗する第61話。一人で二百箇所を直すのではなく、手順書を配って現場を動かす発想の転換がリオンの真骨頂です。

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